297話 文化祭デート ルシェア編



「るーしー。休憩入っていいよ~」

「ありがと、よっしー」


 よっしー由乃の呼び掛けに返事をして、ボク──ルシェア・セニエは控えスペースへと向かって他の担当の人と交代する。

 1-3組が開いているお化け屋敷では吊るしたコンニャクをお客さんにぶつける係だったけれど、それなりに繁盛していると思う。


 悲鳴を上げられる度に申し訳ない気持ちで心の中で何度も謝るけれど、男性恐怖症を抱える身としてはこれが一番接触が少ないってよっしーに言われてるから、ボクは首を縦に振るしかなかった。


 それでも全クラスで一番売り上げを出しているのはツカサ先輩達のクラスみたい。

 何でもすごく紳士な接客をしてくれる店員さんがいるらしい……もしかしてツカサ先輩なのかな?

 

 だとしたらちょっぴりヤキモチを妬いてしまう。

 けれど、その度にあの人がボクに独占欲を懐いてくれてるって思い直すと、その小さな嫉妬も簡単に消えていく。

 他でもないボクだけに向けてくれた気持ちと言葉が嬉しくて、我ながら単純だなって思うけどね。


「あ、ルシェ! 竜胆先輩が来てるよ!」

「え、もうそんな時間!? 呼んでくれてありがと!」


 思考に耽っている内にクラスメイトから大事な人の来訪を伝えられて、ボクは慌てて教室の外へ出る。

 

「よっ。ルシェちゃん」

「ツカサ先輩! えと、よろしくお願いします!」

「あぁ。こっちこそ」


 いつもの優しい笑みを浮かべるツカサ先輩と、ボクは文化祭を回ることになっていた。

 祖国でのお祭りと違って、新鮮なことだらけで楽しみです!

 それも、大好きな人と一緒ならなおさら……。


「ルシェちゃん、まだ合流しただけなのに随分と楽しそうなんだな」

「ふえぇっ!? か、顔に出てましたか?」

「俺にしか分からないくらいだけどな」

「あ、う、ぅー……」


 ボクの反応を見てツカサ先輩は意地悪な笑みを浮かべる。

 目ざとく見てくれてると言外に告げられたことで、言葉が出ないくらい恥ずかしい気持ちで一杯になった。

 ダメだ、口元が緩んじゃう……。 


「それじゃ、そろそろ行こうか」

「あ、はい!」


 恥ずかしさで赤くなった顔を俯かせていると、ツカサ先輩が手を引いてリードしてくれる。

 歩幅を合わせて優しく先導してくれているから、転ぶ心配もない。

 そうして向かった2-1組ではクレープ店をやっていて、手持ちで食べることはもちろん教室内の休憩スペースで落ち着いて食べることが出来る。


 そのクレープが美味しいとクラスの友達から聞いたボクは、ツカサ先輩と行く時はここにしようと決めていた。

 

「そういやルシェちゃんって日本に来てからゆず達とスイーツ店を巡ったりしてたんだっけ?」

「はい! スズカさんやナナミさんが色んなお店を紹介してくれますし、どのお店も素敵でした!」

「なら、ここのクレープにも期待して当然か」


 納得したように微笑ましい眼差しを浮かべるけれど、ボクとしては出来ればツカサ先輩とも行ってみたいと思っていた。

 今まさに現実になっているけれどね。


 そんな風に談笑をしていると、注文していたクレープが運ばれてきた。

 ボクのはストロベリーとブルーベリーが使われていて、クリームもふんだんに投入されている。

 ツカサ先輩のクレープはコーヒー風味のクリームにチョコレートソースをかけたものだ。


「「いただきま~す」」


 揃ってクレープを手に取り、一口頬張る。

 フルーツの酸味と甘みにクリームのまろやかさが絶妙に絡まった、極上の味が口の中一杯に広がっていく。

 

 ──あぁ……おいしぃ……。


 とっても幸せな気分だ。

 前にツカサ先輩に想いを寄せる面々だけで女子会も兼ねたケーキバイキングに行った時も、こんな幸せな気持ちになっていた。

 ツカサ先輩はあまり甘い物を多く食べられないけど、今日のように一つ分だったら快く付き合ってくれる。


「ツカサ先輩のはクレープはどうですか?」

「ルシェちゃんのに比べたらシンプルだけど、美味いよ」

「へぇ~……」


 簡素な返しを聴きながらも、ボクの視線はツカサ先輩の手にあるクレープに向いていた。

 他人が食べている物を見ると自分も同じ物が食べたくなる……というわけじゃない。


 全くないわけじゃないけど、思考の大半は『ツカサ先輩とクレープを食べさせ合いっこしたい』で占められている。

 恋人じゃないのにそういうことをしたいって言ったら迷惑かな……?

