300話 文化祭デート ゆず編
「司君! 早く行かないと列が長くなってしまいますよ!」
「もう少しゆっくり行っても大丈夫だって」
ようやく待ちに待った司君との文化祭デート……溜め込んだ期待を発散させるように、彼の手を引いてここまで三つの模擬店を回って来ました。
射的屋で全弾命中を披露したり、和風喫茶でお茶をしたり、迷路で謎解きに挑んだり……。
普通の人からすればなんてことのない光景も、私にとっては全てが輝いて見えます。
それを見せてくれるのが他でもない、司君ですからなおさら。
半年前の自分に言っても信じられない程、世界中が変わって見える嬉しさに心が満たされてきました。
そうして私達がやって来たのが、ファブレッタさんが経営しているという占いの館です。
非常に……非常に納得がいきませんが、あの人は今司君の家に居候しているのだとか……。
羨ましい……ただでさえ翡翠ちゃんが彼の義妹になって限りなく近い距離で暮らしているのに、ファブレッタさんまで一緒だなんて、羨ましくて羨ましくて苛立ちを抑えるのがやっとです。
唯一の救いはファブレッタさんがレズビアンらしいので、司君が恋愛対象になることはありません。
ですが司君に魅力が無いと言われているようで、それはそれで気に入りませんが。
まぁ、それも彼女に占ってもらった時の結果次第で許容出来るかもしれませんね。
今のところ、菜々美さん達全員が最高の相性という結果らしいです。
確かに、司君は私だけでなく他の皆さんとも仲が良いですから、その結果は当然なのかもしれません。
そしてその例に倣うなら、最高の相性に決まっていますよね。
えぇ、そうでなければ不公平ですし、司君の日常指導が上手く行くこともなかったはずです。
そんな思いでついに私達を占ってもらえる番となりました。
「いやぁ~、自分は占い稼業をやって長くなるのだが、同じ男性と違う女性との恋愛相性を占うのに片手が埋まってしまうのは初めての経験だよ」
「その男性が自分じゃなかったら、俺も素直に良かったですねって言えましたよ……」
入店するや否や気安い会話を始めたファブレッタさんと、それにすかさず答えた司君に不満が募ります。
今デートをしているのは私なのに、知り合いとはいえ他の女性とそんな仲の良さを見せつけるなんて酷いですね。
でも口に出して司君を困らせてしまうのは愚策だと理解していますから、大人しく笑みを浮かべて黙っておきます。
「久しく顔を見ない内に、随分と年頃の少女らしくなったじゃないか、ナミキ・ユズ」
「……別にファブレッタさんに褒められるために、変わったわけではありません」
「ふふふ、手厳しい物言いは変わっていないようだ」
何が面白いのかわかりませんが、ニヤついた笑みは不愉快に思えました。
正直なところ、私はファブレッタさんが苦手です。
真意を悟らせない飄々とした態度はもちろん、こちらの思考を見透かしたような言動が癇に障るので、出来れば会話を避けたい気持ちですが、占いを受ける上で相対は避けられないので致し方ありません。
「せっかくの再会で昔話に花を咲かせたいところではあるが、生憎と持ち時間が押している。早速占うとしよう」
そんな私の苦手意識を察したかはわかりませんが、ファブレッタさんは水晶玉に手をかざして何やら呟き始めました。
眼帯をしていない右の紫色の瞳が妖しい光を放っているように錯覚する程に、真剣な眼差しを浮かべています。
早く結果を教えて欲しい気持ちと、もし悪い結果が出たらどうようという不安が入り混じって、時間の経過と比例して焦りが増していくのが分かりました。
それでも遮ってしまっては元も子もないため、固唾を飲んで結果が出るのを待つしかありません。
そうしていると、ファブレッタさんが一息をついて姿勢を楽にしました。
どうやら占い終わったようです。
「あの、結果は……?」
「恋愛相性自体は良好さ」
「っ、じゃあ──」
「しかし、キミ達は一度お互いの気持ちをしっかりと話し合った方がいいね」
「え? どうしてですか?」
良好という結果に胸を撫で下ろしますが、その後に送られたアドバイスに首を傾げます。
