288話 みすこんっ! 後編


『え~、三木先輩が鼓膜の負傷でダウンしましたが、ミスコンはこのまま続行します』

「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」」」


 改めて俺がマイクを片手にそう宣言すると、会場は元の熱狂を取り戻した。

 三木先輩が倒れてから既に三十分は経過しているが、その間に一次選考の集計を終えたところだ。


『それじゃ、一次選考を突破した三名の番号を読み上げるぞ』


 先に結果を知らされた俺の印象としては、盤狂わせというか当然の結果といったところだな。

 何せ……。


『一次選考を突破したのは……十三番、十四番、十五番の三人だ』

「「「「ワアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!」」」」


 俺が結果を言い終えた途端、歓声が大いに沸き立つ。

 今言った番号に当て嵌まるのは、ゆずとルシェちゃんに鈴花の三人だ。

 盤狂わせと言ったのは、前回王者である生徒会副会長がファイナリストに残れなかったからだ。


 そして当然の結果と謳ったのは、この三人だからこそ。


 この中からミス羽根牧が選ばれることとなるが……正直俺も誰に入れようか迷っている。

 もしゆずかルシェちゃんに入れたら、二人のどっちかを選んだって捉えられかねないし……だからといってその気もないのに鈴花に入れるのも違う気がするしなぁ……。


 あれ?

 詰んでない?


 なんて未来に軽く絶望している間に、最終選考の準備が進んでいく。

 最終選考は、演劇部の服飾担当が作った複数の衣装の中から一つを選んで着用し、壇上でミスコンへの意気込みを語るという内容だ。


 衣装の着こなしと宣言内容で、如何に投票者達の心を掴めるかが勝負の鍵となっている。

 そうして彼女達が準備を終える十五分が経過した。


『えーそれでは、最終選考の時間となりました! まずはエントリーナンバー十三番の方からどうぞ!』


 司会進行と審査員を同時に担うハメになった俺は、台本とマイクを持って最終選考の開始を宣言する。

 まず最初に壇上に上がったのはゆずだ。

 

 選んだ衣装は赤ずきんの格好だった。

 彼女の黄色の髪と赤フードのコントラストがとても合っている。


 そんなゆずにマイクを手渡し、ミスコンに対する意気込みを語り出す。


『私は……半年前まで学校の行事に全く興味を懐けませんでした』


 過去の自分を振り返って告げられた内容は、一部の人間……魔導と唖喰の存在を把握する人には意味合いがかなり違って聞こえるものだった。

 そう、まだ半年だ。

 俺がゆずの日常指導係になって、まだそれだけの時間しか経過していない。


『時間の無駄だ、その時間で出来ることをやる方が効率的だと、穿った目線で見ていました』


 だというのに、自分の人生の大半を過ごしたかのような濃密な日々は、どれも良いことばかりではないはずなのに思い出深く感じる。


 それはゆずも同じなのだと、不思議と確信出来た。


『ですが……この高校に来てからみなさんと日常を共有していく中で、過去の自分がどれだけ狭い視野で世界を見ていたのかと怒りすら湧くほどに、私はとても充実した毎日を過ごせています』


 そう言いながら、ゆずは俺の方へ視線を向ける。

 あぁやっぱり一番割合を占めているのは俺かーっと、どこか照れくさい思いを感じた。


『このミスコンを目一杯楽しむことで、私は少しでもこの場に入る皆さんと思い出を作れたらいいなと思っています……以上です」


 ──パチパチパチパチ……。


 誰も歓声を上げることなく、静かに拍手を送った。

 それほどまでに、ゆずの意気込みは会場の心を鷲掴みにしたのだ。

 もちろん、俺も同じように拍手を送っている。

 

 ゆずは俺に軽く笑みを向けて、壇上を降りて行った。

 次は十四番……ルシェちゃんの番だ。


 先発だったゆずと入れ替わって壇上に上がった彼女の装いは、フランスで初めて会った時のマーメイドドレスと似ているもので、露出は抑えているが貝殻の胸当てから人魚姫だと分かる。


 王子に会いたくて声と引き換えに地上に来たのに、声が出ないせいで彼に想いを伝えられず、最後は泡になって消えたというお伽噺……一歩間違えば彼女も同じようになるのかもしれなかったと思うと、無性に感慨深い気持ちが浮かんで来た。


