301話 巡回、告白、そして……
──心臓が痛くて仕方がない。
走り続けて鼓動が早くなっているから痛むのか、走るきっかけになった出来事のせいで心が痛むのか、そんなことに思考を費やす余裕すらないまま、必死に足を動かす。
とんだ思い違いをしていた。
理解しているつもりだっただけで、肝心なことを微塵も理解出来ていなかったんだ。
どこでどう間違えたのか、どう行動するべきだったのか、今さら考えても余計に後悔の念が募るばかりで、答えなんて出るはずもない。
仮に出したとしても、この痛みを無くすことなんて出来ないと解っている。
それでも何か何かと考えずにいられないのは、今まで見向きもしなかったせめてもの報いなのかもしれない。
今さらそんなことをしたところで、どうにかなるはずもないのに。
ただ、ただ、後悔だけが募っていく。
だけれども立ち止まるわけにはいかない。
止めたら、今も胸に突き刺さる後悔に足を引っ張られそうな気がして、そうなってしまえば全部手の平から零れ落ちてしまうと悟っていたからだ。
それじゃ、今にも押し潰されそうな心が耐えられない。
この痛みは、この先ずっと癒えることなく抱えて行かなきゃいけないんだ。
潰れたら、なんにためにこんな思いをしてまで走っているのか見失ってしまう。
──だから、今は無我夢中で走れ。
そう今も後悔の重さに折れて止まりそうになる足を動かして、俺はただ一心不乱に走り続けた。
=====
アリエルさんの意外な弱点が明らかになったお化け屋敷、ゆずと互いの気持ちを語り合ったりした翌日……ついに文化祭最終日となった。
終盤においてキャンプファイヤーが企画されているのだが、その時に俺はゆず達へ答えを出すと決めている。
その前段階として、ファブレッタさんの占いで出た『最終日に告白してくる異性』の最有力候補、羽根牧高校の生徒会副会長である久城院先輩の告白を振るつもりだ。
お膳立てとして、彼女と巡回する予定を立てていた。
生徒会と風紀委員のメンバーで二人一組になって校内の見守りを行うのだが、元々一人が足りないところに俺が割り込んで来た形となっている。
本来なら役員ですらないやつが生徒会副会長とペアになることなんて有り得ないのだが……。
「お待たせ、竜胆君。早速行きましょうか」
「了解です」
予想通りというべきか、俺は久城院先輩とペアを組むことになった。
捻じ込んだとも言えるが、まぁこっちの方が都合は良いから問題は無い。
委員会の男子達から妬みの眼差しを頂戴しているが、慣れたものだしそうでなくとも今回ばかりは引くつもりは微塵もないが。
「ふふっ、そんなに硬くならなくていいのよ?」
「あーははは……巡回中の腕章付けたらなんか気を抜いちゃいけない気がしたんで……」
「今でそれじゃ、生徒会長は務まらないわよ?」
「え……」
さも当然のように人を次の生徒会長になると言わんばかりの言い分に言葉が詰まる。
そんな反応に久城院先輩は面白いモノが見れたと言うようにクスリと吐息を零して笑みを浮かべた。
「冗談よ。その気が無い人を無理に次期生徒会長に推したりするわけないじゃない」
「あ、そっすよね、あははは……」
本人が言うように多分、緊張を解そうとして出た冗談だろう。
その割には眼が本気だった気がするが、ツッコむだけ野暮だと判断する。
ともあれ、早速巡回を開始となった。
関係者問わず、文化祭の最終日とあって昨日までとは段違いに賑わっている。
盛況で何よりだか、そういう時こそマナーを守らないと大勢に迷惑が掛かってしまう。
この巡回はちゃんと見張ってるぞ、マナーを守って下さいとこちらの意志を無言で伝える抑止力というわけだ。
けれどもまぁ……。
「キミ可愛いねぇ。休憩時間にオレと遊ばない?」
「い、いえ。いきなりそう言われても……」
出る奴は出て来るわけでして。
呆れから来るため息を吐きつつ、大衆の面前でナンパをする迷惑客へ近付く。
「すみません。校内でそういう誘いはご遠慮下さい」