「人間、生きていれば相手に不満を懐くことも多い。特に人間関係や男女関係は最たる例だろう。所謂ストレスと呼ばれるそれは定期的に発散しておかなければ、いずれ肉体と精神を蝕む毒となる。どれほどなのかはリンドウ少年がまさに身を以って経験しているだろう?」
「うっ……」
なるほど……あの時の司君の疲弊ぶりを思えば、ファブレッタさんの言うようにするのも吝かではありませんね。
ですが……。
「私は司君に不満を感じることはあっても、抱え込む程のことはないのですが……」
「おやおや、自分の見解ではキミが一番彼に対して不満を溜め込んでいると踏んでいるのだが?」
「まさか。精々がすぐに女の子を引っ掛けるところですよ」
「そこだけ抽出すると、俺がロクでもない浮気性みたいに聞こえるから止めてくれない?」
ファブレッタさんでも考えを外すこともあるのだと知り、司君に悪い子だと思われたくないので口に出すことはしませんが、少しいい気味だと思いました。
それに浮気性については事実じゃないですか。
一番最初に告白したのは私なのに、菜々美さんやアリエルさん達にも告白されて同じように答えを保留するなんて……少しは反省して下さい、もう……。
「いずれにせよ腹を割って話すことをオススメするよ。それがキミ達だけでなく、全員の幸福に繋がる最善の手段なのだからね」
「──はい」
「わ、分かりました……」
これで占いは終わりのようで、私達はそれ以上質問は出来ずにテントを出ます。
少し歩いて校庭の一画にあるベンチに腰を掛けますが、その間もそれから少しの間もお互い無言でした。
気持ちを包み隠さずに話せということですが、いざとなると何から話せばいいのか悩んでしまいます。
それは司君も同じようで、だからこそ沈黙が続いているわけですが……どこかこのまま静かにお互いのことだけを考えている時間が続けばいいと思ってしまう、そんな自分がいることも自覚していました。
時間だけが無為に過ぎて行く内に、私は意を決して声を掛けようと口を開きます。
「あの──」
「えっと──」
「……」
「……」
か、被ってしまいました……。
まさか同じタイミングで声を掛けるとは思わず、揃って続きを言えず黙り込んでしまいます。
「……ゆずから言っていいぞ」
「いえ、司君から……」
「あ~、じゃあお言葉に甘えて……」
譲り合いを避けるためか、司君は早々に受け入れてくれました。
このさり気ない気配りが彼の良いところですよね……。
っと、それはともかく話に耳を傾けなければ。
「その、ゆずの告白に俺がいつまで経っても答えをハッキリとしないから、不安だよな?」
「それはその、していない……といえば、嘘になってしまいますが……」
「だよなぁ……」
司君はそう苦笑を浮かべながらも続けます。
「明日の最終日に答えを出すって啖呵を切っておきながらさ、実はまだ迷ってるし揺れてる」
「……」
「情けないけどさ、みんな俺には勿体無いってどうしても最初に考えちゃうんだよ」
「そんなこと──」
「うん……でも、こればっかりは根付いた癖みたいなもんで、一朝一夕で直せるようなもんじゃないんだ」
どうしてそんな卑屈なのかという気持ちですが、それでも司君は私達を蔑ろにしないように、一生懸命なのは知っています。
私達がいくら言ったところで、結局のところ彼の選択によって結果が変わることに違いはありません。
一度自暴自棄になった時、菜々美さんが言ったように私達が寄せる好意が重みになっていないかと罪悪感に駆られることだってあります。
そんなことはないって司君は笑ってくれますが、悩みの種になっていることに変わらない。
けれども、決して見捨てようとはしないのが司君の優しさですから。
唖喰と戦う私達を支えたいと思ってくれる司君だから、好きになって同じように支えたいと思えます。
「……司君は、自分が嫌いですか?」
「大嫌いだよ。情けなくて、優柔不断で嫌で嫌で仕方がない」
問い掛けた言葉にすかさず返された答えは、自分で自分の胸にナイフを突き立てるように容赦がありませんでした。
でも、司君は至って平静のまま続けます。
「でも……それでもゆず達が好きだって言ってくれるんだから、こんな自分でも少しは好きになってもいいのかなって、思ってるよ」
