155話 方針と再会

 

 森林公園での戦闘を終えてフランス支部に戻ったものの、時刻が既に午後二時前になっているため、今日の訓練はそのまま終了となった。


「すみません司君、今から昨日のように司君の部屋で集まりませんか?」


 午後五時には寝るとして、それまでどうやって時間を潰そうか考えていると、ゆずから話し掛けられた。


「ん? 別にいいけど、何か用なのか?」

「はい、フランス支部の現状は目に余ります。その事で今後の交流演習の方針を固めようと思っています」

「方針を、ですか?」


 ゆずの提案にルシェちゃんが聞き返す。


 確かに、ゆずの言う様にフランス支部の魔導士達の態度、並びに戦闘能力の低さは酷い。

 俺としても もうこのまま訓練をして終わるだけじゃダメだと思っている。

 フランス支部の現状を、何よりルシェちゃんの現状を深く知ってしまった。


 今は俺達がいれば彼女に及ぶ被害を抑えることは出来るだろう。

 でも、その後は?

 俺達が日本に帰った後、再びポーラからのいじめ行為がルシェちゃんに及ぶ可能性は高い。

 それこそ、俺達と出会う前よりもっと苛烈になるかもしれない。


 あの子が傷付く度にフランス支部に来ることは厭わないが、それでも毎回は難しい。

 ポーラ達も馬鹿じゃない……必ず俺達の目の届かない時を狙って、ルシェちゃんに危害を加えようとするだろう。

 フランス支部を何とかして改革しないと、今のままじゃイタチごっこだ。


 だからこそ、フランスで自由に動ける交流演習中の期間でどうにかする必要がある。

 ゆずの提案はまさに渡りに船だ。


「それってアタシ達で決めていい事なの?」

「一応方針を固めたら初咲さんとフランス支部長に報告して、検討してもらうことになると思う。それまでは当初の目的通りに訓練するしかないんだけど……」


 鈴花の問いに菜々美さんが答えた。

 しかし、その表情は曇っている。


 それも仕方ないだろう。 

 訓練をするしかないと言ってもフランス支部の魔導士達……特にアルヴァレスさんの親衛隊の面々は絶賛ボイコット中だ。


 まともな訓練すら怪しい状況下で訓練をしろと言われても、乗り気になれるはずがない。


 とりあえず、早急に話し合う為、早速俺の部屋へと移動した。

 備え付けの椅子とベッドに腰を掛けて、ゆずが口を開く。


「ルシェアさんのように私達で鍛えることが出来ればいいのですが……正攻法ではまず不可能ですね」

「当人達にやる気がないし、親衛隊の人数が多いせいでただでさえ低い能力が更に低下してるとか、正直最悪って言われてもしょうがないでしょ」

「え、どうして人数が多いとダメになっちゃんですか?」


 鈴花の言い分に理解できないところがあったルシェちゃんが俺達に尋ねた。

 結構身近なやつだが、ここは説明しよう。


「『これだけ人数がいれば、誰かがやるだろう』『ちょっとくらい手を抜いてもバレないだろう』なんていう、〝リンゲルマン効果〟とか、〝社会的手抜き〟とか言われてる人間の集団心理の一つだ。ほら、よく困ってる人を無視する人がいるだろ? あれも『自分が助けなくても、周りの誰かが助けるだろう』なんて考えるからなんだ。同じ考えの人が多いから、中々解決しない要因にも繋がってるんだよ」

「ああ! 確かに、ボクが助けるまで、どうして誰も手助けしなかったんだろうって思った事がありました! そういうことだったんですね!」


 ルシェちゃんは納得の言ったように手を合わせた。

 まぁ、この子みたいな優しい子には無縁の心理だから、知らなくても無理はないか。


「それならなおさら、なんでポーラ達はゆず達が苦戦したベルブブゼラルを一週間で倒せるなんて豪語したんだ?」


 ゆず達と違って敵の情報が出揃ってるからって、鈴花が言う様に低い実力で倒せる程、悪夢クラスは甘くないだろう。


 なら、ポーラ達のその謎の自信は何処からくるのか全く意味が解らない。

 慢心しているにしても、相手を選ばなさすぎる。


「あ、あのー、ボクに心当たりがあります……」

「どうぞ、ルシェアさん」


 恐る恐るといった風に挙手をしたルシェちゃんの心当たりをゆずが促す。

 

