302話 最初で最後の……
鈴花の誘いに半ば強引に乗せられたものの、久しぶりに二人で遊ぶのは意外に楽しみだったりする。
まず三年生が開いている綿菓子屋へ向かったのだが、そこで彼女が頼んだ綿菓子の大きさに絶句させられるハメになった。
「いやそれデカすぎだろ。全部食えるのか?」
「よゆーよゆー。無料券があるんだから高いのだって買えるんだし、贅沢しないと!」
「まぁ、鈴花が良いなら俺が言うのも野暮だけどさ……」
呆れ半分にそう自分に納得させる。
鈴花が選んだのは虹色に色付けされたバレーボールサイズの綿菓子だ。
明らかに学生が作れるクオリティじゃない気がするが、メニュー表にあってこうして出て来ているので学校側も許可したんだろう。
正直見ているだけで胸焼けする思いだが、鈴花はなんの気負いも無しにパクパクと食べ進めていく。
「よく食べられるな」
「甘いし美味しいからね。司も食べてみる?」
「いや、いい」
「えぇ~、美味しいのに……」
不満そうな言い分だが表情は笑顔そのものだ。
たった今食べ終えた通常サイズでしばらく胃に何も入らないのに、女の子ってホント甘いのはどんどん食べていけるよな……。
最早呆れを通り越して尊敬の念すら覚える。
そんな風に考えている内に鈴花はあっという間に食べ終えたので、次の模擬店に向かうことになった。
「じゃあ次はドーナツね!」
「今さっき綿菓子を食ったのに!?」
嘘だろオイ。
もしかして初日と二日目もこんな感じで無料券を使って食べ歩いてたのか?
なんて心境を表情から読み取ったのか、鈴花はドヤ顔を浮かべて答えた。
「魔導少女のカロリー消費量舐めないでよ? 食べ物を食べるのは魔力の回復も兼ねてるんだから」
「あ~、そういえばそうだった……」
三大欲求のいずれかを満たせば、唖喰との戦闘で消費した魔力は回復していくと以前季奈に教わった話を思い出した。
よくよく考えれば、ゆずも菜々美もルシェちゃんも意外に健啖家なところがあるが、それは共通して魔力の回復を図っているからか。
特に魔力量がずば抜けて多いゆずなんて相当の量が必要だろう。
半年前に魔導少女として戦うようになった鈴花だってそれは例外じゃない。
むしろ、その半年で著しい成長を遂げているだけに、アリエルさんを始め他国の支部からも評価が高いと初咲さんからも聞いたことがある。
ここまでになると俺も当初のように戦うのは止めろと口に出来ない。
第一、それを言ってしまえばゆず達にも戦ってほしくないんだ。
俺が言ったところで最高序列が二人、そうでなくとも将来有望な魔導少女達なんだから戦力ダウンを招いてしまうため、その願いが叶うことはないだろう。
だから、こうして何気ない日常を支えようと思えたんだ。
今もドーナツを幸せそうに頬張る鈴花をそんな感慨気持ちで見つめている。
ふと改めてこの長年の友人が人好みされやすい顔立ちだなと思う。
ゆず達のように際立っているわけじゃないが、それなりにモテはする。
散々俺の恋愛事情をからかって来る割には、誰かと付き合ったどころか好きになったなんて話は聞いたことがない。
いや、昔に俺の事が好きだったーなんて言われたことがあったが、それだってもう過ぎたことだし。
そうでなくとも、本当に不思議なくらい彼女に関する恋愛的な話や噂は全く知らない。
修学旅行の時のように、告白されることはあっても誰かに告白したことがないのは知っている。
小学生の時からずっと一緒に育って来たのに……一抹の寂しさとも呼べるかも怪しい気持ちが燻る気がした。
「──鈴花」
「んー?」
そのせいかもしれない。
「お前、誰かと付き合ったりしないのか?」
「……なんで?」
「なんでって、ええっと……」
半分無意識にそんな質問が口から漏れ出たのは。
聞き逃さなかった鈴花はやや不機嫌気味に問いを返して来たため、どう答えたものかと頭を悩ませる。
単に気になったから、じゃ余計なお世話の一言で片付けられるな……。
かといって今更他の理由も出て来ないし……。
中々難しい質問に答えを出せずにいると、鈴花はあからさまにため息をついた。
「アタシのことより、まず自分のことをどうにかしなさいよ」
「それは、まぁ……そうなんだけど……」
「答え、出すんでしょ? 今のところどうなってんの?」
「い、今? ええっと、その、だな……」
「……まさか、まだ決まってないの? 呆れた……」
「う……」
自分で期限を設けて宣言したのに、未だ納得のいく答えが出せていないことに残念な眼差しを向けられた。
