146話 フランスの新人魔導少女
青髪の女の子を連れながらホールを出て、再び甲板に戻ってきた。
他の乗客達はホールでダンスに夢中であるため、閑散としている。
丁度いい。
ほとぼりが冷めるまでここで過ごしておくことにしよう。
「で、お礼の話だけど……そういえばまだ名前を聞いてなかったな」
「あ、そうでしたね。ボク、ルシェア・セニエって言います! 魔導少女歴二ヶ月の新人ですが、改めまして先程はありがとうございました!」
そう言って青髪の女の子……セニエさんは、さっき痴漢に遭ったとは思えないような元気な名乗りをあげた。
しかし、来賓の令嬢じゃなくて、フランス支部の魔導少女だったのか。
このパーティに参加しているってことは、今回の交流演習にも参加するみたいだな。
そして今気付いたけど、この子も魔導少女らしくかなりの美少女だ。
背丈は小柄で、青色の髪をボブカットの長さで切り揃えていて、髪色と同じ青色の瞳は彼女の性格の明るさを表すような輝きを放っていた。
水色のドレスは裾に行くほど白になっていくようにグラデーションが掛かっていて、裾は波のように幾重ものフリルが重なっていて、髪と目の色も相まって人魚を彷彿とさせる。
「魔導少女になって二ヶ月ってことは、俺と鈴花より後輩なわけだ……」
「それじゃおにいさんはボクの先輩ということなんですね! それで、おにいさんのお名前は?」
「ああ、名乗ってもらったのに悪かったな……俺は竜胆司だ。よろしく」
「――え?」
俺が名乗るとセニエさんは予想外といったような反応をした。
え、何か変な名前だったのか?
なんて思ったのも束の間……。
「え、えええええええええええっ!? リ、リンドウって、あなたが
「あのって何!?」
セニエさんの驚きに驚かされた。
何か途轍もなく意味深なことを言ったぞ、この子。
俺の名前を聞いただけでそんなに驚かれるなんて、一体どんな噂なんだよ。
「え、ええっと、かの最高序列第一位〝天光の大魔導士〟と言われているナミキ・ユズ様の恋人となって激変させたという噂です!」
「いや付き合ってないから! 現状友人関係だから!」
「えええ!? そ、そうだったんですか!?」
告白はされたけど返事保留してますなんて言ったら余計に混乱を招くから黙っておこう。
さらにゆず以外の女性にも好意を寄せられていることも黙っておこう。
「い、意外です……だってリンドウさん、とても素敵なので、もうナミキ様と恋仲なのかと……」
「お世辞をどうも。けど、俺じゃどう足掻いても外見でゆずには釣り合わないって」
菜々美さんにも同じ事が言えるが、俺はどう自分を磨こうともゆず達のような美女・美少女と釣り合いが取れる気がしない。
今日の立食パーティでだって、食事中〝なんであいつがあんな美女達に囲まれているんだ〟なんて嫉妬の視線を向けられていたからな。
クラスメイトやデート中でも同じ視線を受けていたからあまり動揺はしなかったけど。
俺自身もゆず達と関われているのは、魔力持ちであることと、純粋な運だと思っている。
だからセニエさんの言うようなことは有り得ない。
「お世辞なんかじゃないです! ボクを痴漢から助けてくれたリンドウさんは、白馬の王子様みたいでカッコ良かったです!」
「ん、んんっ!?」
セニエさんの口から飛び出た〝白馬の王子様〟なんていう乙女感満載の言葉に、俺は顔が熱くなるのがわかった。
あの男から助けたことは、俺としては大したことが無い出来事だったが、彼女にとっては衝撃的なことだったのかもしれない。
それを痛感させられる言葉だった。
「わ、分かったって……それより、お礼の話なんだけど……」
