231話 蒼の銃士
司を捕食しようとしたシザーピードのハサミが、突如として粉砕された。
その光景に、翡翠も司もポカンと呆けるしかない。
「シュルルル!?」
それはシザーピードも同じだったようで、自身の武器と口腔に当たる部位の消滅に戸惑いと苦悶の声をあげた。
「攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」
続いて聞こえた声の主が放った光の剣が、次々とシザーピードを串刺しにし、直撃を受けた唖喰はサラサラとその体を塵にして消滅していく。
それと同時に、翡翠と司の前に一人の影がストッと舞い降りる。
その人物はグレーのゴーグルを着け、黒と青の混じった半袖のジャケットを羽織り、その襟の後ろからは白のひも状の帯が二本垂れており、下の上衣はへそ出しの白インナーを着用し、下衣は黒のショートパンツとなっていた。
太股半ばから足先に掛けて履かれている黒と白のロングブーツは、女性らしい曲線美と共に硬い装甲が施されている。
黒の指ぬきグローブに覆われた右手と左手に握られている、白と青のラインが入った大き目のハンドガンが何より目を引く。
それは〝デザートイーグル50AE〟と呼ばれる、かつて世界最強と称されたハンドガンだった。
全長269mmの12.7mm口径で、そのハンドガンにしては大きな口径の銃弾は、高い貫通力と打撃力を備えているため、単純な殺傷能力は非常に高い。
彼女はそれを二丁、片手に一つずつ装備している。
それで素早く正確な射撃を決めた時点で、その腕前は相当なレベルに達していると理解出来た。
そして、その成果を成し遂げたのは……。
「ルシェちゃん……!?」
「え、ルー……ちゃん?!」
「──はい、ボクですよ」
そう、ルシェア・セニエだった。
彼女は翡翠の同級生である菫達と共にいたはずなのだが、何故この場に駆け付けたのか。
そんな疑問が二人の胸中に浮かぶ。
「スミレちゃん達なら大丈夫です。大人しく待ってますよ」
「そう、ですか……」
「それで二人を追ってきたらこの状況だったので、本当に肝を冷やしましたよ?」
「わ、悪い……」
簡潔に経緯を語ったルシェアの言葉に、翡翠は安堵の表情を浮かべた。
同時に、またもや無茶をした司を遠回しに糾弾する程である。
しかし、ルシェアは言葉ほど表情は険しくなく、むしろ司が翡翠を助けようと無茶をしたことを悟ったようだった。
そうして会話も程々にし、彼女は唖喰達へ視線を向ける。
「ここからは、ボクに任せて下さい」
そう告げ、彼女は一気に駆け出す。
狙いは、先程ハサミを撃ち抜いたシザーピードだ。
「シュウルルア!!」
その進路を塞ぐようにもう一体のシザーピードが、大きなハサミを横薙ぎに振るって来る。
ルシェアは跳躍して回避するが、そこへ司の魔導銃の麻痺から回復した二体のイーターが、大口を開けて飛び掛かって来た。
狡猾な連携に対し、ルシェアは……。
「それくらい、読んでいます!!」
一切動揺することなく、二体のイーターに銃口を向け、ドドドドンッと連続で発砲する。
「ガァッ!?」「グルッ!?」
計四発、一体につき二発ずつ放たれた弾丸の威力は高く、イーターの口腔に風穴を空けるほどだった。
それだけに留まらず、二体とも後方へ大きく吹き飛ばされて行った。
「シュルァ!」
だが、シザーピードはルシェアの迎撃に構わず、ぐるりと体を旋回させてもう一度彼女へ向けてハサミで薙ぎ払いを繰り出す。
「防御術式発動、障壁展開!」
が、ルシェアは障壁を空中展開し、それを足場にしてさらに上へ跳躍して回避する。
瞬間的に頭を地面に向ける体勢となった彼女は、二つの銃口の射線を隙だらけのシザーピードへ向け……。
「
眠気が覚めるかのような、けたたましい連続した発砲音が木霊する。
ルシェアの持つ双銃から眩いマズルフラッシュが発せられ、昼間の森林に雷が迸ったかと錯覚する程に周囲を照らした。
閃光と破裂音が治まった時、頭上から銃弾の
計十五発。
二秒にも満たない数舜の内に、ルシェアはそれだけの銃弾を唖喰に浴びせたのだった。
「すっげぇ……」
折れた右腕を左手で抑えながら、司がそう呟いた。
──魔導双銃。
ルシェアの魔導武装を分類するならば、そう呼ばれるだろう。
