EXエピソード 魔導少女の知らない日常


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 人生とは、左右の分かれ道のどちらかをゆくだけでも結果が変わり、何か一つでも違えばその姿を大きく変える。


 それは、唖喰という怪物と戦う魔導少女達とて例外ではない。


 ならば……もし、彼女達の日常に唖喰の存在が無ければ、どうなるのだろうか? 

 

 何度も怪物の存在に苦悩して来た人類が思わずにいられない、そんなたらればの話が、真の世界として存在するなら、彼女達はどのような人生を歩むのだろうか?

 

 ──これは、有り得たかもしれない、ある少女の物語……。


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「いってきまーす!」


 朝、私は両親に向けて挨拶をしながら、家を出ました。

 春の風が桜の花びらを運んで来て、心地よい気分になります。


 私──並木ゆずは、今日から高校一年生です!


 紺のブレザーに白のスカート、青色のリボンという制服姿は、新しいスタートを切るに相応しいと思えますね。


 公立である羽根牧高校に受験する際は、当時の先生に驚かれましたが、私としてはここ以外の学校は眼中にありません。


 何故なら……。


「あ!」


 学校への通学路を歩く最中、私が家族以外で真っ先に制服姿を見せたかった人の後ろ姿を見つけました。


 胸が大きく高鳴って、どうにも緊張してしまいます。

 朝から会えるなんて思ってもみなかったので、顔がにやけてしまいそう……。


 でも、あの人から『似合ってる』の一言を聴きたいがために、私は声を掛けました。


「おはようございます、先輩!」

「お! おはようゆ、ず──おぉ……」

「どうですか? 今日から先輩と同じ高校の一年生ですよ? 何か言うことがあるんじゃないんですか?」

「そうだな、似合ってて可愛いよ」

「っ! えへへ……良かったぁ……」


 先輩──竜胆司さんにそう誉められて、私は嬉しくて幸せな気持ちになりました。


 司さんは私より二歳年上の男性で、紺のブレザーとグレーのズボンという、私が今日入学する羽根牧高校の制服です……つまり、彼は高校三年生ということです。


 小学五年生の頃、親と喧嘩した私が家を飛び出して走っていると、たまたま通りがかった司さんにぶつかったことが切っ掛けでした。


 色々感極まって、泣き出してしまった私を、司さんは優しく慰めてくれたんです。

 そこから交流を持って、気付けば私はあの人に初恋を抱くようになりました。


 年の差のせいで、一年しか同じ学校に通えないのは寂しいですが、必ず司さんの彼女になって、お、お嫁さんになるのが夢です!


 と、とにかく!

 挨拶も程々に愛しの司さんと一緒に登校していると、同じ学校の先輩や同級生とすれ違いました。


 が、よくチラチラと見られています……。

 主に私がですが。


 自分で言うのもなんですが、私は容姿に関してはかなり突出していると自負しています。


 ヨーロッパ系クォーターのお母さんから隔離遺伝した黄色の髪と、エメラルドのように透き通った緑の瞳、胸だって同年代の女子と比べて大きい方ですので、中学時代には男子からよく告白されたりしました。


 ですが、先に言った通り私の異性に対する関心は専ら司さんだけに向けられています。

 既に意中の人がいる私にとって、他の異性からの好意は正直邪魔でしかありません。


 なので……。


「先輩!」

「うぉ、ちょ、ゆず!? なんで腕に抱き着いて来るんだ!?」


 司さんの左腕を抱き寄せて密着して、私は彼にぞっこんだとアピールします。

 特に恋人同士に見えたのなら、願ったり叶ったりですね。


「つ、通学路だから、俺とそんなくっつく必要あるか?」

「ダメ……ですか?」

「ダメってわけじゃないけど、その……む、胸が……」


 ですが、当の司さんはあたふたと慌てた様子で、顔も真っ赤です。


 確かに腕を抱き寄せているので、私の胸が触れていますが……それが何か?

 狙って当ててるんですから、当然ですよね?

 むしろそれで司さんの好意が向くのであれば、私はなんだってする所存です。


 そう、こうして腕に触れるだけでなく、鷲掴みにされても、果てはあんなことだって……。


 ……っとと、少しトリップしてしまいました。

 そういうのは、ちゃんと付き合ってからでないといけませんよね。


「相変わらず見てるこっちが胸焼けするイチャ付きっぷりね、二人とも」

「おはよう鈴花……でも、俺とゆずは付き合ってないからな?」

「そんだけ仲良くしてたら、そう見えるっての」


 腕を組んだまま進んでいると、赤色っぽい長い茶髪をポニーテールにしている同じ学校の制服を来ている方に声を掛けられました。


 彼女は、司さんと同じく小学生の頃から交流のある、橘鈴花さんです。

 司さんと出会ってから程なくして知り合ったのが切っ掛けで、歳は離れていますが、友達のような付き合いが続いています。


「鈴花さん、おはようございます! ですよね? これはもうカップルと認められて良いですよね?」

「俺の気持ちは!?」


 私の返答に、司さんは驚きながら疑問を口にしました。

 なので、私は目に涙を浮かべながら首を少し傾げ、彼に上目遣いで視線を向けて……。


「私が先輩の彼女じゃ、ダメ……ですか?」

「──うっ!?」


 私、並木ゆず考案の『対司さん用籠絡術一〇八式』の第二十四式『上目遣いからの泣き落し』を披露しました。

 

