154話 司とルシェアの共闘
「まぁ……出鼻を挫かれてしまいましたわね……」
唖喰との戦場になっているブローニュの森の一部に展開された魔導結界の外側で、ゆず達とは別にフランス支部の魔導士達の戦う様子を眺めている女が、口にした言葉とは裏腹に感心したように呟いた。
同じ支部の魔導少女である、青髪の少女の命が脅かされるようであれば自ら出向くつもりが、思わぬ乱入者によって立ち止まることを余儀なくされた。
その乱入者は、自分達と同じように魔力を宿す体を有しているにも関わらず、己の力では魔力を操れない若い男性だった。
「ふふふ……あの殿方は一体、どのような想いであの場に立っているのでしょうか?」
唖喰との戦いにおいて、戦力どころか足手まといとされるはずの男性が銃を片手に魔導少女と肩を並べて戦おうとしている姿に、女は沸々と沸き上がる好奇心を抑えられなくなっていた。
「使命感、義務感、正義感……いえ、いずれも当てはまりませんわね……なんて面白い方なのでしょうか」
彼がどれ程の実力を持つのか、どのような心境なのかを推し量るためにも、女は引き続き傍観を決め込むことにした。
その表情は戦闘の光景を見ているとは思えない程に楽し気なものだった。
~~~~~
「攻撃術式発動、重光槍展開、発射!」
「グ、グエアアアアアア!!?」
トレヴァーファルコは麻痺した翼を羽ばたかせて何とか回避を試みようとしたが、上手く移動できずに胴体を掠めた。
倒せなかった事に歯がゆさを感じたが、ルシェちゃんの攻撃は十分に通用したようで、バランスを崩して地面に落下した。
トレヴァーファルコは起き上がろうとするが、体に麻痺が残っているせいで、上手く立てずにいた。
「このまま……!」
「グゲェッ!」
「ツカサさん!」
追撃をしようと魔導銃を向けるが、敵は顔を俺に向けてハヤブサと同じ形の嘴を開いて光弾を吐き出して来た。
咄嗟にルシェちゃんが腕を引いてくれなければ、ゆず達が施してくれた保護があっても怪我を負っていただろう。
だって地雷が爆発したみたいに地面が爆ぜたんだぞ!?
生身で受けたら簡単に死ねるわ!
そんな愚痴を飲み込みつつ、ルシェちゃんに声を掛ける。
「悪い!」
「いえ、攻撃来ます!」
三つ首を俺達に向けるトレヴァーファルコに対し、ルシェちゃんが警戒を呼び掛ける。
それと同時に麻痺が切れたのか、トレヴァーファルコは再び飛び上がった。
「クエエエ!!」
三つ首から次々と吐き出される光弾を俺達は左右に跳んで回避する。
ルシェちゃんの方が脅威だと感じているのか、三つ首の内の二つを彼女に向け、残った一つを俺に向けて光弾を吐きだしてくる。
こういう時って一瞬迷うはずなのに、三つ首の利点を最大限に活かしてくる唖喰の知能の高さに舌打ちをしたくなるが、相手の隙を窺うことに専念する。
俺とは反対方向に跳んで攻撃を避け続けるルシェちゃんが術式を発動させる。
「攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」
右手を振るって放たれた四本の光の剣が、トレヴァーファルコに向かって飛翔していく。
当然、ルシェちゃんの方に首を一つ多く向けている敵は彼女の攻撃を警戒しており、六枚の翼をバサッと羽ばたかせることで大きく旋回して躱される。
「クエッ!」
そして反撃と言わんばかりに、大きな一本足の爪をギラリと妖しく光らせ、ルシェちゃんを引き裂こうと一気に迫るが……。
「させるか!」
トレヴァーファルコの進路を横切るように銃弾を撃つ。
一度身をもって魔導銃の効果を味わったためか、トレヴァーファルコには翼をはためかせて上昇することで回避されてしまった。
当然、その隙にルシェちゃんは相手から距離を取り、術式の発動準備に入る。
そのまま突っ込んでくれればカウンターを狙えるのだが、相手もそれを理解しているのか、接近せずに上から俺達の動きを警戒していた。
「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射!」
ルシェちゃんがカウンターだった攻撃を牽制に切り替えて放つが、トレヴァーファルコは余裕綽々といった風に左側に旋回して回避した。
「グエエエッ!」
「! また……!」
トレヴァーファルコが次に取った行動は、遠目で見ていた時も繰り返していた、こっちの攻撃が届き辛い上空から光弾の雨を食らわせてくるアウトレンジ攻撃だ。
「ぼ、防御術式発動、障壁展開! ツカサさん、こっちに!」
「実際にやられると鬱陶しいなこれ!」
ルシェちゃんが展開した障壁の内側へ飛び込むことで光弾の雨に当たることはなかったが、先のルシェちゃんのように身動きが取れなくなってしまった。
「ツカサさん、銃はどうでしょうか?」
「……駄目だ、遠過ぎる」
攻撃術式も簡単に避けられてしまう距離で、銃弾が当たるとは思えなかった。
対戦車ライフルとかならまだしも、ハンドガンではよしんば当たったところで体の表面に弾かれてしまうだろう。
「グエエエエエエ!」
「う、くぅ……!」
俺達が反撃に移れないことに味を占めたのか、トレヴァーファルコは三つ首から次々と光弾を吐きだしてこっちの動きを拘束することで、消耗戦に持ち込もうとしているようだった。
これはまずい。
ルシェちゃんが展開した障壁は長くは持たないし、このままだと二人揃って体中に風穴を開けられて殺される……!
