201話 日仏魔導交流演習の終わり
時刻は午後四時前。
いよいよフランスを出て日本に帰る時間が迫って来た。
アルヴァレス家本邸から再びクロエさんが運転する車で、見送りのために同行しているアリエルさんと共にフランス支部に戻った俺は、今まで使っていたフランス支部の居住区の部屋で荷物をまとめて、転送室へと赴いていた。
始まる前はどうなるかと思っていた日仏魔導交流演習だが、何とも波乱に満ちたものになったなと思い返す。
演習前日のパーティーでルシェちゃんに出会って、ポーラに不快な気持ちにさせられたり、アリエルさんの歌を聞いたり……そういえば準備していた時に、変装していたアリエルさんとは会ってたんだよなぁ。
それからルシェちゃんがいじめられてると知ったり、一緒に唖喰と戦ったり、変装していたアリエルさんに……色々あったり、ゆず達とデートして、アリエルさんと映画を見た後はあの人の身の上話を聞いたり、菜々美を庇って唖喰に襲われて菜々美が引きこもって、唖喰が絶滅出来ないと知った。
色んな人達と話をして菜々美を説得して……その時に無我夢中でキスをすることになったけど……ともかく菜々美を立ち直らせたと思ったら、アリエルさんとルシェちゃんが攫われて、間の悪いことに悪夢クラスの唖喰が出て来て、実は二人を攫ったのが元フランス支部長でアリエルさんの叔父のダヴィドだって解った時はめちゃくちゃ腹が立った。
何とか二人を助けて、アリエルさんが戦う姿を見て感動したり、アルヴァレス家に呼ばれたり……。
これだけのことがたった三週間の間に起きていると、交流演習に行く前の俺に言っても絶対に信じてもらえないだろうな。
でも全部実際に起きたことで、楽しいことばかりじゃなくて辛いことも同じくらいあったけど……。
「寂しくなるな……」
ふと、そんな呟きが漏れた。
日本に帰ることを拒むわけじゃないけど、フランスでの日々は俺の中で大事な日常の一部になっていた。
それもこれも、アリエルさん、クロエさん、ルシェちゃん、レナルドさん、レティシアさん……悪い奴だったけど、ダヴィドやポーラといった善悪問わず色んな人との交流があったからだろう。
こうして経験を積むことが交流演習の最大の目的としたら、俺の交流演習は大成功と太鼓判を押すしかないな。
強くなるために参加した鈴花や菜々美には悪いけど、俺は非常に多くのモノを得ることが出来たと思う。
だからこそ、寂しい。
それだけ惜しくとも日常は止めようもないまま進んで行く。
後ろばかり見ていないで、ちゃんと前を見ないと簡単に躓いてしまう。
躓いて、転んで、挫けそうになった時、手を差し伸べられるように、俺はこの日常を生きて行こうと改めて決めた。
「あ、司君!」
「後ははもう私達だけだよ」
「アンタが遅いからもう他の日本支部の人達が待ちきれなくて、先に帰っちゃんだけどー?」
「悪い悪い」
辿り着いた日本支部への転送魔法陣がある転送室で、既に待っていたゆず達と合流した。
悪夢クラスの唖喰が出たって言うのに、こうして誰も欠けることなく無事に戻れると思うと、本当に良かったと安心する。
「なんだかあっという間の三週間でしたわね」
「……そうですね」
「うぅ、皆さん、本当にありがとうございました……!」
そして見送りにアリエルさんとクロエさん、ルシェちゃんが来てくれた。
三人だけじゃなくて、後ろにコレットを始めとする新親衛隊の面々が来ていた。
そうしてフランス支部の代表として、アリエルさんが前に出た。
対する日本支部からは、ゆずが出ていた。
互いに最高序列に名を連ねる魔導士と魔導少女……実に絵になる光景だった。
「ナミキ様、此度の騒動に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでしたわ」
「いえ、私は……私達は魔導士として当然のことをしたまでです。味方の危機に手を貸すのは当たり前ですよ」
