225話 羽根牧高校体育祭 前編
十月二十三日。
秋に入っても依然として暑い日差しを差す太陽が照らす日に、俺達が通う羽根牧高校にて体育祭が開かれていた。
一学年三クラス分……つまり、九組に分かれて競技を行い、順位に割り振られた点数の合計によってどのクラスが優勝するかを競い合うものとなっている。
土曜日に開催されているため、家族や関係者が観戦に訪れることから高校の体育祭としては多くのギャラリーがいる。
昼頃になるが、菜々美が俺やゆず達のために弁当を作って来てくれると約束しているため、俄然やる気が出て来ていた。
そんな中、俺達2-2組はというと……。
「ぶっちゃけ今年は優勝間違いなしだ!! 何故なら、文武両道のハイスペック飛び級生の並木さんがいるんだからなああああっっ!!」
「「「うおおおおおおおおっっ!!」」」
もう優勝した気分になっていた。
とはいえそれも仕方がないだろう。
十五歳であるが飛び級が出来る程頭が良く、石谷達は知らないが魔導少女……それも最高序列第一位のゆずなら、身体強化術式無しでも女子が参加する競技では点が多く稼げることは自明の理だ。
実際、ゆず本人もクラスの優勝に一番貢献出来ると期待されているのもあって、体育祭にはやる気満々だ。
「女子の、それも年下のゆずに頼り切ろうって時点で情けないわよ~」
「そうそう、ゆずちゃんが全部の競技に出るわけじゃないし、しっかりしてよ~」
鈴花を始めとした女子達からは厳しい声が出たものの、男子達はあまり気にしていないようだった。
これ、俺にしわ寄せとか来ないよな……?
ゆずの日常指導係となってから、ある程度体を鍛えているため、俺の運動能力は同年代の男子の中では高水準の域に達している。
『さぁさぁ! そんなこんなで、いよいよ体育祭第一種目『100m走』から始まります! 司会進行及び実況は私、放送部部長の三木が務めさせていただきまぁす!!』
妙にハイテンションな実況をする放送部の女子部長が、体育祭の司会進行を務めるようだ。
良く通る声と聞き取りやすい滑舌なのは、流石放送部というべきか……。
『解説には婚活歴五年が経過するも、未だお嫁さんゲットならず! 羽根牧高校体育教師、岡崎先生にお願いしていまぁす!!』
『こらぁっ!! なんだその悪意しかない紹介はぁっ!?』
マジでなんて紹介するんだよ……。
これは岡崎先生が怒るのも無理はないわ……。
というかあの先生、女子にモテる男を目の仇にしてるから、俺に対するあたりもかなり強かったりする。
『まぁまぁ、もし今年も結婚相手が出来なかったら、私が先生のお嫁さんになってあげますから』
『え、マジ!?』
『は? いやいや、嘘に決まってるじゃないですか? え? まさか本気かと思いました? ええ!? 私、別の高校に通ってる彼氏いますし、先生が旦那とかマジムリッす! プークスクス!!』
『三木ぃぃぃぃっっ!!』
放送部部長、うぜぇ……。
こんな人が司会進行と実況で大丈夫なんだろうか。
そんな一抹の不安を抱えつつ、100m走に出る生徒が順番にレーンに並んでいく。
走る際の脚力や体力はもちろんだが、プロの陸上選手になっていくとスタートの合図からどれだけ早く反応出来るか……要は反射神経も必要になってくる。
まずは女子側ということで、早速ゆずがコース上に立った。
『さてさて、先生の結婚相手云々の茶番はここら辺にして、まずは女子の100m走からですけど、岡崎先生はどの生徒に注目していますか?』
『放送部廃部にするぞ? まぁ、注目というか、五番レーンにいる2-2組の並木ゆずがトップ確実だろうな。それより下……二位以下がどうなるかってところで他のクラスの踏ん張りどころが変わるだろう』
『並木ゆずさんっていうと、校内で知らない人はいない美少女転入生ですね。岡崎先生と違ってめちゃくちゃモテてるようです!』
『一言多いぞ』
恐れ知らずな実況に、岡崎先生が呆れた調子でツッコミを入れる。
「「「おぉ……」」」
実況と解説で話題に上がったからか、白のシャツに赤色のハーフパンツという学校指定の体操服を着ているゆずに注目した観覧客から、運動場に響く程のどよめきが起きた。
羽根牧高校の生徒や教師は最早慣れたものだが、ゆずという美少女を初めて見る父兄の方々の視線を一点に集めることになった。
これでもし、俺がゆずから告白されて、あまつさえキスまでしてることがバレたとしたら、体育祭が俺の処刑場になるんだろうなぁ……。
うん、間違っても口を滑らさないように気を付けよう。
『うわ、遠目ですけど、女子高校生に色目を向けたことが奥さんを始めとした女性陣にバレて、プチ修羅場が起きてますねぇ。美少女、恐るべし! さて、それではいよいよ競技開始です!』
『なんでお前はそう平然としてんだ! ゴホン、それでは位置について、よ~い……』
──パァーンッ!!
