148話 パーティーの終わりと疑問
「さて、挨拶はこれで済みましたが……」
「――っ!」
そう言って姿勢を正したアルヴァレスさんがポーラを見やる。
別段、鋭いわけではないのに、琥珀の瞳に見つめられたポーラは隠し事がバレた子供のようにガタガタと震えていた。
「プーレ」
「は、はい……」
「魔導士にとって死は隣り合わせです。悼みはすれど、冒涜してよい理由にはなりませんわ。日本支部の……そちらの栗色の髪の女性に謝罪を」
「あ、その……す、すみません、でした」
アルヴァレスさんがそう言っただけでポーラが菜々美さんに謝った。
「え、えと、分かりました……」
アルヴァレスさんの登場で元より毒気を抜かれていた菜々美さんは、戸惑いながらも謝罪を受け入れた。
「貴方も、ベルブブゼラルとの戦いにおいて、かけがえの無い方を亡くされたことに深い後悔を抱えてらっしゃるのようですが、平静を保つことを心掛けなければ、唖喰の思うつぼですわ」
「あ……そう、ですよね……」
アルヴァレスさんは、ポーラだけでなく、菜々美さんも戒めた。
もっとも、その口調はポーラに向けたものより穏やかだったが。
――パチパチパチパチ……。
一触即発だったゆず達とポーラ達の喧騒をあっという間に鎮めてみせたアルヴァレスさんに、会場内に拍手が起きた。
それを彼女は会釈して返し、今度はゆずに向き合う。
「……一年振りの再会ですわね、ナミキ様」
「はい、お久し振りです。アルヴァレスさん」
彼女に日本語で話し掛けられたゆずは笑顔を浮かべて挨拶を返した。
アルヴァレスさん相手に誰もが肩の力が抜けない中、ゆずだけは普段通りの態度で接していたことで、俺はようやく胸を撫で下ろした。
一方、アルヴァレスさんはきょとんとした表情の後、瞑目して何かを納得するような素振りを見せた。
「なるほど、確かに変わられたようですね……」
「? 何がですか?」
「いいえ、こちらの話ですわ……」
ゆずが尋ねるが、アルヴァレスさんははぐらかした後、俺の方にチラリと視線を向けて来た。
「――っ!?」
それだけで全身に緊張感が走った。
え、なに、俺に何かあるのか!?
だが、アルヴァレスさんはゆずに向き直り、ニコリと微笑み……。
「……ナミキ様が気に掛けられている彼は、どうやらこちらの魔導少女と仲良くなられたようですわね」
「「「え?」」」
俺とゆず、隣で手を繋いだままのルシェちゃんの声が重なった。
なんで突然爆弾をぶちこんで来たんだ、あの聖女さん。
どうして爆弾だってわかったかって?
アルヴァレスさんが顔向きで俺の位置を知らせ、こっちを見たゆずさんがルシェちゃんと俺を見比べて〝私、不機嫌です〟オーラを発してるからだよ。
いや、違うんです。
これには色々訳があって、決して彼女に誘惑されたわけじゃないんです。
「あ、あああの、ツカサさん? ナミキ様がボクのことを睨んでいますけど、何か失礼なことをしちゃったんでしょうか……!?」
生まれたての小鹿のように、ガクガクと体を震わせるルシェちゃんが青ざめた顔で、俺に尋ねる。
二ヶ月の新人にも容赦なさ過ぎだろ……。
「ごめん、ルシェちゃん……十中八九俺のせいだ」
「ええ!? どうしてツカサさんが悪いんですか!?」
純真無垢なルシェちゃんには分からないだろうけど、ゆずさんはちょっと嫉妬深いんだよ。
ちなみに菜々美さんからも嫉妬の視線が飛んで来てるし、鈴花も〝何予想通り他所の女引っ掛けてんだゴラァ〟な侮蔑の視線が向けられている。
初咲さんから向けられたことも含めれば四面楚歌の完成だ。
どうしてこうなった。
「アリエル様、そろそろ……」
「ええ、そうですわね」
タキシード姿の付き人の女性がアルヴァレスさんに声を掛けると、彼女は頷いてホールの舞台に上がった。
その間、誰も口を開くことなく、アルヴァレスさんがステージに立つ瞬間を見るだけだった。
付き人の女性がスタンドマイクをアルヴァレスさんの前に持ち出し、彼女はマイクを指で叩いて音量を確かめる。
『それでは、交流演習前日の立食パーティーにおけるメインイベントを始めさせて頂きます……歌手は
マイク越しだろうと変わらない声でもって、パーティーのオオトリを宣言したアルヴァレスさんに拍手が起きるのにそう時間は掛からなかった。
そうして始まったアルヴァレスさんの歌は、会場に居た人々全員が聞き入った。
