128話 ベルブブゼラル戦 ②


「橘鈴花、和良望季奈、アルベール・エルセイ、ベルアール・エルセイ、工藤静、柏木菜々美の六名がベルブブゼラルとの交戦を開始しました」


 オペレーターがそう報告を終えた。


 観測室では、鈴花達をサポートするために職員とレーダー各種観測機が慌ただしく動く様子を、ゆずは早く鈴花達の元に駆け付けたいという逸る心を抑えるのに必死だった。


 ゆずがキャンプ場に行かず、日本支部に残っているのは、ゆずの魔導器の最終調整に時間が掛かっているためである。


 予想以上のダメージにより当初の期間を大きく越えて時間が掛かっており、こんな時にあの時の無茶が尾を引いてくるとは思いもしなかったが、ゆずは後悔をするつもりは微塵もない。


(大丈夫。鈴花ちゃん達なら絶対に持ち応えてくれる)


 友達を信じると決めたゆずが、調整が遅れていることを後悔すれば、それは鈴花達を信頼していないことになるからだ。


「……ゆず」


 そんなゆずの心情を察している初咲は、こんな状況で不謹慎だと自嘲しながらも、自身の妹代わりが自己を抑制できる程の信頼を託す相手が出来たことに、安堵していた。


「頑張って……」


 ゆずの呟きは、観測室にいる全員の総意であった。








「しっ!」


 鈴花が魔導弓を構え、魔力で創った三本の矢をベルブブゼラルに向けて放った。


「ギュギャ!」


 ベルブブゼラルは翅を動かして左方向に旋回して矢を回避した。


 季奈が苦無を投げていくが、ベルブブゼラルは細長い手で自身に飛来する苦無を次々とはたき落としていくため、ダメージを与えることこそ出来なかったが……。


「防御術式発動、結界陣」


 ベルアールがベルブブゼラルの進路上に防御術式による結界を設置し、進路を妨害する形になった。


 苦無は狙いを悟られないためのフェイクであるため、ベルブブゼラルの注意を苦無に逸らすことが出来れば十分であった。 


「ギュギュギェ!!?」


 速度が乗っていたため、ベルブブゼラルは結界を回避することが出来ず正面衝突をした。


 そこにすかさずアルベールが魔導鎚を上段に構えて接近する。


「Smash!」

「ギャッ!」


 ――ガキィンッ!


Whatええっ!?」


 が、アルベールの攻撃はベルブブゼラルの細長い爪によって完全に勢いを殺されてしまい、大したダメージにはならなかった。


「ギュギェ!」


 驚くアルベールの隙を突いてもう片方の爪がある腕を振るって、彼女の体を貫こうとする。


Do notさせない……うっ!」

「ベル……きゃああっ!?」


 寸でのところでベルアールが爪とアルベールの間に割り込んだが、二人そろって後方へ弾き飛ばされてしまった。


 ベルアールが魔力を流した魔導鎚を盾代わりにしたため、外傷こそないが距離を開けられてしまうのは痛手だった。


「この、攻撃術式発動、光剣三連展開、発射!」


 せめてもの牽制にと静が三本の光剣を放つも、ベルブブゼラルの身体に突き刺さることもなかった。

 歯牙にも掛けずにベルブブゼラルは先程矢を放ってきた鈴花に目掛けて素早い速度で接近していく。


「っヤバ!?」


 鈴花は慌てて弓を構えて矢を放とうとするが、ベルブブゼラルの速度に合わせて矢を放つのには距離が間合いが無さ過ぎた。


「はああああっ! 固有術式発動、龍華閃りゅうかせん!」


 今度は季奈がベルブブゼラルの左側に固有術式で強化した薙刀による突きを放って敵を吹き飛ばした。

 体勢を崩されたベルブブゼラルは季奈に背を向ける形で蹲っており、そこへ季奈は苦無を投げた。


「オマケくらってけやぁ! 固有術式発動、閃光華火せんこうはなび!」


 苦無がベルブブゼラルの背中に刺さると同時にその箇所を起点とした斬撃がベルブブゼラルの背中に走り、翅を閉じていた背中に無数の裂傷が刻まれた。


「トリャアアアアッッ!!」

Crush潰す!」


 さらに追撃を加えようと弾き飛ばされていたアルベールとベルアールが隣り合って魔導鎚を振り下ろしていくが、ベルブブゼラルは錐もみ回転をしながら飛び上がることで、二人の攻撃を弾きながら体勢を立て直したのだ。


「固有術式発動、強化効果付与!」


 鈴花が逃がすまいと、付与効果を施した五本の矢を放つが、ベルブブゼラルは息を大きく吸い込み……。



 ――ブオオオオオオオオオオオオオオッッ!!