「はい、えっと、さっきの戦いでは居なかったんですけど、上位クラスの唖喰との戦闘時は、必ずと言っていい程に、アリエル様が戦われるんです」


 アリエル様……と聞いて、昨日の船上パーティーで見事な歌を披露した、あの絶世の美女を思い出す。

 うわ、ちょっと思い出しただけでまたドキドキしてきた……。

 ほんと凄いなあの人……。


「あぁ、まぁ船上パーティーで見た感じ、とても戦えそうには見えなかったけど、あの人も最高序列の一人で上位クラス一体くらいなら簡単に――ってまさか!?」


 言ってる途中でルシェちゃんが言わんとする事を察した。

 ゆずも鈴花も菜々美さんも同じ結論に至ったようで、驚きを隠せない様子だった。


「えっと、ツカサさんが思い至った通りで、上位クラスとの唖喰との戦いの時は、以前のボクも含めて親衛隊の皆さんでアリエル様が現場に到着するまで防御に徹して、あの方が到着するまでが主な戦い……戦いって言っていいのか微妙ですけど、とにかくそんな感じでした」


 ルシェちゃんの後押しもあり、思わず右手で顔を覆いながら天を仰ぐ。

 

 つまり、攻撃は全てアルヴァレスさん任せで、自分達は周囲に被害が出ない様に防御に専念していたってことか……。

 

 それじゃ攻撃術式の扱いが下手なこと、防御術式の扱いが上手いことに頷けるし、ルシェちゃんに攻撃を押しつけたのも、ある意味常套手段だったってことか。


 というより、裏を返せばアルヴァレスさん一人がフランスを唖喰から守っていることになってないか?

 

 ああ、ムカつく……何がアリエル様の親衛隊だよ。

 崇めるだけ崇めておいて、自分達が楽に勝つための手段に利用してるんじゃねえよ。


 崇めてるんだから自分達の力も同然っていうのか?

 ふざけんな、そんな馬鹿な話があっていいはずがない。


 〝天光の大魔導士〟と〝術式の匠〟っていう最高序列が二人もいる日本支部の魔導士でも、多少の慢心はあれどちゃんと自分達の力で戦っている。


 ルシェちゃんのように、本当にアルヴァレスさんを尊敬しているかも怪しくなってくる。


「完っ全に虎の威を借る狐ってことじゃない! ス〇夫かっての!!」


 呆れに呆れて鈴花がそんな愚痴を零した。

 ス〇夫って……何かいきなり薄っぺらくなった気がするからその例えは止めろ。

 