 それによって出来た明らかな隙に、私は透かさず切り込みます。


「覚えていますか? 私が小学六年生に進級した際、先輩になんて言ったのか……」

「あ、あれはその、ええっと、ダメってわけじゃないけどさ、まだ気持ちの整理が着いてなくて……」

「もう四年ですよ? 待たされても私愛想を尽かしませんが、先輩の彼女になれるなら、早い方が嬉しいのに……」

「わ、悪い……本当に悪い……」


 寂し気(もちろん演技ですが)な表情で涙を浮かべる私に、司さんの顔色は罪悪感で満ちていました。


 そう、私は四年前に司さんに告白しているんです。

 

 が、司さんは本当に素敵な人なので、その魅力に気付いた異性から大変モテるため、私以外に告白した人はそれなりにいました。


 流石にぽっと出の人に靡く程司さんは甘くないですが、それでもこうして他に目が行かないように、しっかりとアプローチしないといけません。


 この籠絡術の最大の利点は、私に振り向いてもらうためのアプローチはもちろんですが、周囲への牽制も兼ねるということです。


 本当に……ちょっと目を離すと、すぐに私の知らない女の子から好意を向けられているので、気が休まりません。


「ほんと、二人から告白されてるのに、曖昧なのが女々しくて情けないわよー」

「まぁまぁ鈴花さん、ちゃんと考えてくれるだけまだマシですから」


 鈴花さんが煮え切らない司さんの言葉に、苛立ちを混ぜながら口を零しました。

 いつでも付き合えるからキープをしているわけではなく、話題作以外のもう一人の方への気持ちを決めかねているのが理由です。


 早く付き合えることに越したことはありませんが、一番大事なのは司さんの気持ちなので、私はアプローチをして牽制する他ありません。


「う~ん、ゆずがそう言うならいいけどさー……でもあんまりだらだら引き延ばすようだったら、いっそ既成事実作れば?」

「お前、それは色々ダメだろ!?」

「そうですよ鈴花さん!」


 みてられないとばかりに、中々強引な案を提案する鈴花さんに、私と司さんは顔を赤くしながら声を荒げます。


 既成事実なんて、そんなこと……。


「先輩と私は八月末まで結婚出来ません! 後四ヶ月なんですからちゃんと時期を図らないと!」

「既成事実を作ることは確定なのかよ!?」


 司さんがさらに驚きながら混乱しました。

 

 四ヶ月経てば私は十六歳、司さんは十八歳になるので、法律上結婚が可能とされる歳になります。

 

 そこで完全に逃げ場を無くす算段ですね。

 ん?

 さっき『そういうのは付き合ってからでないと』って言ってなかったかですか?


 誰もタイムリミットがないだなんて言ってませんよ。


 それでも私達は高校生なので学生結婚となるのですが、ぶっちゃけ世間体を無視してでも急がなければならない理由があるのです。


 ──それは……。


「おはようつー君!」

「うおっ、お、おはよう……美沙」


 明るい調子の女性の声が聞こえたかと思うと、司さんの右腕に抱き付いて来ました。


 突然のことで、彼は戸惑いを隠せない様子ながらも挨拶を交わします。


 その人は、艶のある薄茶の髪を肩に触れる程のボブカットにしていて、綺麗に澄んだ焦げ茶の瞳は司さんを視界に捉えていました。


 何より目を引くのが、私や鈴花さん同様に整った顔立ちでしょう。


 私達と同じ制服に身を包む彼女──舞川美沙さんは、司さんの挨拶で気分を良くしたのか、ニコニコと明るい笑みを浮かべました。


「うん、今日もカッコイイね」

「あ、ありがとう……でも美沙も腕に抱き着かなくていいからな?」

「いや。だってこうしないとつー君成分が補給出来ないんだもん」

「なんだよそれ……」


 そして、私のことなど眼中に無いかのように、司さんと会話を始めたではないですか。


 ダメですね、これは見過ごせません。


「それで、今日のお昼はどうするの?」

「いや、特に何も考えてな──っイィッッテェッ!?」


 なので、司さんの二の腕を摘まみます。

 効果覿面のようで、舞川さんに向いていた意識をこちらに向かせることに成功しました。


「ちょっとゆーちゃん。私とつー君の話を邪魔しないでよ」

「それはこっちのセリフですよ、舞川さん。先に司先輩と話していたのは私の方です」

「「むむむむ…………」」


 舞川さんは司さんが中学二年の頃から交流を始めた人です。

 一度彼に告白してフラれたのに、諦めずにこうして啀み合う日々が続いているので、これも日常茶飯事ですね。


 私が司さんへのアプローチを欠かさないのは、彼女に対抗するためでもあるんです。

 彼は私と舞川さんの二人から告白されていて、その返事を決めかねているというのが、今の私達の現状で、それ以上進めていません。


「ねぇつー君! 私とゆーちゃんのどっちと付き合うのかまだ決められてないの!?」

「悪いとは思ってる。でもそれくらい二人は俺に勿体無くて、簡単に決められないんだよ……」

「「勿体無くないです(よ)!!」」

「わぁー……息ピッタシ……」


 自虐する司さんに、私と舞川さんは声を揃えて否定しました。

 