「矢がっ!? うああああっ!!?」


 衝撃波を放って矢を掻き消したどころか、攻撃を放った直後であった鈴花はそれを直撃で受けてしまい、咄嗟に両腕をクロスさせてガードするが体にいくつもの裂傷が刻まれた。


「っち! これホンマに鬱陶しいなぁ!」


 季奈は障壁を展開して身を固めるも、衝撃波の防御のためにどうしても足を止める必要があることに不満を漏らしていた。


 ベルブブゼラルはこの衝撃波にかまいたちを織り交ぜて攻撃を仕掛けているため、こうしている間もかまいたちによって障壁がガリガリ削られている。


 季奈は鈴花にも障壁を展開しており、彼女は今の内にと裂傷によるダメージを治癒術式で回復していた。


 このままでは埒が明かないと季奈は思ったが、そんな彼女の耳に声が聞こえた。


「固有術式発動、パワフル・スロー」

「グギャアアアッッ!!?」


 季奈から見てベルブブゼラルの右側から桃色の光が高速で飛び出して来たかと思うと、ベルブブゼラルが大きく仰け反り、放たれていた衝撃波とかまいたちが止み……。


「ウリャアアアッッ! 固有術式発動、メガトン・スマッシュ!」


 魔力のオーラで巨大な大槌を形成したアルベールが、仰け反って隙を晒したベルブブゼラルに向けて大槌を軽々しく横薙ぎに振るって殴り飛ばした。


 ベルブブゼラルは林の木々を倒しながら奥へと消えていったが、アルベールは手応えこそあったが、敵がまだまだ健在であることは容易に分かった。


「アル、ベル! 助かったわ!」

「ヘッヘ~ン、おやすいごようだよ!」

「Mutually liお互い様ke……スズカは?」

「何とか無事だよ。ったく、あの蠅虫……」

「たった一体だけなのに、悪夢クラスってだけで強すぎるわね……」

「み、みんな、大丈夫?」


 衝撃波が止まったことで鈴花が季奈達の元に駆け寄ることが出来た。


 菜々美が攻撃に参加せずに援護を優先しているのは、以前の戦闘時のように、多対一に秀でた菜々美にはベルブブゼラルが〝ポータルの強制開放〟を行った際の迎撃のために魔力を温存する作戦である。


 必要なこととはいえ、前に出て戦う五人に申し訳なさを隠しきれないでいた。


 また、鈴花は内心三度目であれば敵の行動くらい読めると踏んでいたが、実物の厄介さは変わらなかった。


 そして、五年以上魔導少女として唖喰と戦ってきたゆずでも幾度の戦いを経験しようが、唖喰という怪物の性質が全く掴めずにいることは鈴花も知っている。


 鈴花としては唖喰の行動・思考はこちらが望まない事態を積極的に引き起こそうとする狡猾さ、その攻撃は魔導少女でも致死性の高い凶悪なものという二つだけで十分だと感じていた。


 少なくともベルブブゼラルが現れるまでは。


 個体の強さもカオスイーターやグランドローパーとは比較にもならないのに、ポータルの強制開放という反則技もある。


 ダメージが重なってくれば、プライドも何もいらないとばかりに尻尾巻いて逃げ出す生存本能も携える怪物に二度も遅れをとっている。


 そんなベルブブゼラルが悪夢ナイトメアクラスに認定されているのは納得するが、唖喰にはベルブブゼラル以上の天災カタストロフクラスというものまで存在しているのは理解出来なかった。


 魔導士と唖喰の三百年以上も続く戦いでそのような唖喰は片手で数えられるほどしか出現したことがないと、魔導士の歴史で知った鈴花は自分がそんな雲を掴むような唖喰と戦う時まで生きているのか(この場合、寿命的な意味合いと殉職的な意味合いの二つ)のほうが想像し難いことであると感じていた。


 閑話休題。


 今現在鈴花の考えは唯一つ。


「鬱陶しいことこの上ないけど、ベルブブゼラルを倒すことにだけ集中しなきゃ」


 それだけである。

 そして鈴花がそう呟くと同時に……。



 ――ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!