何とかしないと……これじゃただ自分から死にに来ただけじゃねえか!
俺は、ルシェちゃんを助けるために今ここにいるんだ!
何か方法……あの高さにいるトレヴァーファルコをどうにかするには……!?
必死に頭を働かせる。
ルシェちゃんは防御に集中していて、ゆず達のように攻撃をする余裕がないから頼れない。
ここは俺がなんとかする必要がある……だが非常識な相手に常識的な手段が通じるわけがない。
アイツの行動に何か付け入る隙は?
そう思って光弾の隙間から見えるトレヴァーファルコを見るも、三つ首を一点に集中させているアイツに、素人の俺でも分かるような隙は見当たるはずがなかった。
「無理でもやるしかないか……!?」
火薬の破裂音が三回響くが、やはり距離が開きすぎているせいで、どれもトレヴァーファルコには届かなかった。
ああくそ……せめて銃弾が届けば……。
そう思ったのも束の間、急にトレヴァーファルコが光弾を吐き出すのを止めた。
「なんだ?」
「何かの前兆でしょうか?」
敵の突然の行動に俺とルシェちゃんは訝しむが、トレヴァーファルコは特に攻撃する様子を見せず、こっちの動きを警戒するように空中で羽ばたいているだけだ。
どういうことだ?
なんでアイツは攻撃を止めたんだ?
弾は当たってないのに……。
疑問が尽きないが、相手が攻撃してこないのならこっちの番だ。
そう割り切ってルシェちゃんに呼び掛ける。
「ルシェちゃん!」
「は、はい! 攻撃術式発動、光剣四連展開、発射!」
呼び掛けに応じたルシェちゃんがトレヴァーファルコに向けて四本の光の剣を放った。
「グアアア!!」
自身に向かって放たれた四本の光の剣に対し、トレヴァーファルコは光弾を吐き出して相殺させることで回避するが、俺はその際に出来た隙を突いて引き金を引いた。
「グエッ!」
「くっ、アイツ……発砲音を聞いた瞬間に回避行動に移ってやがる! 音に敏感なのか――あ!」
愚痴を言っている最中に、さっきトレヴァーファルコが攻撃を止めた理由に一つの可能性が浮かんだ。
アイツは魔導銃の効果を最も警戒しながら俺とルシェちゃんを相手にしている。
下位クラス限定とはいえ、自分の動きを止められる数少ない攻撃だから、二度も食らうわけにはいかない。
だからこそ、発砲音を聞いたと同時に回避する。
攻撃を止めたのは、発砲音が聞こえて身構えたからじゃないか?
