224話 その気持ちに名前を付けるなら
「ふぅ……」
ツカサ先輩とプリクラの撮影を終えて、ボクは一人お手洗いを済ませた。
もうすぐ日本に来て一週間が経つけれど、ちゃんと治せているのか分からないままだ。
ツカサ先輩には色々と甘える形になってしまっているし、時折どうしてかエッチなことは起きるし、ハチャメチャで息つく暇もない。
でも、それ以上に……日本での日々が楽しい。
ユズさんは相変わらずツカサ先輩の事が大好きで、ツカサ先輩がボクの男恐治療係になってからよく拗ねている。
流石にいつもツカサ先輩を独占しているのも気が引けるから、よっしーとお昼を過ごして、ツカサ先輩にはユズさんと一緒に過ごしてもらった方がいいかもしれない。
戻ったらそう提案しよう。
スズカさんもとても親切で、ボクがツカサ先輩に会いに二年生の教室に行くと、他の男性の先輩達からボクを守ってくれる。
よっしー曰く、男女問わず人気があると聞いて納得したくらいだ。
ナナミさんはボクの教導係を引き受けてくれた。
クロエ様やユズさんと違ってほんわかとしそうな気がしたけれど、それは全く違った。
むしろ、今までボクを指導してくれた先輩達の中で一番厳しかった。
口調や指導は丁寧で優しいけど、その速度が尋常じゃない。
短時間でどれだけ効率的な訓練が出来るかを突き詰めているようで、あの人は口で言う程弱くないと確信出来た。
それでもボクの体力に合わせて訓練のメニューは調整してくれているし、休憩の時に渡されたはちみつレモンもとっても美味しい。
なんていうか、綺麗なアメとムチの使い方をしていると思った。
あと、訓練の時にボクが装備している魔導武装を見て、微妙な表情をされたこともあった。
ヒスイちゃんは初めて会った時と同じくとても元気で、この前彼女の友達と一緒に帰った時も凄く盛り上がった。
特にツカサ先輩に懐いていて、あの人に抱き着くと安心するらしい。
なんだか頭を撫でてもらった時のボクと似ていて、シンパシーを感じた。
よっしー──マトウヨシノは性格的にはボクと正反対だけれども、話していてとても気が合う。
学校にいる間にツカサ先輩を頼れない時は、よっしーがよくフォローしてくれていて、彼女と友達になれて良かったって思えた。
明日からの……これからの日常を思うと、本当に楽しみで仕方がない。
そんなワクワクとした気分のままにトイレを出て、ツカサ先輩の元に戻ろうとすると……。
「あれ? セニエさん?」
「あ、ツムラさん?」
ふと声を掛けられて振り向くと、そこにはクラスメイトの
彼はボクが転入初日にツカサ先輩に会いに行った時に、ボクの手を引いた人です。
翌日に謝罪を受けて以来、お父さんやツカサ先輩の次に良く話す異性だ。
黒髪でイケメンだとかで、クラスでも人気があるってよっしーから聞いたことがあったっけ……。
ツムラさんも優しいのは分かるんだけれど、ツカサ先輩と違って発作が出てしまうから、あまり積極的に話し掛けられないままだったりする。
「買い物? 一人で?」
「いえ、ツカサ先輩と一緒なんです」
「そ、そうなんだ……っとと、ちょっとごめんね」
あの時もツカサ先輩の交友関係に怒った人達が大勢いたし、ツムラさんもツカサ先輩の噂はよく聞いているみたいだから、ちょっと気まずいのかな?