司の魔導銃と違い……というより司の魔導銃は、魔力があっても操れない彼のために作られた特殊型であって、ルシェアの方が銃系統の魔導武装本来の性能なのであり、彼女の魔導双銃は鈴花の弓矢のように魔力を弾丸に変えて放つため、リロードの必要がない。
モデルとなったデザートイーグルは本来であれば、あまりの大きな威力故に反動が大きく、先程彼女が披露したような連射速度は実現不可能と言ってもいい。
それを可能にしたのは、銃そのものを作った季奈がルシェアの体に合わせて特殊な工夫を凝らしたこと、身体強化術式で強化した肉体で反動を無視した結果である。
魔力で変換した弾丸の威力は使用する銃に依存するため、一口に魔導銃といっても威力や性能は千差万別の違いがある。
そして、デザートイーグルに用いられる〝50AE弾〟は、アサルトライフルでも代表的な〝AK47〟の〝7.63mm弾〟に匹敵する威力を誇るため、魔力抜きにしても司の魔導銃のモデルである〝ベレッタM92〟とは比べ物にならない。
そんな強力な銃を二丁拳銃のスタイルで使用するというのは、相当な鍛錬が必要であったことは明白であり、今日までにルシェアがどれほどの努力を重ねて来たのか、司には想像し難いものだった。
ただ、フランス支部の騒動において、ルシェアは魔導武装もなく魔導装束もプロトタイプのグレーだったのが、今のように彼女だけの装備を身に着けている。
特に、魔導武装に銃を選んだということに、司は形容しようか迷うむず痒さを感じた。
そんな嬉しいやら恥ずかしいやらな心境の司を差し置き、戦いは続く。
「シャアアアア!」
再び麻痺から復活したラビイヤーが、着地したルシェアへ飛び掛かる。
銃の間合いの内側に入られているため、今から構えても引き金を引くまでに間に合わない。
「──っは!!」
「シャブッ!?」
だがそれがどうしたというように、ルシェアは延髄蹴りを決める。
身体強化術式によって纏わせた魔力と、堂の入った鋭い蹴りにより、ラビイヤーもあっさり塵になって消えた。
「ガアアア!」
蹴りを放った直後の硬直を狙い、先程撃ち抜かれたイーターが飛び掛かっていく。
ルシェアは銃口を向けようとして、逡巡する。
このまま弾丸を放ったとしても、今度はもう一体のシザーピードかイーターが襲ってくる……そう踏んだ。
そうして彼女が取った行動は……。
「攻撃術式発動、光刃展開!」
魔導双銃の銃身を媒介に、光の刃が形成される。
さながら銃剣のような形状になったそれを、ルシェアは×の字に振るってイーターを斬り裂く。
「カハァッ!」
「!」
ルシェアがどんな行動をしようと狙っていたのだろう。
もう一体のイーターは口から黒い光弾を吐き出す。
その攻撃を察したルシェアは左手の魔導銃を向けて、引き金を引く。
ドドンッとコンマ差で素早く発砲された二発の弾丸で、イーターの光弾を相殺する。
「ていっ!」
「ガァッ!?」
さらに、ルシェアは右手首のスナップだけで、右手の魔導銃を振るう。
ヒュッと空を切りながら、魔導銃に展開されていた光刃がブーメランのような軌道を描いてイーターに突き刺さる。
予想外の攻撃に動揺した隙に、ルシェアはさらに銃弾による追撃を放つ。
三つの風穴を開けたイーターは塵になって消滅する。
「あと一体……!」
残りはハサミを吹き飛ばされたシザーピードだけになり、ルシェアは二つの銃口を相手に向ける。
そのまま引き金を引いて、残ったシザーピードも蜂の巣にした彼女は、ふぅと息を吐いて警戒心を解き……。
「グエアアアアア!!」
「っ!」
「なっ!?」
瞬間、空から雄叫びをあげながら一つの影が降ってきた。
それは、三つの首と三対六枚の翼を持つ四メートルにも及ぶ体躯を、大きな足一本で支える異形……下位クラスの唖喰でも最上級とされる、トレヴァーファルコが司達のいる森林へと降り立ったのだ。
以前フランスで遭遇した時、ルシェアは司と協力することであの唖喰を討伐することに成功した。
だが、今は司は右腕を骨折する怪我を負っており、翡翠も唖喰へのトラウマを刺激されて身動きが出来ないでいる。
今度こそ、一人でこの唖喰に挑まなければならないというのに、ルシェアの表情には一点の陰りもなかった。
「ルシェちゃん……」
「大丈夫です。ボクだって、ツカサ先輩に胸を張れる魔導少女になろうと、頑張ってるんですから」