「トラ? キツネ?」


 日本のことわざが分からないルシェちゃんが首を傾げる。

 おっと、こっちじゃ伝わらないんだった。


「強い人の威光を着て、自分を大きく強く見せるっていう意味なんだよ」

「――っぷ!?」


 菜々美さんが丁寧に解説した途端、ルシェちゃんが吹いた。

 普段からポーラの事を弱いと思っていないと、中々出ない速さだな。

 最高序列の一人であるアルヴァレスさんと比べるのは烏滸がましいが、そうでなくとも弱いもんな。


「そもそも親衛隊っていうならそのトップのアリエルさんはなんで何もしてないわけ? ゆずだったら徹底的に扱くよ?」

「ええ、もし私の親衛隊なんて勝手に名乗っていたら、魔導士になったことを後悔させるレベルで鍛えますよ」


 怖っ。

 ゆずさんってば目が本気だって訴えてるよ。

 スパルタ式の訓練を思い出したのか、鈴花とルシェちゃんの顔が青ざめてるから止めような。


「えっと、実際はどうなのかな?」

「あ、その、ポーラさん達はアリエル様がいる時だけはやる気は見せるんです」

「上司の前でだけ真面目に仕事するダメ社員かよ……」

「――っふ!?」


 益々呆れて、ふと出た呟きを聞いた鈴花が吹き出した。

 一瞬自分でも言い得て妙な例えが言えたなー、なんて思った分、ちょっと気恥ずかしい。


「コホン、とにかく、一度アリエルさんと話し合う必要がありますね。あの人が気付いていないとは思いませんが、何か解決の糸口になるかもしれませんね」


 ゆずの発言はもっともだ。

 だが、ここで一つ問題がある。


「でもアリエルさんって、普段は教会の仕事で忙しいみたいだし、どうやって話し合えばいいのかな?」


 そう、現代の聖女なんて呼ばれてるアルヴァレスさんは、教会関係の仕事で支部にいない時間の方が多いと言う。


 いくらフランスのためとはいえ、いきなり俺達が訪ねてきてもすぐに会えるかは分からない。 


「ルシェアからお願いしてみるっていうのは?」


 鈴花がそんな提案を口にする。

 同じ支部の魔導少女であるルシェちゃんなら、と思ったが、彼女は首を横に振った。


「すみません。アリエル様は親衛隊の人達ですら滅多に会えないんです。一魔導少女で新人のボクではさらに会える確率は低いと思います……」

「う~ん、そっか……」


 どうにも行き詰ってしまったな……。

 ふと時計を見れば時刻は午後四時半を過ぎていた。


 取り合えず明日また話し合うことにして、今日は一旦解散となった。

 


 ~~~~~



「はぁ……今日はほんとに疲れた……」

 

 心身共に疲れ果てていた俺は、ベッドに仰向けになってそんな言葉を漏らした。


 ポーラ達に二度も激怒したり、ルシェちゃんを助けるためとはいえ自分から戦場に突入したりと、過去最高といっても過言ではない程に神経を磨り減らした気分だ。


 それなのに逆に目が冴えて中々寝つけないまま、かれこれ一時間が経とうとしていた。

 色々寝れないか体勢を変えてみたり、羊を数えてみるも、一向に寝つけない……。


 寝たいのに寝れないのがしんどい。

 

「ホットミルクを飲むと、眠気が来ると言いますが、お飲みになられますか?」

「えあ? ああ、あるならもらいたいけど……」

「では、こちらをどうぞ」


 不意に話しかけられた人物から、スッと暖かいミルクが入ったマグカップを渡された。

 起き上がってそれを受け取り、口に運ぶ。


「ん……はぁ、美味い……」

「ふふ、それは良かったです」


 うん、本当に美味しい。

 ミルクの暖かな味わいが口の中にふんわりと広がって、確かに落ち着いて眠れそうだった。


 さて、いい加減ツッコミを入れるとするか。


「……なんでいるんですか、アリーさん」

「あら、一日振りの再会というのに、無粋なことを尋ねられるのですね?」 


 ベッドに腰を掛けて俺を見つめる人物……クラシカルメイドに身を包むが、その胸元は奥ゆかしさとは程遠いパツパツ具合いで主張が激しく、目が隠れる程の前髪と頭頂部でお団子状に束ねた金髪の美女……偽メイドのアリーさん(仮名)を訝しむ。

 いや、本当にどうやって入って来たんだ?

 部屋にはちゃんと鍵を掛けてるのに……。