そんなボクの考えを余所に、ツムラさんはスマホで友達にメールしたあと、学校の課題とか分からない事があったら頼って欲しいという旨の話をされた。
「あ、そろそろツカサ先輩のところに戻らないと……」
「そうなんだ? でも──あ、来た来た」
ボクが話しを切り上げようとすると、ツムラさんが顔を横に向けました。
誰の事なのかボクも顔を向けると……。
「お、この子かよ! うひょお~すっげぇ美少女!? しかも外国人!」
「ひゅ~、マジだったのか……確かにめちゃくちゃ可愛いし、ちっこいのにオッパイはあるし、文句ねえわ」
なんだか、髪を金髪に染めてピアスが多い怖い男の人が二人でやってきた。
値踏みされるような得体の知れない恐怖を感じつつ、失礼のないように二人組と知り合いと思うツムラさんに尋ねる。
「ツムラさん、この人達は……?」
「僕の中学の頃の先輩。羽根牧高校とは別の高校に通ってるんだよ」
「へ、へぇ~……学校が別でも仲良しなんですね……」
なんてことのないように答えるツムラさんに、ボクは段々不信感が募って来た。
一度ダヴィド元支部長に騙されたせいかな……なんとなく良くない予感がした……。
「でもこの子って男連れなんだろ?」
「──っ!」
ある意味決定的な一言を聞いた瞬間、ボクは右手の人差し指にはめている指輪型の魔導器に魔力を流して、身体強化術式を発動させてこの場から逃れようと、一気に駆けだして──。
「待ってよセニエさん」
「──ッヒ、ぁ……」
横を通り過ぎようとしたツムラさんに右腕を掴まれた。
瞬間、ダヴィド元支部長の顔が浮かんで来て……あの時の痛みも不快感も、記録された映像を見せつけられた悍ましさが全身を駆け廻って、ガクリと体中の力と魔力が抜け落ちて、膝から崩れ落ちた。
ツカサ先輩に触れられた時には感じない、男性恐怖症の発作が出た証拠だった。
「はぁっ……はぁっ……」
「おいおい、その子逃げようとして急に倒れそうになってんぞ? お前何したんだよ?」
「僕は何も……多分、彼女は男性恐怖症なんだと思いますよ」
「──っ!?」
ツムラさんの的中した推測に、ボクは思わず息を吞んだ。
どうしてバレたのか……そんな疑問で頭が一杯だった。
「男性恐怖症って、なんでそんな……」
「さぁ? でもこの様子だといじめとかじゃなくて、レイプでもされたんじゃないかと」
「うっはは、こんな可愛い顔とエロい体してりゃ、目を付けられてもおかしくねえわな」
「う、や、ぁ……」
今もボクの腕を掴むツムラさんも、彼の先輩だという二人組の男性の三人から向けられた好色的な視線に、助けを呼ぼうにもボクは全身がガチガチに凍ったように動けないでいた。
「さぁ、こっちにおいでよ」
「っ、いやぁっ!」
ツムラさんに腕を引っ張られてまいと必死に抵抗しようとするけれど、体には全く力が入らなくて、成す術もなく男性用トイレの個室へと連れ込まれてしまった。
ここまでされて三人がなんの目的でボクを連れ込んだのかを理解させられた。
──この人達は、ボクを襲う気だと。
「い、イヤァッ!! 助けて! 誰かぁっ!!」
全身に立つ悪寒と同時に助けを呼ぶ。
さっきまで硬直していた手足をでたらめに動かして抵抗するけれど……。
「おいおい、暴れんなよっと。おぉお、柔らけぇ」
「ヒッ……」
パニックになって身体強化術式を発動出来ていないボクに、三対一の人数差を覆すことなんて出来るはずも無く、不意を突かれて右胸を掴まれたことで、恐怖で体が凍り付いてしまう。
──怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐いっっ!!?
抗い難い嫌悪感と恐怖から、ダヴィド元支部長から受けた行為の一部始終が瞬く間にフラッシュバックして、呼吸すら覚束ないくらいに怯えるしかなった。
「どぅ……し、て……」
これがダヴィド元支部長の復讐に協力した報いなのだったら、まだ納得出来た。
でもこの人達は、ボクがフランスでどんな生活をしていたのかとか、一切合切知らない人達だ。
全く違う土地で、全く知らない人達からもそんな暴行の対象になるだなんて、到底納得出来ることじゃなかった。
だから、事を企てたツムラさんに尋ねた。
すると彼はなんてことのないように言った。
「セニエさんとヤりたいから」
「っ、そん、な、理由で……?」
「別に初めてじゃないんでしょ? なら二回も三回も変わんないよ」
「…………っ……ぇ……」
そんな横暴があっていいのだろうか?
あまりにも理不尽で、最早反論する力も湧かなかった。
「あはははは、お前マジ鬼畜だわ」
「でもまぁ、イケメン釣られたバカ女の相手には困らないからいいけどな!」
何がおかしいの?
どうしてそんなヒドイ考えがあるの?
経験した回数だとか、自分本位な理由だとか、ダヴィド元支部長もこの人達も、自分の我欲を満たすことにしか頭にないの?
その姿は……唖喰よりずっとずっと怖くて仕方がなかった。
「はぁ~い、脱ぎ脱ぎしようねぇ~」
「外国人の肌柔らかいなオイッ!」
「ヒッ、だ、いや……ツカサ先輩!! 助けて、ツカサ先輩ィッ!!」
次々と服を脱がされて行って、必死にツカサ先輩の名前を呼んだ。
それがおかしいのか、三人は一層楽し気に笑うだけだった。
「ぎゃはははは! ツカサ先輩だってさ! 好きな男でもいたのかよ!?」
「どうせそいつも体目当てだって!」
──ツカサ先輩が、ボクの体目当て?