「はぁ? だから休憩時間にって言ってんじゃん?」
「見るからに彼女は困っていますよね? 相手が受け入れてないことを強要することは、迷惑行為そのものです」
「うるせぇな! オレは客だぞ!? お客様は神様っていうじゃねぇか!」
出た『お客様は神様理論』から来る我が儘……。
本当は接客業で『神様を敬うように』対応する意味合いなのに、拡大解釈して金を払っている自分が偉いと勘違いすることが多いやつだ。
アルバイト先やアルヴァレス家での所作訓練でも同じ様に言われたが、商品やサービスの対価として金銭の受け渡す『交渉手段』であって、どちらかが偉ぶって良いわけじゃない。
あくまで対等……わざわざ迷惑を掛けて来るやつに下出に出る必要はないんだから。
「文化祭の主役はあくまで在校生達だ。アンタみたいにはた迷惑な部外者はお断りなんだよ」
「ひっ……!」
出来るだけ威圧するようにナンパ男を睨みながら告げる。
それだけで相手は顔を青ざめさせて簡単に逃げていった。
「大丈夫だったか?」
「あ、ありがとうございます、竜胆先輩」
「え、俺のことを知ってるのか?」
「はい、
どう有名なのか知りたい気持ちに駆られるが、今は巡回中なので聞くわけにはいかない。
売上の盛況を祈りつつ話を終えて久城院先輩のところに戻ると、何やら誇らしげというか見惚れたような良い笑顔を浮かべていた。
「なんですかその表情……」
「いえ、問題の発見と解決の迅速さ、さらに負傷沙汰も回避したのが素晴らしいと思っているだけよ」
「たまたまなのに褒め過ぎですって」
「絡まれている女子生徒が自分じゃなかったことだけが唯一の不満ね」
「絡まれたかったんですか? 久城院先輩なら一人で歩いていたらそういう手合いに困りそうですけど……」
「違うわ、竜胆君に助けられるお姫様気分を味わえなかったことが悔しいの」
「不満のベクトルがおかしい」
この人、俺に向ける好意を少しも隠そうとしねぇな。
いや、ゆず達も割とそんな感じだったか……我ながら凄まじい自制心だと自賛しかねない。
すぐ調子に乗るようじゃ日常指導係なんて続かなかっただろうし、ルシェちゃんの男性恐怖症による発作も起きていただろう。
そんなことを考えながらも、久城院先輩と二人での見周りは順調に進んで行く。
学生同士のトラブルや迷子の案内等、何とも忙しないものだったが企み抜きに巡回へ参加して良かったと自らのお人好しぶりに呆れすら覚えそうだ。
最初は敵意剥き出しだった各委員会の男子達も、俺の働きぶりを素直に称賛してくれるなど良好な関係となっていた。
中には『久城院先輩とそのまま付き合っちまえ!』なんて罪悪感が増すような野次を飛ばして来る人もいたが。
そう、罪悪感だ。
日頃鈍いと言われている俺でも察せる程に露骨な好意を向けて来る、久城院先輩からの告白を断る。
悪い人じゃないと分かってはいるが、それでもゆず達と比較してしまえば迷わず彼女達を取ると断言出来る程度だ。
けれどもやっぱり、好きになってくれた人からの告白を断るのは心苦しい。
だがやると決めたことを曲げるつもりもない……ここで日和ったらそれこそ余計にゆず達を傷付ける。
そんなの、絶対に御免だ。
「それじゃ、そろそろお昼も近いし休憩時間といきましょうか」
久城院先輩の合図で巡回は一旦休憩となる。
各々弁当を取り出したりする中、俺だけ久城院先輩に生徒会室に午後のミーティングという名目で連れ出された。
──来たか。
密かに構えつつ言われた通り生徒会室へ付いて行く。
当然、部屋には俺と久城院先輩の二人だけ。
シチュエーションとしてはこれ以上ないくらい整っているだろう。
「ご飯の前に呼び出して申し訳ないわ」
「いえ、久城院先輩の頼みなら気にしてないですよ」
「もう……」
謝罪から切り出されたが、彼女に告げた言葉は半分本当だ。
好意抜きにしても、個人的に尊敬している人なんだから。
「それで、午後の巡回に向けたミーティングでしたよね?」