如何せんご尤もだからこそ言い返せない。
「誰か一人を選ぼうとするとさ、どうしても傷つけちゃうだろ?」
「この期に及んでまだそんなこと言ってるの?」
「自分でも甘いこと言ってる自覚はあるよ。だから悩んでんだよ」
「誘ったアタシが言うのもなんだけど、強引にでも断れば良かったじゃん」
「そんなことをしたら、せっかく誘ってくれた鈴花の気持ちが無駄になる。それだけはしたくない」
「……」
確かに鈴花の誘いを断れば考える時間は稼げただろう。
だからといってそっちを優先する程、鈴花という友達を軽んじてないつもりだ。
その気持ちを含めた返答に、彼女は目を丸く見開いていた。
驚きというか、何かに葛藤するような、そんな複雑な揺れ方をする瞳に疑問を感じる。
「あの──」
「そろそろ、次の場所にいこっか」
「あ、あぁ……」
その問いを遮って告げられた移動の合図に、返す言葉は宙で消されてしまった。
なんだかやるせない気があるものの、変に反抗する理由もない為そのまま従って付いていく。
やがて辿り着いた場所は、体育館裏にある一本杉の下だった。
しかし、ここには出店も何もない。
強いて挙げれば体育館でやっている軽音部のライプ音が漏れて聞こえるくらいだ。
……しかし、なんでよりにもよってここをチョイスしたんだか。
「なぁ、ここって……」
「あ、司も知ってたんだ。絶好の告白スポットだって」
「そりゃここで告白されたことあるし……」
何ともほろ苦い記憶だ。
俺だけでなくゆずやルシェちゃん、そして目の前にいる鈴花もここで同じような経験をしているとも聞いたことがある。
告白スポットの割に成功率が乏しい気がするが、他のカップルではキチンと成功に導いているんだろうと勝手に解釈した。
「あはは、アタシも今朝先輩に告られたんだよねぇ。まぁフったけどさ」
「コメントに困る話聞かされても……理由は?」
「なんとなく」
「またそれか」
鈴花が断る理由はいつもこれだ。
それでフラれる相手は堪ったものじゃないだろう。
「鈴花ならいいやつくらい見つけるよ」
「根拠は?」
「勘」
「なにそれ。人のこと言えないじゃんバーカ」
「うっせ」
励まそうとしたのにそんな態度で返すなよ。
「でも、これだけは自信を持って言ってやれるよ」
「何?」
「鈴花を泣かすようなやつだった時は、ぶん殴ってでも怒るよ」
「……そっか」
「?」
いつもだったら返って来る軽口が、何故か返って来ることなく鈴花は口元で僅かに微笑んだだけだった。
その細やかな変化に訝しんでいると彼女は一本杉に手を添えて、背を向けたままあることを尋ねる。
「司はさ、アタシと初めて会った時のこと覚えてる?」
「え……?」
どうして今更そんな質問を?
心に沸き上がったのはそんな疑問よりも大きな、一本の矢が突き刺さったような不安だった。
「……どう、だったけな……気付いたら一緒にいたようなもんだし、めっちゃくちゃ前だってことしかわかんないな」
別に嘘でも何でもない本心だ。
それだけ竜胆司の日常に、橘鈴花という少女は溶け込んでいたのだから。
その事実を再確認させられるような答えに、鈴花は依然背を向けたままだった。
「あはは、だろうね。だって小二から小三に上がる頃だよ?」
吹き出しながらも告げられた正確な時期に、そんな頃だったのかと小さいながらも驚きが隠せなかった。
「よく覚えてんな」
「忘れないよ。司にとっては何でもないことだったかもしれないけど、今でもアタシにとっては大事な思い出だもん」
どうしてだろう。
鈴花の言葉や声音は穏やかなはずなのに、心が酷くささくれ立っていく気がする。
なんで、こんな気持ちになるんだ……。
「物心着く前から魔法少女のアニメが大好きで、幼稚園の時とか小学校の低学年の時はクラスのみんなで感想を言い合ったりしてたなぁ」
魔法少女が大好きだ。
それは俺と鈴花の絆を紡いだ共通の好みだった。
今じゃ二人して魔法少女オタクだが、幼少時は男の俺はとにかく異端扱いされていたのだ。
他の男子が戦隊ヒーローや仮面のライダーに夢中なのに、俺だけが魔法少女に夢中だったのだからそれは仕方のないことだった。
むしろ、なんでみんな魔法少女が好きじゃないのか疑問に感じていた程の筋金入りだ。
そんな男の俺と違って、鈴花は同年代の友達とすぐに感想を言い合えていたのだから羨ましさを覚える。
「でもね、小二の三学期くらいでさ、遊んだ子達にその時やってたアニメの最新話の話をしたんだけど、何人か観てなくて忘れてたってことでまた今度にしようってなったの」