まだ四か月目の半人前ですけどね、と彼女は付け足しつつも以前苦戦した唖喰相手に、勇敢な面持ちで相対する。
その青の瞳に宿る意志の強さに、翡翠は唖喰への恐怖を忘れ去るほどに焦がれた。
自分にはない、自分のせいで死んでしまったおねーちゃんと同じ瞳に。
「グエアアアア!!」
トレヴァーファルコが三つ首から光弾を何度も吐き出してくる。
対するルシェアは前回とは違って防御術式を展開することなく、銃弾で真っ向から相殺していった。
手数的には敵の方が多いはずなのに、次々とマズルフラッシュを瞬かせる高速連射によって相殺されていく。
背後にいる司と翡翠を守るために、自身に向かってくる光弾以外も撃ち抜いて行く。
やがて煮え切らないとみたのか、トレヴァーファルコは六枚の翼をはためかせて、弾幕の打ち合いから離れる。
そして再び上空から次々と光弾の雨を降らせてくる。
直線よりも広範囲に絨毯爆撃を放った方が、ルシェアを翻弄しやすいと踏んだのだろう。
「っ、防御術式発動、結界陣展開!」
流石に一方向からならまだしも、多方面に放たれてはルシェアも相殺しきれない。
司と翡翠を守るべく二人に、防御術式の魔法陣を展開して防御を固めるが、敵は好機とみたのかさらに攻撃を激化する。
「ルーちゃん……!」
その状況に陥って、翡翠は己の不甲斐なさを噛み締めた。
自分だって魔導少女なのに、司に守られ、ルシェアにも守られている。
こんなに情けないことはない。
今の自分は、あの時憧れたおねーちゃんとは真逆ではないか。
何度も守られている事実に、翡翠の心には恐怖以外の感情が沸き上がる。
──それは怒りだ。
自分より年上ではあるものの、魔導少女としての経歴は三ヶ月のルシェアに対し、一年以上経っているのに、未だ震えることしか出来ない自分への怒りだった。
そんな怒りで以って、衝動的に翡翠は自身の羽根型の魔導器に魔力を流し、術式を発動させる。
小さくても、大きな一手とするために。
「防御術式発動、結界陣展開!!」
「翡翠!?」
「ヒスイちゃん!?」
翡翠の行動に、司とルシェアは声を揃えて驚いた。
何せ、二人は聞きかじりとはいえ、あの小さな少女の境遇を知っているが故に、動けなくても仕方がないと思い込んでいたからだ。
実際にはその思い込みに反し、翡翠は精一杯の勇気を振り絞った。
「っ、ありがとうございます、ヒスイちゃん!」
翡翠が発動させた防御術式により、司と彼女本人の守りに魔力を割く必要が無くなったため、ルシェアは身体強化術式を最大出力で発動させ、一気に跳躍する。
「グエアッ!?」
トレヴァーファルコは驚きながらも、三つ首から光弾の雨を降らせて来るが、ルシェアは自身への直撃弾のみを的確に撃ち抜き、ダメージを避けながら接近していく。
「攻撃術式発動、爆光弾展開!」
「っ!?」
そうして、互いの距離が二十メートルを切ったところで、ルシェアは爆光弾を展開し、それを撃ち抜く。
即席の
「たぁっ!」
「ケグァッ!?」
その一瞬の内に、ルシェアはトレヴァーファルコの上空に上回り、ぐるんと縦に前回転して相手の背中に踵落としを叩き込む。
双銃の間合いを詰められた時のために蹴術を身に付けており、そこへ季奈が補強のために常備させた装甲ブーツと、身体強化術式により、凄まじい威力が発揮される。
そんな強烈な踵落としの直撃を受けて、トレヴァーファルコは残像を残す速度で地面に落下いく。
昼間の森林を揺らす程の衝撃が周囲に発生する。
戦域外の鳥や動物の鳴き声が木霊する中、背中に受けたダメージで地面に踞るトレヴァーファルコへ、ルシェアは重力に従って落下しながらも銃口を向けて引き金を引く。
ドドドドドドンッと六発の銃弾を放つが、それらはトレヴァーファルコを器用に避け、囲うように着弾していく。
「
「──っ!?」
ルシェアが固有術式を発動させると、トレヴァーファルコを捕らえるかのような六角形の魔法陣が展開された。
唖喰が動揺する間にも、ルシェアは両腕をクロスさせて、ドリルのように全身を回転しながら、弾丸を霰のように撃ち続ける。
普通、そんな撃ち方をすれば弾はあらぬ方向に飛んでいく。
だがしかし……。
「グゲアアアアァァァァッッ!!?」
弾丸は
それは、弾が先に展開した魔法陣の外へ出ることなく、結界内で四方八方に反射し続けて来たからである。
