129話 ベルブブゼラル戦 ③

 

 何が起きたのか、鈴花にも季奈にも双子も、静に守られた菜々美も理解出来ていなかった。

 否、理解する間も無く事態が急速に変化したのだ。


 誰もが変化に付いて行けずに立ち尽くしていると、影は右腕を振って貫いていた静の胴体を真っ二つに切り捨てた。


「――ぁ……」


 切断された静の上半身と下半身から夥しい量の出血と、溢れ出る臓物が露わになった。


 その明らかな人死を間近に見て、ようやく菜々美は現状の把握に頭を回し始めた。


 地面にどさりと音と立てて落ちた血濡れの静の遺体を見て……。


「いやああああああああああっっ!!!?」

 

 悲痛な悲鳴がキャンプ場に響いた。

 菜々美の悲鳴で鈴花達は、自分達が茫然自失としていたことに気付いた。


 だが、影の姿を見た瞬間、新たな事実に気付いた。


「な……に……こい……つ……?」


 鈴花の両足は震えていた。


 その理由もすぐに分かった。


 静を殺した影が放つ異形としか捉えようの無い姿に、下手に動けば自分も殺されるという恐怖を感じているからだった。


「アイツ…………!?」


 鈴花は季奈のその言葉にハッとなってベルブブゼラルのほうに視線を向けた。


「――っ!?」


 確かにベルブブゼラルは居た。

 だが、それは……。


「……は、どう……いうこと!?」



 ――。 



「じゃあ……あれは、ベルブブゼラルだって言うの……!?」


 鈴花は信じられないという気持ちながらも、再び影の方を見やる。


 そう、抜け殻から飛び出たのは影としか言いようの無いほど全身が漆黒に染まっており、頭部には触覚のような細いものが二本あり、腕は肩の辺りから上は爪、下は鎌の上下二つに別れており、現に静かにトドメを刺したを右腕の鎌の方には、真っ赤な血がべっとりと付いていた。


 体格そのものはベルブブゼラルより一回り小さいがそれでも三メートル近くの体躯を誇っている。

 背中の翅は二対から一対に減っているものの先程の動きからスピードは下がるどころかむしろ上がっていると見て間違いなかった。


 そしてどういうわけか、この影がベルブブゼラルだった抜け殻から飛び出した。


 そうして導き出された答えが……。


「アイツ……今の今まで、全く本気じゃなかったってこと……!?」

 

 鈴花の答えは的を射たものだった。


 鈴花達がベルブブゼラルに二度逃げられたということは、ベルブブゼラルは二度鈴花達を仕留めきれずに逃げたということと同意であり、さらにポータルを封じられたことで、ベルブブゼラルは鈴花達を獲物としてではなく、敵として認識したことで、この姿を取ったのだ。

 

 殺した静とその場で膝を折った菜々美に興味を失くし、ベルブブゼラルは鈴花達へと見やった。


 そしてベルブブゼラルの目的は……。


 鈴花達はベルブブゼラルの異様な姿に戸惑いながらも、いつ動かれても対処出来るよう集中していた。

 一挙一動何か行動を起こせばすぐに術式をぶつけるはずだった。


 だというのに瞬きより早い一瞬で、ベルブブゼラルは音もなくベルアールに接近していた。 


「――ぁ」


 目の前に〝死〟が襲って来たような感覚がベルアールを襲い、彼女は足がすくんで動くことが出来なかった。


「――ベ」


 鈴花達が気付いたころには既にベルブブゼラルが左腕の鎌の方をベルアールに向けて振り下ろし――。


 ――ガキィィンッッ!!