そんな言葉が聞こえた瞬間、ボクの中でカッと熱が灯った。
「──違うっ!!」
「あ?」
ツカサ先輩のことを知りもしないのに勝手な決めつけに、ボクは自分の身に伸ばされる手になりふり構わず否定する。
あの人が本当にそんな人だったら、ユズさんもナナミさんもアリエル様も好きになっていない。
スズカさんもヒスイちゃんもあんなに信頼したりしない。
「ツカサ先輩はあなた達とは違う!! こんな風に女の子を傷付けるようなことが大嫌いな人を、あなた達と一緒にしないで!!」
「──じゃあその大好きなツカサ先輩に全部見せてやろうぜ。オレ等にめちゃくちゃにされた姿をよぉっ!!」
「──っ!」
ボクの反論が気に食わなかったのか、男の人の手がボクの下半身に伸びていく。
そうして下着に指が届く瞬間……。
「おい」
「あ? なんだ──」
「その子に触んな」
「ょぶぎっ!!?」
突然割って入った声の主に後ろへ投げ捨てられた。
「あ……」
その声の主を見て、ボクの心に巣くっていた恐怖が一つ残らず消え去った。
「なんだテメ──」
「黙れ」
「ご、ぶぅ……」
乱入者に対してもう一人の男の人が右腕を振るって殴り掛かる。
でも、その人は左足で男の人の鳩尾を蹴り抜いて、急所を突かれた男の人は膝を着いた。
そうして下がった頭を両手で掴んで、顔面に膝蹴りを食らわせた。
それだけでもう一人も倒した人……ツカサ先輩が残った一人であるツムラさんを睨み付けた。
「は、な、なんで竜胆先輩が……」
「…………」
思わずといった風に漏らしたツムラさんの問いに、ツカサ先輩は何も答えなかった。
その表情はアリエル様を助けた時と同じように、凄まじい怒りを抱いていた。
「おい」
「っ!」
「俺……今その子に触んなって言っただろ」
「う、うるさい!!」
気を抜くと殺されるのではと錯覚する程の怒りを見せるツカサ先輩に、ボクの腕を掴んでいたツムラさんは完全に慄いていた。
それでも精一杯の抵抗としてツカサ先輩に殴り掛かるけれども……。
「──っふん」
ツカサ先輩はツムラさんの拳をあっさりと受け止めて、お返しにと彼の顎に自分の拳を叩き込んだ。
「か、ぷ……」
脳を揺さぶられたことで、ツムラさんはガクリと膝を着いた。
その頭をツカサ先輩はガシリと掴んで持ち上げた。
「いいか? 今度……いや、指先一本でもその子に触れてみろ」
「あ、か……」
「この程度で済むと思うなよ」
「ごっ……!」
ツカサ先輩はそう言ってツムラさんの顔をトイレの床に叩きつけた。
しばらくしても起き上がらないことから、どうやら気絶したみたい。
「ど、どうしてここが解ったんですか?」
「戻りが遅いから、念のために近くまで来たんだよ。そしたらルシェちゃんの声が聞こえたんだ」
「そう、ですか……」
ボクの質問に答えながら、ツカサ先輩は辺りをキョロキョロと見渡して、ボクが座らされている個室のドアを閉じた。
「ルシェちゃん、とりあえず服を着直して。俺はこの三人をその辺に置いて来るよ。戻るまでそこから出ないようにな」
「は、はい……」
ボクに対する声掛けは優しい普段のツカサ先輩ですけど、あっさり退けたツムラさん達の扱いはとても雑でした。
アリエル様が仰るには、ツカサ先輩は人好きな性格の反面、一度相手を嫌うとどうあっても嫌い続けるらしいです。
確かにダヴィド元支部長に対するあたりもとても強いですし、魔導少女の日常を守ると決めたツカサ先輩であれば、ボクやユズさん達を傷付けることは地雷を踏むのと同じなのかもしれない。
ともかく、ツカサ先輩に言われた通り先程三人に脱がされた服を着直したボクは、ツカサ先輩は戻るまで大人しく待つしかありませんでした。
ふと、さっきの光景を思い返す。
あんなに怒るツカサ先輩を見るのは、あの時以来だ。
そう、あの時……自分の戦う相手を定めたツカサ先輩の姿を見て、抑えようのない胸の高鳴りを覚えた。
ダヴィド元支部長が最後の抵抗でボクを人質に逃げようとした時、ユズさんとナナミさんにも危害を加えることを匂わせる発言をした時、そしてさっきボクを助ける時……。