「……」
その言葉を聴いて、胸がチクリと痛んだように感じました。
司君が舞川さんの死を知った時、私は彼に嫌われたのだと思って泣くことしか出来なかったのに、ルシェアさんが立ち直らせたからです。
好きな人が苦しんでいる時に、自分は一体何をやっているんだろうとあの時に感じた自己嫌悪の針が再び突き出たような、そんな思いでした。
だから……。
「私は……」
「ん?」
「司君のために何か出来ていますか?」
そんな質問を投げ掛けたのかもしれません。
「知っての通り、私は司君が日常指導係になってくれるまで、戦い以外のことを知ろうともしませんでした」
戦い以外じゃない……あの時は自分自身すら関心を抱いていなかったと思います。
ただひたすら、お母さんが残した『生きて欲しい』という言葉を守るためだけに固執していたとすら断言出来る、無為に日々を過ごしていた頃……。
「司君だけじゃありません。鈴花ちゃんや菜々美さんからも色んなことを教えてもらって、大切だと思える日常を手に入れることが出来ました」
それでも私が変われたのは司君のおかげです。
見る世界を広げてくれた彼が好きで好きで、愛しているとすら言い切れる恋心を与えてくれた。
だけど……。
「司君が傷付いた時、苦しい時、悩んでいる時……私がどうしようと悩んでいる内に自分で立ち上がったり、菜々美さん達が手を差し伸べたり……今まで司君のために何かを出来たことがありません」
いつだって出遅れてしまっている。
自分は助けられてばかりで、彼を助けられていないんじゃないのか……最近はそんなことを考えてしまいます。
気付けば、その不安を口にして伝えていました。
きっと迷惑を掛けてしまっている……そう思いながら隣の司君を横目で見やると……。
「──ゆずはいつも俺を助けてくれているよ」
「──!」
いつもと変わらず、優しい笑みを浮かべていました。
「死ぬかもしれない唖喰との戦いを続けて、俺やみんなの日常を守ってくれているよ」
「でも、それは魔導少女として当然で──」
「それでも、ゆずに守ってもらって助かってることに変わりはない」
「……」
なんですかそれ……。
当たり前のことなのに、そんな大袈裟にありがたさを主張することないじゃないですか。
そう思う私を他所に、司君は続けて……。
「そもそも、初めて会った時みたいに俺はゆずに命を何度も助けられてんだぞ? それこそ大いに助かってることだよ。こうして生きているから、ゆずと日常を過ごせるんだからさ。だから──いつも守ってくれてありがとう」
「あ……」
そう笑い掛けて頭を撫でてくれた。
私にとって全ての始まりとも言えるあの日……。
男性なのに魔力を持っているがために唖喰の存在を認識出来ても、どうせこの人もすぐに折れると思っていたあの時……。
あぁ、そうなんだ……。
大切な『今』があるのは、あの時に彼を助けられたから……。
司君が言う私達を支えたいと思う根幹は、そこにあるのだと突き付けられました。
助けられた命を使って、今度は自分が誰かの助けになろうと懸命になれる司君だから、私は好きになったんだと理解する。
それなら……彼の言う通り、私が当たり前だと思っていることで、確かに助けになっているのだと心に燻っていた不安が取り払われて行く。
「司君は本当に、ズルいですね……」
「ええ!? で、でも、魔法少女みたいに日常を守ってくれるんだから、感謝の気持ちは持って当たり前じゃないか?」
「その『当たり前』が難しいから、ズルいって言っているんですよ」
「え、えぇ~……」
自分では当然のことだと思っていても、他人からすればそうでないことが山ほどあるのだと、彼が教えてくれた日常で痛感したはずなのに、私はまだまだですね。
それでもこうしてまた何気ない日常を大事に想えるように、これからも戦っていける改めて気を取り直すことが出来ました。
──司君がどんな答えを出そうとも、彼と過ごす日常を守る。
最強の魔導少女と言われてきた、私が守るべきものを確かめることが出来た一日でした。
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