だとすれば……。
「ルシェちゃん、同時に出せる分だけでいいから、ありったけの爆光弾を地面に放ってくれ!!」
「はい!!」
自分で指示をだしておきながら、彼女の反応と返事の早さに感心する。
普通は『どうして』とか聞くはずだろうに、彼女は俺の言うことなら疑わないんじゃないかと自惚れてしまいそうだ。
今はその信頼のおかげで助かったからいいけどな。
「攻撃術式発動、爆光弾三連展開」
そうして俺の言葉を信じたルシェちゃんは、三つのバスケットボールより大きな光球を展開する。
俺は爆光弾が展開された段階で彼女の前方に立ち、宙にいるトレヴァーファルコに向けて銃を構える。
「発射!」
ルシェちゃんが自分の足元に三つの光球を叩き付けた瞬間、眩い閃光と爆発が発生して、戦場は昼間にも関わらず光に包まれた。
時間にして三秒程で閃光が収束していき、周囲が元の明るさを取り戻すと……。
「グ……ゲェ……」
地面にトレヴァーファルコがブルブルと震えて悶えていた。
再び魔導銃の麻酔効果により、地面に落下したからだ。
何故当てられたかというと、爆光弾の爆発音に魔導銃の発砲音を紛れ込ませたことで、トレヴァーファルコの耳を欺いたのだ。
閃光と爆発によって視覚と聴覚を封じられている間に、弾を撃ち尽くす勢いで何度も引き金を引いたことで、アイツを地面に落とすことに成功したってことだ。
作戦と言い難いお粗末な考えだったけど、上手くいって良かった。
俺に出来るのは足止めが精一杯。
後はあの子に託すだけだ。
「ルシェちゃん!」
「は、はい! 攻撃術式発動、重光槍三連展開、発射!」
今度こそ逃がしはしないと、ルシェちゃんは大きな光の槍を三連続で放つ。
ほとんど連なるような迫り来る重光槍を避けようと、トレヴァーファルコは麻痺している体を必死に動かそうとするが、一向に体は動かすことが出来ず、最早結果は目に見えていた。
「グ……ゲ、アァ……」
三本の大きな光の槍によって串刺しになったトレヴァーファルコは、サラサラと全身を塵に変えていき、風に乗って消えていった。
「司君! もう近くに唖喰はいません、お疲れ様です!」
「おう! 三人とも、ありがとう!」
結界の外で見守っていたゆずから周辺の安全を確認した報告を聞いて、俺はホッと安堵した。
思えば今までは巻き込まれてばかりで、自分から唖喰の戦いに割り込んだのは、初めてゆずの戦いを見た時以来だな。
あの時はただ眺めるしかなかったけど、今はこうして肩を並べるとまではいかなくとも、最低限の援護は出来るようになったことに、確かな成長を感じた。
「ツカサさん」
ふと、ルシェちゃんに声を掛けられて顔を合わせると、戦闘が終わったことで朗らかな表情になっていた。
「お、ルシェちゃんもお疲れ様」
「いえ、その、助けに来てくれて、ありがとうございました……えっと、あの……」
俺に感謝の言葉を伝えたルシェちゃんはまだ言いたいことがあるのか、モジモジと指を絡ませたり解いたり、チラチラと視線を合わせたり外したり、何だか忙しない様子だった。
「えーっと、あ、俺からも言っておくことがあったんだった」
「?」
きょとんとするルシェちゃんの頭に、右手をポンッとのせて撫でる。
「ふえ?」
「一人で戦わされて辛かったよな」
「――っ!」
ルシェちゃんの肩がビクッと震えた。
当たり前だ。
一人で戦わされて大丈夫なわけない。
ゆずだってベルブブゼラル相手に一人で戦うことより、皆と一緒に戦うことを選ぶようになった程なんだ。
この子は、日常生活の味方はいても、魔導少女としての味方は誰一人としていなかった。
だから伝えようと思った。
「早く助けに来れなくて、ごめんな?」
「えっ!? あ、あの、ツカサさんが謝るようなことでは……」
「いいや、もっと早く気付けば、ルシェちゃんが辛い思いをしなくて済んだはずなんだ……今回のことだけじゃなくて、君が今まで受けて来たことも含めて、もっとちゃんと考えなくちゃいけなかったんだ。だから、ごめんな」
「……」
ポーラからルシェちゃんにしてきたことを聞いて、何度も苛立った。
大した理由もなくいじめを行うポーラへの怒り、助けもせずに一緒になって彼女をいじめる親衛隊への怒り、彼女の受けて来た痛みを根っこの部分まで理解していなかった不甲斐無い自分へ怒り……。
だから謝る。
力になると言ったのに、手を差し伸ばすのが遅くなってしまったことを。
「でも、ルシェちゃんも、助けて欲しいならちゃんと言ってくれよ? じゃないと次は間に合わないかもしれないからな」
「はい……って、次?」
「え、なんか変なことでも言ったか?」
「……次も、助けてくれるんですか?」
「何でそんなに不思議そうな顔してるんだよ、先輩として後輩を助けるのは当たり前だって言ったろ?」
「――!」
ルシェちゃんは目を見開いたあと、にへっと表情を崩して微笑み……。
「ありがとうございます、ツカサさん」
そう答えてくれた。
「おーい、フランス支部の人達も帰ったし、ゆず達も拗ねてるから早く戻ってきてー」
鈴花の声が聞こえてから周りを見ると、確かに残っているのは俺達だけだった。
「分かった! じゃ、いこうか、ルシェちゃん」
「はい!」
自分の起こした行動で、こうして彼女の笑顔を守れたんだなと実感しながら、むくれるゆず達を宥めたりしていったのだった。
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