296話 文化祭デート 翡翠編
なっちゃんの番が終わって、次はわたし──竜胆翡翠がつーにぃと一緒に文化祭を回る番になったの!
交代する時になっちゃんが涙目で顔を真っ赤にしてて、つーにぃもどこか気まずい様子でなんだかただならない雰囲気を感じたけれど、二人は答えようとせずにはぐらかすだけで詳細は判らなかった。
怪しいとは思うけれど、おにーちゃんが一人を選んだとかそういうわけじゃないみたいだから、一旦気にしないことにする。
ともあれ、つーにぃと文化祭を回ることになったわたしは楽しみで仕方がない。
だって、つーにぃの義妹になるまでこういうお祭りに行くなんて考えもしなかったもん。
それが大好きな人と一緒ならなおさらだよね。
「つーにぃ、手を繋いでもいいです?」
「おう。はぐれないようにしっかり掴まってろよ」
「うん!」
わたしが手を差し出すと、つーにぃは当たり前っていう風に握り返してくれた。
こっちの手を簡単に包めるくらい大きなおにーちゃんの手はとても温かくて、心も同じように温かくなる。
ただ手を繋いだけなのに、浮足が立ったように落ち着きそうにない心臓の鼓動を抑えつつ、パンフレットを見て行きたいと思っていた場所へ足を運ぶ。
「着いたです!」
「写真部のコスプレスタジオか」
つーにぃが何だか意外みたいな反応だけど、わたしとしては一番興味あったんだもん。
むしろなりきり喫茶に行く前より行きたいと思っている。
何せ……。
「──足元にご注意ください、翡翠お嬢様」
「はいデスワ!」
ピンクのフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着たわたしは、黒の燕尾服に身を包んだつーにぃに手を引かれて、馬車(が背景として描かれているパネル)から降りる。
そのワンシーンを切り取るように写真部の人がシャッターを切る音が聴こえて、一回目の撮影が終わった。
そう、ここに来たのはこうして合法的につーにぃを執事さんに出来るって気付いたから。
元々お姫様みたいなドレスを着て写真を撮ってもらおうって考えていたわたしにとって、つーにぃが理想的な執事さんになれるって知れたのはラッキーだった。
出現した唖喰の対処をクーちゃんに押し付けた罰として、執事さんモードが封印されちゃったんだから、せめてこうして写真に残しておきたかったんだよね。
最初にこのお願いを聞いたつーにぃはとても複雑な表情を浮かべていたけれど、最終的にわたしの熱意に負けてまた執事さんになってくれた。
始める前はつーにぃのままだったのに、いざ撮影が始まったら別人みたいに変わるのにはびっくりしたけれどね。
改めて貴道パパと薫ママの教育の怖さを目の当たりにした気がしないでもない。
「次はお姫様抱っこをしてほしいです!」
「かしこまりました」
でもそれはそれとしてこの状況を一秒でも長く楽しんでいたい。
そんな我が儘に対してもつーにぃは断る様子もなく、言われた通りに私をお姫様抱っこで抱えてくれた。
至近距離でつーにぃの匂いや体温を感じて、否応無しに胸が高鳴る。
これから撮る写真みたいにずっとこのままだったらいいけど、シャッターを切る音が鳴ればどう足掻いても終わってしまう。
名残惜しさ彼の首に回している腕を離そうとしないわたしに、つーにぃは耳元に顔を近付けて一言伝えて来た。
「抱っこくらいなら家に帰ってからでもしてやるから、今はちょっとだけ我慢な?」
「……うん」
今だけじゃないと伝えられたことで、わたしはゆっくりと腕を解いて降りた。
きっとつーにぃのことだから、抱き着き癖の抜けない妹みたいに考えてるんだろうけど、まぁそこはわたしがまだ子供だっていうのもあるだろうし、将来的にちゃんとお嫁さんにしてもらえればいい。
そう結論付けて、自分の中の不満を消化する。
「おいメガネ……その子って修学旅行の時に海水浴で会った並木さんの知り合いの子だったよな?」
「そうだぞ」
「……なんか、距離近くね?」
「別に普通だろ」
「いやいやいやいや、あの時は『つっちー♡』って呼ばれてたはずなのに、さっき『つーにぃ♡』になってたじゃん?」
「そりゃ、あれから色々あって義妹になってるからな」