だが、みんながみんな同じ方向を見ているわけじゃない。
成長するに従って子供の視野は途轍もないスピードで広がっていくからだ。
「けど段々と話が合わなくて、春休みの頃に思い切ってなんでって聞いてみたんだよね。そしたらさ、なんて言われたと思う?」
──魔法少女なんて子供っぽいし、面白くない。
鈴花の友達もその広がった視野の中で、魔法少女より好きになれるモノを見つけただけに過ぎないんだ。
そんな風にアニメ離れをすること自体は別段珍しい話じゃないだろう。
だが、鈴花は違った。
「今はともかく、昔はなんでみんなが魔法少女に興味を失くしたのか理解出来なかった」
今と遜色ないレベルで魔法少女が好きな彼女は、友達が離れていくことに耐えがたい寂しさを覚えた。
魔法少女の話題で盛り上がっていたはずの会話は、既にファッションへと変わっていたのである。
そうなると鈴花は自然に会話に付いていけなくなった。
「みんなの言っていることが分からなくて、まるで自分の好きが間違ってるんだって突き付けられてるようで、すごく辛かった」
友達付き合いに思い悩んだ鈴花の苦しみは、最初からそうだった俺にはよくわかった。
だからこそ……。
「もう魔法少女を好きでいるのは止めよう。そう決めて大事にしてたキャラクターのキーホルダーを捨てようとした時にさ……」
そこで鈴花は言葉を区切り、改めて俺と向かい合う。
その表情は今まで見て来た中で一番綺麗で、触れたら消えそうな程に切なげだった。
見慣れた人が見慣れない面持ちを浮かべている様子に見惚れる心を他所に、彼女は大事な記憶を嚙み締めるようにその口を開く。
「『それ、捨てるくらいなら俺にくれ』って、バカみたいな理由で呼び止められたのが、司と初めて会った時だったんだよ」
口じゃ呆れたような物言いなのに、その慈しむ表情を見て尚更当時の自分が馬鹿馬鹿しいと思う。
もっと他に言い方があっただろうに、ソイツが何より気にしたのが自分じゃ手に入らなかったグッズの譲渡だって?
本当に、我ながら酷過ぎるきっかけだなと自嘲を禁じ得ない。
そしてそれは、鈴花も同じだろう。
「最初は何を言われたのか全くわかんなかったなぁ。だってその頃は男の子とあんまり話したことなかったし、男の子で魔法少女が好きとか意味不明だし、とにかく頭が追い付かなかったもん」
言い分だけ聞けば愚痴のはずだ。
なのに、鈴花の声音は今まで聞いたことのない程に朗らかなものだった。
「でも、ソイツはアタシが魔法少女の話題を出しても嫌な顔どころか、ご飯をもらうペットみたいに目を輝かせて答えて来てさ、ただ趣味が合っただけなのに、アタシはこれ以上ないくらい幸せに感じたんだ」
鈴花は、まるで呆れを感じさせなかった。
ここまで来て、散々ささくれ立って来た心は、これでもかと焦燥を露わにしていく。
その焦りは心臓の鼓動を早め、呼吸が浅くなり、もう冬も近いのにじっとりと嫌な汗が流れ出る形で体にも表れる。
今の自分がどんな表情をしているのか分からない。
そんなはずない、何かの間違いだ。
そう思うのに声に出そうとしても掠れる吐息にしかならなくて、言葉として成立することがない。
とんだ思い違いをしていた。
理解しているつもりだっただけで、肝心なことを微塵も理解出来ていなかったんだ。
どこでどう間違えたのか、どう行動するべきだったのか、今さら考えても余計に後悔の念が募るばかりで、答えなんて出るはずもない。
仮に出したとしても、この痛みを無くすことなんて出来ないと解っている。
それでも何か何かと考えずにいられないのは、今まで見向きもしなかったせめてもの報いなのかもしれない。
今さらそんなことをしたところで、どうにかなるはずもないのに。
ただ、ただ、後悔だけが募っていく。
「──ねぇ、司」
頭がおかしくなりそうな、今にも逃げ出そうとする体を必死に抑えて、鈴花の言葉に耳を傾ける。
赤く上気した顔、今にも涙が流れそうな程に潤う瞳、初めて見る彼女の『女の子』としての表情を真っ正面に捉えて向かい合い……。
「初めて会った頃から、アタシは司のことが好きだよ。友達以上に、ずっとずっと、一人の男の子として。ずっと恋をしてきたんだから」
鈴花にとっては恐らく初めて、自らが告白する側として隠し続けて来た恋の想いを伝えられた。
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