208話 オウサマノゲエム 前編


 一人は、初めて会った頃が嘘のように感情豊かで、真っ直ぐな好意を向けてくる十五歳の少女。

 一人は、ある誤解を切っ掛けとして、比較的大人しめながらもたまに積極的になるいじらしい二十歳の女性。

 一人は、圧倒的な美貌を誇りつつも、叔父の策略が原因でまともな青春時代を送れなかった、今日で二十歳になる女性。


 その三人が、王様ゲームという運要素こそあるものの、相手に好きな命令を下すことが出来るゲームに興じるとなると、どうなるだろうか?


 その答えがこれだ。


「王様ゲームですか……初めてやりますが、大方のルールは把握しています。これで司君に……」

「私は先輩に誘われた合コン以来かなー……この際だから司くんに色々……」

「うっふふふふ……ツカサ様にどのような命令をしようか迷ってしまいますわ……」


 ご覧の通り、完全に立場が逆転する。

 おかしいだろ、なんで女子側が本能に忠実なんだよ。

 普通王様ゲームをやるってなったら男側がそういう言動するもんだろ。

 

 かつてここまで恐ろしい王様ゲームがあっただろうか?


 余程本気なのか、ゆず達からは凄まじい覇気が発せられていた。

 それは戦いにおいて素人の俺でもはっきりと分かる程に……というか三人とも普段の戦闘でもそれくらいの気迫を出してほしい。

 そうしたら唖喰も尻尾巻いて逃げ──いや、逃がしたらダメだな、サーチ&デストロイが安定だ。


「ルシェア、オウサマゲームとはなんだ?」

「え、えっと、さっき使用人の方から渡された棒には、王様になれるアタリ棒が一本と、番号が書かれているハズレ棒が五本あります。アタリ棒を引いた人は王様として、番号を指名した上で好きな命令が出せるっていう遊びです」


 えー……クロエさん、王様ゲームを知らないのかよ。

 やったことはないにしても、ゆずですら知ってるのに……。

 

 俺がそう呆れつつも、ルシェちゃんが丁寧に説明する。

 教導係が指導するはずの後輩から説明を受ける姿は、どちらが先輩か微妙に分かりにくくなる。


 ともかく、ルシェちゃんから王様ゲームの概要を知らされたクロエさんは、紫色の瞳をカッと見開いて……。


「好きな命令……っ!? ではアリエル様にあんなことやそんなことが!?」


 こっちもこっちで願望が駄々洩れだった。

 遊びといえど主に命令するなど、という理性は彼女の中に一ミリも存在しないらしい。


「ど、どんなことかは存じ上げませんけど、大抵のことは出来ると思いますよ?」

「なんて素晴らしい遊びなんだ!!」


 ルシェちゃんが若干引きながらもクロエさんの質問に肯定すると、クロエさんはイキイキとした表情で王様ゲームという遊びを褒めだした。

 その姿は完全に我欲に突っ走るダメな人オーラを漂わせていた。


「悪い、ルシェちゃんも巻き込まれて困ってるよな?」

「いえ、ツカサさんや皆さんと一緒に遊べるだなんて、ボクはそれだけで幸せです」


 この子は天使かな?

 ゆずと菜々美とアリエルさんとクロエさんが我欲に突っ走る中、ルシェちゃんだけは純粋に王様ゲームを楽しもうとするその無垢な感想に、俺は戦々恐々としていた心が軽くなるような感じがした。


「ほら、ゆず達もルシェちゃんみたいに純粋に楽しむ心を取り戻そうぜ。せめて後輩の前でだけは良い格好を見せないと」


 せめて自分に降り掛かる未知の災難を少しでも軽くしようと、ルシェちゃんの純粋さを見習うようにゆず達に告げる。 


「そうですね、それで私と司君の仲の良さを存分に見せつけてみせます」

「もう、ゆずちゃんったら~。見せつけるのは私だよ~?」

「ナナミ様もご冗談を……ツカサ様と接している時間だけが、絶対の優位性でないことを証明してみせましょう」

「アリエル様アリエル様アリエル様アリエル様……」


 欠片も聞いちゃいねぇ……。

 ルシェちゃんが王様のアタリ棒を引くことを期待するしかないか……。

 

