252話 よくあること


 フッと、唐突に水底から浮き上がったように、瞼を閉じたままで翡翠は目覚める。

 なんだかとても長い間眠っていたようで、全身にまだ気怠さが残っていた。


 だが、不思議なことに温かいものに全身を包まれているように感じる。

 それはとても安心する感覚で、特に不愉快に思えない。 


「ん……」


 せめて、今いる場所がどこなのかを確かめようと、重い瞼を開ける。

 そこは、辺り一面が白で統一されていた。

 唖喰の持つ不気味な白さとは対極的な、清潔感のある白だ。


「……ここ、は?」


 なおも、自分がいる場所が分からないでいる少女──天坂翡翠は、掠れる声でそう呟く。

 やがて徐々に覚醒していく意識の中で、今いる場所がオリアム・マギ日本支部の医務室、その一画にあるベッドの上だと察すると、彼女は慌てて上半身を…………起こそうとして、失敗する。


「あ、あれ……?」


 いつもならすぐに起きれるはずなのだが、何故か腰から下が異様に力が入りにくいのだ。

 どういうことなのか疑問に思っていると、ベッドを囲っているカーテンが開いた。


「……よう、起きたか」

「あ、みぃちゃん……」


 目覚めた翡翠に声を掛けたのは、いつものグレーのパーカーにマスクを付けた、気怠けなジト目をした赤毛のショートヘアの少女──蔵木美衣菜だった。

 医務室で眠る自分を心配してくれていると察して、翡翠は無性に嬉しくなる。


「あ……」


 そして、ようやく思い出す。

 自分がどういった経緯で眠っていたのかを。


「ひ、ぅ……」

「おい……」

「だ、大丈夫です……ちょっと足が、痛くて……」


 顔を蒼褪めさせ、全身を恐怖で震わせる翡翠に、美衣菜が珍しく安否を尋ねる。

 思い返すのは、シザーピードから受けた地獄にも等しい捕食だった。

 

 骨がバキバキと砕け、肉がブチブチと千切られていく感覚は、少女に耐え難い苦痛とトラウマを残すものであった。

 美沙達であっても、あれ程の重傷を負ったことはないだろうと理解出来る程に、翡翠の心に深く刻まれており、それが幻肢痛となって現れている。


 四肢欠損の重傷を受けた際、治癒術式を施されてもすぐに元のように動かせないことが多いと、魔導の授業で聞いたことがあった。

 治癒術式で回復しても一度欠損したことで、感覚が麻痺した脳の認識が追い付かないためだとか、翡翠の頭ではイマイチ理解出来ない内容ではあったが。


 ともかく、下半身を欠損したことによって動かせないのなら、しばらく歩くことも出来ないだろう。

 これから行うであろうリハビリを思うと幾分か億劫になるものの、生きていれば何とかなると前向きに考えることにした。


 そして丁度いいと、翡翠は美衣菜にあることを尋ねる。

  

「みぃちゃん!」

「なんだよ?」

「──おねーちゃんはどうしてるです? わたしを治してくれて、お話をするって約束をした後はどうなったのか、知らなくて……」

「……」


 そう、翡翠は朧気ながらも美沙との会話を記憶しており、後で彼女に司が好意を持っていたと伝えようとしていたのだ。

 あの約束を果たすために、彼女が唖喰から自分を守ってくれたからこそ、こうして無事なんだと信じていた。 


 だが、美沙の安否を知っていると踏んで尋ねた美衣菜の表情は、眉間にシワを寄せ、半開きの目がさらに細められるという、マスクを着けていても分かる程に思わしくなかった。


 ひょっとして、美沙も何か重傷を負ったのか……そんな不安が胸を過る。


「みぃちゃん?」

「アイツは……」

「やっぱり、おねーちゃんも怪我をしてるの? 隣のベッドにいるの? それとも、部屋で休んでるです?」

「……どっちにも、いねえよ」


 どっちにもいない……だとしたら、病院なのだろうか?