「……一年前にお会いした時はこのように言葉を交わすことが出来るとは思いませんでしたわ」
「……私もです。司君には本当に感謝しないといけませんね」
引き合いに出されるとは思わず、俺は肩をビクッと揺らしてしまうが、ゆずとアリエルさんは微笑ましそうに笑みを浮かべるだけだった。
うわぁ、恥ずかしい……。
「ユズ殿、アルニーケネージとの戦いは、あなたがいなければどれだけの被害が出ていたか想像もつきません……改めて感謝の言葉を送らせてください」
「はい、クロエさんもまだまだ強くなることが出来る強い魔導士です。お互い、研鑽に励みましょう」
「ええ、もちろんです」
ゆずとクロエさんはお互いにストイックな部分が合うのか、とてもカッコイイ会話をしていた。
実際に共闘した回数は少ないみたいだけど、この二人も立派な戦友だろう。
「う、うぅ……ユズさん……もうお別れだなんて、寂しいですぅ……!」
「ルシェアさん……」
クロエさんの次に挨拶をするルシェちゃんは、別れ惜しさにボロボロと涙を流していた。
交流演習中の短期間ではあるが、ルシェちゃんはゆずの指導で強くなることが出来た。
それだけ感慨深いのも理解出来る。
そんなルシェちゃんを、ゆずはそっと抱き締めた。
「確かに私も別れは寂しいです……ですが私達はこうして生きている限り、何度も会うことが出来ます」
「っ、はい……」
「……今度はルシェアさんが日本に遊びに来てください。日本の面白い所、楽しい所をたくさん案内させて下さい」
「っ、ばい゛っ!!」
ゆずの言葉に一層涙を零すルシェちゃんを見て、思わずつられて泣きそうになる。
寂しげに抱擁を解いて、二人は離れた。
「ナミキ様はもちろんですが、タチバナ様とカシワギ様にも大変助けられましたわ……アルヴァレスの名において、この御恩は生涯忘れないと誓います」
「えと、アタシ達もアリエルさんに助けられたんで、お互い様ですって」
「うん、ゆずちゃんの二番煎じだけど、アリエルさんも日本に来たら、一緒に思い出を作ろうね」
「ええ、約束致しますわ」
アリエルさんは鈴花と菜々美にも挨拶を告げる。
仲睦まじく、笑顔で言葉を交わす三人はずっと前からの友人のようにも見えた。
「さて、クロエ。あなたからリンドウ様にお伝えすることがあるのでしょう」
「うぐっ……」
「え、俺?」
突如アリエルさんに名指しされ、戸惑っているとクロエさんが早足で俺の前に歩み寄って来た。
何をされるのか内心ビクビクしていると、クロエさんは頬をカアッっと赤く染めながら俺に指を突きつけた。
「り、リンドウ・ツカサ! いいか!? たった一度だ! たった一度しか言わないからよく聞け!」
「は、はいっ!?」
物凄い念押しをされて、ビビりながらも背筋を伸ばしてクロエさんの言葉に耳を傾ける。
余程言い辛いのか、クロエさんは何度か深呼吸をしたのちに、ゆっくりと口を開いた。
「――貴様がいなければ、アリエル様とルシェアはダヴィドの魔の手に堕ちていた……ワタシは、アルニーケネージと戦えなかった……礼を言う」
「――っ!」
口調は堅苦しいものの、礼を述べたクロエの表情は普段の厳しさが鳴りを潜めた、ふわりと穏やかな笑みを浮かべていた。
男嫌いのクロエさんが、男の俺にそんな表情を向けるとは……というより物凄いギャップで思わず言葉に詰まる程見惚れてしまった。
「お、おい! ちゃんと聞いていたのか!? 二度はないからな!?」
「っ、あ、は、はい! 聞こえてます! どど、どういたしまして!!」
俺が絶句して何も言わないことに耐え切れなくなったのか、顔を真っ赤にして怒鳴るクロエさんにドギマギしながらも返事をした。
だが、かなり恥ずかしかったようでクロエさんは『ッチ』と舌打ちをしたのちにさっさとアリエルさんの後ろに戻っていった。
……どうやらお礼を言われるくらいにはクロエさんに信頼されたようだと解り、なんだか可笑しくて仕方がなかった。
クロエさんと代わって、今度はルシェちゃんが俺の前に歩み寄って来た。