王子様扱いにどぎまぎしつつ、お礼の話を持ち出すと、セニエさんは頭の上に〝!〟が飛び出たと錯覚する程、ハッとした表情を浮かべた。
「あ、そうでしたね! どうすればいいですか?」
おいおい、君から何でもお礼をしたいって言ったのに俺が言うまで忘れてたのかよ……。
まぁ、そんなことをわざわざ口に出す必要はないから、特に言及しないけど。
本人は何でも(もちろんエロいことは論外)と言っていたが、特に欲しい物はないし、まだ訓練が始まってすらいないからお土産物選びもまだ余裕がある。
となると今一番必要なのは情報だ。
俺が知らなくて、新人の彼女が知っていそうなこと……。
あ、一つあった。
セニエさんに尋ねることを決めた俺は口を開いた。
「……じゃあ〝聖霊の
「はい!!!! 分かりました!!!!」
「――うおぅ!?」
言い終える前にセニエさんが返事を重ねてきた。
その瞳は爛々と輝いていて、自分の得意分野を尋ねられたような反応だった。
どうやら〝そんなことで良いんですか〟なんて過程をすっ飛ばして、一発で当たりを引いたようだった。
「リンドウさんは歌姫様に興味があるんですか!? ボク、あの方の大大大大ファンなんです!! 正にフランスの至宝と言っても過言ではないんです!!」
「ちょ、近い近いっ!?」
間違いない、この子、歌姫さんに憧れて魔導少女になったんだろうな。
興奮しているのかセニエさんはグイグイと全身を俺の体に押し付けて来て、顔は後数センチでキスする程迫って来ているし、密着しているからお腹に小柄ながらそれなりに育った胸の感触が服越しに伝わってくる。
さらになんかゆず達とは異なる良い匂いが鼻を満たしてくる。
これが外国の……フランスの女の子の匂いか……なんかフローラルな香りがする。
いかんいかん、これは精神衛生上、大変よろしくない。
俺はセニエさんの細い肩を両手で押し退け、落ち着かせることにした。
「お、落ち着いて、セニエさん!」
「ボクは落ち着いてます! さぁ、歌姫様の素晴しさを特とご説明させて頂きます!!」
「だから近いんだよ! 君、あのオッサンにもそんな感じで迫ったんじゃないんだろうな!?」
それであのオッサンが勘違いして痴漢行為に繋がったんじゃないのか!?
だとしたらパーソナルスペース狭過ぎだろ!?
「――ッハ!? もも、申し訳ありませんでした!」
「いや、別に謝られることじゃないんだけど……ただ、もう少し警戒心を持った方が良いと思うぞ」
自分のやったことに気付いたセニエさんは申し訳なさそうに頭を下げる。
こっちとしては内心悪い気はしなかったが、良心からそんな忠告をする。
じゃないと男なんて瞬く間に勘違いを重ねて〝もしかして、俺のこと好きなのか!?〟みたいなこと考えちゃうからな。
「い、一応弁明しますと、ボクは普通にホールで演奏を聞いていたら、あの人にダンスに誘われて、承けたらあんなことになったんです……」
「元から痴漢目的だったのかよ……」
少しでもあのオッサンに悪いことしたかなんて思って損した。
酒に酔って自制が効かなくなっただけかもしれないけど、それでも痴漢を許していいことにはならない。
ま、オッサンのことはどうでもいいか。
「で、歌姫さんのことなんだけど……」
「は、はい! ちょっと興奮してしまいましたけど、もう大丈夫です!」
「なら良かった。あまり畏まらずに自然体で話してくれていいからな?」
「はい、善処します!」
なんだかひたむきな感じだな。
この分だと慢心とは程遠いようで、少し安心した。
「えっと、歌姫様……アリエル・アルヴァレス様は〝
アリエル・アルヴァレス……それが〝聖霊の歌姫〟の本名か。
でもその前に〝魔導六名家〟ってなんだ?
