226話 羽根牧高校体育祭 後編


『さてさて、現在の順位は一位2-2組、二位1-3組、三位2-1組となっています! おいおい三年、先輩の意地はどうしたぁっ!? お前ら後輩に負けてて悔しくねぇのかぁ!? 受験だからって引きこもってて体が鈍ってんのかぁ!?』

『お前も三年だろうがっ!? 別に勉強するぐらい普通だろ!!』

『ところがどっこい! 私ってば大学推薦を頂いちゃってま~す!!』

『マジでなんなんだお前はぁっ!?』


 ハイテンションな実況を続ける三木先輩の謎ハイスペックぶりに呆れつつ、俺は現在順位を反芻する。


 2-2組はもちろん俺やゆずが所属するクラスだ。

 なんというか、ゆずはもちろん、俺や鈴花の奮闘もあって午前の競技のほとんどで点数を稼いでいった。

 

 そんな活躍をする俺達に引っ張られて、他のクラスメイト達の士気も存分に高まっていた。


 次に二位の1-3組……ここはルシェちゃんと由乃が所属するクラスだ。

 由乃はともかく魔導少女のルシェちゃんの奮闘により、一年生であるにも関わらずこの順位にまで上り詰めていた。


 このダークホースの存在に、実況の三木先輩と解説の岡崎先生も大いに驚いていて、クラス内でもルシェちゃんの株が大きく上がっているようだった。

 

 ルシェちゃんがいる限り、こちらの圧勝というのは難しいだろう。

 それくらい、彼女も高い運動能力を有している証拠だ。


『さぁ、前座はここまでにして、午前の最終競技『障害物リレー』を始めます!』

『男女混合の競技で、一クラス四人が出場することになっている。誰がどの順番で走るかで勝負の分かれ目が大きく出るぞ』

『すっげぇ真面目に解説しますね! もうちょっと面白味のあること言って下さいよ!』

『いきなりなんなんだ!? ええっと、一位になった女子には俺が飯を奢ってやろう!!』

『は? なにふざけてんですか? これからって時にそんな冗談言ってないで真面目にやって下さいよ? 飯奢ったくらいで女子の好感度を買えると思ったら大間違いですからね? だから結婚出来ないんですよ』

『お前マジでぶっ飛ばすぞっ!?』


 真面目にやったらボケろと言われ、いざボケたらオーバーキル気味にマジレスされるなんて、岡崎先生の怒りも当然の無茶ぶりだった。


 ともかく、この障害物リレーには俺とゆずと鈴花、あと数合わせで石谷が立候補している。

 他の残り一枠に他の男子が一気に名乗り出たのだが、人数が多過ぎて決まらない状況になり、彼女持ちである石谷を使命した。

 

 なお、石谷の運動能力は並み……アイツ自身もそれを分かっていることから、自分は捨て石にしろと言ってくれた。

 なので、遠慮なくそうさせてもらった。

 幸いというべきかルシェちゃんは参加していないようで、障害物次第ではほぼ確実に一位を取れるだろうと見た。

 

 まず、第一走者がスタート地点に立つ。

 こっちはゆずがトップバッターだ。


 ここまで何度も一位を取って来たゆずが第一走者と知り、他のクラスの第一走者達が諦念にも似た目をしている。

 意地が悪いだろうが、ゆずの存在感で他クラスの士気を意図的に下げさせてもらった。

 戦いとはまず、心理戦から始まるんだ……悪く思うな。


『それでは位置について、よぉ~い……』


 ──パァーンッ!


 スタートの合図と同時に、第一走者が駆け出す。

 先頭はゆずだ……これまでも何度も見た光景に、安定の安心感があった。


『やっぱ早いですね並木さん! さて、第一走者達の前に立ち塞がる第一の障害は……〝パン食い〟だぁーっ!』


 パン食い……コース上に設置された物干し竿から、紐で括られた具なしのロールパンがぶら下がっていて、それを手を使わず口だけでキャッチして、第二走者の元へ着くまでに食べ切るというものだ。


 ゆずは確かに足が速いが、ロールパンを食べ切らない限りゴール扱いにならない。

 中々いやらしいルールだなと眉を顰めるが、当のゆずは……。


「──っふ!」


 全く減速することなく、空中で固定されていないがために咥え難いはずなのに、、華麗な跳躍から歯でロールパンを捉えてあっさりとキャッチした。


「「「おおっ!?」」」

『すっげぇっ!? 今彼女の口にパンの方から向かったように見えましたよ!? 並木さんマジハンパないって!!』

『普通は立ち止まるはずなのに減速しない度胸……跳躍したのにパンを的確に咥えたあの動体視力と空間認識力……十五歳がやっていいことじゃないだろ……』


 ゆずの流れるような動きに、観客からのどよめきが木霊し、実況と解説も驚きを隠せなかった。

 まぁ、ゆずにしたら空中に吊らされているだけのパンなんて、カカシと同じだろう。

 