 ベルブブゼラルが自分の能力を発動させた合図である、空間を揺らすほどの大音響がキャンプ場を襲った。


「っ来た! 相変わらず鼓膜破るかってくらい馬鹿デカい音!!」

「能力使って来たっちゅうことは、使わないかんほどあの蠅を追い詰めれとるって証拠や!」

「ウン! ここからが正念場だね!」

「Fighting pla勝負所ce……勝つのはワタシ達」

「来るわよ!」

「は、はい!」


 キャンプ場にいる六人が覚悟を決めると、林の奥から雪崩れ込んで来る唖喰の群れが現れた。


「鈴花! 作戦通りに頼むで!」

「りょーかい!」


 季奈の指示に鈴花は気前よく返答する。


「アル、先行頼むで! ベル、菜々美とウチが決めたら続いてや!」

「ガッテン!」

「Was appoint任されたed……」

「精一杯いくよ!」


 それだけの声掛けで互いの役割を再確認し終え、まずは鈴花が魔導弓を構えて魔力矢を限界数である十本を出現させ、そのまま固有術式の発動準備を始めた。


 唖喰の群れは林の木々をつまみ食いするように噛み千切りながら進行してくるが、アルベールがそれを阻止する。


「固有術式発動、アース・シェイカー!」

「シャギャアアア!?」「グルルルルルッ!?」「ピイイイイイッッ!?」「キュアアアアアアア!!?」「アギャアアアアア!?」「ブブブブルルルルルルアアアアア!?」「バギャギャギャギャ!?」「フシャアアアア!!!?」


 淡い桃色の魔力を纏わせた魔導鎚を前方に叩きつけると、地震のような衝撃とともに迸った魔力波が唖喰達に触れると、揃って痺れ出したため動きが止まる。


 時間にして二秒。

  

 それだけあれば季奈と菜々美の術式が発動出来る。


「固有術式発動、百華繚乱ひゃっかりょうらん!!」

「固有術式発動、フラッシュ=クゥインテュゥ=フウェ!!」


 季奈の薙刀の刀身が霧状に霧散し、月の光を反射してスパンコールドレスのようにキラキラと照り返しだす。


「どおおおおおりゃああああああああ!!!!」


 季奈が薙刀を両手で左薙ぎに振るうと、霧に触れた唖喰が一瞬で細切れになり、次々と塵芥へと変えていった。


 季奈の持つ固有術式で最大規模を誇る〝百華繚乱〟はこういった多対一で真価を発揮する。

 

「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 菜々美も身体強化術式を最大出力で発揮し、右腕が残像を生み出す速度で振るわれ、その度に五本の極細の光が唖喰を微塵切りにしていく。


 圧倒的な面制圧力を誇る二人の固有術式の威力は相当の殲滅力を見せていく。


 その介もあり唖喰達が消えた先にはベルブブゼラルと、能力で開いたポータルが季奈達の視界に入った。


「ギュギュ!」


 ベルブブゼラルがポータルを破壊されまいと未だ術式の発動準備中である鈴花にかまいたちを放とうとする。


「Opposition prohiよそ見禁止bition……!」

「ギュップ!?」


 気配を消して懐に入り込んだベルアールが魔導鎚を振り上げて、ベルブブゼラルを背中に仰け反らせることで鈴花への攻撃を阻止した。


Beat upぶっ飛べ……!」

「ギュギャアアア!?」


 そしてがら空きになった胴体に魔導鎚を叩きつけて殴り飛ばした。


 こうなれば後は守る者のいないポータルのみであり……。


「出来た! 固有術式発動、強化効果×収束効果二重付与!!」


 この瞬間のために魔導弓を構えていた鈴花が固有術式を発動させる。


 鈴花の前方に二重に重なった魔法陣が現れ、鈴花が放った十本の矢がその魔法陣を通過すると、強化された十本の矢が収束し、一矢に纏まって彗星の如き輝きと速度でポータルへ向かっていく。


 ――パリィィィィィンッッ!!


