207話 女六人寄れば姦しい
「ツカサ様ーっ! お会いしたかったですわー♡!!」
「んぶぐっ!!?」
アリエルさんの二十歳を祝うパーティーが始まり、檀上での挨拶を終えたアリエルさんは真っ先に俺の元へやって来た。
──熱烈な抱擁と接吻で以って。
ギュッと自分の体を押し付けるように俺を抱き締めているため、否応なしに彼女の豊かな部分を満に感じてしまう。
流石に今回は舌を入れられることはなかったものの、出会い頭にこんなアプローチを受けるとは微塵も予想していなかった俺は、ひたすら戸惑うしかなかった。
というかこの人はまたギャラリーをガン無視して独行に走ってるな……おかげで日本に帰る時と同じ状況になってしまってる。
ほら、クロエさんもルシェちゃんも呆気に取られているし、親衛隊の人達やレナルドさん達までがっつり注目してる。
「あ、アリエルさん! 司君から離れて下さい!」
「やぁんっ、ユズ様は乱暴ですわね……」
「出会い頭にあんなにくっついて……キ、キスをする方が乱暴です!」
が、二度も同じことを許してたまるかと、ゆずが身体強化術式を発動させたかの如く強引に俺とアリエルさんの間に割って入って引き剥がした。
俺は色んな意味でドキドキしてるのに、アリエルさんは残念そうな表情でゆずの行動に不満を口にする。
突然目の前で起きた光景に動揺の残しながらも、ゆずは顔を真っ赤にしながらも俺を守るように両腕を広げてアリエルさんの不満に反論した。
だがアリエルさんは大して気にする素振りを見せず、その琥珀色の瞳を悪戯を考える子供のように楽し気に細める。
「うっふふふ……そのようにお顔を赤くしながら申されましても説得力はございませんわよ、ユズ様。要らぬ体裁など口にせず、ツカサ様と口付けを交わしたことが羨ましくて、ご自分もなさりたいでしたらはっきりそう仰ればよろしいのではなくて?」
「──っな、ひ、人前でそんな……そ、そういうのはせめて二人きりの時に……」
めちゃくちゃ乙女な反応をするゆずが面白いのか、アリエルさんの攻めはさらに加速する。
「あら、何を恥ずかしがるのですか? 好いた殿方に自らの想いを伝えることを戸惑われているようでは、ツカサ様との口付けは夢のまた夢ですわよ?」
「そそ、そんなことはありません! 私は司君に好きだと告白していますし、何より彼とはキスをしていますから!!」
「──っぶ!?」
「「「「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」
アリエルさんからの言葉攻めに、ゆずは俺に告白をしたこととキスをした事実を大声で打ち明けた。
あまりの不意打ちに俺は思わず吹き出してしまい、親衛隊からピンクの歓声があがった。
「まぁ、随分と仲睦まじい様子で……」
「わ、私だってやれば出来るんです!」
いや、ゆずさんならマジでやろうと思えば大抵のことは出来るだろう。
というかどうしよう。
後ろから物凄いプレッシャーを感じるんだけど……。
「──へぇ……アリエルさんだけじゃなくて、ゆずちゃんともキスをしたんだぁ……?」
「あ、あぁ……」
プレッシャーに混じって抑揚のない声が俺の耳に入って来た。
ギギギ、と音が鳴りそうなゆっくりとした動きで声のした方に振り返る。
──案の定、淡い水色の瞳からハイライトが消えた状態で、菜々美が俺をジッと見つめていた。
なお、厄介事はご免だと言わんばかりに、鈴花が遠くの方に逃げている様子も見えた。
「えっと、菜々美……これには色々と理由が──」
「理由なんてどうでもいいよ」
「は、はい……」
せめてもの弁論も口にする前に一蹴され、俺は完全に立つ瀬が無くなった。
「あら、その様子ですとナナミ様もツカサ様と口付けを交わしたそうですわね?」
「私が引き籠った時だよ。だから私はアリエルさんとゆずちゃんより
「──っ!?」
ゆずとの口論の最中、菜々美の言葉にも耳を傾けていたアリエルさんが彼女にそう尋ねると、菜々美は一切誤魔化すこともなく事実を口にしたばかりか、アドバンテージを取りに行った。
菜々美と俺がキスをした時期が自分より早いと聞いたアリエルさんは、その言葉の意味を理解すると同時に驚きから目を見開いた。
「ま、まさかナナミ様、あなたは……っ!?」
「──そう、私は司くんとファーストキスを交換したんだよ」
「うぼぁ……」
「「「「キャアアアアアアアアアアアアア!!!!!」」」」