 俺と質問にアリーさんは、う~んと、あざとく右手の人差し指を唇に当てて答える。


「リンドウ様がお部屋にいらっしゃるから……ではいけませんか?」

「……本当の理由を言うつもりは?」

「ありません」

「……ですよねー」

 

 ガクッと肩を落とす。

 違うよ。

 別に美女に会いに来られたじゃないからって落ち込んでるわけじゃない。

 これは呆れてるだけだ。


「それにしても、唖喰との戦闘では大変なご活躍をされたようですね?」

「なんでそれを――って、組織の一員なら知ってて当然か……」

「ええ、銃を片手に魔導少女を援護する様は見ていて惚れ惚れとしました」

「嘘ですよね? 感心はしてても惚れ惚れとか絶対嘘ですよね?」


 両手を頬に当てていやんいやんと体を左右に揺らす仕草をするアリーさんに即ツッコミを入れる。

 というかその動き止めて下さい。

 主張の激しい二つの大きな風船が動きに連動してブルンブルン揺れててめっちゃ気になる。


 そんな切な願いが届いたのか、アリーさんは動きを止めてから腰に手を当て、わざとらしく頬をプクッと膨らませた。


「もう、どうしてすぐにネタ晴らしをするのですか?」

「はぁ……なんかまた眠気が吹っ飛んでった気がする……」


 妙に心臓に悪い言動をするアリーさんの登場で、せっかくもらったホットミルクの効果も意味が無くなってしまった。


 早く眠るためにどうにかしてこの人を部屋から追い出す方法を考えていると、突如アリーさんは靴を脱いでベッドの上に乗り出し、俺に身を寄せて来た。


 うわ、ルシェちゃんとはまた違ったフレグランスな香りがする……。

 って違う違う!

 

「ちょ、アリーさん!? なんでベッドに乗って来るんですか!?」

「それはもちろん、お疲れの様子であるリンドウ様に快眠を提供させて頂こうと思いまして……」

「もちろんって、絶対ロクなことしないでしょ!?」


 髪を梳いた時の背中ポヨンは色んな意味で忘れられない。

 アリーさんは快眠を提供するとか言ったけど、絶対あれと同等の事をしてくるに違いない。


「まぁ、心外です。ワタシはただ、いちメイドとしてリンドウ様をお支えたい一心ですのに……」

「余計な悪戯心が無ければ〝Avec plaisi喜んでr〟って返してましたし、そもそもアリーさんは本職のメイドじゃないですよね?」


 これまたわざとらしく、よよよーっ、と悲しむ演技をするアリーさんを皮肉った。

 泣き落としが通じないと分かったのか、アリーさんは演技を止めて、俺の顔を見てくる。


 今度はなんだ?


「明日もまた色々とご用事があるのでしょう? でしたら、ここは素直に承諾した方がよろしいかと……」

「ぐっ……」


 実に痛い正論をぶつけられた。

 ぐうの音しか出ないことに、アリーさんは勝ち誇ったようなドヤ顔を披露する。


 くそ、うざってぇ……。

 

 内心悪態を突く事しか出来ない俺を余所に、アリーさんはベッドの上に座ったまま正座をして、両手で太股のあたりをポンポンと叩いた。


「ささ、本当は夜伽が一番なのですけど、それではワタシがナミキ様に殺されかねませんので、膝枕でお許しください」

「仮に前者が選択出来てもお断りです」


 恥ずかし気もなく夜伽とか言うなよこの人……。

 というか膝枕でも俺としてはかなりハードル高いんですけど。


 この状況はあれだ、翡翠をギュっとする時と良く似ていた。  

 

 二人には天と地の程の体形差があるけど、見つかったらヤバいのに変わりない。

 

「あの、何とか自分で寝ますので、アリーさんは……」



「アリエル・アルヴァレス様にお会いしたいのですよね?」

「――え」

「彼女と会って話をする機会を設けられますが、如何致しますか?」

「なっ……!?」


 アリーさんの表情から笑みが消え、真剣な面持ちで告げた不意に投げかけられた提案を咄嗟に飲み込めず、理解した途端横からハンマーで殴られたかのような衝撃を受けて絶句する。

 

 なんで知ってるんだ……!?

 なんで、そんな場を用意できるなんて言うんだ!?

 そんな形容しがたい不信感をアリーさんに抱いた瞬間だった。


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