「はああああぁぁぁぁ!? 嘘つけ! 妹っていうのはあんなに仲良くしないんだぞ!? 現にうちの妹だって俺のことをゴミみたいに扱うし!」
「それはご愁傷様としか言いようがねぇよ」
なんて考えてる内に、つーにぃと同じクラスらしい人がなんでか怒ってた。
怒りの矛先を向けられているつーにぃが当然のことみたいに振る舞ってるから、そのことが嬉しくてほっぺが緩んじゃう。
「騒ぐな松井。余計なことは考えず、可憐な
「部長、でもコイツは……」
すると、さっきまでわたし達のツーショット写真を撮ってくれてた写真部の部長さんが諫めて来た。
松井って呼ばれた人は不満を隠さずに言い繕うとするけれど、部長さんは職人みたいな眼差しを浮かべて憮然と答える。
「良いじゃないか。眩しく愛くるしい
「部長……!」
「いや諫めるどころか思い切り同調してんじゃねぇか。あと人の義妹を邪な目で見ないでくれます?」
「はっはっはっはっはっはそう邪見にするな。お義兄さんなんだから」
「なんかニュアンスがおかしい気がするんでその呼び方止めてくれません?」
つーにぃは部長さんに軽蔑するような眼差しを向けるけれど、相手はまるで気にした様子がない。
ともあれ元の服装に着替えたわたし達は撮ってもらった写真を受け取ってから、次の場所へ向かうことにした。
帰ったら写真をアルバムに入れよう。
「それじゃ、次はどこに行きたいんだ?」
「えっと実はなっちゃんの番の間にゆっちゃんのお友達から、パンフレットに載ってない占いのお店があるって聞いて、そこに行ってみたいなぁって思ってるです」
「えっ!?」
「え?」
次の希望を伝えると、何故かつーにぃは度肝を抜かれたように驚き出した。
そんな反応をされると思っていなかったわたしは戸惑うばかりで、何か変なことでも言ったのかなって不安になってしまう。
こっちの心境を察したのか、安心させようと頭を撫でてくれたからすぐに霧散したけれど。
っと、このままでいたいけれど、つーにぃがどうしてあんな反応をしたのか聞かないと。
「つーにぃ、どうしてビックリしてるです?」
「あ、いや……その占い店に心当たりというか、実際に菜々美と行ったところなんだよ」
「……」
言い辛そうに答えたつーにぃに、今度はこっちが驚かされて開いた口が塞がらなかった。
──なっちゃんに先を越された!?
そして交代の時の二人の様子にようやく納得がいった。
きっとつーにぃとなっちゃんは占いで良い結果が出たんだと思う。
そう分かると、心の底から羨ましい気持ちが湧きあがって来た。
「つーにぃ! ひーちゃんと占いのお店に行くです!」
「へっ!? いや、その店をやってる人は──」
「さぁさぁ出発ですー!」
「はぁ、まぁ行けば分かるか……」
元から行こうかなって思ってたから丁度良いし、対抗意識を燃やしてわたしもその占いのお店に行くことにする。
つーにぃが何か言いかけていたけれども、羨望で突き動かされているわたしの耳じゃ聞き取れなかった。
~~~~~
「あっはっはっはっは! まさか同じ男性が別の女性を連れて来るとは思わなかったよ!」
「俺ももう一度来ることになるなんて思っていませんでしたよ……」
そうしてやって来た『占いの館』っていう安直なネーミングのお店に入ると、なんと
通りで評判なんだと納得したけれど、つーにぃはなっちゃんと一緒にここに来たわけだから居心地が悪そうだ。
「先日も言った通り、キミが複数の女性に好意を寄せられていることは把握している。こんなに賑やかな祭りでデートに興じないわけにはいかないだろう? そして他でもないキミ自身も楽しみだったのではないか?」
「っ、ま、まぁ……そう、ですけど……」
「──ふふっ」
「わ、笑うなよ翡翠……」
「にへへ」
ファーちゃんに図星を突かれて真っ赤な顔で照れるつーにぃが可愛くて、ついつい笑ってしまった。
わたしだって楽しみだったけど、つーにぃも楽しみにしてくれていたって知って、嬉しくて堪らないんだもん。
「ふむ、兄妹仲の良いことだ。では、どのような運勢を占おうか?」
「はい! 恋愛運がいいです!」
「ですよねー……」
占ってもらう内容をすかさず答えると、つーにぃは解っていたように呟いた。
あーこれ、なっちゃんも同じことを言ったんだろうなぁ……。
でもでも、これが一番気になるんだし、ひーちゃんは間違ってないよね!