 彼は自分がどれだけ素敵な人なのか、自覚していないところがあります。


 偏見を持たず、困ってる人がいたら迷わず手を差し伸べたり、自分の事よりも誰かのために気を配れる優しさと、何事にも一生懸命で努力家な面があって、他にも魅力的なところがたくさんです。


「そう言ってくれてありがとう。そういえば話は変わるけど、昨日始まった新しい魔法少女のアニメはもう見たのか?」

「はい! ちゃんとリアルタイムで見ましたよ!」

「私も見たよ~。まだ一話目だからどうなるか楽しみだね!」


 話題を切り替えた司さんの質問に、私達はそれぞれの感想を語りました。


「良かった、なら安心して語れるな!」


 先の話題とは打って変わって、司さんの表情は明るくなります。

 

 それも仕方ありません。

 何せ、司さんは魔法少女を愛して止まない魔法少女オタクなのですから。


 人によっては魔法少女オタクという点がマイナスだと、小耳に挟んだことがありますが、それだけで見限るなんて、その程度なのかとしか思えません。


 もちろん、私と舞川さんも話を合わせるために色んな作品を観ていますよ?

 面白い作品を見終えた時は、司さんに感想を言うと一気に盛り上がって楽しいんです。


 好きな物を語る時の彼の表情がとても可愛くて、私はもっと喜ぶ姿を見たくて、同じ様にハマっていきました。


 だからでしょうか。

 有り得ないと理解してはいるのですが、ふと考えてしまうことがあります。


「あの、先輩」

「ん?」

「──もし、私が魔法少女だったら、司さんはどう思いますか?」

「え──?」


 唐突な質問に、司さんは驚いてしまいました。

 

 でも、もしそうなら……私の力になろうとしてくれたのなら、それはどれだけ大きな支えになるのでしょうか?


 どんなに強大な敵が、私の過ごす日常を壊そうと牙を向けて来ても、司さんが待ってくれる……そう思うだけで、不思議と何でも出来そうな気がしてきます。

 そんな確かな心の拠り所を得たくて、尋ねた問いを聞いた司さんは……。


「ん~何とかしてゆずの力になる、かな?」

「──っ!」


 なんてことのないように、そう返してくれました。

 一切悩まない様子の司さんに、そういった類の言葉を言われたわけでもないのに、私を選んでくれたように思えて、自然と顔に熱が集まって落ち着きません。


 ドキドキと心臓の音が耳に響いていて、司さんに聞こえたりしていないかと、普段気に掛けない些細なことでも、不安から変に勘繰ってしまいます。

 

 ──そう意識する度に、この人の事が好きなんだと実感する。


「つー君! 私は? 私が魔法少女になっても力になってくれる?」

「え、美沙もか? まぁ、なろうとするかもな」

「えへへ、つー君なら百人力だよ!」


 ──と、感慨に耽っていたところに、舞川さんが割り込んで来ました。

 そして、私と同じように彼女の力になると言われてしまいます。


 むぅ……私だけじゃないのは、不満ですね……。


「舞川さんは今年で十八歳なんですから、魔法少女なんて年齢オーバーですよ」

「ちょっとゆーちゃん!? 流石にそれはヒドイよ!?」


 なので、ちょっと仕返しです。

 

「まぁ、確かに十八にもなって魔法少女って名乗るはキツイよね……」

「すずちゃんまで!? つ、つー君はそんな酷いこと思ってないよね!?」

「こ、心はずっと少女のままならセーフ──」

「それフォローになってないよ!? むしろ一層イタさ増してない!?」

「なので、魔法少女になれるのは私だけですね」

「むむむ~……!!」


 面白いくらいに喰って掛かる舞川さんを見て、溜飲が下がる思いでした。

 鈴花さんや司さんの援護も空しく、私の一人勝ちですね。

 このまま彼女の座にも就いて見せますよ!


 そう意気込んで、再び司さんに話を振っては四人で笑う。

 丁度三年前もこんな風に笑い合っていたと思い返す私を肌を、桜の花びらを乗せた春の風が優しく撫でて行きました。

  

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 以上、エイプリルフールSSでした!


 唖喰のいない世界では、他の登場人物達がどのような人生を送っているのかという様子を、近況ノートに掲載していますので、ご興味があればどうぞ!


 あ、本編は12時に更新します。


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