「悪い、今ちらっと聞こえた〝魔導六名家〟についても教えてもらっていいか?」
「はい、構いません。〝魔導六名家〟とは魔導士と唖喰との戦いが続く三百年もの間、組織の運用、術式の開発、強い魔導士を多く排出、といったように長年組織を支えて来た六つの家のことです。その起源を辿ると、組織設立にも携わっていたとも言われています」
なるほど、組織にとって重大な役割を常に担って来たってことか。
「ドイツの〝トラウトマン家〟、ロシアの〝クラミン家〟、アメリカの〝マクウィリアムズ家〟、中国の〝
「和良望家って、季奈の実家か……確かに魔導における名家だとは聞いたことがあるけど、そこまでとは思ってもみなかったな……」
「ええっ!? 〝術式の匠〟のワラモチ・キナ様とも面識があるんですか!?」
「あ、ああ。面識どころか友達だし、さっきセニエさんを助けるまで電話もしてたよ」
「わぁ……ナミキ様だけでなく、ワラモチ様とも親しいなんて、リンドウさんはやっぱり凄いです! ボク、そんな凄い人に助けられたんですね!」
「そ、そんなことは……いや、いいか……」
セニエさんの中で俺の株がうなぎ登りだ。
そんなことはないと否定しようとしたが、またさっきのように王子様扱いをされるだろうと思い、否定せずに流すことにした。
それにしても、歌姫さんの名前に妙な聞き覚えがあるんだよなぁ……。
「アルヴァレスって……どっかで聞いた気がするんだけど……」
「あ、気付かれましたか? アリエル様はボク達フランス支部の支部長様とは、血縁関係にあるんです」
「あー、そっかぁ……フランス支部長の娘なのか?」
「いえ、アリエル様は支部長のことを叔父様と呼んでいますし、ダヴィド支部長は現アルヴァレス家当主様の弟だと聞いたことがあります」
あ、なんか今のご時世に珍しいお家騒動の影が見えた。
跡目争いに敗れた弟が支部長職に就く……うわぁ、無駄に現実味を帯びて来たな……。
「そのアリエル様は本当に素敵な方なんです! 贔屓目無しに世界一と思える美貌、長く煌びやかな白銀の髪、琥珀色の双眸は他者は心を惹き付けて止まず、理想の女性像を体現したかのようなスタイルの良さ、加えて歌声は万人を魅了する国の宝と称される程で、その声で紡がれる聖歌の神聖さに感涙する人が後を絶たないと謳われ、結果、アリエル様は現代の聖女と呼ばれているんですよ!」
「お、おぉ……」
すげえ語彙力……。
思わず圧倒されたわ……。
恍惚とした表情で力説するセニエさんに気圧されている間にも説明は続く。
「もちろん、最高序列第四位に名を連ねる魔導士としての実力も桁違いなんです! 唖喰を恐れることなく、果敢に、優雅に立ち回り、第一位のナミキ様に次ぐ膨大な魔力量によって齎される固有術式は、想像を絶する強大な威力を秘めている等々、フランス支部の魔導士・魔導少女には魔導士としても女性としても天上に位置するアリエル様に憧れを抱く人がほとんどなんです!」
「まぁ、今のセニエさんを見ればアルヴァレスさんをすごく尊敬しているっていうのは、伝わったよ」
それほどアリエル・アルヴァレスという魔導士に尊敬の念を抱いていることだ。
「そんなアリエル様にお仕えしたい一心で、フランス支部の魔導士・魔導少女達でアリエル様の親衛隊が組まれているんです」
「親衛隊って……要はアルヴァレスさんのファンクラブってことか」
「はい。ボクはまだ魔導少女になって二ヶ月ですけど、絶対にアリエル様のお役に立てるようになるのが夢なんです」
まだまだ途方もない夢ですけど、とセニエさんは自嘲気味に零すが、さっきのアルヴァレスさんのことを嬉々として語る彼女の表情は、とても楽しそうだった。
俺は激励するために、彼女の頭に右手を置いて撫でる。
パーティー用に整えられたのか、青色の髪はとても柔らかくて、とても撫で心地が良かった。
一方、セニエさんは撫でられることが予想外だったのか、きょとんと可愛らしい表情を浮かべていた。
「リンドウさん?」
「その夢は絶対に叶うよ」
「え?」
「俺さ、自分がゆず達のために出来ることを模索してる途中で一向に答えが出ないままなんだ。それに比べてセニエさんはちゃんと自分の目標を持って魔導少女になってるんだ。だから、君の夢は絶対に叶う、君なら叶えられるって信じてるよ」
