202話 永遠の愛をあなたに

 

 別れの挨拶に来てくれたアリエルさんから、キスをされた。


 紛う事なきマウストゥマウスで。


 キス!?

 なんで!?

 え、うわ、アリエルさんの唇柔らか――違う違う!!


 どういうことだ!?

 

 突然のことで思考が追い付かず、驚きのあまり後ろに下がって逃れようとするが、いつの間にか首に腕を回されて抱き寄せられて、さらに密着することになった。


 あああああああああ!!!?


 キスの衝撃だけでお腹一杯なのに、アリエルさんの豊かな二つの膨らみが俺の胸に押しつぶされた。

 その極上の柔らかさがダイレクトに体に伝わって、一層全身が硬直した。


 接地面積が手で鷲掴みにした時の比じゃない分、俺の頭は益々混乱を極めた。


「(ニコッ)――ん、ちゅる……」

「ん? ん゛ん゛ぅ!!?」


 ふとゼロ距離のアリエルさんと目が合い、死ぬほど魅力的な視線を向けられたかと思うと、彼女は俺の口の中に自分の舌を割り込ませてああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!????


 舌ぁっ!?

 え、ちょ、ま、これ、ディープ――。

 ぉ、ま、あ、アリエルさんの唾液……美味し――待て待て待て待て!!?


 アンタ聖女だろ!?

 なんでそんなキスの方法を知ってるんだ!?

 ちょおお、おい、待って、舌で俺の舌を嬲らないでっ!?

 ピチャピチャ音を立てないでっ!? 

 無駄にテクいよぉっ!!


 す、吸われるっ!

 魂とか内臓とか、俺の中にある色々が吸われるっ!?

 

 完全にショートした頭でロクな抵抗など出来るはずも無く、アリエルさんから受けた濃厚な大人のキスは実時間十五秒ぐらいだったのにも関わらず、寿命が尽きるんじゃないかと思う程に長く感じた。


「――ん、はぁ……」


 やがて満足したのか、アリエルさんはゆっくりと俺を離した。


 その際、互いの口の間に銀の糸が垂れて、アリエルさんは勿体無いとばかりにそれを指で掬って、ぺろりと舐めとった。


 上流階級のお嬢様なのになんてはしたない……そう突っ込む余裕なんてなかった。

 骨抜きにされて思考がまとまらない俺に、アリエルさんはクスリと微笑みかけ……。



「ワタクシ、アリエル・アルヴァレスは……例えこの身が果てようとも、♡」

「――っ!!?」


 そうしてトドメと言わんばかりに、俺に愛の告白をした。

 どうしようも無く見惚れてしまう真っ直ぐな愛に、俺は絶句するしかなかった。


 アリエルさんが、俺の事を好きっ!?

 なんの冗談なんだと訝しむが、彼女の表情は真剣そのものであり、先の行動と照らし合わせても疑いの余地がなかった。



「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアッッ!!!???」」」」」



「えっ――あぁっ!?」


 アリエルさんが告白を理解した途端、周囲にピンク一色の大きな歓声が沸き上がったことで、俺はようやく今の状況を思い出した。


 俺、日本に帰る。

 アリエルさん、クロエさんとルシェちゃんを筆頭にフランス支部の魔導士が見送りに来ている。


 アリエルさん、ゆずや菜々美にフランス支部の皆がいる前で俺にディープキス&愛の告白。


 つまり…………。



「アリエル様大胆~っ!」「凄い、いつの間に!?」「あ、愛しますって言ってた!」「ま、まだドキドキする!」「生の告白とか初めて見た!」「あの男の子、やるわね……」「でも彼って確か〝天光の大魔導士〟と仲が良いんでしょ?」「え、それって三角関係ってこと!?」「いいや、あっちの栗色の髪の人ともデートに行ってたし、四角関係よ!!」「つまり三股!?」「やだ、あんな眼鏡を掛けて優しそうなのに、意外と肉食系……」「ねえ、ちょっとカッコ良く見えて来ない?」


 言いたい放題言われてるぅぅぅぅっっ!!?

 四角関係だの三股だの肉食系だの、どれも不名誉極まりねぇ!?


「リンドウ・ツカサアアアアアアアアアアァァァァァァァッッ!!」

「――ヒィッ!!?」

「貴様、どういうことだこれはああああぁぁぁぁ!!?」


 しまったああああああ!?