スタートライン脇に立っていたスターターの合図に合わせて、全員が一気に駆け出すが……。
『おぉっ! 並木さん速い速い! あれ本当に女子が出していい速度なんですか!?』
『タイミングもフォームも足の速さも欠点がまるでないな……なんであいつ漫研部員なんだ……』
すみません。
それ、俺がいるからって理由で入ったからなんです。
完全に宝の持ち腐れで、すみません。
ゆずの身体能力を羨む岡崎先生に内心でそう謝罪する。
そうしている間にゆずは後続から20m以上も差を着けた状態でゴールした。
完膚無き圧勝だった。
『ゴ~~~~ル! タイムは──9秒33って!? いやいや速すぎでしょ! 桐〇選手でもやっと出した100m10秒以内を一女子高校生が出しちゃってますよ!?』
『マジでなんで漫研部員なんだあいつ……』
世界記録更新しちゃったよ。
あれで身体強化術式無しなんだぜ?
つまり、この結果はゆず本人の純粋な身体能力だ……うん、色々凄まじすぎるわ……。
「司君、やりました!」
「あぁ……マジで凄かったな……」
俺の前だからと張り切っていたのか、ゆずが満面の笑みを浮かべて俺の隣に戻ってきた。
これ、マジで優勝狙えるかもしれない。
そう感じた俺を余所に、今度は男子側の100m走となった。
『続きまして男子側の100mです! 女子と違って弾むモノがないので、正直見るに堪えないですね!!』
『お前女子高校生だろ。なんで感想がおっさん臭いんだ……』
『マジの加齢臭を匂わせてるおっさんには言われたくないですよぉ~だ!!』
『テメェ……ッ!!』
放送部、マジで存続危機に屈しねぇな……。
岡崎先生は先生で、殴らないように必死に耐えている様だった。
昨今ではちょっとしたことですぐに体罰だと騒がれがちだけど、このやり取りを聞いてたら仕方がないようにも思える。
取り合えず、この100m走には俺も参加することになっている。
他のクラスや学年の男子達と並んでスタート地点に立つと、両脇……というか参加者の男子達からジッと睨み付けられた。
え、なに……?
「竜胆先輩」
「お、おう……」
一年の男子に話しかけられ、どもりながらも返す。
地味にイケメンな彼は、秘めたる覚悟を示すような真剣な眼差しで俺をジッと見据え……。
「この100m走であなたに勝ったら、セニエさんに告白します……彼女の事は僕が守ります!」
「そ、そっか……叶うといいな……」
そう宣言してきた。
告白するなら勝とうが負けようが関係ない気がする……いや、せめてもの男の意地か……。
「おい竜胆司」
「なんですか、先輩……」
今度は三年生の先輩に声を掛けられた。
体育会系のハンサムだ。
威圧感凄いな……。
「お前に勝って、俺は並木に告白する」
「そう、ですか……」
告白とキスの件もあって、どうにも曖昧な返事になってしまう。
ルシェちゃんはともかく、ゆずの場合はフラれる未来しか見えない分、余計に悲壮感が胸に募った。
「オレは橘さんに……」
「おいらは柏木先生に……」
そうして次々と、俺に勝ったら俺と接点のある女子達に告白すると参加者の男子達が宣言してきた。
なんなんの?