固有術式〝A
彼女が初めて顕現させた固有術式は、魔法陣の範囲内の敵に銃弾の嵐を見舞うという、シンプルなものとなっている。
ただでさえルシェアの双銃は高威力の弾丸を放てるのに、敵の逃げ場を塞いで確実に銃弾を食らわせるというのは、かなり驚異的だろう。
だが、相手は決して放置出来ない異形の怪物……容赦を与えてはこちらの寝首を掛かれてもおかしくない。
だからこそ、ルシェアは引き金を引く両手の指を何度でも動かす。
守りたい日常と、守りたい人のために、自身の限界をも越えようとする。
「ガ……ゲェ……」
時間にして五秒で、トレヴァーファルコは全身に穴を開けられたことにより、その体躯を塵に変えて消えていった。
「よっ……と」
危うげなく着地したルシェアは、ゴーグルに手を添えて周囲を見渡す。
彼女の装備しているゴーグルには、探査術式を発動した時と同様のレーダー機能があり、瞼を閉じずとも常に周囲の生体反応を索敵し続けることが可能となっている。
もちろん、レーダーを起動している最中にも魔力が消費されていくのだが、その消費量も本来の探査術式と大差ないため、余程乱用しなければ気にならない。
「──ふぅ」
残敵確認を済ませたルシェアは、一息ついて装備を解除し、元の体操服姿に戻る。
「お疲れ、ルシェちゃん」
「ツカサ先輩!」
司が木に背を掛けながら、戦闘を終えたルシェアへ労いの言葉を伝えると、彼女は足早に駆け寄る。
何せ、司は翡翠を庇って唖喰の攻撃を受けた際に、右腕を骨折している。
ルシェアの表情は焦燥に満ちており、戦闘中でも心配を掛けていたことが容易に察せられた。
「今治しますね、治癒術式発動」
気が気でないとばかりに自らの想い人の隣に寄り添い、右腕に治癒術式を施す。
ほんのりと暖かい光が司の右腕を包み、腕の痛みがみるみるうちに引いていく感覚に、司は感心したようにおぉと声をあげる。
右手をグーパーと開いたり閉じたりし、腕を軽く動かして問題なく治癒出来ていることを見せる。
それを見て、ルシェアは大きな安堵の息をはいた。
「もう……ヒスイちゃんを助けるためでも、無茶はしないで下さいね?」
「悪い、何度も反省してるんだけど、どうにも頭で考えるより体が先に動くクセみたいなんだよ」
「悪いクセを誇らしく言っても誤魔化されませんよ? 勇気と無謀は紙一重だって、よく言われてるじゃないですか。ボクはツカサ先輩を守れるように強くなったのに、自分から危険に飛び込んで行かれちゃったら意味がないです」
「う……」
後輩を本気で心配させてしまったのだと分かり、司は返す言葉もなく押し黙らされてしまう。
しかし、司はルシェアの急成長ぶりが頭から離れないでいた。
前々から彼女に才能があるとは聞いていたが、フランス支部の騒動以降の短期間に、その才能を大きく開化させているとは、思ってもいなかったのだ。
以前苦戦した、トレヴァーファルコを単独で撃破したとあっては、まさに目に見えた成長といえる。
何よりも、それだけの実力を身に付けても一切の慢心が見えない、ルシェア・セニエという少女のひたむきな性格に感心する他なかった。
そうしてツカサへの苦言も程々に、ルシェアは未だ地面に座ったままの翡翠へ歩み寄る。
「ヒスイちゃん、怪我はない?」
「は……はい……」
掠り傷程度な自分でも治せるが、それ以上にルシェアの戦いぶりと、自身への不甲斐なさに押し潰されそうな翡翠は、ゆっくりと立ち上がって司達に顔を向ける。
「ごめんなさいです……ひーちゃんがもっとしっかりしてたら、つっちーに怪我をさせることもなくて、ルーちゃんにも心配を掛けることなんて、なかったんです……」
そう言って、ペコリと小さな頭を下げる。
二人としては、彼女にそう謝られてもどう返せばいいのか困ってしまう。
「翡翠……」
「ひーちゃんは、もう帰ります。すみちゃん達には、後で連絡するって言っておいて下さいです」
「あ、ヒスイちゃん……」
返事をする前に、翡翠は転送術式を発動させて逃げるように帰ってしまった。
未だ過去の傷から立ち直れない少女を思っての自主練は、こうして幕を閉じたのだった。
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