287話 みすこんっ! 前編
『文化祭の五日前に今年もやってきたぜぃっ! 羽根牧高校ミスコン大会だぁぁぁぁっ!!』
「「「イエエエエェェェェイッッ!!!!」」」
放送部部長の三木先輩による、やたらハイテンションなナレーションに合わせて、ミスコンの会場となっている体育館内では羽根牧高校の全校生徒が熱狂の渦を起こしていた。
何故だか羽根牧高校では、文化祭の前夜祭的な扱いとしてミスコンが恒例となっている。
ちなみにミスターの方は無い。
あったからといって特に参加意欲があるわけじゃないから、気にしたことは無いけど。
『ルールは至って簡単! ミス羽根牧の候補者である女子達は、番号順に舞台に上がって自己紹介と何か特技を披露してもらうだけです! 男子は手元に配られている投票用紙に、各候補者から一名の番号を記入して投票して下さい! 総獲得票数が最も多かった候補者が栄えあるミス羽根牧の座と、文化祭をタダで満喫出来る無料券を贈呈しちゃいます!』
ルール自体に特別な点は無い。
しかし……。
『去年は生徒会の副会長がトップでしたが、今年も連覇出来るかと言われればそれは難しいかもしれません! 何せ今年の候補者達はかなりの強敵揃いだからです!! ではでは、早速本年度のミス羽根牧となる可能性を秘めた輝ける原石達に入場して頂きましょう!!』
「「「ワアアアアァァァァッッ!!」」」
まだ始まってすらいないというのに、会場の空気は既に最高潮に達していた。
それだけ三木先輩の司会進行が巧みだと分かる。
体育祭で見せたウザイ言動がなければ完璧なのになぁ……。
なんて考えている内に、舞台には候補者である十数名の女子達が揃いだしていた。
誰もが学校で噂になったことがある美少女達で、前回ミス羽根牧に選ばれた生徒会副会長はもちろん、ゆずやルシェちゃんに鈴花といった俺がよく見知っている面々もいる。
みんなミス羽根牧の座より、文化祭をタダで回れる無料券が目当てで参加しているのだが、さっきの三木先輩の言う通り本当に誰が一位になってもおかしない、最高峰と言っても過言ではないメンバーばかりだ。
『そしてそして! 壇上で間近に美少女達を見れるうらやまけしからんスペシャル審査員にはこの人!
2-2組の竜胆司氏に来て頂きましたーー!!』
「ど、どうも……」
三木先輩の紹介に合わせて、テーブルに置かれているマイク越しに挨拶をする。
そう、俺は実は今回のミスコンにおけるスペシャル審査員として選ばれているのだ。
スペシャル審査員が入れた票は通常票よりポイントが高く設定されているため、如何に審査員──つまり俺の感心を惹き付けられるかが、ミス羽根牧における最重要条件となっている。
というか、立候補した覚えは無いんだけどね?
突然放送で呼び出されたと思ったら、いつの間にか審査員をやるハメになっていた。
何を言っているか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からないんだ。
なんでも『普段から美少女達を囲っている上にモテ期真っ只中な竜胆君なら、色眼鏡に騙されない公正な審査をしてくれそうだから!』らしい。
別に好きでゆず達を囲っているわけじゃないんだが……まぁモテ期に関しては否定出来なかった。
それにアリエルさんなんていう、まさに絶世の美女から好意を寄せられていることもあって、目が肥えている自覚もあるけどさ……三木先輩の言い分に素直に納得したくない。
そんなちっぽけなプライドを内に秘めつつ、いよいよ候補者達の自己PRタイムとなった。
「え、エントリーナンバー一番、1-1組の小雪千愛です! 特技はお菓子作りです!」
黒髪をボブカットの長さに切り揃えた後輩の女の子は、緊張で顔を赤くして強張らせながら自己紹介と特技を語る。
それに対して、三木先輩が目を光らせて食いついた。
『ほほぅ、お菓子作りですか……何か作って来ているんですか?』
「はい! クッキーを焼いて来ました! 竜胆先輩、どうぞ!」
「いいのか? ありがとう」
水色の袋に梱包された小さなクッキーを取り出して頬張る。
サクサクとした食感とバターの風味が程よく効いていて美味しい。
「……うん、美味しいよ」
「ほ、ほんとですか!? よかったぁ……」
俺がそう感想を口にすると、彼女は安堵の表情を浮かべて実に嬉しそうだった。
実際、嘘でもなんでもなく美味しいと思う。
美味しいのだが……。
──正直、菜々美のクッキーと比べてしまい、あれがどれだけハイレベルな出来なのかを実感してしまう。
ごめんなさい三木先輩……。
俺の胃袋は完全にあの人に掴まれていて、完全に公正な判断力を失くしてました。
そんな申し訳なさを感じながらも、自己PRは進んでいく。
スポーツや勉強に歌とか演技力など、誰もが一生懸命なのが伝わる良い必死さを感じた。
副会長も連覇に向けて本気だ。
けれど、どれも身近にいる少女達の方が印象強く、今一歩票を入れたいと思い切れない。
特に歌を歌ってくれた隣のクラスの軽音部ボーカルには、途中で鐘を二回鳴らしたくなった。
一般的に見れば上手いはずなのに、どうしてもアリエルさんの歌声が頭にちらついて物足りなさを感じてしまうからだ。
っていうか、目や胃袋だけでなく耳すら掴まれてるってどういうことなんだろうか?