『ボクは今日、大好きな人に自分の晴れ舞台を見て欲しくて参加しました!』

「「「きゃああああああああ!!!!」」」

「「「ええええええええええ!!??」」」


 ルシェちゃんの言葉に、男女で真逆の反応が返された。

 女子は大胆な告白に歓声を、男子は既に意中の相手が存在することに絶叫している。 

 何人か自分かもと期待の眼差しを浮かべているやつもいるが、彼女が指した大好きな人とはどう考えても俺の事だろう。


 傍から聞けば自惚れに聞こえるだろうが、事実なのでどうにも心臓の鼓動が落ち着かない。


 まぁ、ルシェちゃんがミス羽根牧の座を獲得したのなら、俺が大事に想っている子が一番なのだと自慢出来る。

 俺以外の誰の目にも留めたくないという、我ながらなんとも面倒な独占欲を抜きにすればの話だが。

 形容し難い自分の心境は心の片隅に追いやるとして、ルシェちゃんの話の続きに耳を傾けよう。


『友達に薦められた時は自分でいいのかなって思ったりもしたんですけど、その自信を付ける為にこうしてここに立っています! だから……』


 ルシェちゃんはそこで一度言葉を区切り、息を吸って毅然とした表情で前を向き……。


『ミス羽根牧に選ばれたら、その人と一緒に文化祭を回りたいです。……ありがとうございました!』


 そう言ってルシェちゃんは頭をペコリと下げて礼をした。

 彼女の健気な宣言に心を打たれたのか、ゆずの時とは違った拍手が送られる。


 対する俺はというと、未だハッキリと答えを出せていないことに恥じるばかりだった。


 いい加減に自分の気持ちを明確にしないと、一生モノの十字架を背負うことになる。

 そう自らを律しつつ、進行を続けていく。


『……では、最後はエントリーナンバー十五番、どうぞ!』


 順番的にとなった鈴花を壇上に呼ぶ。

 それに合わせて舞台に出て来た彼女は……。





 



 ──何の変哲もない、羽根牧高校の制服姿だった。

 

 どうしたのか、勝負を捨てたのかと会場がざわつく。

 俺も同様に呆気に取られていると、鈴花がこちらに近付きマイクを奪い取った。


 その行動でさらに会場が動揺に包まれるが、彼女は一切気にしない素振りのまま憮然とした面持ちで前を見る。


『……一曲、歌う』

「「「え……?」」」

『歌う曲は〝オクナグサ〟。聞いて下さい』


 有無を言わさず端的にそう告げると、BGMが体育館に響き出す。

 鈴花が歌うと言った『オクナグサ』は、明るいラブソングに定評のある歌手がリリースして来た曲の中で、唯一『失恋』がテーマとなっている歌だ。

 

 異種と揶揄されるその曲は、発表されてから五年以上経つというのに未だ根強い人気を誇っている。

 

 失恋がテーマとあって曲調はバラードだ。

 歌詞の内容は、少女には幼い頃から好きだった相手がいるのに、その想いを告げることなく離れ離れになって互いの人生を歩むという、所謂別離エンドと言える流れになっている。


 タイトルのオキナグサの花言葉は『何も求めない』、『告げられぬ恋』、『心の闇は内に隠して』といったネガティブなもので、歌詞はそれらに準ずるように出来ていた。


 そして、そんな歌を歌う鈴花の歌唱力は、一般的にみれば上手い方に位置する程度だ。

 アリエルさんはもちろん、一次選考の時に歌声を披露した軽音部の同級生より拙い。

 だが……会場にいる全員が静かに聴き入っていた。


 人が歌っている時は静かに、なんて良識からじゃない。

 単純明快……鈴花が歌に込めているであろう気持ちが男女問わず、心に響かせているからだ。


 前の二人が前向きな意気込みだったのに対し、鈴花は後ろ向きに感じる。

 なのに、二人以上に会場の観客達の心を鷲掴みにしていた。

 それほどまでに、この歌に込められた切ない思いが届いていると思い知らされる。


 鈴花らしくない……。

 長年アイツの友達として近くにいる俺でなくとも、そう確信出来るギャップが原因だろう。

 だからこそ、どうしても疑問が尽きない。


 ──何か隠しているのか、と。


 その理由が一向に不鮮明なまま、鈴花は持ち時間をギリギリまで使って歌い切った。

 司会兼審査員として一番近い壇上にいるからこそ、その額に汗を滲ませているのが分かる。

 曲が終わっても余韻が冷め止まない中、鈴花は無言で礼をして壇上から降りて行く。


 圧倒された会場に拍手すら起こらない中、何故だかその背中がやけに哀しそうに見えた理由も、俺には分からずじまいだった。

 