 そう思った翡翠は、さらに美衣菜に尋ねる。


「なら、病院にいるってことです? 元気になったらどの病室にいるか教えて欲しいです!」

「~~っ、だから、アイツは……もう……」


 何か気に障ることを言ってしまったのか。

 やけに煮え切らない返事をして、フードを降ろして赤毛の髪を乱暴に掻き毟る美衣菜に、翡翠は戸惑い気味に問い詰める。


「みぃちゃん? なんだか様子が変です?」

「──あぁ? あー、そうかもな。変にイライラしてんだよ」


 マスクを着けているのにも関わらず、自身の心情をイライラすると評した美衣菜の言葉を聞き、美沙の身に何があったのだろうかと、翡翠は段々と不安を胸に募らせていく。

 

 ならばと、再度美沙のことを問い質す。


「お願いですみぃちゃん。おねーちゃんがどこにいるのか教えて?」

「……ッチ」


 だが、その質問にも美衣菜は良い顔をせず、苛立ちを露わにする。

 それを紛らわすように、再び頭を掻いた後……。





「アイツはもう、

「──ぇ?」


 美衣菜が何を言ったのか、翡翠は咄嗟に呑み込めなかった。

 美沙がどこにもいないとはどういうことなのか……その言葉の意味を、頭と心が理解することを拒んでいるように感じる。


「……い、意地悪しないで欲しいです。おねーちゃんは、どこにいるの?」

「いくらあたしでも、冗談でそんなこと言わねぇってこと、オマエもよく知ってんだろ……」

「で、でも! おねーちゃんは、後でわたしの話を聞いてくれるって、約束してるです!」

「約束しようがしまいが、アイツが……アイツが時点で無効だっての」

「死んでなんかない!! だって約束したんだもん!! おねーちゃんは……約束するって、言ってくれたもん……」


 自分が必死に考えない様にしていた事を、美衣菜は目を逸らすなと突き付けるように語る。

 それを受け入れられない翡翠は、目尻に涙を浮かべながらも美沙の死を拒絶するばかりであった。


「おねーちゃんは、きっとすぐに戻って来るです……わたしがこうやって生きているなら、おねーちゃんだって、元気なはずです……おねーちゃんにどーしても、言わなきゃいけないことが、あるです……。みぃちゃん、おねーちゃんは、どこ? 教えて、おねーちゃんは? どこにいるの? いつ、戻って来るの……?」

 

 ポロポロと涙を流しながら、弱々しい声音で縋るように尋ねる。

 父親と兄に見捨てられ、母親は唖喰に喰い殺され、強く慕っていた美沙もいなくなるなど、翡翠には到底納得出来るわけがない。

 

 特に、二人がどれだけ仲が良かったかを良く知る美衣菜には、翡翠が涙を流す理由を客観的に悟る事が出来た。

 

「──死んだ奴が戻って来るかよ」


 だが、それを分かっていても彼女は翡翠に美沙の死という現実を突き付ける。

 それが、時間が巻き戻らない限り永遠に変えようの無い不変の事実として。


「アイツは……唖喰に殺されて遺体も残ってないんだぞ……」

「──っ!!」


 遺体すら残されていない。

 その事を告げられた翡翠は、美沙がどういった経緯で死に至ったのかを悟らされる。

 

 ──気を失っていた自分を守るために、彼女は亡くなったのだと。


 美沙の命と引き換えに生きていると認識したことで、翡翠はより大粒の涙を流す。

 此処に至って、翡翠は自分が魔導士になったを深く後悔する。


 自分が足を引っ張ったから、美沙は死んだ。

 彼女を守るために魔導士になったのに、守りたい人を自分のせいで死なせてしまった。

 

「ぇ、あ……それじゃ、つーくんさんは……」


 そしてすぐに気付く。

 美沙に伝えようとしていた、司の想いも同時に叶わなくしてしまったことを……自分のせいで、両想いだった二人を引き裂いたのだと。


「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!!」


 顔を俯かせ、美沙と司に謝罪の言葉を口にしながら、ボロボロと滝のように後悔と罪悪感の籠った涙を溢れ出させる。

 もうすぐ十二歳になる少女の心に、一生消えることのない罪の意識が根を張る。

 その後悔の念を後押しするように、両足がズキズキと痛む。

 