もしかすると、他にも何か……。
あれ?
俺、もうあの五人がいないとダメなやつになるんじゃ──いやいや、流石にそんなわけないだろ!!
……若干自分の五感を信じられなくなって来たなぁ。
なんて予想外な自分の気持ちに気付くハメになったが、ついにゆずの番がやって来た。
ふと、他の候補者によく見られた緊張が彼女には全くないことが一目で気付く。
流石と言うか、本気でアピールしたい相手が壇上にいるからなのか、言葉に困るが感心する他ない。
そう思っている内に、ゆずは息を吸って悠然と前を向き口を開く。
「──エントリーナンバー十三番。2-2組の並木ゆずです」
「「「「ワアアアアァァァァァッッ!!」」」」
「っ、おぉ……」
ゆずが名乗るや否や、突然歓声が沸き上がった。
思わず肩を揺らしてビックリしてしまうが、それだけ彼女が羽根牧高校で高い知名度を誇っていると思い知らされる。
『凄い歓声ですね! 事前調査でも並木さんの人気は相当なものだったと窺っていますので、これは決まったかぁっ!?』
名乗っただけで、ここまで男子達の注目を集めるとあっては、これま自己PRをしてきた女子達には脅威だろう。
てか、事前調査ってなに?
誰がやったの?
その疑問を尋ねる間もなく、三木先輩はゆずにマイクを差し向けた。
『それでは並木さん、あなたの特技はなんですか?』
「特技……そうですね、私にはこれと言った特技は実はないんです」
『文武両道で大抵のことは容易くこなしてしまう並木さんらしい返し! でも流石に何か一つ見せてもらえませんかねぇ?』
「そう言われましても……」
『お願いします!! 最近〝F〟の壁を越えたそのおっぱいで私の顔をビンタするとかでもいいんで!!』
「しませんよ!? というかどうして知ってるんですか!?」
三木先輩のプライバシーのへったくれもないセクハラに、ゆずが顔を真っ赤にしながら自身の胸を両手で守る。
どうしてあの人は女性なのに言動がおっさん臭いのだろうか。
しかしそっかぁ……つい越えたのかぁ……。
一部の女性が憎悪を向ける程の著しい成長ぶりに、俺はただそう感想を思い浮かべるしかなかった。
それは俺だけではない様で、男子達も『おぉ』と謎の感動を口に出している。
そのせいでミスコンに参加していない女子達からは
気持ちは同じだが顔に出すなよ。
『はい、というわけで、並木さんの特技は『転入から半年でカップ数が三つも上がった』でしたー!』
「そんな特技ありませんし、いりません!!」
終始セクハラでしめやがった。
ロクに自己PRが出来なかったゆずが不憫だわ……。
そうして次の候補者の番となり、その人物は……。
「エントリーナンバー十四番、1ー3組、ルシェア・セニエです!」
「「「「ウオオオオォォォォッッ!!」」」」
『でたぁぁぁぁ! 事前調査で『一番守ってあげたくなる女子一位』を獲得したセニエさんですよ!! 留学して一月とは思えない人気ぶりに、私、鼻から興奮が液化して出て来そうです!!』
汚いなぁ……。
三木先輩の気持ち悪すぎる反応に、眉を顰めてそんな罵倒が頭に浮かぶ。
ルシェちゃんはまさに守りたくなる雰囲気を持ってるから、分からなくはないがその反応は独占欲を抜きにしてもイラッとする。
それよりまた事前調査の話しが出てきたんですけど?
ランキングで一位なら、ルシェちゃんがミス羽根牧でいいんじゃないのか?
そう思わなくもないが、あくまで投票が本番だからと割り切ることにした。
『では、セニエさんはどんな特技がありますか?』
「えっと、祖国ではフィギュアスケートをやっていたので、体の柔らかさには自信があります!」
あぁ、なるほど。
だから体幹がしっかりしてるんだな。
まだまだ彼女のことで知らない部分があるんだなと素直に感心する。
『ほぅほぅ……最後の一言をもう一回言ってもらって良いですか?』
「え? 体の柔らかさには自信があります」
『聞きましたか男子諸君! 並木さんに勝るとも劣らないおっぱいに自信があるそうですよ!!』
「「「「ガタッ!!」」」」
「ふええっ!!?」
「誰が胸の柔らかさについての自信だって言った!!?」
堂々とセクハラをぶちかます三木先輩にツッコミを入れる。
つか男子共も反応してんじゃねえよ!!