 半ば諦念が混じった精神状態のまま、非情にも王様ゲームは幕を開けた。


 全員が六本の棒が入った縦長の箱に注視し、各々一本ずつ棒を摘まむ。


「「「「「「せーのっ!!」」」」」」


 声を揃えて一斉に棒を引き抜く。

 俺が引いた棒には〝3〟と書かれていて、第一の希望が潰えた瞬間だった。

 いや、まだ終わりじゃない……ここでルシェちゃんかクロエさんが王様を引けば──。


「やったぁっ! 私が王様だ!」


 orz……そういえば菜々美はクジ運が圧倒的に強いんだった。

 よくよく考えればこういったゲームでは彼女の独壇場に成り兼ねない。


「「「ぐぬぬ……」」」


 菜々美が王様となったことに、ゆずとアリエルさんとクロエさんが悔し気な表情を浮かべる。

 ルシェちゃんはちょっとだけしょんぼりしている様子だったが、すぐに切り替えていた。

 

 やっぱりこの子が一番まともだわ。


 ともかく、王様になれた菜々美の表情はそれはもう嬉しそうだった。

 ニヤニヤとした表情から、俺にどんな命令をしようかと頭の中で色々考えているのだろう。 

 率直に言って不安だが、こうなっては腹を括るしかないだろう。


「それじゃ、つか──じゃなくて、5番の人は王様を一分間正面からギュッと抱き締めてください!」


 肝心なところで外したっ!?

 どうしよう、菜々美はめちゃくちゃ誇らしげな表情をしてるけど、俺は3番なんだよなぁ。

  

「あら、5番はワタクシですわね」

「「ええっ!?」」


 しかも5番はアリエルさんだった。

 そのことに菜々美とクロエさんは驚きの声を上げる。

 菜々美は俺じゃなかったことで、クロエさんはアリエルさんが菜々美を抱き締めるということに反応していた。


「では、失礼致しますわ」

「え、ちょ、まっ──」


 二人の動揺が冷め止まぬうちに、アリエルさんはニコニコと笑みを浮かべながら、菜々美を正面からギュッと抱き締める。


 アリエルさんの豊かな双丘が菜々美の慎ましい胸を簡単に吞み込んでしまう。


「ふわ、え、ま、やや、柔らか……」


 自分にはない柔らかさしかない感触に、菜々美は照れと緊張からあわあわと狼狽していた。

 彼女の反応が面白いのか、アリエルさんはクスクスと笑いながら、菜々美の耳元に顔を近付け、端から見たらキスをしているようにも見える密着度のまま、アリエルさんは菜々美に語り掛ける。 


「うっふふふ……こうして間近に見ると、ナナミ様のお顔はとても綺麗ですわね……」

「ええっ!? で、でも私より、アリエルさんの方が……」

「人には人の長所があります。ナナミ様の美しさとワタクシの美しさは比べること自体が烏滸がましく、どちらも尊重して然るべきものですわ。そうご謙遜なさらずとも、貴女は美しいですわ」


 甘い吐息を漏らす口では菜々美を褒めつつ、アリエルさんは菜々美の首後ろにある右手で彼女の首筋をつつつ、となぞる。

 その動きに反応するように、菜々美は全身をビクッと揺らす。


「ひゃうっ!? や、ちょ……やめ……」

「うふふ……」


 頬を赤らめながら制止の言葉を口にする菜々美に、アリエルさんは目を細めて次の攻めに移る。

 耳元にあった自らの顔を菜々美の首筋まで降ろし、ピンクの舌でペロリと舐めていく。


「はん、ん……なに、して……」


 未知の感覚に戸惑う菜々美を無視して、首筋をなぞっていた右手がゆっくりと菜々美の背中をなぞっていく。


「あ、やぁっ、くすぐったい……」


 アリエルさんの細い指が菜々美のツボを的確に刺激し、下に行くにつれて菜々美の背中も後ろに反れていく。だが、その動作のせいでさらにアリエルさんと密着することになり、前門の双丘、後門の指という二つの刺激は、菜々美の心をこれでもかと羞恥で満たしていった。