 これは罰だ。

 好き同士の二人を決定的に仲違いのままにさせてしまった、罪に対する罰だ。


 絶望に沈む心に、そう言い聞かせていく。

 最早、死でもあがなうことを許されないと……許されようと思うことすら烏滸がましいと、自らに十字架を背負わせていった。

 

 この罪の代償は、死ぬまで戦い続けることでしか払えないと思い至る。

 

「──唖喰なんかがいるから……みんなみんな、唖喰が悪いんだ……」

「おい?」


 ブツブツと、胸の奥底から湧き出る黒い感情を吐き出す翡翠に、美衣菜は声を掛けるものの、少女はそれに気付かないままある決意を下す。


「唖喰なんか、みんな殺してやる!! おねーちゃんとお母さんを殺したやつらなんか、全部殺してやる!!!!」


 カッと、爆ぜるように翡翠の体から決壊したダムのように凄まじい魔力の奔流が発生する。


「──っチィッ!? マジかよコイツ……魔力暴走を起こしやがった……ッ!?」


 間近にいた美衣菜は、その奔流に吹き飛ばされはしなかったが、大きく後退させられた。


 魔力暴走とは、強く大きな魔力を宿す人間が激情に駆られた際に発生し、一種の癇癪とも言えるそれを翡翠は引き起こしたのだ。


 だが、翡翠が起こしたそれは、ある一点だけ未知の現象が起きていた。


「あっちぃ……ッ!? んだよこれ? 魔力暴走は初めて見るけど、こんなとか聞いた事ねぇぞ!?」

 

 美衣菜は翡翠の体から発する魔力により、肌が焼けるような熱さを感じた。

 魔力の暴走と言っても、あくまで元は魔力であるため、周囲が吹き飛ぶといったことはない。


 しかし、今起きている魔力暴走は火傷のようなじりじりとした痛みを美衣菜に感じさせていた。

 ならば、その中心にいる翡翠はどうだろうか?


 周囲のカーテンやベッドに引火する以前に、少女の身が持たないと察せられた。


「あぁ、クソ! メンドくせーなぁ!!」 


 前例のない事態に、美衣菜はこの現象を一刻も早く止めなければと直感する。

 

 今医務室にいるのは、翡翠と美衣菜の二人だけで、他の人間はいない。


 それが不幸中の幸いというべきかは悩ましいところであったが、美衣菜はひとまず自暴自棄になった翡翠を止めることにした。


「オイ、ガキ!! テメェ、今すぐそれを止めろ!!」


 魔導器を起動させ、黒のボロマントを羽織った赤色の魔導装束を身に纏って、翡翠の魔力が起こす発熱現象から身体を保護し、荒れ狂う魔力の奔流に逆らいながら少女に近付き、制止を呼び掛ける。


「嫌だ!! おねーちゃんを殺したやつらなんて、いなくなればいいの!! だからわたしが殺す!!」

「寝言いってんじゃねえぞ!! テメェ一人が加わったところで簡単に全滅出来るようなやつらじゃねえんだよ!!」


 だが、自暴自棄からヤケになっている翡翠に美衣菜の言葉は届かず、感情のまま拒絶された。

 そんな少女の反論に、美衣菜は苛立ちを露わにしつつも翡翠へ肉薄する。


「そんなの、やってみないと分かんない!!」

「~~っっざけんじゃねぇぞッ、クソガキがァッ!!」

「ぐ……がふっ!?」


 翡翠の着ている病衣の襟を掴み、強引にベッドから引き摺り降ろす。

 背中から硬い床に叩きつけられた彼女は、肺の空気を押し出されたことで咽る。


「けほっ、かほっ……なにすr──」


 ──ダンッ!!