「えと、つ、ツカサさん! 本当に、たくさん、えと、ありがとうございます!」
「落ち着いて、ゆっくりでいいから、な?」
つっかえながらお礼の言葉を述べるルシェちゃんを落ち着かせる。
ゆずと泣き別れのようなことをしたのか、かなり切羽詰まっているな……。
俺の言葉で一先ず落ち着いたルシェちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤らめながらにへへと苦笑を浮かべた。
「す、すみません……ボク、ツカサさんには本当に一杯助けてもらったので、気持ちが逸っちゃいました……」
「助けられたのは俺だって同じだよ。それに、助けるなら早く出来たら良かったんだけどな……」
「あ、そ、その、体のことはツカサさんが気に病むことじゃないです! ボクの方こそ、ツカサさんのことをもっと信じるべきだったんです!」
彼女はダヴィドに性的暴行を受けている。
俺がもっと早く気付いてやれればそんな目に遭わずに済んだことを謝ると、ルシェちゃんは自分にこそ非があると返した。
そんなことないと言おうとしたが、また責任の被り合いに発展しそうだなと口を噤む。
何を言おうか逡巡した後、俺はルシェちゃんに一歩歩み寄り、その青髪の頭にポンッと手を置いた。
「──ぇ?」
どうして自分が撫でられているのか分からず、ルシェちゃんはキョトンとした表情を浮かべて俺と目を合わせた。
「ルシェちゃんは俺を信じてたからこそ、嫌われたくなって思ってくれたんだろ?」
「う……はい……」
「あの時も言ったけれど、俺でよければ相談に乗るから、今度こそ自分で溜め込んだりするなよ?」
「は、はい!」
よろしい、と俺はルシェちゃんの頭から手を離す。
次に会えるのはいつなのか分からないけれど、ずっと彼女の味方で居続けることに変わりはない。
そうしてルシェちゃんと代わり、最後にアリエルさんの番となった。
「リンドウ・ツカサ様……あなた様には本当に感謝の念が尽きませんわ……」
「……俺がやったことでそう言ってもらえるなら、光栄です」
その言葉に嘘は無い。
ダヴィドはアリエルさんの努力を無駄だと切り捨てたが、俺はそんなことはないと言い切った。
どうして家族の元に戻りたいと願い続けて重ねて来た努力が無駄なんだ。
ルシェちゃんにしたこと、アリエルさんの半生を踏み躙ったこと、それら全部が許せなくて、俺はダヴィドに怒りを顕わにした。
ぽっと出の俺が勝手にキレてやったことで、アリエルさんが救われたと言われてもむず痒いだけだけど、その感謝の言葉は素直に受け取る。
「ええ、リンドウ様のおかげで、ワタクシは本当の意味で自分の人生を歩みだすことが出来ますわ……この感謝は……この御恩は、ワタクシの心にしかと刻まれています」
両手を胸の前に重ね合わせ、想いを捧げるように言葉を紡ぐアリエルさんの表情は、惚れ惚れとする程に綺麗な笑みだった。
「この先、リンドウ様に牙を向く邪気悪辣の念を抱くものがいれば、ワタクシは必ずあなた様の味方となり、この力を振るいます」
それはかつてゆずも似たようなことを言っていた。
彼女もまた、俺がルシェちゃんの味方でいると決めたように、俺の味方で居てくれると言ってくれた。
あぁ、良かった。
本当に助けられてよかった。
そう安堵する。
「その誓いを、ここに……」
アリエルさんはそう言って俺に一歩近づいて来た。
俺とアリエルさんの距離は人一人が入ることが出来ない程に近くなった。
彼女の絶世の美貌が間近に迫って、ドキリと胸が高鳴る。
そのままスッと、アリエルさんの両手が俺の頬に伸び、柔らかい手の感触が頬を包んだかと思うと……。
「――ん」
アリエルさんの綺麗な顔が近付いてきて……俺と彼女の唇が重なり、
キスされた。
……。
……。
ん゛ん゛っ!!!!??
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