「ふふ、ナナミ様は本当に可愛らしいですわ……もっと大胆な命令を指定されていれば、このまま新しい世界へお連れしたいくらいです……」


 そのままアリエルさんの指は菜々美のお尻まで撫で出す。

 菜々美の柔らかく、引き締まったお尻がアリエルさんの指の動きに従ってその弾力を余すことなく堪能されていく。


 そしてそのままなんと、彼女の足の間に指を突っ込んだ。


「んひっ!?」


 今までで一番強烈な刺激を受けた菜々美は、反射的に色っぽい声をだした。


 アリエルさんの表現もノリに乗っているようで、それは完全に獲物を嬲る女豹の目だった。


「ナナミ様さえよろしければ、このまま本番に移行して構いませんわよ?」

「あぁっ、やん、でも、私には、司くんが……」


 命令で行動を制限を解除すれば、これ以上の百合の花を咲かせると言い切ったアリエルさんに対し、菜々美は人妻みたいなことを口走っていた。


 ──なんだこれ……?

 ゆずとルシェちゃんは頬を赤らめてチラチラと眺め、クロエさんは菜々美が羨ましいのが分かるくらい目をギンギンに開いていた。あれ瞳孔も開いてない?


 ともかく、長いようで短い一分の制限時間が過ぎたことで、菜々美はアリエルさんの抱擁から解放された。


「うぅ……どうしてこんなことに……」


 ぼやきながら身嗜みを整え直すが、彼女の顔は羞恥で真っ赤に染まっていて、とてもじゃないが話し掛けられる状態ではなかった。

 抱き締められている最中にされたこともそうだが、菜々美にとってはアリエルさんの双丘が余程効いたらしく、虚しそうに自分の胸に手を当てていた。

 トップバッターで王様になれたまでは良かったが、そこからまさかあんなことになるなんて誰も予想しなかったなぁ……。


「はぁ~、面白いですわね♡」


 仕掛けた側のアリエルさんの表情は菜々美と対照的にとても満足気だった。

 状況に付いて行けず取り残された俺達も、見てはいけない光景に遭遇したような恥ずかしさを感じて、言葉がでなかった。


 ただ一つ言えることは、俺に妙にテクいディープキスをしたように、アリエルさんはそっち方面の技術が豊富だということだ。お嬢様なのにおかしくない?


 アリエルさんの行動によって妙な空気に包まれながらも、二回戦が開始される。


「「「「「「せーのっ!!」」」」」」


 二回目に引いた番号は〝1〟だった。

 ゆず達三人の表情見ると、ゆずとアリエルさんは再び悔し気な表情……あの二人は王様じゃないな。

 菜々美はどこか安堵の表情を浮かべていることから、王様じゃない……となると……。


「ふはははははっ!! 次はワタシの番だ!!」


 めちゃくちゃテンションの高いクロエさんが王様となった。

 そんな彼女が命令することと言えば当然……。


「アリエル様──いや、1番はワタシを一分間褒めまくるのだ!!」


 おいいいいいいいいっっ!!?

 こっちも盛大に外しやがった!?

 しかも、よりにもよって男の俺かよ!

 やばい、名乗り出たら殺されるかもしれない……。


「申し訳ありません、クロエ……ワタクシは2番ですわ」

「は? で、では1番は一体、誰が……」


 アリエルさんの自己申告により、自分の命令が意図しない人物に適応されることになったという事実に気付いたクロエさんは、天国から地獄に突き落とされたような絶望の表情を浮かべながら、1番が誰かを問いかけて来た。


 やだなぁ……これでゆずとかだったらまだしも、1番は俺なんだよ……。

 名乗り出たくないが、そうしたらいつまでもゲームが進まないので、俺は恐る恐る挙手をする。


「おい、貴様……まさか……」

「1番は……俺です」

「うそだああああああああああっっ!!?」


 ほんとすみません。

 ガチで落ち込むクロエさんに対し、心の中で謝る。

 ゆずと菜々美さんは俺に褒められるというシチュエーションが羨ましいのか、羨望の眼差しを向けてくる。出来るなら変わってあげてほしいけど、ルール上そうもいかない。


「嫌だっ! 何故よりにもよって貴様なのだ!?」

「俺が1番を引いて、クロエさんが1番を指名したからとしか……」

「こ、こんな命令は無効だ! すぐに次の番に──」

「クロエ、しっかりとルールに則りなさい。これは命令ですわよ」

「うぐっ!?」


 アリエルさんひでぇ!?