「……笑わないんですか?」
同じ支部の誰かに笑われたことがあったのだろう、セニエさんは不安気に目を伏せた。
そんなセニエさんを安心させようと、頭をポンポンと柔らかく叩く。
「笑うわけないって。短い時間でもセニエさんが目標に向かってひたむきに努力出来る子だって知ったんだ。何が出来るかは分からないけど、俺で良ければセニエさんの夢を叶える手伝いをさせてくれないか?」
「……」
俺の言葉を聞いたセニエさんは目を見開いて俺の顔を見つめる。
「そんな風に言ってくれたの、リンドウさんが初めてです……」
そう言って彼女は見惚れるように柔らかな微笑みを浮かべた。
その言葉に満足した俺は、彼女の頭から手を離した。
「よし、それじゃそろそろホールに戻るか」
「はい! ……あ、リンドウさん!」
「ん?」
セニエさんに呼ばれて振り返ると、彼女は俺の右手を両手で握って、可愛い顔を精一杯真剣な面持ちにして口を開いた。
「ボク、友達から〝ルシェ〟って呼ばれているんです」
「ん、それが?」
「リンドウさんもセニエさんじゃなくて、ボクのことをルシェって呼んでください! その代わり……ボクもリンドウさんのことを〝ツカサさん〟って呼んでいいですか?」
それがどういう意味かはすぐに分かった。
セニエさんは俺と友達になりたいということだ。
「ああ、わかったよ――ルシェちゃん」
「はい、ツカサさん! これからの訓練、よろしくお願いします!」
「あぁ、こっちこそよろしくな」
断る理由はないどころか、交流演習の目的にも適っているため、俺は快く了承する。
それを受けて実直なルシェちゃんらしい宣言に、俺はそう返した。
せっかくの場なので、ルシェちゃんをエスコートするように彼女の左手を引いて、甲板からホールへと移動する
「……なんだか、騒がしくないですか?」
「本当だ。何かあったのか?」
そうしてホールに辿り着いて、ルシェちゃんの言葉通り何やらホール内の様子がおかしいことに気付いた。
演奏者が楽器の演奏の手を止めて、ダンスを踊ったり談笑していた組織関係の重役達も、ある一点に注目しているようだった。
その集団の中に、初咲さんの姿を見つけた俺はルシェちゃんを伴って事情を聞くことにした。
「初咲さん!」
「え、えっと、初めまして、ウイサキ日本支部長!」
「あぁ、竜胆く――ちょっと、こっちは収穫ゼロだったのに、どうして君はフランス支部の子と仲良くなってるのよ?」
声を掛けて俺に気付いた初咲さんに、ルシェちゃんが挨拶をした。
だが、初咲さんは俺がルシェちゃんと手を繋いでいることに、鋭い剣幕でさらっと悲しい報告混ぜて問い詰めて来た。
収穫ゼロだったんですか……。
ゆずのお土産の御守りの効果もなかったのか……。
ルシェちゃんと会話する切っ掛けとなると、彼女が痴漢被害を受けたことを話すことになるかもしれない。
とはいえ、ルシェちゃんが痴漢されたなんて吹聴する気は無いし、同性の初咲さんにも易々と教えていいことでもないと思い、ひとまず誤魔化すことにした。
「色々あったんですよ」
「君の場合、その色々が本当だから訊いたのだけれど……まぁいいわ。この状況のことだけれど、私もちょっと何があったまでは分からないのよ」
「そうですか……」
とりあえず、人混みを掻き分けて注目の的になっているところに行けば分かるはずだ。
なんでか、悪い予感がするし、こういうのはよく当たるからだ。
「ルシェちゃん……」
「ボクも微力ですけど、ツカサさんにお供します!」
「……ありがとな」
少なくともこの場で俺の味方で居てくれることを宣言したルシェちゃんに感謝の言葉を伝えつつ、俺達は他の参加者が作り出した人波の中を進んで、その中心へと向かった。
もちろん、ルシェちゃんとはぐれないように、彼女を抱きしめながら進む。
そしてようやく人混みの中心に辿り着いた俺の視界に映ったのは……。
「無駄死になんかじゃないっ!!」
怒りと後悔が入り混じった形相で女性の頬を平手打ちする菜々美さんの姿だった。
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