295話 文化祭デート 菜々美編


 司くんのシフトはならお昼の後もあったんだけれど、私達の暴走によって執事モードが封印されちゃったから、残りの期間も裏方作業になることになってしまった。

 尤も、中村さん曰く『残り二日もあのペースで客が来たら全員持たなかった』らしいから、結果的には先の不安が勝手に解決したことで安心したみたい。


 そんなわけで、待ちに待った司くんとの文化祭でのデートのトップバッターは、私──柏木菜々美が務めることになった。

 この順番は文化祭前に彼に想いを寄せる私を含める五人で話し合って決まったことで、三日という限られた時間の中で五人にそれぞれ持ち時間を設けてある。


「お待たせ、菜々美」

「ありがとう。それじゃいこっか」


 学校の制服に着替えた司くんと合流した私は、自然に彼と手を繋ぐ。

 一瞬ビックリしたのか小さく肩を揺らしたけれど、手を払うことなく、むしろ離さないように指を絡めて──所謂、恋人繋ぎでしっかりと握ってくれた。


 それが嬉しくて頬が緩むのが抑えられそうにない。

 きっと他の人にはだらしない顔に見えるんだろうけど、どれだけ私が幸せを感じているのかっていうことも丸分かりかも。


「まずはどこに行こうか?」

「それじゃ、野球部のストラックアウトをやってみない? 景品でお菓子の詰め合わせがもらえるってパンフレットに書いてあったよ」

「よし、そこにしよう」


 行き先が決まった私達は、野球部が模擬店をやっているグラウンドの一角に向かう。

 道中でやたら周囲の視線が集まっていたけれど、もしかしたらカップルに見えてたりするのかな?

 そう思うと無性に胸が高鳴り出して来た。

 

 これ、司くんに聞こえてたりしないよね?

 は、恥ずかしいけれど、ちょっとでもいいから私が今を楽しみにしていたんだって伝わって欲しくもある。


「菜々美はさ、高校生の頃は何の部活をやってたんだ?」

「え? あぁ、部活は……帰宅部だったよ」


 不意に話しかけられた少し驚いたけれど、私は当時を振り返って正直に答えた。

 すると司くんは意外そうな表情を浮かべる。


「へぇ、てっきり料理部に入ってるもんだと思ってたけど、なんで帰宅部?」

「『ただでさえ落ちこぼれなんだから、部活なんて無駄なことはせずに少しでも勉強しなさい』って、両親に言い付けられてたからなの」

「あっ、悪い……」


 一部だけでも私の家庭事情を知っている司くんは、申し訳なさそうに謝った。 

 でも謝られた私としては全然気に病んでなんかないけど、彼の優しさが嬉しくてつい笑ってしまう。

    

 そんな反応に呆気に取られたのか、司くんが目を丸くして茫然としているのが失礼だけど可愛いと思っちゃった。


「大丈夫。前なら答えもしなかったけど、今は司くんが居てくれるから吹っ切れてるもん」

「──っ、そ、そっか……」

「だから謝る必要なんてないからね?」

「……解った」


 今は絶縁状態のあの人達だけれど、いつかはちゃんと向き合わなきゃいけない日が来ると思う。

 良い思い出なんて無いし、むしろ恐い思いをさせられた記憶しかないから正直会いたくない。

 けれど、いつまでも逃げたままじゃいけないって気持ちもある。

 

 一人じゃ怖がって立ち止まったまま折れちゃうかれしれなかったけれど、司くんと一緒ならきっと大丈夫。

 

 極論だけど、唖喰あくうに比べたらマシとすら思えるもんね。

 

 そうして改めてデートに意識を向け直して、談笑しながら私達は目的の場所へ辿り着いた。

 既に先客の人が何人かいて、中には小さい子供も遊んでいる。

 一生懸命ボールを投げて的に当てようとする姿が微笑ましくて、列に並びながら眺めている内に順番が回って来た。


「いらっしゃーい! お二人様ですねー! 難易度はどうしますかー?」


 陽気な受付の人が指した先には、かんたん、ふつう、むずかしいの三つの難易度に分かれていた。

 上に行くほどにボールが少なくなって、的との距離も遠くなるみたい。


「ん~ふつうで行こうかな」

「はい、お姉さんは『ふつう』でっと……そこの竜胆には特別難易度を用意してあるぜ!」

「どうしよう、凄く嫌な予感しかしない」


 何故か司くんは強制的に三つの難易度とは別のものをさせられるみたい。

 謎の特別扱いに彼は嬉しくなさそうな真顔を浮かべているのが気になる。

 

 受付の人の合図で別の野球部員が布を被せた何かを持って来た。

 そしてその布が取り払われ、中が明らかになったんだけど……。


「なにあれ、的遠くないか!!?」

 