 なんで滅多に使わない命令までしてクロエさんを追い討つの!?

 

 俺への敵対心と、アリエルさんへの忠誠心がせめぎ合い、後者が勝ったのかクロエさんは俺の前まで移動してきた。


 そして顔を赤らめ、悔しさから目に涙を浮かべながら俺を睨み付ける。

 平常時なら恐ろしいであろう眼光も、すっかり弱々しくなっているため、むしろ憐みしか感じなかった。


「早くしろ……」

「は、はい……」


 涙目で急かされ、彼女をどう褒めようか考える。

 ……うん、すぐに出てくるはずもないし、当たり障りのないところから挙げていくか。


「クロエさんの髪って凄く整ってますよね」

「──っ」


 よし、効いてる。

 掴みはバッチリだと確認してした俺は、さらに続ける。


「アリエルさんの従者として身嗜みに気を遣っているのがよく分かりますし、やっぱりその場しのぎじゃなくて普段からその事を意識しているから、とても堂に入っていると思います。アリエルさんの従者を続けることって凄い負担になるはずなのに、文句の一つもなく仕えられるなんて誰にも真似できません。その上で必修以上の護身術を身に付けている努力も凄まじいって感じますし、それから──」


 俺は時間が許す限り目一杯、クロエさんを褒め倒した。

 交流演習の期間で彼女に抱いた印象などを、一言一句丁寧に挙げていった。

 

 そうして、一分が経過して時間切れとなり、改めてクロエさんの顔を窺うと、彼女は真っ赤な顔で生れたての小鹿のように全身を震わていた。


「き、きしゃま、何故そんなにスラスラと言葉が出てくるのだ……? 世辞とはいえ本当に一分間も褒めて来るとは思わなかったぞ……」

「ん? いえ、世辞とかなくて、俺が見てきたクロエさんの印象をそのまま伝えただけなんですけど……」

「──っ、は、はあっ!?」


 世辞かと思ってたら本心からだったことに、クロエさんは顔から湯気が出るくらいより真っ赤な顔で驚愕する。


 そしてそのまま俺をキッと睨み……。


「くっ……いっそ殺せぇ……!」


 リアルでそのセリフを聞くとは思わなかった。

 前から女騎士っぽい性格してんなぁ、なんて思ってたけれど、実際に耳にするとなんか来るものがあるな……。


「いーなぁ……」

「代わりたかった……」

「むぅ、これは妬いてしまいますわね……」

「……?」


 ゆずと菜々美とアリエルさんの三人は、俺に褒められまくったクロエさんを羨望の眼差しでみつめ、ルシェちゃんはどこか不満げな表情を浮かべていた。

 前者は分からないでもないけど、ルシェちゃんのはどういうことなんだ?


「では、気を取り直しまして、三回戦に参りましょうか」


 俺がその疑問を口にする前に、アリエルさんが三回戦の開始を宣言する。

 後で聞けばいいかと一旦頭の隅に置くことにして、俺は六本ある棒の一つを摘まむ。


「「「「「「せーのっ!!」」」」」」


 声を揃えて一斉に棒を引き抜く。

 そうして俺の取った棒に書かれていたのは〝5〟だった。


 他の皆の表情を見ると、ゆずと菜々美とクロエさんは悔しそうなため、王様じゃない。

 ルシェちゃんはテンションの変化がないため、こっちも違う……ってあれ?

 これってまさか……。


「あら、今度はワタクシが王様ですわね」


 王様のアタリ棒は、ついに聖女の皮を被った小悪魔の手に渡ってしまった。

 こうなっては鬼に金棒、水を得た魚だ……悪戯好きのアリエルさんがこのチャンスを逃すはずがない。


 だって何かを企む表情を隠そうともしてないんだよ。

 そりゃ恐ろしいに決まってるだろ。


「それでは命令です」


 そんな不安を知ってか知らずか、アリエルさんは命令を発する。その内容は──。




「5番の方は1番の方に愛の言葉を囁いて下さいませ」



 目の前が真っ暗になりそうなものだった。


 

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