 横合いから割り込んだ刃に阻まれた。


 ベルアールへの攻撃を止めたのは季奈だった。

 しかし、敵の攻撃が重いのか、その表情はかつてないほど焦燥と恐怖を噛み締めたような歪み方をしていた。


「ベル、意味ないかもしれへんけど障壁も張っときぃ! 鈴花、アル、菜々美の介抱任せたで!!」

「季奈っ!? なんか体とか目が……!」

「説明しとる時間があらへんから手短に言うとウチのとっておきや!!」


 鈴花の指摘通り、季奈の体が普段の淡い赤色から一転、鮮やかな紅色の魔力光が彼女を包んでおり、その瞳の色も同じく紅色に染まっていた。


 さらにその魔力光から紅色の花弁がはらりはらりと舞っており、一目で彼女が自身の体に影響を起こす術式を発動させたことが分かった。


 季奈のとっておき――固有術式〝桜華狂咲おうかきょうしょう〟。


 普段から術式に魔力を少しずつ送り込んで外部電源のように貯蓄しておき、いざ固有術式を発動させると自身の魔力だけでなく、その外部に貯めていた魔力も使うことが出来る。

 そのため、純粋な魔力量の増加、身体強化、五感強化に加え、強力な自己治癒力の促進効果もあるという、〝術式の匠〟と呼ばれる季奈のとっておきにふさわしい術式である。


 しかし、メリットがメリットなだけにデメリットも大きい。


 まず貯蓄していた魔力が尽きると解除される。

 もちろん任意での解除も出来るが、本気を出したベルブブゼラル相手にそんな真似をすれば自殺行為そのものである。

 今回はこの術式の完成から一年間魔力を貯め続けていたため、季奈自身の見立てでは他の術式を使わなければ三十分、使って十分といったところであった。


 次に発動時間に関わらず使用後は最低一週間の戦闘行為・魔力の使用の禁止である。

 ゆずのように元から莫大な魔力量を持っているわけではない季奈が、自身の限界を超える魔力量を行使した必然的な結果である。


 最後に時間・任意解除に関わらず解除後は魔力枯渇を引き起こして気絶してしまう。

 〝桜華狂咲〟を発動した際、真っ先に季奈の自身の魔力から消費をするためである。

 出来れば貯蓄した方から消費したかったが、それでは術式の容量が大きくなってしまうため、季奈は要研究として、ひとまず現状で完成となった経緯があった。


 季奈がその切り札を切ったのは、本気のベルブブゼラル相手とまともに戦えるのがこの術式を使った自分とゆず……他に二人以外の最高序列に名を連ねる三人の五人以外では一対一の戦いにすらならないためであった。


「はああああああっっ!!」


 季奈が薙刀による袈裟斬りを繰り出してベルブブゼラルに斬りかかるが、ベルブブゼラルはその一撃を左腕の鎌で防ぎ、鎌の上側にある爪で季奈の頭部を貫こうと突き出してきた。


「っ!」


 季奈は上半身を左後方に逸らして爪を躱し、その勢いのまま右足でベルブブゼラルの腹部に蹴りを入れた。

 身体強化を出力限界まで施した季奈の蹴りを受けたベルブブゼラルは、大砲を受けたかのように大きく吹き飛んでいった。


 これでベルブブゼラルをベルアールから引き離すことが出来た。


 季奈は吹き飛んだベルブブゼラルを追撃を加えるために、地面を踏み込んで低めの跳躍をして疾走した。

 吹き飛んだベルブブゼラルは体を翻して体勢を立て直したばかりか、接近してくる季奈に両腕の爪を鎌を振るった。


 ベルブブゼラルの爪と鎌がそれぞれ二本、対する季奈は薙刀一振り。


 たとえ両腕の鎌を防げたとしても、もう二本の爪を防ぐことが出来ない。

 手数の差が厄介だと判断した季奈は術式を使わずになんていう贅沢は言ってられないと、気を引き締め、二つの苦無を投げた。


 ベルブブゼラルの鎌による一閃によって二つの苦無は縦真っ二つに斬られたが……。


「ギュギェッ!?」


 二つの苦無から斬撃の伴った爆発が発生した。苦無には〝閃光華火〟の術式を発動させていたため、ベルブブゼラルの体に僅かな裂傷が刻まれた。


 苦無の爆発に気を取られたベルブブゼラルに季奈が接近して薙刀を振るう。


「せいっ!!」


 薙刀の逆袈裟を受けたベルブブゼラルの体に右肩から左わき腹辺りに一筋の傷が出来たが、仕掛けた季奈は苦虫を潰す表情だった。


 なぜなら今の一閃であまりダメージを与えられた手応えがなかったのだ。

 

(せやったら何回も食らわしたらええだけや!)


 季奈は続けざまに切り上げの動作で袈裟斬りをし、ベルブブゼラルの体は宙に浮いた。


 追撃のために跳躍して突きを放つが、ベルブブゼラルは翅を動かして季奈から離れようと高速移動をしてベルアール達に接近して爪による攻撃繰り出そうとする。


「ウチ以外狙うやなんてええ度胸しとるなぁ!」


 が、〝絡繰り門〟でベルブブゼラルの前にワープした季奈が薙刀で爪を弾いたことで、爪の一撃がベルアールを貫くという最悪の結果は回避された。


「攻撃術式発動、重光槍展開、発射!」


 ベルブブゼラルは下から掬い上げるようにして放たれた光の槍を直撃で受け、再び宙に放り出される。


「固有術式発動、縦桜矛刃じゅうおうむじん!!」


 〝百華繚乱〟とは違い、薙刀の刀身を十メートル以上にまで伸ばされ、それを唐竹の動作で降り下ろした。


「ギュ……ギェ!!?」


 その一撃をかわせずベルブブゼラルは地面に叩き付けられた。


 さらに追撃を加えるために季奈はベルブブゼラルの元へ一気に駆け出す。


 立ち上がったベルブブゼラルは二本の爪で左右から挟み込む形で接近する季奈の体を貫こうとするが、季奈は直前で足を止め、リーチを活かした間合いから薙刀を上段に構えて唐竹を繰り出した。


 ――キィィンッ!