 道路の標識みたいな形状の的が出て来た。

 けれどその的は司くんがツッコんだ通り、彼の立ち位置から酷く離されている。

 見た感じ二十メートルはあると思う。

 その分一回当てるだけで良いように思うけど、あれじゃその一回も当てづらい。


「特別難易度『R竜胆B爆発しろSスペシャル』だ! 投げられる球は一球のみ! 失敗したら成功まで再チャレンジの刑だ!」

「おいこら色々と理不尽過ぎるだろ。醜い嫉妬が駄々洩れじゃねぇか」

「拒否権はない、さぁどうぞ!」

「聞いちゃいねぇ……まぁいいけど」


 そういって司くんはボールの入った小さい籠を受け取って、指定の場所で立ち止まる。

 普通なら野球経験が無いと厳しい難易度に対して、彼は射撃訓練をしている時と同じように集中していた。


 グローブを左手にはめた司くんは真剣な眼差しで的に注視しながら、右手を振りかぶってボールを投げる。


 ボールはまるでレーザーのように素早い速度で的へ向かう。

 さながら吸い込まれると錯覚するほど正確に、司くんの投げたボールは的にぶつかった……誰がどう見ても命中だった。


「──え?」

「ほい、当てたぞ。景品はなんなんだ?」

「は……? えっと、特に用意してなか──」

「じゃあお菓子の詰め合わせで」

「へ、へい……」


 さも当然のように一発でクリアされたことが信じられないまま、受付の人は言われた通りに司くんにお菓子の詰め合わせを渡すことになった。

 まぁ、これからまだ色んなところ回るし、嵩張るから帰り際になるんだけどね。


 一方で私は普通の難易度に挑んだんだけど、難なくクリア出来た。

 唖喰を相手にしている時に比べたら、動かない的なんて簡単に当てられる。


 結果、お菓子の詰め合わせは2つ分に増えたから、野球部の人達は全員涙目だった。 


「楽しかったねー」

「距離感は簡単に掴めたから、コントロールが上手くいって良かったよ」

「野球部の人達にはちょっと悪いことしちゃったけどね」


 唖喰と関係のないことで体を動かすのは楽しかった。

 グラウンドを離れて校門前を通って体育館の軽音楽部のライブに行こうと歩いていたら、ふと司くんが止めた足に釣られて私も足を止める。


 何かあるのかなって思って彼の視線の先に目を向けると、何やら怪しげな紫のテントがあった。

 テントの横には『占いの館』という、ありきたりな店名の看板が立てられている。

 

「占いが気になるの?」

「え? あ~いや、前にちょっとな……菜々美が気にする程じゃないよ」

「ふ~ん……せっかくだから占ってもらおっか」

「そうだな」


 はぐらかされたようで気にはなるけど、司くんが言いたくないなら無理に聞くのはよそう。

 代わりにあそこで占ってもらうことを提案すると、彼は嫌な顔をすることなくあっさり賛同してくれた。


 結構人気があるみたいで列はもちろんテントに入る前に比べて、出て来た人達の表情が明るくなってる気がする。

 よっぽど腕の良い占い師志望の学生がいるのかな?

 そんな人に私と司くんの恋愛運を占ってもらったら……どんな結果が出てくるのか、期待と不安で緊張してしまう。


『次の人~』


 私の気持ちなんて構わず列は進んで行って、ついに私達の順番になった。

 テントの入り口を開けて中に入ると……。


「おやおや、次のお客様はキミだったのか」


 女性が出迎えてくれた。

 小さい簡易テーブルには水晶玉やタロットカードが置いてあって、それらで占いをするんだっていうのが分かる。

 その占いを担うであろう女性は、髪は乱雑に伸ばされていても鮮やかな赤色で、左側は黒い眼帯で隠されているけど右目はアメジストみたいに綺麗な紫だ。

 身に着けているコートが如何にもらしい雰囲気を醸し出している。

 

 そんな風貌の女性が親し気に挨拶をして来たことに、私はどうにも腑に落ちない。

 その疑問の答えは隣にいる司くんから齎された。


「──ファブレッタさん!?」 

「え、司くんの家に居候してるっていう最高序列第三位の人!?」


 衝撃の事実に私は驚きを隠せない。

 話だけで日本に……それも司くんの家にいるのは知っていたけれど、まさか本人とこうして会うことになるなんて思っても見なかった。

     

 私達の驚きように彼女──ファブレッタさんはケラケラと笑いだす。


「いやぁ~占いで路銀を稼いでたところ、たまたまこの学校の理事長の奥方を占ってね。長年の悩みを解消出来た感謝の礼として、文化祭という絶好の稼ぎ所で占えるようになったのさ。若者の宣伝効果は凄まじいもので、おかげでこうして盛況というわけだよ」

「サラッと職権乱用を告発されてもなぁ……まぁ、詐欺とかじゃないなら良いんですけど……」


 いいんだ……。

 寛大というか自分に関係ないことだから気にしていないのか……もしくはファブレッタさんの占いの腕を信頼してるってことなのかな?