あの人が本気で怒るのはいつだって誰かのためだった。
その事実に、ボクは堪らなく嬉しくなる。
特に今日に限っては他の誰でもない……ボク自身のためにあそこまで怒りを露わにした。
「ルシェちゃん、お待たせ」
「あ、ツカサ先輩……」
「外に誰もいないから今のウチに出よう」
「はい……」
そうして伸ばされたツカサ先輩の手を握る。
発作は……やっぱり起きない。
それどころか、胸がドキドキしてツカサ先輩の腕や背中から目が離せないでいた。
──あぁ、そうだ……この心臓の高鳴りは、この鼓動の早さは……。
ボクが自分の気持ちに気付いてボーっとしている内に、ツカサ先輩はボクをベンチに座らせた。
その隣にツカサ先輩も座って、ボクの手をギュッと握り返した。
「──ごめんな」
「っ、い、いえ! 悪いのはあの人達で、ツカサ先輩がボクに謝ることなんて何も……!」
「それでも、ルシェちゃんに怖い思いをさせたんだ……だから、ごめん」
「ツカサ先輩……」
……本当に、この人は優し過ぎます。
気負わなくてもいいことを気負って、自分のせいだって追い込んでしまうくらい……。
優し過ぎて、つい甘えてしまいそうになる……それも嫌な顔をせずに受け入れてしまう程、ツカサ先輩は人に優しい。
「そういえば、まだお礼を言っていませんでしたね。──助けてくれて、ありがとうございます」
「可愛い後輩が怖い目に遭わされてたんだ、先輩として……なんて関係なしにルシェちゃんを助けるのは当然だよ」
「っ、さらっとそう言うことを言うの……ズルいです……」
口ではそう言ったけれど、心はこれでもかって言う程に嬉しさで弾んでいる。
この人は当然だって言うけれど、ボクはその当然にどれだけ助けられて来たんだろう……ツカサ先輩から助け続けられているボクは、この人にどうやって何を返せばいいんだろう。
ダヴィド元支部長に襲われていた時も、さっきの三人に襲われた時も、ボクはアリエル様やクロエ様よりも真っ先にツカサ先輩に助けを求めてばかりだ。
それはきっと、初めて会った時にもこうして助けてくれたからかもしれない。
いつだってボクの心が暗く閉ざされようとしている時に、温かい手を差し伸べて笑顔を向けてくれるツカサ先輩は、とっても眩しくてカッコ良くて、それは紛れもないヒーローだ。
だから、ボクにとってのヒーローのツカサ先輩に、この気持ちは隠しておこうと思った。
困らせたくない、煩わせたくない……憧れているからこそ、こうして傍にいて手を握ってもらって、頭を撫でてもらえる、先輩と後輩の今のままで十分満たされている。
けれども、もうちょっとだけ、ボクのワガママが許されるのなら……。
「ツカサ先輩、あそこの方に何か見えませんか?」
「へ?」
ボクは正面の方に指を向けてツカサ先輩に促した。
それを素直に受け取ったツカサ先輩は、正直に正面に顔を向ける。
「いや、特に何も──」
──そうして隙だらけになった彼の左頬に、ボクは身体を伸ばして口づけをした。
頬にボクの唇が触れたのはほんの一瞬だけで、すぐに離す。
でもその一瞬が、ボクにとって精一杯のワガママ。
これ以上はダメ……きっともっと甘えたくなってしまう。
そうなったら、ツカサ先輩にボクの気持ちが……この恋心がバレてしまう。
「え──」
ボクの突然の行動に、ツカサ先輩はポカンと呆けていた。
ベンチを立ったボクは、数歩だけ歩いてくるりと座ったままの彼に向かい合って呼び掛ける。
「ほら、ツカサ先輩! もうすぐお昼ゴハンですし、早くしないと置いて行っちゃいますよ?」
「え、いや、昼飯とかよりも今のは──」
「今日はせっかくのデートなんですから、美味しい日本のゴハンを教えて下さいね?」
「……はぁ、あぁ! 分かったよ!」
ボクの言葉にツカサ先輩はどこか呆れつつも、ベンチから立ってボクの手を掴みながら隣になってくれた。
横顔が真っ赤でなんだか微笑ましくなる。
──大好きです、ツカサ先輩。
誰にも、ボクにしか聞こえないくらいの小さな声で、そう呟きました。
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