「相分かった。キミ達の恋愛の行く先を占おう」
二つ返事でファーちゃんは請け負ってくれて、初めて会った日につーにぃを占ったみたいに何かブツブツと言い出した。
待つこと二十秒くらい経つと、ファーちゃんは閉じていた瞼を開いて一息つく。
そしてわたし達へ顔を向けて微笑み出した。
「キミ達の恋愛運だが、先の彼女と同じく最高と言えるね」
「お、おぉ……」
「なっちゃんとおんなじってどういうことです?」
「結婚しても離婚はしないだろうってことだよ」
「ほんと!?」
ある意味わたしが唯一怖かった不安を解消する結果に、喜びから思わず立ち上がった。
将来はつーにぃのお嫁さんになりたいって思っていたけれど、本当のママとパパが別れたことで家族がバラバラになった記憶がどうしてもチラつく。
つーにぃはそんなことはないって思っても、トラウマが根深く残っていて不安が拭えなかった。
それがファーちゃんの占いで離婚はしないって言われたことで、ようやく安心出来てなんだか力が抜けちゃう……よっぽど怖かったんだって自分でもびっくりする。
すると、そんなわたしの頭につーにぃの大きな手の平が乗せられた。
相手を気遣ってるみたいに優しい手つきに、無性に顔が熱くなって落ち着かなくなる。
「つーにぃ。どうしてひーちゃんの頭を撫でるです?」
「翡翠が結婚に対して抱えていた不安が解消されて、良かったなって思っただけだよ」
「……怒らないです?」
「どうしてだ?」
「だって……ひーちゃんはつーにぃのお嫁さんになるって言ったのに、離婚しちゃうかもって思ってたから……」
わたしの不安は、要するにつーにぃのことを信じていなかったって言ってるようなもので、てっきり怒られると思ってた。
でもつーにぃはいつもの優しい表情のまま答えてくれた。
「翡翠が経験したことを考えればその不安はして当然だよ。それに例え翡翠の方から俺と離れようとしても、幸せにするって約束したんだから絶対に離すつもりはないぞ? というわけでどっちにしろ杞憂に終わることだから心配するな」
「──っ! う、うん……」
家族としてなのか、一人の女の子としてなのかは分からないけれど、つーにぃの言葉が何より嬉しかったのは事実だ。
自分の抱えていたことがなんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、わたしはまだまだ根っこは変われてないなって思う。
それなら、変われるように頑張ればいいだけだよね。
おねーちゃんみたいになれなくても、つーにぃのお嫁さんになって幸せだって胸を張れるように……。
「つーにぃ!」
「っと、なんだ?」
そう改めて決意したわたしは、大好きな人の胸に飛び込む。
つーにぃはしっかりと受け止めてくれて、それが嬉しくて精一杯抱き締めると、同じように抱き返してくれた。
心臓が凄くうるさいけれど、それ以上につーにぃが好きな気持ちが溢れて気にならない。
だからちゃんと言葉にして伝えよう。
息を吸って、心の底から思い切り笑みを浮かべて口を開いて告げる。
「つーにぃ、大好きです!」
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