 そういえば元々この占いの館っていうテントに並んだのは、司くんが占いのことを気にしていたからだった。

 となると既にファブレッタさんに占ってもらってるってことだよね。

 そう考えて真っ先に気になったのが、どんな運勢を占ったのか、どんな結果だったのかってこと。 

 

 もしかしたら、文化祭前に司くんが私達の想いに答えを出すと宣言したことと関係あるのかもしれない。

 すぐにでも問い質したい気持ちはあるけれど、まずは自分達の占いに集中しないと。


「まずは名前を伺おうか。あぁ、リンドウくんは把握しているので、そちらの女性だけで構わないよ」

「えっと、柏木菜々美です」

「ふむ……では、何の運勢を占おうか?」

「はい! 恋愛の相性占いでお願いします!」

「ほぅ……やけに距離感が近いと思っていたが、キミが彼に想いを寄せる人物の一人というわけか」

「え、あぅ……は、はい……」


 私の選択から気持ちを容易に悟られてしまった。

 否定するのは嫌だったから、恥ずかしいけれどゆっくりと首肯を返す。


「ファブレッタさん、からかうのはそこまでにして早く占って下さい……」

「ふふ、ずいぶんと仲睦まじいようで何よりだ。では、要望通りに恋愛の相性を占うとしよう」


 呆れ半分照れ隠し半分で急かした司くんに、飄々とした態度でファブレッタさんは受け流した。

 とにもかくにも〝占星せんせい魔女ストレーガ〟と呼ばれる魔導士による占いが始まる。


 水晶玉に両手をかざして、イタリア語で呪文のような言葉を小さく呟いていく。

 そこに詐欺師染みた胡散臭さは全くなくて、占いが終わる瞬間までの時間が妙に長く感じたくらい。


 やがてファブレッタさんは両手を降ろして、一息ついた後に私達に目を向ける。


「占いの結果だが、キミ達二人の相性は抜群だね。これは夫婦になっても離婚とは無縁だろう」

「! ほ、本当ですか!?」

「信用第一の占いに置いて虚偽を述べるつもりはないさ」


 別れる可能性がないって断言される結果に、私は嬉しさで胸が高鳴って気分が良くなる。

 私の喜びようが面白いのか、ファブレッタさんは笑みを浮かべて結果の続きを語り出した。 


「ただ、気を付けなければならないことが一つだけあるね」

「え? な、なにをですか?」

「二人にとって大事なことさ。それも注意を怠れば彼の命が危うい類のね」

「はぁ!?」

「そ、そんな!?」


 あまりに不穏なことを口走る彼女に、私達は驚きを隠せず食って掛かる。

 司くんの命の危機なんて……もしかして唖喰関連なのかもしれない。

 彼がいなくなるなんて自分が死ぬより恐ろしいことを言われても、不安で仕方がないよ……。


「安心したまえ。先にも言った通り、ちゃんと注意すれば十分に回避出来ることだよ」

「それ! 一体何に注意すればいいのか教えてください!!」

「どうどう、包み隠さず話すから落ち着きたまえ。なぁに、別段難しいことではないさ」


 焦る私達と対照的に、ファブレッタさんは平静だ。

 逸る気持ちを抑えて警戒するべきことを聞き逃さないように耳を傾ける。

 そして、彼女はゆっくりと口を開いて……。







「ナナミくんの強すぎる性欲から来る、頻回なセッ〇スの回数を抑えれば良いだけさ!」

「──ッブ!?」

「な に を い っ て る ん で す か!!!??」


 あっけらかんと明かされた忠告内容に、私の心に感じていた不安も何もかもが膨大な羞恥心で塗り潰された。


 そんなことなの!?

 唖喰とか関係なしにそんなことで司くんの命が危険なの?!

 

 というか、言った通りとはいえなんて忠言を包み隠さずに明かすの、この人!?

 好きな人の前で『あなたは性欲が強いです』って言われるなんて、ヘタな黒歴史より恥ずかしいよ!?  そ、は確かにしたことあるけど……。


「いやぁ~、いくら彼が鍛えてると言っても、流石に一日七回以上では魔導士のキミとの体力差が明確に出てしま──」

「イヤアアアアアアアアそれ以上言わないでぇぇぇぇっ!! 司くん、違うから! わわ、私はそんなにエッチじゃないからね!? 普通! 普通なんだもん!!」

「気にする程のことではないだろう? 少々アブノーマルなプレイだって嬉々として受け入れる様は彼も満更では──」」

「司くんに振らないでくれますか!!!?」

「ノーコメントで……」

「律義に答えなくてもいいよ!?」


 私、そんな変態じゃないからね!?

 予想外過ぎる占い結果によって、かなり気まずい空気のまま私の番は終わりを迎えるのだった……。

 

 

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