 アリエルさんのセ〇ムが怒髪天を衝く勢いで怒ってらっしゃる!?

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!?

 殺される!?


「お、おおお、落ち着いて下さい、クロエ様っ!?」


 そう思って身構えると、ルシェちゃんが咄嗟にクロエさんを羽交い絞めにして抑えた。

 こんな状況でも俺の味方をしてくれることに涙が出そう。


「離せルシェア! この男はアリエル様のお心とファーストキスを頂戴しているのだぞ!? これが落ち着いていられるか!! そこを動くなよリンドウ・ツカサ! 必ず貴様をぶっ殺してやるぅぅぅぅっ!!!」

「こ、殺しちゃだめですーっ!?」


 ですよねーっ!? 

 あれがアリエルさんのファーストキスだよね!?

 ついさっきやっと信頼されたばかりなのに、急転直下に信頼がガタ落ちして抹殺対象に認定されてしまったことに、全身の震えが止まらなかった。  


「まぁ、クロエったら……いくら本当のことでも改めて口にされると恥ずかしいですわ♡」

「いや、恥ずかしがるところそこじゃねえよっ!?」


 クロエさんから俺のことを恋愛感情を抱いたことを肯定されたアリエルさんは、両頬を手で挟んでイヤンイヤンと体を左右に揺らす場違いのリアクションをしていた。


 すかさずもっと恥ずかしいことをしていることを、俺はアリエルさんに指摘する。

 いくら俺のことが好きだからって大衆の面前でファーストキスして舌入れて愛を告白するか!?

 

「あわわ……あ、あんな、舌で、音を立てて……う、羨ましい……、でもすごくエッチだし、恥ずかしい……」

「――――」

「誰かーっ!? ゆずが石化してる! 治癒術式を掛けても全然復活しないんだけど!? 戻ってゆず! 戻ってええええっ!!」


 クロエさん達も凄まじいが、ゆず達も大概だった。

 

 菜々美は両手で真っ赤になった顔を覆っているものの、指の隙間から覗いているのが丸わかりだった。

 なんかブツブツ言ってるけど、聞かなかったことにしよう。


 そしてゆずが一番重傷だった。

 何せ、立って目を開けたまま気絶しているからだ。

 鈴花の言う通り石化していた。

 

 しかも治癒術式を掛けても治らないとかヤバ過ぎる。

 どうしよう……これで実は菜々美ともキスしてるってバレたら、ゆずさんに本格的に寝込みを襲われそう。


「アリエル様、考え直してください! この男はアリエル様に相応しくありません!!」

「ブッブー! クロエのお願いは聞けませんわー!」

「子供かっ!?」 


 プンプンと解り易く拗ねるアリエルさんに思わずツッコミを入れる。

 

「どうするんですか、アリエルさん!? これ日本に帰るどころじゃないんですけど!?」

「そうですわね……とりあえず一度黙らせることは出来ますが、如何致しましょうか?」

「この阿鼻叫喚を止められるならお願いします!」


 何か手があるらしいアリエルさんに必死に懇願する。

 だが俺はこの時もっと考えるべきだった。

 懇願した相手がどんな性格だったのかを。


「えー、皆さん。慌てる気持ちは大変分かりますわ」

 

 ハキハキと騒ぎの中でも良く通る声でアリエルさんが呼びかける。

 元凶なのに良く言うよ、と喉元まで出掛かるが黙る。

 

「推し量る手間も無くワタクシがツカサ様をお慕いしているのは事実ですわ。何せ、












 こちらに来る前に両親から、ツカサ様をワタクシのと太鼓判も押されておりますの♡」



「「「「「「「え?」」」」」」」 

 


 シンッ……とアリエルさんが言った通り、本当に阿鼻叫喚の騒ぎはピタリと止まった。

 

 ……。


 ……。


 ……Qu'est-ce que ça vどういうことなの?eut dire?


 婚約者ってあれだよね?

 将来的に結婚を約束するあれだよな?

 

 ふぅ~ん、へぇ~、そう……。 


「アイエエエ!? コンヤクシャ!? コンヤクシャナンデ!?」


 今日一番の驚きが声に出る。


 いや、待って……おかしい。

 アリエルさんの両親が認めたって……レナルドさんとレティシアさんが?