『優勝者は……エントリーナンバー……』


 三十分後。

 最終選考の投票が終わり、結果が舞台のバックスクリーンに映し出される。

 そこに書かれていた優勝者の名前は……。


『……十五番!!』

「「「「「ワアアアアアアアアアァァァァァァァァッッ!!!」」」」」 


 鈴花が去年の雪辱を果たし、見事ミス羽根牧の座に就いた。

 言葉で語るのではなく、歌で観客の心を掴んだ斬新さが票を集めたようで、スペシャル審査員の票もあまり意味をなさない票数を獲得したようだ。


 本人も優勝出来るとは予想していなかったようで、呆けたままのなんともしまらない表情をしている。


 そうしてミス羽根牧の証である表彰と文化祭無料券を受け取った後に、ミスコンは盛況喝采の成果を残して幕を閉じた。


 ~~~~~


「にっしし~♪ 無料券ゲット~」

「おめでとうございます、鈴花ちゃん」

「歌、すごく良かったです!」

「ありがと。二人に勝てるなんて思ってなかったから、自分でもびっくりだったけどね」


 放課後、オリアム・マギ日本支部に向かう道中でゆずとルシェちゃんが鈴花の健闘を称えた。

 対する鈴花は、優勝したのに謙遜を口にする。


「そんなことはありませんよ。鈴花ちゃんが素敵な人だという事は、私達が良く知っていますから」

「そうですよ! スズカさんなら当然の結果です!」

「あ、あはは~。あんま手離しに褒められると恥ずいって」


 だが、純粋に鈴花を褒める二人にそんな照れ隠しの謙遜など通用するはずもなく、顔を赤らめて逃げるように俺の元へ駆け寄って来た。


「お疲れ。あと優勝おめでとう」

「ちょ、司までやめてよ~?」

「てっ……」


 素直に優勝を称えると、鈴花は背中を思いきり叩いて来た。

 地味に痛い。


「アンタのことだから、ゆずかルシェアに票を入れたんでしょうけど、残念だったわね」

「何が残念だよ。第一……」


 そう見透かしたように語る鈴花に、俺は背中の痛みの意趣返しとして反論をする。






「俺はお前に票を入れたんだよ」

「──え?」


 言うや否や、鈴花は虚をつかれたようにその場に立ち尽くした。

 数歩進んでそのことに気付いた俺は、顔だけ後ろに向けて声を掛ける。


「お~い? どうした?」

「──っ、ど、どうした、じゃないっての! 何考えてんのアンタは!?」


 俺の呼び掛けに鈴花はハッとした表情を浮かべた後、何故だか顔を真っ赤にして食って掛かって来た。 

 

「何をって、ミスコンのルールに則って一番票を入れたいって思ったのは鈴花で──」

「そういうことを聞いてるわけじゃなくて! アンタはゆずかルシェアのどっちかに入れるべきでしょ!?」

「そりゃ二人と比べて誰に入れようか悩んだけど、さっき言ったように鈴花に入れるって決めたんだからいいだろ?」

「だから……あぁもう! こんなときにまでヘタレてんじゃないっての、このバカ!!」


 おい待て。 

 なんだその言い掛かりは……。


 そう呆れてモノも言えない俺を一瞥し、鈴花は前を歩いていたゆず達の元に戻って行った。

 

「鈴花ちゃん? 顔が赤いですよ?」

「あ、本当……優勝したことが嬉しいんですね!」

「え、あぁ、うん。そう。そうね……」


 何やらゆず達にいじられながらも、俺達は今日も唖喰との戦いに備えて鍛錬に勤しむのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る