お前らが指一本でも触れたら、問答無用で眉間に風穴開けんぞ!?
『ジョークですよジョーク! じゃあ柔軟をしてみてもらっていいですか?』
「は、はい。では前屈で頭を足に挟みますね……よいしょっ」
「「「おおっ!!」」」
顔を赤くしながらも、ルシェちゃんは上半身を百八十度以上に曲げて見事な前屈姿勢を披露した。
その有言実行の姿を見せられた会場に感嘆の声が上がる。
あの体の柔らかさが、彼女の実力に繋がっていると思うと俺も感心するばかりだ。
と、思っているとある人物の行動が目に留まった。
前屈姿勢のルシェちゃんのスカートの内側を覗き込むように、頭を低い位置に降ろして見上げている三木先輩の姿が……。
「みえ……みえ……」
「だからセクハラをするなって言ってんだろうが!!」
「わわっ!?」
「あっ!?」
俺のツッコミで、自分の状況を察したルシェちゃんが姿勢を保ったまま片手でスカートの裾を押さえた。
何気に凄い器用さを見せ付けられたが、結果的に目論見が失敗に終わった三木先輩はお菓子を落とした子供みたいな大声を発した後に体勢を元に戻して……。
「…………チッ」
「いや、舌打ちしたいのはこっちなんだけど?」
なんで『余計な事をしやがって』みたいな目で見て来るの?
公衆の面前でセクハラ行為に及ぶ方が悪いに決まってんだろ。
『まぁ気を取り直しまして、セニエさん、ありがとうございました。あと、桃色が可愛かったです』
「ええっ!?」
「うわぁ……」
ちゃっかり色まで報告しやがった。
なんでこの人は留置所から出ているのだろうか。
そう思わずにいられないレベルのセクハラにただ引く。
『変な空気になってますが、次の方で候補者の自己PRは最後ですよー!』
「誰のせいだ誰の……!」
『さぁ、壇上へどうぞー!』
「おい」
呆れるばかりの俺の言葉をスルーし、三木先輩は最後の候補者──鈴花を壇上に呼ぶ。
その表情はいつもの彼女らしからぬ険しいものだ。
実は、鈴花は前回のミスコンにおいて三位に入賞した事がある。
その時に物凄く悔しそうな表情を浮かべていたことは良く覚えていた。
何故だか、一世一代のチャンスを逃したような……そんな感じだった気がする。
「──エントリーナンバー十五番、2-2組、橘鈴花です」
固い態度のまま、そう自己紹介する。
今年も随分とやる気なようで、片手にはプラスチック製の弓と矢が握られているのが解った。
『橘さんの特技はもしかしなくても、その手に持ってる弓と矢が関係してる感じですか?』
「うん。運営の人に頼んで、的も用意してもらってるよ」
『ほほぅ! それは楽しみですね!』
三木先輩がそう感心していると、黒子の衣装を纏った人が壇上に上がり……。
──三木先輩の頭に風船が付けられた帽子を被せた。
『……はえ?』
「それじゃ始めますね」
『ちょちょちょちょ待って下さいよ!? なんで私の頭の上に!?』
さも当然の様に鈴花が矢を弓に番えると、三木先輩が慌てふためきながら制止の声を上げる。
まるでセクハラに対する罰にみえて、不謹慎ながら『ざまぁ』とほくそ笑みたくなってきた。
『イヤアアアアッ!? 竜胆君がなんか悪いカオしてます!?』
おっと、あまりに綺麗な因果応報が滑稽すぎて、顔に出ていた様だ。
でも不思議と罪悪感はないな……三木先輩だからか。
うん、超納得。
『いやいや、何納得したように頷いてんですか!?』
「あの、的に動かれると狙い辛いんですけど……」
『こっちはこっちで先輩を的呼ばわりしてる!? チクショー、こんなところに居られるか! 私は壇上を降りるぞ──って、ぬわぁっ!?』
そう言って逃げようとする三木先輩を、さっきの黒子衣装の人が羽交い絞めにして捕らえた。
いつの間に……全然見えなかったんだけど、もしかして魔導少女なのかな?
最近、そう言えばなんでも納まる気がしてきたが、ようやく鈴花の特技披露の舞台が整った。
『ヤメロォォォォッ! はなせェッ! なにご丁寧に両手を捕まえて耳を塞げなくしてやがりますか!? だ、だが私の手を掴んでる限り、貴様も巻き添えに──ってナニィィィィッ!? 耳栓ッ……だとぉッ!? コイツ……ちゃっかり自分の身の安全を確保してやがったァァァァッ!!?』
ほんと元気だなぁ、この人……。
なんて呆れている内に、鈴花は狙いを定め…………矢を射った。
矢はまっすぐ三木先輩の頭上に向かって飛翔し……。
─パアァァァァァァァァンンッッ!!!!
『──~~~~~~っ!!??』
大きな破裂音と共に、三木先輩の声にならない悲鳴が体育館に響き渡るのだった。
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