 もちろん、ツカサ先輩ならいいよって差し出してくれるだろうけど、食い意地の張った子だって思われたくない乙女心の問題だもの。

 

「あー、ルシェちゃん」

「は、はい? なんですか?」


 なんて考え事をしていたら、ツカサ先輩が話しかけていたことに遅れて気付いた。 

 慌てて聞き返すと、何故かツカサ先輩は苦笑を浮かべながら自分のクレープをボクに差し出して来て……。


「──情けないけど、一人じゃ食べ切れそうにないから手伝ってもらってもいいか?」

「え……?」


 言われた瞬間、ボクは自分の体が石みたいに硬直したのが分かった。

 だってツカサ先輩は自分に向けられる恋愛感情にちょっと鈍いところを除けば、とても気配り上手な人だ。

 そんな彼が自分でも食べれると思って、注文したクレープをボクに手伝ってほしいと言ったということは……。 


 ──クレープに向けていた眼差しがバレていたことに他ならない。


「ご、ごめんなさい。自分で注文すればいいだけですから、そんなに気を遣わなくても……」

「気遣うも何も、俺はルシェちゃんに手伝ってほしいだけなんだけど……」


 自分の考えが筒抜けだった恥ずかしさで赤くなる顔を俯かせて、食べたい気持ちを抑えて断るけれど、ツカサ先輩はあくまで残すのは勿体ないから食べて欲しいという姿勢を崩さない。

 その優しさが物凄く嬉しいけど、同時に羞恥心も煽って来る。

 たまにイジワルな時があるけど、まさかからかってるわけじゃないよね……?


「じゃあ一口だけ交換ってことならどうだ? それならフェアだろ?」

「──っ!?」


 そしてこの人は素でこんなことをさらりと言ってくるから、良い意味で心臓に悪い。

 それだとボクだけが得をするってことに全く気付いてないし。

 

 さっき自分一人じゃ食べ切れないって言ったのに……交換したら意味が無いのに。

 でも相手を思い遣っているツカサ先輩は中々折れないことも理解しているから、根負けしたボクは互いのクレープを一口だけ食べさせ合いっこをすることになった。


 ツカサ先輩が頼んだクレープは、コーヒーの苦みとチョコの甘さが合わさっても帳消しになるような不安定さはなくて、これが一番って思えるくらいに完璧な組み合わせだ。

 美味しい……。

 でもそれ以上に恥ずかしいよぉ……。

 

 今気付いたけれど、これって間接キスだもん。

 ボクは今にも顔から火が出そうなくらい熱いのに、ツカサ先輩は涼しい顔をして──ううん、していなかった。

 頬が真っ赤だ。

 それだけで彼も恥ずかしさを我慢して、差し出したクレープを食べていると分かる。


 どうしよう……そうと気付いたら余計にドキドキが止まらなくなっちゃった。

 緊張が顔に出ないように必死で、さっきまで口の中に広がっていたクレープの味は全く分からなくなる。 

 長いようで短い一口だけの食べさせ合いっこが終わって、ボク達が同時にクレープを離す。


「……」

「……」

「……ルシェちゃん」

「っ、はい!?」


 なんとも話を切り出しにくい空気の中、残ったクレープを無言で食べ切るとふとツカサ先輩が声を掛けて来た。

 びっくりして勢いよく彼に顔を向けると、ツカサ先輩の右手がボクの左頬に添えられ──ええええぇぇぇぇっっ!?

 ま、待って、ここで!?

 他の人もいるのに、そんな急に、きき、キスなんて……!


「よし、取れた」

「ふえ?」


 なんてことの無い調子で聞こえたツカサ先輩の声に、ボクは呆気に取られる。

 でも勘違いさせるような素振りに文句を言う暇もなく、ある行動で黙らされることになった。


「ほら、頬に生クリームが付いてたんだよ。早めに気付けてよかったよ」

「──っ!?」


 なんと、ツカサ先輩は掬い取った生クリームが付いた指を頬張った。

 ある意味間接キスより恥ずかしい行為を見せられて、クレープとは違うモノでお腹が一杯になった気がするのだった……。


 =====


 何とか調子を取り戻したボクは、もう一つ行きたかった場所へと足を運んだ。

 

「確か、ニホンのことわざには『二度あることは三度ある』というものがあったが、キミはどう思うのかな?」

「繁盛して何よりですよ」

「いやはや貴重なリピーターには感謝の念が尽きないよ」

「診断メーカーで名前を入力し直すような真似をしたいわけじゃないんですけどね」

「あ、あははは……」

 