 だが、ここからロールパンを食べ切らないといけないため、流石に減速するしかない。


 ──誰もがそう思っていたのだが、ゆずさんはそんな常識を常に超えていく。


「──せいっ!!」


 ゆずは口に咥えていたパンを右手に持ち、勇ましい掛け声と共に右手と左手を重ね合わせる。

 魔導少女としての膂力を存分に発揮した合掌で挟まれたロールパンは、グシャアッと潰れて……テニスボールサイズだったのがイチゴサイズにまで小さくなった。


 それをひょいっと口へ放り投げ、一口で咀嚼して済ませた。


「「「「『『ええええええええっ!!?』』」」」」


 あまりに予想外の行動に、会場全体で絶叫が響いた。


 いや、確かにぶら下がっていたパンは中身のないただのロールパンだったよ!?

 だからって潰すかぁ!?


『おい、あれ反則じゃないのか!?』

『え、ええっと、ぶら下がってるロールパンを手で取ったわけでも、千切って捨てたわけでもないですし、手で持たないと食べられないですから、ルール的には一切違反していないと思います! 感情的には一切納得出来ませんが!!』

『いいのかよ!!』


 いいんだ……後ろでパンを咥えられないでいる他の第一走者の人達が、ポカーンと呆けてるのを他所に、ゆずは第二走者──鈴花の元に辿り着いた。


「鈴花ちゃん! バトンタッチです!」

「あぁ、うん……」


 満面の笑みを浮かべて『やりました』と誇らしげなゆずに、鈴花は何か言いたい複雑な表情をするも、すぐに諦めて走者を引き継いだ。


『並木さんがまさかの方法で減速せずに繋いだことで、他の第一走者がパンを食べているというのに2-2組だけが早々に第二走者へバトンタッチしました! 流石にあんなことは二度も続かないでしょ!!』

『二度もあってたまるか……』


 もう驚く余裕もないと疲れ気味な実況と解説だが、鈴花はそれに構わず全力で駆け出す。

 ゆず程ではないにせよ、鈴花もこの半年で運動能力を飛躍的に向上させているため、かなりの速さが出ていた。

 俺と違って魔導少女として前線で戦う分、俺よりも鈴花の成長の方が著しいというのが、事情を知らない人達の印象だ。


 俺からすればまぁ当然だろ、と思うけれども。


『さぁ、一抜けを決めてる第二走者の橘さんの前に立ちはだかる第二の障害は〝グルグルバット〟です!』

『立てたバットを前屈みになって額に当てて、それを中心に十回回ってから100mを走ることになっている。回転によって崩れたバランス感覚で、どれだけ早く感覚を取り戻して走れるかが重要だな』


 見た目的には地味だが、これもやる方としては中々にキツイルールだ。

 ここで一気に後続の追随を許してしまうかもしれない。


 そうしてバットの元に着いた鈴花は、立てたバットを額に当ててグルグルと回り出す。

 十回って回数は聞くだけなら大したことのないように思えるが、実際に回るとかなりしんどい。

 不正防止の先生が監視する中、鈴花は十回分の回転を終えて顔を上げる。


「ん、余裕!」

『おおっ!? なんと橘さん、驚異的なバランス感覚で以ってふらつくことなく100mのコースを真っ直ぐに進んでいます! 走る速度も回転前と遜色なく、結局独走状態に変わりなかったぁーっ!!』

『アイツも漫研部員のはずなんだけどなぁ……なんでか今年度になってから運動能力に磨きが掛かってやがる……』

『最早漫研部は運動部と言っても差し支えないのではないのでしょうか!?』

『それはねぇよ……ねぇよな?』


 大丈夫です、そんなことはないです。

 2-2組の漫研部員以外はよくて平凡だから。

 

 で、なんで鈴花が真っ直ぐに走れているかっていうと、ゆずとの訓練で空中戦の経験をこれでもかと積まされたからだ。 

 足が浮いている状態で自分の体がどの方向を向いているのか、しっかり把握出来るように何度もバンジージャンプをさせられていたのを見ていた。

 