俺に勝てたら恋愛成就の御利益でもあるみたいな噂でもあったの?
『おぉ、開幕からギスギスしてますねぇ~。2-2組の竜胆司君の周りには妙に綺麗所が揃い踏みしてる上に、アイドル的人気もありますから、男子達の恨みを一身に勝っています! 岡崎先生の注目株は誰でしょうか?』
『竜胆か……なんであいつがモテるんだ……いっそ盛大にコケて失望されてほしいな』
『めっちゃ私怨じゃないですか! しかも発想が幼稚で地味!! この男の嫉妬の醜さたるや! 故に結婚が出来ないんだと思います!! ぶっちゃけ私も岡崎先生より彼の方が好感度高いです!』
『色々余計な言葉が多いんだよお前ぇっ!! しかも俺が下ってどういうことだぁっ!?』
俺、放送部との接点ゼロなのに岡崎先生より上なのかよ。
まだ走ってすらいないのに足が重い気分になりながらも、俺はクラウチングスタートの姿勢を取る。
『それでは位置について、よぉ~い……』
──パァーンッ!!
開始の合図と同時に一気に駆け出す。
タイミングも加速も十分……なんとか一位になっている。
「ぬがああああ!」「なんで速いんだ眼鏡のくせにいいいいいっ!!」「くそぉっ! このままじゃ告白が──」「コケろコケろコケろコケろ……コケろぉぉぉぉっ!」「しんぱぁーん! 実はフライングを見逃してたりしてねんだろうなぁっ!?」
僻みひでぇ……。
こっちは純粋に走ってんのに、不正まで疑われてるのは納得いかねぇ……。
それより喋る余裕があるなら少しでも速く走れよ。
「司君、頑張ってください!」
「司ぁっ! その調子で行きなさい!!」
「せんぱ~い。るーしーのためにも勝って下さぁ~い」
「ツカサ先輩、がんばれ──ってよっしー!?」
「「「「竜胆(君)先輩、ファイトー♡!」」」」
ゆずと鈴花、敵チームなのに由乃とルシェちゃんからの応援に留まらず、最近になって俺に告白をしたことのある後輩や同級生、さらに先輩の女子の何人かからも声援が送られてきた。
「「「「「ウワアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」」」」」
後方にいる男子達が、声援が俺にあって自分達にないことによる嫉妬のあまり、血反吐を吐き出しそうな絶叫を上げた。
正直怖い。
追い付かれたらリンチに遭いそうな勢いに対して、俺はなりふり構わずさらに走る速度を上げた。
『ふっざけんな! なんで敵チームの竜胆を応援する女子がいるんだよ!! おかしいだろ!』
『それだけ人望があるってことです! 勝ち負けなんざ知らねぇ! 少しでも憧れの人の力になりたい! そんな乙女心を味方につけた竜胆君の走りに、他の男子達は一向に追い付けない! それはさながら女子から人気差を明確化したような構図となっています!!』
「「「「「そんなことがあってたまるかああああああっ!!!」」」」」
何、火に油を注ぐような実況してんだ!?
余計に嫉妬の炎がヒートアップしてんじゃねえか!!
残忍な煽り芸に、男子達がクリーチャー染みた悲鳴を上げながら走り続けるが、嫉妬の感情が足の速さを高めることなく、あえなく俺がトップのままゴールとなった。
普通はそこで立ち止まるべきなんだろうけど、遅れてゴールして来た男子達からの逆恨みから逃げるため、俺はそのままクラスの控えスペースに向かい──。
「へ~い、おつかれ~りんどーくぅ~ん? どうしたらそこまでおモテになるのか是非ともご教授願えませんかね~?」
「アーマダハシリタリナイナー」
──すぐさま踵を返した。
だって、俺の座席を見張るようにしてクラスの男子達が待ち構えていたからだ。
どうして頑張って走っただけで、男子達から目の敵にされなきゃならないんだ。
そんなままならない現状から逃げるように、俺はトイレに駆け込んだ。
まだ一種目目だというのに、酷く疲れるのだった。
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