 そこは『占いの館』というお店なんだけど、中で占いをしていたのはツカサ先輩の家に居候しているって聞いていたファブレッタ様だった。

 しかも話を聞く限りツカサ先輩がここに来るのは三回目らしい。

 つまりボクより前……ナナミさんとヒスイちゃんの分も占ってもらっていることになる。


 なるほど、それならこの人に占ってほしい運勢も決まったようなものだと確信した。


「それじゃボクもナナミさん達と同じく、ツカサ先輩との恋愛運を占って下さい!」

「ですよね~……」


 どうやらツカサ先輩にはボクの考えていることはお見通しだったみたい。

 仮定だろうと好きな人との相性は知っておきたいから、恥ずかしくても訂正する気はないけれど。


 そんな考えを浮かべている内に、ファブレッタ様は右手で作った輪っかから紫の瞳を覗かせてボク達を注視し出した。


「ほほぅ~……ふむふむ、なるほど~……」


 それで占えているのなんて疑問を感じるけど、ファブレッタ様にしか分からないことはハッキリと見えているようで、頻りに頷かれてはブツブツと譫言うわごとを口に出していく。

 まるで心の奥底を見透かされるような感覚を懐いていると、彼女は姿勢を正してから咳払いをした後に笑みを浮かべて……。









「女の子なら『アンリエット』、男の子なら『まこと』と名付けるといい」

「え……?」

「恋愛運の結果じゃなくて姓名判断!?」


 ……?

 どうしていきなり女の子と男の子の名前の話に?


 何のことを言われたのかボクには咄嗟に理解出来なかったけれど、ツカサ先輩は真っ赤にしてすかさずツッコミを入れた。

 その表情から彼はファブレッタ様が告げた助言の真意を察したみたい。


「ツカサ先輩。ファブレッタ様が仰られた言葉の意味がよく分からないんですけど、どういうことなのか教えてもらってもいいですか?」

「う゛ぇっ!?」


 なんだか置いてけぼりを感じて口に出した疑問に、ツカサ先輩はカエルを潰したような声を出して驚きの表情を浮かべた。

 一瞬喉痛くないのかなって考えちゃったけど、それは後にして今は疑問の氷解を優先することにする。


「数少ない独占欲を向ける少女たっての願いだぞ少年? 早急に答えるべきではないかね?」

「そう言うならファブレッタさんが教えてあげてくれませんかねぇ!?」

「今ボクが質問しているのはツカサ先輩にです! あの言葉にどんな意味があるのか答えて下さい!」

「わ、分かった! ちゃんと教えるから一旦落ち着いてくれ!」


 答える気になったツカサ先輩に詰め寄るのを止めて、言われた通り気持ちを落ち着かせてから耳を傾ける。


「ファブレッタさんが言ったことはだな、その……えぇっと……」


 でもツカサ先輩はさっきより顔が真っ赤で、視線が右往左往している。

 そんなに緊張することなのかな?

 恥ずかしいことじゃなかったはずなんだけど……そう思うも意を決したように真剣な眼差しを向けられて、回想する間もなく答えが齎される。


「お、俺とルシェちゃんがの先の話だ!」

「した事……? ──ぁ……」


 また遠回しな答えだなぁと思いながら返答を反芻すると、足りなかったパズルのピースを見つけたかのようにボクはツカサ先輩の言わんとしたことを理解した。

 同時に、爆発したように顔に熱が集まっていくのが判る……これ絶対頬が赤くなってるよ。

 

 ツカサ先輩とボクのした事……それは本来なら恋人同士でやることだ。

 深い事情があったとはいえ、ボク達は交際していないのに互いの体を重ねた。

 

 嫌だなんてことは無くて、むしろ自分の方からその、ツカサ先輩を誘った形になるんだけれど……とにかくそういうことがあったわけで……。

 そしてファブレッタ様が突如挙げた女の子と男の子の名前……そそそ、それってつまり……!!?


「る、ルシェちゃん? 大丈夫か?」

「ふえ!? は、はひぃ、ららい、らいひょうふれふ!!」

「本当に大丈夫か!? 噛みまくって呂律も回ってないぞ!?」

「あわわわわ……だい、だいじょう、ぶです……」


 羞恥心から困惑したボクをツカサ先輩は必死に宥めてくれた。

 少しして気持ちを落ち着かせてからふぅと一息つく。


「すみません。ちゃんと大慌てしちゃって……」

「え……」

「え?」


 何気なく発した言葉を聴いたツカサ先輩が、大きく目を見開いて呆気に取られた様子に、釣られてボクも同じ表情を浮かべる。


 ……あれ?

 今、何か物凄いことを口走っちゃった気がする……。


 茫然とする思考でゆっくりと自分の発言を思い返すと、どういう表情をしたらいいのか分からず口端が引き攣っていく。

 すると今まで沈黙していたファブレッタ様があからさまに拍手をし始めて。



「フフフ、キミ達は身も心も想いを通わせたというわけか。素晴らしい! 僭越ながら祝福を送ろうじゃないか!」

「イヤアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!??」


 悲鳴をあげてしまう程に強烈なトドメを刺してきた。

 悪い人じゃないんだけれど、ある意味苦手な人だと実感した瞬間だった……。 

 

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