 咳込みながら呼吸を整えて美衣菜に怒りをぶつけようとした瞬間、彼女は翡翠に馬乗りになって、その頬を掠める位置に刀身が取り付けられたマスケット銃が突き刺した。


 そのあまりの早業に、翡翠は目を見開く。


 美衣菜がいつマスケット銃を取り出したのか、そして自分の頬近くに突き刺したのか、彼女には一切視認出来なかったのだ。


 頬に薄く出来た赤い線から感じる痛みと、戦慄する程に開いている実力差によって、魔力の奔流は一時的に弱まる。


「おい、クソガキ……今の攻撃、見えなかっただろ?」

「あ……ぅえ……」


 その問いに、翡翠は否定は出来なかった。


「……で? 今のが見えないくらいに弱いオマエが、一体どうやって唖喰を皆殺しにするんだ? アァ?」

「ひ、ぁ……うぅ……」


 動揺を隠せない彼女に、美衣菜はさらに現実を思い知らせる。

 だが、それでも翡翠の怒りは治まらない。


「つ、強くなるです!! い、今は弱くても、絶対に強くなって──」

「それで?」

「っ、つ、強くなって……唖喰を全部殺す!!」

「──ッハ、テメェがか?」


 慄きながらも、向こう見ずな言葉を口にする翡翠に美衣菜は一笑する。


「じゃあ聞くけどよ、組織が三百年掛けても一切全容が明かせない……最高序列に名を連ねる魔導士達が何十代経ても苦戦する……そんな化け物を相手にして、オマエはどうやって殺すんだ?」

「──っ、そ、そんなの……」

「ん?」

「そんなの、死ぬまで戦うだけです!!」

「は? オマエが、死ぬまで?」

「ひっ、あぅ……えぅ……」

 

 決して変えようのない事実を再度告げ、美衣菜は翡翠の殺意に満ちた心を揺さぶりをかけた。

 それによって出来た心の隙を逃さず、彼女は美沙の死とは別にとある事実を告げる。


「話のついでに教えてやるよ……テメェが殺す殺すつった唖喰はな……、











 

 絶滅させることが出来ないって、組織が百年も前に決めてんだよ。これはな、組織に一年以上いたやつ全員が知ってることだ。あたしやアイツもな」


 組織に所属して一年以上在籍した人物に対し、年齢に関係なく公平に伝えられる、唖喰の絶滅不可を。


「──ぇ…………?」


 あまりに先の見えない事実に、翡翠は一気に肝を冷やした。

 皮肉にも、その事で彼女が起こしていた魔力暴走は炎が凍るように静まる形で以って、体現する程に。


 それもそのはず……何故なら翡翠が魔導士になると決めて、既に一年以上経過しているのにも関わらず、彼女はその残酷な真実をからである。

 

「アイツがな、テメェに知らせるのは待ってくれって支部長や他の奴らに言ってたんだよ。オマエを傷つけたくない一心でな」

「おねー……ちゃんが……?」


 美沙がそんなことをしていたと知らされ、翡翠は愕然とした。

 知らず知らずの内に、美沙に守られていたと知ったが故に。


「で、だ……言ってみろよ?」

「──え?」


 呆ける翡翠に、美衣菜は追い討ちを掛けるように問い質す。


「弱い弱い泣き虫なお嬢ちゃんのオマエがッ! どれだけ強くなってッ! どうやってッ! ……絶滅出来ない奴を全部殺すって言うんだ?」

「──っ、ひぐ、う、あぅ……」


 美衣菜の口から語られる、天坂翡翠という少女の等身大の姿が、グサグサと彼女の心に突き刺さる。

 それが紛れもない事実だと、本人が強く自覚しているからこそ、心の痛みが涙となって流れ出す。


 だがしかし、蔵木美衣菜は続ける。

 これがお前が憧れて肩を並べようとした、魔導士という存在の現状なのだと。


「歴代最強って言われてる現最高序列の第一位様でも出来ないことをッ! ちっぽけなガキのテメェがだッ! アァッ!? 言ってみろよ!!?」

「う……ううううううううう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅぅぅぅぅぅぅぅ~~っ!!」


 ──出来るわけがない。

 