菜々美が自らのアドバンテージを口にすると、再び親衛隊からそれはもう真っピンクの歓声が会場に木霊した。
否定のしようもない事実に俺の口から魂が漏れ出た。
ゆずと鈴花は知ってるけど、クロエさんとルシェちゃんに親衛隊やレナルドさん達はこの事実を知らないため、アリエルさんと同じく驚いていた。
「ツカサ様のファーストキスは頂いたと思っていましたのにぃ!!」
おいおい……アリエルさんがハンカチを咥えそうなくらいめちゃくちゃ悔し気な声出してるよ……。
「これではツカサ様の貞操しか残っていないではありませんか!!」
おい。
何の根拠があって言外に人を童貞だって決めつけてんだ。
当たりだけども。
「アリエル様! そのようなハレンチなお言葉は謹んでください!!」
そしてようやく復帰したクロエさんから至極真っ当な苦言が飛んできた。
そうだよ……お嬢様のアリエルさんが貞操とか口に出しちゃだめだろ。
「むぅ、想い人との初体験をしたいと思うのは変なことではないでしょう……ねぇユズ様、ナナミ様」
「「えっ!?」」
不意に話題を振られ、ゆずと菜々美は顔を赤らめながら驚きの声をあげた。
「お二人にご迷惑を掛けないで下さい。ワタシが申し上げたいのは時と場合を弁えて下さいという意味です」
「なるほど、ではツカサ様。この後ワタクシと――」
「今はアリエル様の生誕日パーティーの最中です! 主役不在で何をどう祝うというのですか!?」
自分の誕生日<俺っておかしいだろ。
しがらみが無くなって一層自由に振る舞うようになってないか?
「はーい、分かりましたわ」
クロエさんの言葉にアリエルさんは渋々引き下がった。
良かったような残念なような……我ながら複雑だ……。
「ははは、まさかアリエルとナミキ・ユズ以外にも虜にしている女性がいるとは思わなかったよ」
「レナルドさん……笑い事じゃないんですど……」
事の成り行きを遠目で見ていたレナルドさんがワインを片手に、陽気に笑いながら歩み寄って来た。
というかその口ぶりだと、やっぱりあの時の俺の相談はゆずとアリエルさんのことで悩んでると思っていたようだ。
「こんにちわ、レナルド・アルヴァレス当主様」
「ここ、こんにちわ!」
アルヴァレス家の当主が歩み寄って来たことに対し、ゆずは落ち着きを取り戻していつも通りに、菜々美はガチガチに緊張しながら挨拶をした。
二人共性格が良く出ていて、妙に微笑ましく思えた。
「こんにちわ。〝天光の大魔導士〟の噂は良く耳にしているよ」
「それは、なんと言えばいいのか……」
「はは、それにキミとアリエルの間で起きたリンドウ君を巡っての口論を見て思ったがなるほど、これはアリエルでも一筋縄ではいかないかもしれないね」
「そ、そうですか……ところで一つだけお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「うん? なんだろうか?」
ゆずがレナルドさんに尋ねたいことはなんだろうかと、俺もそっちに耳を傾ける。
スゥとゆずは息を吸って……。
「司君をアリエルさんの婚約者として認めたという点に関してお話しがあります」
「…………」
レナルドさんは表情を変えずに顔色だけを蒼白にするという器用なリアクションを取った。
そう、俺はアリエルさんの帰省に立ち会った際、レナルドさんと奥さんのレティシアさんからアリエルさんの婚約者として認められてしまった。
いや、認められたこと自体は光栄なんだけど、会って半日も経たない内にそこまで気に入られるとは思っても見なかった。
ただ、俺がゆずと菜々美への気持ちを決めあぐねているというのに、アリエルさんまで俺に好意を持って告白されただけに留まらず、婚約者認定されるのはもうどうしたらいいのか分からない……完全にお手上げだ。
現状はそっちも保留としているが、ゆずとしてはやはりどうしても問い質したいことだったのだろう。
そんなわけで、直接質問をされたレナルドさんは青い顔色のまま口を開く。
「あーははは……彼がアルヴァレス家と縁のある関係になれば、僕のように二人の女性と婚姻することも出来ると思っての善意なんだけれど……」
「結果的にみればそれも一つの選択肢でしょう……ですが、それで司君を余計に悩ませていては元も子もありません」
「そ、それはそうだが……」
「もちろん、司君がそうあることを望むのでしたらやぶさかではありません。ですがもし婚約者として認めていることを利用すれば……解っていますか?」