 おかしくない?

 だって会ってまだ半日も経ってないんだぞ?

 

「どどど、どうしてそんなことに!?」

「ええ、出掛けに両親から『アリエルさえよければリンドウ君を婚約者として迎えていい』と耳打ちで伝えられまして……まさか気持ちがバレているとは思いませんでしたわ」

「違う違う! 聞きたいのはどうして俺なら婚約者として認めることになったかってことです!?」


 確かにクロエさんが運転するリムジンに乗る前に、アリエルさんはレナルドさん達から耳打ちされてたけど、そんなところで人の将来を決められてたのかよ!


「ええっと、昼食の後にワタクシが着替えで席を外している間に、ツカサ様とお父様がお話しをされてツカサ様からも快く了承を頂いたとお聞きしているのですが……」 

「――はん?」


 アリエルさんが着替えで席を外している時?

 それって確か、ローラさんのこととレナルドさんに俺の恋愛相談に乗ってもらって……。


 あ、そういえば最後に……。


『いや、構わないよ、責めているわけではないんだ。君の中でそれだけあの子を大事にしてくれていると伝わったのだからね』

『は、はぁ……それは、良い人だとは思っていますけど……』

『僕達もそうだが、あの子が一番君に感謝しているんだ。父親として、これからもあの子を……アリエルと仲良くしてあげてほしい』

『も、もちろんです! アリエルさんを悲しませるようなことは絶対にしません』

『そうか……そう言ってくれて、ありがとう』


 あの時かあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!???


 とんでもないアンジャッシュ状態が起きていたことに、俺はその場で崩れ落ちた。


 〝仲良くしてあげてほしい〟ってそっちの意味かよ!?

 詐欺じゃねえか!?


 っていうか俺もめちゃくちゃ良い返事してんな、おい!!

 そりゃ快く了承したように聞こえるわ!?


 あれー?

 ってことは何?

 俺がアリエルさんの戦う意志を尊重した時に、レナルドさん達はアリエルさんの俺に対する気持ちに気付いて、愛娘のために俺を婚約者に仕立て上げたってこと?

 

 ん?

 俺、確かレナルドさんに恋愛相談しなかったっけ?

 何で俺の話を聞いたくせに、自分の愛娘の婚約者にしたの?

 認めたく無いけど三股になるって解ってたはずだよな?


「あ、アリエルさん? 俺が婚約者になることに関して、何か言われてません?」

「あら、流石ツカサ様、鋭いですわね?」  

「え、何その言い方、怖い……」


 アリエルさんに、レナルドさん達から他に何か言われてないか尋ねてみると、何故か戦慄するようなことを言い出した。

  

 一体何を言われたんだと戦々恐々として身構える。



「『リンドウ君はナミキ・ユズとのことで悩んでいるそうだから、アルヴァレス家に婿入りすることで解決する方法もあるよ』と託っておりますわ」

「ジーザスッ!」


 やっちまったああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!?

 

 確かに二人の女性から好意を向けられているって言ったけど、誰と誰からとは言ってない!

 俺はゆずと菜々美の認識で話してたけど、レナルドさんはゆずとアリエルさんの認識だったんだ!

 それに能々考えれば俺にはある噂が付き纏っていた。


 ゆずと交際しているという噂が。


 当然、魔導六名家の一つであるアルヴァレス家の当主のレナルドさんが知らないはずがない。

 だから、俺の言葉で実は交際の事実はなくとも、ゆずが俺に好意を向けているのは事実で、アリエルさんの気持ちにも気付いているから、どちらを選ぶか悩んでるっていう認識がレナルドさんの頭の中に出来上がったのか!?


 逆に菜々美の存在はそこまで大きくないから、彼女は人数に含まれなかったんだ。


 ちゃんと個人名を出すべきだった。

 

 と、そこまで考えて俺はある考えに行きついた。

 そういえばアリエルさんは俺がゆずと菜々美に好意を寄せられていることを知っているはず……。

 なのに婚約者の話を訂正することなく、むしろ自分のアプローチに活用したってことにならないか?


 だとしたら……。


「~~っ、はぁ~……マジで落としに来てやがる……」


 熱くなる顔を右手で覆い、目の前でニコニコと微笑む聖女の皮を被った小悪魔な彼女には敵わないと、一種の諦念に駆られるのだった。


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