いつの間にか俺の近くにゆず達がいたり、ルシェちゃんが号泣したりしたが、そのどれもアルヴァレスさんの歌声の前では些事と思える程素晴らしいものだった。
ただ、歌が終わって拍手が響く中、アルヴァレスさんと目が合ったことが、少しだけ気になった。
~~~~~
フランス時間、午後三時。
日本だと午後十時にあたる時間に、俺達はフランス支部の居住区に戻って来た。
「はぁ~、やっっっとくつろげる~」
「うん、訓練は明日からなのに緊張してもう一杯一杯だもんね」
「うあ~そうだった……それが目的なんだった……」
「忘れちゃってたの?」
「だってパーティーは緊張したし、アルヴァレスさんはめちゃくちゃ美人で歌声も凄かったしで、訓練のことが頭からすっぽ抜けてたよ……」
「確かに、噂ばかり聞いていたけど、噂以上だなんて思ってもみなかったよ」
「それにあの人、日本語で話してなかった? 口の動きと言葉が一致してるからすぐにわかっちゃった!」
何故か俺の部屋に集まって来た鈴花と菜々美さんが、部屋のベッドに腰を掛けて楽しそうに会話で盛り上がっていた。
一方で……
「――ということがあって、ツカサさんと親しくさせて頂きました……」
「……なるほど、そうとは知らず、怖がらせてしまってすみませんでした」
ゆずと何故かそのまま部屋に付いて来たルシェちゃんが、アルヴァレスさん程にないにせよ尊敬の念を向けるゆずに俺と知り合った経緯を説明していた。
彼女が痴漢に遭っていたことを知ったゆずは、ルシェちゃんにそう謝罪した。
それを受けてルシェちゃんは恐縮して慌てて頭を下げた。
「い、いえ! こうしてナミキ様とお話することが出来て光栄でした!」
「そう固くならなくても私は気にしませんよ。ルシェアさんの方が年上なんですから、気軽にゆずと呼んでもらって大丈夫ですよ」
「あ、あぁ……そんな、〝天光の大魔導士〟様をお名前で呼んでいいだなんて……ボク、恐れ多いですぅ!!」
余程嬉しいのか、頬を赤くして目に涙を浮かべていた。
しかし、なんだろう……ルシェちゃんを見てると無性に微笑ましくなる。
翡翠とは違った癒しを感じる。
「これも何かの縁です。私と友達になってくれますか?」
「はうぁ!! お、おおお、お友達ぃ!? ボクみたいな新人が、そんな……一生の運を使い切ってしまったかもしれません!!」
どこで知ったのか、ルシェちゃんは正座で両腕を頭の横でピンっと伸ばして、拝むように何度も頭を下げた。
「つ、司君、私、彼女の元気に付いて行ける気がしません……」
「まぁ、慣れるまで待ってあげるのが一番だろ……」
ゆずがルシェちゃんに感じている苦手意識は、性格的なものではなく、ゆずを崇めるような彼女の態度だ。
鈴花や菜々美さんは友人関係であるため、ルシェちゃんのような人は初めてなんだろう。
「ふふ、ルシェアちゃんみたいな子がいるって知って良かった」
「そうだよ! あのポーラとかいう嫌味な女とは大違いだよ!」
「え、あ、その、先輩がすみませんでした、カシワギさん、タチバナさん」
「ううん、私も冷静じゃなかったし、ルシェアちゃんが謝ることじゃないよ」
「そうそう、悪いのはルシェアの先輩だって」
ルシェちゃんの謝罪に、鈴花と菜々美さんは気にするなと伝えると、彼女はホッと安堵の息を吐いた。
そうして話が一段落したところで、ゆずがルシェちゃんに声を掛けた。
「ルシェアさん、あなた一つ尋ねたいことがあります」
「はい、なんですかユズさん?」
「アリエルさんの親衛隊についてです」
ゆずは至って真剣に尋ねた内容は、ポーラを筆頭としたアルヴァレスさんに仕える親衛隊のことだった。
「あ~、確かに親衛隊を名乗ってるくせに、アリエルさんの人柄に反して性根が腐ってるよね……特にリーダーが」
「アリエルさん本人を見るまで、あの人も性格が悪いのかなー、なんて思っちゃったくらいだしね」
「俺もルシェちゃんから聞いた時に抱いた印象とは大違いだったなぁ……正直ルシェちゃんみたいなファンの集いみたいなのを想像してた」
「あうぅ、本当に先輩達がご迷惑をお掛けしてすみませんでした……」
「いや、だからルシェちゃんが謝ることじゃないって……」
皆が口々に親衛隊のことを酷評して、またルシェちゃんを落ち込ませてしまったのを宥める。
アイドルのファンでもそうだけど、少数の素行又はマナーの悪さのせいで、ファン全体並びに対象の印象を悪くしてしまうことが多々ある。