 しかし、薙刀はもう二本の鎌で防がれてしまった。


 季奈は鎌毎両断しようと両腕に力を籠めるが、力が拮抗しているため、全く動かなかった。

 このまま鍔迫り合いをしていても再び爪で狙われるだけだと考えた季奈は、距離を取ろうとバックステップで後方に下がった。


「ギュギャ!」

「なあっ!?」


 季奈が驚愕の声を上げたのは、後方に下がったと同時にベルブブゼラルが接近して鎌を振り下ろしてきたためである。


(コイツ……ウチが後ろに下がることを読んどったんか!?)


 季奈は薙刀を左手で握り、右下から切り上げるが鎌で簡単にあしらわれてしまう。


「ぐ……く……!」


 ベルブブゼラルの爪が季奈の右肩に刺さり、左脇腹を抉られてしまった。


 さらにベルブブゼラルが爪で動きを止めた季奈に、止めを刺そうと鎌を降り下ろした。


「固有術式発動、収束効果付与!」


 ベルブブゼラルの背中に一筋の流星のような光が突き刺さった。


「季奈、今の内に!」


 それは未だ茫然としている菜々美を遠ざけ終えた鈴花がベルブブゼラルに放った攻撃だった。


 その攻撃にベルブブゼラルが気を取られた隙に、季奈は自分から後ろに下がることで右肩に刺さった爪を抜いた。


 季奈が拘束から逃れたことに気付いたベルブブゼラルが季奈に向けて二本の鎌を降り下ろして来るが、季奈は既に術式の発動準備を終えていた。


「固有術式発動、十六夜蓮華いざよいれんげ!」


 ベルブブゼラルが鎌を振り抜いた時には季奈の姿はなく、敵の背後に立っていた。


「ギュギャ……!?」


 ベルブブゼラルが自身の背後に立っている季奈の方へ振り向いた瞬間、その全身に十六の斬撃が刻まれていた。


 固有術式〝十六夜蓮華〟。

 すれ違いさまに相手を十六回斬撃を食らわせる季奈の薙刀による武術を組み合わせたものである。


「鈴花、助かった!」

「アタシもこのまま……」

「いや、掩護射撃だけで頼むわ」

「――っ、分かった!」


 季奈が言外に近接戦はするなと伝え、鈴花はそれを理解して苦渋ながらも季奈の言う通りにする。


 今の攻防で自分の入り込む余地が無いことを鈴花はこれでもかと見せつけられていた。


 いつでも矢を放てるように魔導弓を構えていたが、季奈とベルブブゼラルの動きが捉えきれず、先程矢を当てられたのは、ベルブブゼラルが季奈の体を爪で突き刺して足を止めていたからだ。


(悔しい……! アタシ……見ていることしか出来ないなんて……)


 鈴花は自分の力不足に泣きそうになるが、寸でのところで堪えた。


 泣く暇があるならベルブブゼラルが動きを止めた隙を突いて矢を放てる準備を、と自分の鼓舞した。


 そして、自身の傷を見てベルブブゼラルはおかしいと感じていた。


 季奈の右肩と左脇腹には決して軽くない傷を負わせていたはずなのに、何故あんなに早く動けたのか……その疑問は季奈の姿を見て解けた。


 季奈の体には傷が消えていた。


 そう〝桜華狂咲〟の効果の一つである自己治癒力の促進が発揮されていたのだ。


 瞬時に回復するため〝桜華狂咲〟を発動中の季奈は急所を突かれない限り、如何なる傷も意味をなさない。


 ベルブブゼラルは季奈に何らかの手段で傷を治すことができると理解し、再び爪と鎌を構えた。


 一方鈴花の頼みを蹴った季奈に余裕はなかった。


 急所以外の怪我なら瞬時に回復する効果は多少無茶も出来るため、確かに頼もしいが無制限ではない。


 この強力な回復力を発揮しているのは、治癒術式と同様の効果……つまり魔力を消費しているのである。


 傷を負えば負う程、回復のために魔力を消費していくため、必然的に〝桜華狂咲〟の発動時間が減少するのだ。


 さらに幾つか固有術式を使用したこともあり、発動から五分しか経っていないのにも関わらず、〝桜華狂咲〟を発動していられる残り時間は二十分を切っている。


(十六夜蓮華も思ったより効いとらん……これ相当不味いんとちゃうか……?)


 これまで与えたダメージは全く効いていないわけではないが、決定打には至っていない。


 いっそ全魔力を消費して強力な固有術式を発動させれば決定打を与えられるかも知れないが、それでベルブブゼラルを倒せる確証が無いため、あまりにリスクが高い賭けになってしまう。


(防御に徹して時間稼ぐしかあらへんな……)


 方針を決めた季奈は薙刀を構えて、ベルブブゼラルとの戦いを再開した。


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