 菜々美や翡翠も経験していることから、魔導少女にとって必要なスキルだと認識している。

 じゃないと、吹き飛ばされた時に体勢を立て直せないし、障壁を空中に展開した時に足を滑らせて隙を曝してしまうとなれば、唖喰に喰われてしまう……文字通り必死になって身に着けるしかないだろう。


 その賜物があって、鈴花はなんなく第三走者である石谷の元へ辿り着いた。

 

『バトンタァ~ッチ!! 並木さん程驚くことはありませんでしたが、予想以上に簡単に突破した橘さんが、第三走者である石谷君へバトンを繋ぎましたぁっ!』

『後ろは早いとこでやっと第二走者にバトンタッチしたところだぞ……?』

『大丈夫です! 第三走者の石谷君はTHE普通☆です! 精々面白味のある走りを見せてほしいところですね!』

『お笑い番組みたいなことを言うんじゃねぇよ!!』


 石谷自身も自分は捨て石にしろとは言っていたが、流石にあそこまで言われていては複雑そうな表情を浮かべていた。

 

 いいや構うものかと石谷が走り出した時……。


「石谷! 後ろと距離あるからって手を抜いたら承知しないからね!?」

「えっ!? いや、そりゃ全力でやるけど……」

 

 何故か並走する鈴花が、全力でやれと石谷を鼓舞し出した。


「全力じゃ足りないのよ! 死ぬ気でやりなさい!!」

「えぇ、なんで妙に説得力あんの……」


 人知れず命懸けで怪物と戦ってるからだよ。

 というかそんなに発破掛けなくても十分だろ……俺がそう思っても鈴花は足りないと感じたらしく、さらに厳しい表情であることを尋ねた。


「ねぇ、アンタの彼女って今日の体育祭に観戦に来てんの?」

「はえ? ほのかちゃんのこと? 来てるけど……」

「よし、なら──」


 夏休みの間に出来た石谷の彼女が体育祭に来ていることを確認した鈴花が、何かを実行に移せることを確かめて、石谷に何か耳打ちをし出した。


 それを聞き終えた石谷は……。


「うおおおおおおおおおっっ!!!」

『なんと石谷君! 急にやる気全開で走り出しました!!?』

『あれ体力とかペースとか度外視の走りだぞ、大丈夫か?』


 突然マジで死ぬ気で走り出した。

 一体鈴花はアイツに何を吹き込んだんだよ……。

    

 ともかく、急激に速度を上げた石谷の前に、第三の障害が立ち塞がる。


『第三の障害! それは〝ネット潜り〟です!』

『ネットの下を潜るだけっていうこれまたシンプルなものだが、これをスイスイとこなすのは意外と難しい。もたついてるとあっという間に追いつかれるぞ』

『現在の独走状態を思えば、ちょっともたつくぐらいどうってことなさそうですけどね!』

『そうだけど、それを言うな……』


 後ろはというと、目を回しながらフラフラと歩く人が何人かいた。

 あの様子だと確かにちょっともたついても問題なさそうだった。


 とはいってももたついてもいい理由にはならないし、石谷自身もそれが分かっているのか、はたまた観戦に来ているという彼女に良いところを見せたいのか、迷うことなくネットの下に体を潜り込ませた。


「うおりゃああああああ!!」

『おぉ……!』

『こ、これは……』


 石谷の気合の入った掛け声に、三木先輩と岡崎先生は驚きを隠せなかった。

 ネットを手で掴んで上に放り投げ、僅かに生じた隙間に目一杯体を潜り込ませるが……。


『普通! 掛け声の割りに進行速度は普通以外何物でもありません! むしろ前の二人に比べて遅いです!』

『いや、あの二人と比べるなよ。アイツだって頑張ってんだ……頑張ってるんだけど……やっぱり普通だ……!」

「励ます方も頑張ってよ!?」


 あまりに普通過ぎて、むしろ貶されている石谷がそんな悲鳴を上げた。

 いや、本当に普通なんだよなぁ……。

 特別速いってわけでも、遅いってわけでもないから逆にコメントに困る感じの普通だ。

 

 そうして後続の走者がネットに潜り出した頃になって、石谷はようやくネットから抜け出した。

 これ、事前にゆずと鈴花が稼いだ距離がなかったら抜かされてたかもしれない。


「司! わりぃ!」

「いや、別にいいけど……お前鈴花に何を言われたんだ?」

「えっと、本気出さないと俺が入学式に橘にしたことを、ほのかちゃんにバラすって脅された……」

「アイツ、容赦ねえな……」


 入学式にしたことって、石谷が初対面だった頃の鈴花に告白したことだったよな?