「……ごめんなさい。それは嘘なの」
「……」
俺に嘘を付いたことを自嘲するような苦笑いに、用意していた返事が喉から出なかった。
分かり切っていたことだろ、躊躇うな、ちゃんと話を進めろ。
そう鼓舞をして久城院先輩の言葉に耳を傾ける。
彼女はみるみる顔を赤く染めていき、やがて覚悟を決めて目を合わせて口を開いた。
「竜胆君……私の彼氏になってくれないかしら?」
「……っ」
心臓に針が刺さったような痛みが走った。
息が詰まりそうで肺が痛い……それらを堪えて息を整えて、俺は予め決めていた答えを返す。
「──すみません。俺は、久城院先輩の気持ちに応えられません」
「……そう」
彼女の方も望みがないと思ってたのだろうか、食い下がることなく自らの告白の結果を受け入れた。
きっと、久城院先輩なら俺より良い人と巡り合える。
振ったやつにそう励ます資格なんてない。
「……文化祭は午後も続くわ。元々巡回は午前中だけって約束だったし、お昼を食べた後は自由にしてもらって構わないわ」
「……ありがとうございます」
振られて傷付いて弱った自分を誤魔化すように、久城院先輩はそう言って退室を促してきた。
当然、逆らえば余計に傷付けるだけと分かり切っているため、俺は素直に応じる他ない。
生徒会室を出てすぐ、押し殺し切れなかった嗚咽がドア越しにくぐもって聞こえて来た。
本当に告白っていうのはするのもされるのもキツイな。
する側は関係が壊れる恐怖を押し殺して勇気を出すのに必死で、される側は受けようか断ろうか頭を悩ませる。
傲慢だろうが、断るのだってしんどいんだ。
極力傷が浅く済むようにしなきゃいけないのに、断った方が悪者扱いされることだって珍しくない。
一方通行の気持ちを無理して受け入れて、後に切り捨てる方がずっとずっと惨いだろうに、簡単に付き合ってやれなんて言う方が無責任じゃないか。
美沙と喧嘩別れをしてからそう自分を律するように努めて来たが、実際は人の好意と向き合うことから逃げているだけだと理解している。
そのせいでゆず達からの告白に対する答えも随分と引き延ばしてしまった。
だけど、自分可愛さに寄せられる好意から逃げるのは止めよう。
何とも虫の良い話だが、ようやく踏ん切りがついた気がする。
しかし、まだゆず達と合流するまで時間はあるな。
どうしようかと適当にブラブラしていると……。
「あれ? 何やってんの、司」
「鈴花?」
今日の分のシフトを終えたのか、魔法少女のコスプレから制服に着替えた鈴花と鉢合わせた。
そういえば文化祭前に仲直りしてからあまり話してなかったな……。
「生徒会の手伝いで巡回してるんじゃなかったの?」
「元々午前だけだったんだよ。今終わったところなんだけど、ゆず達と合流するまで暇だから手持ち無沙汰でさ」
「ふ~ん」
ゆず達の誰かから事情は聴いていたようだが、今こうして顔を合わせるのは予想外だったようだ。
それだけに、次の鈴花から告げられた言葉へ咄嗟に返せなかった。
「──じゃ、アタシにちょっと付き合ってくんない?」
「は……?」
唐突な誘いに呆けていると、鈴花は返事を訊かずに手を取って先導し始めた。
「ちょちょちょ、いきなりなんなんだ?!」
「文化祭の無料券」
「ん?」
「一人で使っても虚しいだけだし、ミスコンで優勝出来たのは司が票を入れてくれたからなのに、まだお礼とかしてないの思い出しただけよ。良いから付き合いなさい」
「わ、分かったから引っ張るな!」
そんないきなりではあったが、文化祭の最終日の午後は鈴花と回ることになった。
──思えば、この時には既に手遅れだったんだろう。
後になってそう思わずにはいられないが、どっちにしても俺には後戻りをする術はない。
ただ、この時は久しぶりに鈴花と二人で遊べることに確かな楽しみを見出していたことは事実だった。
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