 そう……思い知らされた。

 口を目一杯キュッと強く結び、目からボロボロと泣き出すことしか出来ず、殺意に満ちた心は完全にへし折られた。


 傍から見れば人格否定に等しい罵詈雑言であったが、美衣菜としてはそれ以外に出来る手段がなかった。

 何も、彼女は翡翠を気遣った訳ではない。

 

 ただただ、魔導士として決して目を逸らすことの出来ない現実を、自棄になった少女に直視させただけである。

 

 魔導装束を解除し、マスクを着け直した美衣菜は床で仰向けになって泣くだけの翡翠を抱えて、抵抗もしない彼女をベッドに戻す。


 そして、泣き続ける少女に最早言う事は無いと、美衣菜は医務室を出ようとする。


「──みぃちゃん……」

「あん?」


 涙混じりの声で、翡翠に名を呼ばれた。

 

「みぃちゃんは……どこにもいかない……?」

「……」


 美沙が居なくなったことで、唯一と言って良い程に心を許せる存在となった美衣菜に、翡翠は藁にも縋る思いで尋ねる。


 対し、彼女は何も言わず頭を掻いたあと……。


「アイツにも言ってなかったけどよ、アメリカ本部から異動命令が出てる」

「え……? ど、どこ……に?」

「さぁ……お子様のオマエには一生縁の無い、遠いどっかってことしか言えねぇな」

「や、やだ……」


 そんなとても大事な話を何の気なしに明かす美衣菜に、翡翠は駄々をこねる様に拒絶する。

 しかし、それも意味を成さない。

 美衣菜の口ぶりから、彼女は既に異動命令を承諾しているのだ。

 

 ──自分と顔を合わせることも無くなるかもしれない、どこか別の場所へ。 


 だからといって、察しても納得は出来ない少女は、涙を流して嗚咽を混ぜながら美衣菜を引き止める。


「おねーちゃんだけじゃなくて、みぃちゃんまでわたしの傍にいなくなるなんて、やだよぉ……ひとりぼっちにしないで……やだぁ……ひとりは……いやだよぉ……」

「──あのなぁ……」


 唐突に訪れた孤独という現実に、翡翠はひたすら嫌だと訴える。

 だが、美衣菜はそんな彼女に振り返って顔を合わせることなく淡々と告げる。



「唖喰と戦って死ぬとか、別の国の支部に飛ばされるとか、そういうのは魔導士をやってたらなんだよ。特別でもなんでもない、普通にあることだ──じゃあな」

「や、やだぁっ!! 待ってよぉっ!! っ、う、ぅぁぁぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! ひっぐ、わああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! あ、あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」


 それが、翡翠と美衣菜の別離を決定的にした言葉だった。

 

 孤独に打ちひしがれる幼い少女の嗚咽だけが、医務室に虚しく木霊する。

 悲痛に満ちた泣き声に、寄り添える人は誰一人としていなかった。 



 ~~~~~

 

 

「──そうだよ……よくあることだろ……珍しくもなんともねぇ……」


 医務室を出てすぐの廊下に背を預けて、美衣菜は一人愚痴を零す。

 右手で目元を覆い隠しているため、その奥の表情は本人すら計り知れない。


「クソッ……んで、こんなにイライラするんだよ……クソッ、クソだッ……クソッタレだ……」


 美沙の死を知ってから無性に感じる苛立ちに、美衣菜は困惑を隠せない。

 

 それが〝悲しみ〟であることを、狂人である彼女が知る事はなく、蔵木美衣菜は日本支部から異動先へと向かうために日本を発った。

 

 かつて三人の少女が同じテーブルで食事を共にした光景は、一人の少女の死を切っ掛けに永遠に再現出来ないものとなり、残された二人の少女達の心に消えない傷を刻んだ。


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