 あれがあったからこうして友達になってるわけだけども……いくら過去のことでも彼女にバラされるのは嫌だよなぁ……。


 せめて石谷の頑張りを無駄にしないように、俺がアンカーとして頑張らないと……。

 そうして、俺はゴールへの残り100mを走り出す。


『さぁさぁ、2-2組はアンカーの竜胆君へとバトンを繋ぎました!』

『最後の障害の内容によっては、他クラスの逆転もありえるぞ。何せ……』


 コース上に設置されたテーブルの上にある箱……その中に手を入れることが出来る穴があって、中には小さな紙がぎっしりと詰まっていた。


『そうですね! 最後の障害は〝借り物〟です!』

『クジで引いた紙の内容の物を、テーブルで監視している審査員の元へ運ぶというルールだが、運が悪いと探し物が中々見つからないなんてこともありうるぞ。もちろん無い物を持ってこいなんて無茶はしないから、安心しろ』

『すぐに見つかる物だといいですね! さぁ、竜胆君がクジの入っている箱に手を入れましたぁ!』


 ここに来て運試しか……!

 一番上の紙を取る方が良いかもしれないが、それで時間が掛かる物を引いてしまったら目も当てられない。


 そうやってちょっと逡巡している間に……。


「司君、ファイトです!」

「ここまで来たら勝つわよ、司!」

「ツカサ先輩、あとちょっとですよー!」

「さっさと選んで終わらせましょ~」

「「「竜胆先輩! 頑張ってーっ!!」」」


 100m走の時と同様、また妙に味方が多い声援が俺の耳に届いて来た。

 その応援に対して手を振って返事をしようと、顔を上げると……。


「司く~んっ! 頑張れー!」

「ツカサ様! 素敵ですわーっ!」


 観客スペースの方に、一際目立つ女性達がいた。


 片方は栗色の髪をフィッシュボーンという、三つ編みを結んで一本のおさげにしているピンクのカーディガンに緑のワンピースを着た女性……柏木菜々美だ。


 元々お昼に弁当を作って持って来てくれると約束はしていたため、彼女が居ること自体に驚きはない。


 驚いているのはもう片方の女性の方だ。


 目元が隠れる程に前髪の長い金髪を、頭頂部で結んでシニヨンにしていて、服装は白のブラウスに黒のロングスカートを穿いている。

 それだけならなんてことない。

 じゃあ何が問題かっていうと、ブラウスの上から大変主張の激しい胸部の膨らみが目立っているからだ。

 

 さらにその女性の声援は、騒がしい運動場の音の中でハッキリと聞こえる程に透き通っていて、誰もが注目せざるを得ないくらい、耳から目を奪われていた。


『な──』  


 ──いやいや……なんであの人がいるんだ……俺、今日の予定をあの人に連絡した覚えがないんですけど……。


『誰だああああああああ!? すごい巨乳美女が竜胆君の応援に駆けつけています!?』

「「「うおおおおおおおお!?」」」

「「「きゃあああああああ!?」」」 


 俺の独白をよそに、運動場に大きな歓声が響いた。

 すげぇなぁあの人は……変装した姿でさえ、運動場にいた人全員の注目を集め切ったぞ……。 


「あのー、突然のことで驚かれるのも無理は無いかと存じますが、今は競技中なのでは?」

「──っは!?」


 その声で一早く放心から復帰したのは、彼女と面識がある──そんな言葉で済まないレベルでがっつり関係があるんだけど──俺だった。


 箱の中から紙を一枚だけサッと取り出し、中身を見ると……。


  ==========


    声が綺麗な人 


  ========== 

 

 …………こういう時にこんなピンポイントなの引くか、俺?

 なんでこれが借り物競争の一つとして採用されたんだとか、色々ツッコミどころがあるが、後続があの人に魅了されている内に、俺は一身に人々の注目を集めている彼女の元へ駆け出す。


「あら、ツカサ様? どうなされました?」

「えっと、借り物競争の指示で〝声の綺麗な人〟って書かれてたんで、ちょうど良いなと……」

「そうですか、そうですか。ええ、もちろん、ツカサ様からのお誘いとあれば、ぜひ承りますわ」

「はい、よろしくお願いします」


 そうして俺は、彼女──変装してやって来たアリエルさんの手を引いて、当然のように合格をもらってから、ゴールをした。


 しばらく騒然となった会場が落ち着いた後、ようやく昼休憩の時間となった。


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