俺はルシェちゃんからアルヴァレスさんのことを聞いたから、好印象だったけど、菜々美さんが言ったように、ポーラの性格の悪さで親衛隊のリーダーを名乗っていれば、その対象であるアルヴァレスさんに悪印象を感じて、あの人も悪い人だと先入観を持ってしまう程だ。
「で、その親衛隊がどうかしたの?」
鈴花の問いにゆずは顎に手を当てて、眉を顰めながら答えた。
「その……最後にアリエルさんにお会いした一年前の三ヵ国の交流演習において、あの人に親衛隊なんて配下は存在していなかったんです」
「ん? どういうことだ?」
ゆずの言葉に少なくない驚きを感じた。
「それって一年の間に出来たからじゃないかな? ねえ、ルシェアちゃんは親衛隊が出来た正確な時期は知ってるの?」
「はい、確か半年以上前に出来たと聞いたことがあります」
確かに一年という期間があれば色々変わる。
だがゆずは首を横に振っていた。
「ただ新しく出来たのならここまで気にはしていません。アリエルさんは最高序列の中で最も尊敬されている人ですから、これまでも多くのファンが居たことは把握しています」
「じゃあ何が気になってるの?」
鈴花が再度問う。
正直、ゆずが日常指導のこと以外でここまで言うのは珍しく思う。
彼女の中で親衛隊に関することはよっぽど気掛かりなのだろう。
そしてゆずは疑問を口にする。
「気になっているのは、親衛隊のメンバーの中に、一年前の交流演習で見かけた人が誰一人として見当たらなかった点です」
「え? ええっと、魔導士だったら人員の入れ替えが激しいのは当然だって、思うんですけど……」
新人のルシェちゃんですら、魔導士の厳しさはよく把握していることだが、ゆずは違うというように首を横に振った。
「それでも妙です。あの時の交流演習には、アリエルさんや付き人のクロエさん程ではないにせよ、彼女達とそれなりの歴戦をくぐり抜けた魔導士が多数いたはずです……彼女達が早々に死ぬとは思えません」
「ゆずちゃんがそういうってことは本当に強い人達だったんだね……」
「ええ、模擬戦でフランス支部の魔導士達を一人で撃破した時に、何度か苦汁を舐めさせられたことがありましたので……」
「そ、そうなんですか……」
今さらっと凄く気になる情報が出て来たけど、空気を読んで黙る。
ルシェちゃんも圧倒されながら相槌を返していた。
うん、よく耐えた。
「だというのに、あの親衛隊はポーラさんを筆頭に見知らぬ人ばかり……それがどうも気になるんです」
「う~ん、今回の交流演習でフランス支部の魔導士の人達全員が参加してるってわけじゃないんだろうし、今回は参加を見送っているだけで、訓練期間中に居住区でばったり会ったりするんじゃないか?」
「……そうあってほしいですね」
あまり深く考えて明日以降の訓練に支障が出るわけにはいかないため、気休めでもそう伝えると、ゆずは目を閉じてため息をつくだけだった。
ゆずの力になれなかったことに、ルシェちゃんもしょんぼりとしている。
「すみません。ボクもまだまだ勉強中の身で、ユズさんの疑問に答えられそうにないです……」
「いえ、親衛隊の結成時期を教えてもらっただけで随分と考察が進みました。充分助けになりましたよ」
「あ、あうぅ……ユズさんにそう言って頂けるだけで、ボク、お腹一杯です……」
ゆずの言葉にルシェちゃんは照れくさそうに顔を俯かせながら返した。
その様子を見て、暗くなった雰囲気が柔らかくなった。
「では、皆さんはそろそろお休みの時間のようなので、ボクはここで失礼します」
「あぁ、今日はありがとうな」
「明日の訓練、私でよければ胸を貸します」
「また明日ね~」
「ルシェアちゃんもゆっくり休んでね」
皆で部屋を出るルシェちゃんにそれぞれ言葉を送る。
「あ、ユズさんが仰っていた魔導士の先輩方のことも、ボクなりに調べておきますね。ではお休みなさい!」
最後にゆずの疑問にとことん付き合う人の良さを見せて、彼女は部屋を出た。
「アタシ、あの子のこと好きだなぁ~」
「私も最初に会ったフランス支部の魔導士があの子だったら良かった……」
「司君って、意外と人を見る目がありますよね」
「ホント、良い子に出会えてよかったよ」
そんな感想が出る程、ルシェア・セニエという魔導少女の夢が叶ってほしいと内心願った。
こうして慌ただしくもフランス支部と日本支部の交流演習が幕を開けた。
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