「流石にそれはしないよ。アリエルからも自分の力で彼を振り向かせると前もって伝えられているからね」
「……そうですか」
レナルドさん伝手にアリエルさんの覚悟を聞かされたゆずは、一先ずそう納得したようだった。
ゆずからの質問が終わったことで、レナルドさんはホッと安堵の息を零した。
「それで、君は?」
「あ、はい、えっと……柏木菜々美です!」
「アリエルの父親のレナルド・アルヴァレスだ。君も色々と大変だね」
緊張で顔が強張っている菜々美に、レナルドさんはかつてのローラさんとレティシアさんを思い浮かべているのか、懐かしそうな表情を浮かべながら彼女の心情に同情を寄せていた。
「はい、大変といえば大変ですけど……私は彼だけじゃなくて、ゆずちゃんやアリエルさんとももっと仲良くなりたいとは思っています。だから言う程辛いって思ってはいませんよ」
「──ははは、やはり魔導士になる程の女性となると芯の強さは相当なものだね」
レナルドさんの言葉には俺も同感だった。
菜々美もゆずもアリエルさんも、彼女達は今に至るまで何度も挫折に近い苦痛を経験して来ている。それらを全て乗り越えた先が今の彼女達だ。
俺もこの半年でそれなりの経験はしているが、実際に命を賭して戦う魔導少女達には足元にも及ばないだろう。もちろん困難なんて少ない方がいいに決まっているが、そうもいかないのが唖喰という相手だ。
戦い、心をすり減らしているゆず達にいつもの日常を過ごさせるために戦うことを決めた。
そのために出来ることは精一杯やっていこう。
「さて、そろそろ次のプログラムの時間だ。存分に楽しんでくれるとありがたい」
「はい、招待に与った身として楽しみにしています」
「お話出来て良かったです」
そうしてレナルドさんとの会話を終え、テーブルに並べられたフレンチに舌鼓を打っていると、キィーンという思わず肩が持ち上がるような甲高い音が会場内に響いた。
何事かと戸惑っていると、今度は女性の声が聞こえて来た。
「皆様、お食事はお楽しみ頂けてますでしょうか? これより、次のプログラムを開始させて頂きます」
今度はレティシアさんが檀上にあがり、毛先がカール状の金髪を揺らしながら、優雅な佇まいで司会進行していく姿は堂々としていて、緑と白が混じったドレスはアリエルさんと比べると露出は控えめであるものの、そこは大人の色気と言うか一言で言い表せない年季を感じた。
けど次のプログラムってなんだ?
プレゼントを渡すっていうのならもう会場入りする前に渡してあるし……そう思っている内にレティシアさんの口からその内容が語られた。
「六人一組になって王様ゲームを始めたいと思います!」
いい笑顔で物凄く庶民的な遊びの開始を宣言したレティシアさんに対し、会場内にざわめきが起きた。
いや、マジでどういうことだよ。どうしてよりにもよって王様ゲームなの?
「何故王様ゲームなのかと言いますと、アリエルがやりたいと希望したからです!」
「ええ、以前から興味がありましたわ」
どうしよう、めちゃくちゃ不安になって来た。
だってあのアリエルさんが王様ゲームを希望したとか、絶対にロクなことを考えてないだろう。
「そういうわけですので、クジ引きで六人組を決めます。使用人からくじを受け取って、紙に書かれた番号毎に分かれて下さい」
レティシアさんの指示に従って、ウェイターをしていた使用人から紙を一枚受け取る。
でも受け取る時に使用人のメイドさんから『どうぞ、未来の若旦那様』って言われたのは生きた心地がしなかった。
完全に俺がアリエルさんとの婚約を受け入れいると確信されているからだ。
どうして俺の周りの人達はこうも外堀の底が浅いのだろうか。
そうして受け取った紙に書かれていたのは〝1〟の番号だった。
全員に紙が行き渡ったことを確認したレティシアさんが一から順に番号を呼んでいく。
結果、俺が引いた〝1〟の組みは……。
俺、ゆず、菜々美、アリエルさん、クロエさん、ルシェちゃんの六人となった。
悲しいことに鈴花だけ別の組みになってしまったが、遠目で見た彼女の表情は悲観に暮れたものではなく、ご愁傷様と憐みに満ちたものだった。
──正直に言おう。約三名が完全に俺をロックオンしてます、助けて下さい。
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