 無防備なポータルが鈴花の放った矢によって破壊され、消滅した。


「ギュギュギャアアアアアア!!!」


 ベルブブゼラルはその事実に憤慨の声を上げ……。



 ――ブオオオオオオオオオオオオオオッッ!!


 

 ポータルの強制開放という反則な能力にあるまじきインターバルの無い能力の再発動を行った。


 先程と同じく、空間を揺らす大音響に鈴花たちは耳を抑える。


「その能力の弱点は割れてんで?」


 そんな音の嵐の中でぼそりと呟いた季奈の言葉などベルブブゼラルに届くわけなく、窓ガラスを割ったような音が響いた。


 音がしたのは鈴花の後ろであった。

 季奈達が振り返れば確かにそこにはポータルが開かれていた。

 またも唖喰の群れが押し寄せるのかと思いきや、そんなことは起きなかった。


 なぜなら……。


「固有術式発動、バブル・スフィア」


 ベルアールが固有術式を発動させて、内に囲んだものを閉じ込める球状の結界がポータルを覆っていたからである。


 結界のなかでは唖喰達がギュウギュウ詰めになっており、結界を破壊しようにも隙間が無いせいラビイヤーやイーターは口を開くことが出来ず、そのラビイヤー達が邪魔でローパーも触手を伸ばすことが出来ないでいた。


『唖喰の生体反応が五十から上昇していません……作戦が決まりました!」


 観測室からの通信によって鈴花達は作戦成功を確信した。


 そう、これこそが季奈とゆずが話し合って考案したベルブブゼラルのポータルの強制開放能力を封じる作戦である。


 人が何らかの事柄で壁の隙間や満員電車などの隙間がない場所では、摩擦によって全く身動きが取れなくなる、背中を壁に密着した状態では屈んで床にある物を取ることも出来なくなるなど、人に限らず全ての生物において“動けるだけの隙間〟というのは重要である。


 唖喰達が結界の中で身動きが取れないのはこの現象によってのものである。


 そしてポータルを破壊せずに結界の中に閉じ込めた理由……そもそもポータルの性質として〝同時に一つしか存在できない〟というものがある。


 唖喰の生息する次元に関しては何一つ判明していないが、複数の場所で唖喰達は次元の壁に穴を開けて地球に侵攻しようとしている。


 その行為によって開いた穴がポータルだが、過去三百年において一度も〝二か所同時に現れた〟ことが無い。


 それどころかこの事実が判明したのは衛星技術が築き上げられた西暦1950年代である。


 一つのポータルを破壊した途端、別の場所でポータルが開いたという現象が頻繁に起きるため、宇宙に打ち上げられた衛星の中にポータルの出現を観測するレーダーを搭載して観測すること五年あまりで発覚したのだ。


 そのポータルの性質はベルブブゼラルの能力でも違えることは出来ないと仮定して過去の戦いを振り返ると、ベルブブゼラルもポータルを二つ以上同時に出してはいなかった。


 これらの事実を踏まえて作戦が立てられ、ぶっつけ本番になったもののこうして成果を上げることが出来たのだった。


 あとはベルブブゼラル本体の対処のみである。


 こうなってしまえばベルブブゼラルはタフなだけの唖喰であった。


 ベルアールは結界を維持する必要があり、ここから攻撃に加わることは出来ないため、鈴花達三人が各々の魔導武装を構えてベルブブゼラルに攻撃を仕掛けようとして……。


「……ねえ、ベルブブゼラルが小刻みに震えているように見えない?」


 菜々美の疑問の声に釣られて季奈達もベルブブゼラルをよく見てみた。


「ギュプルルルル……」


 菜々美の言う通り、ベルブブゼラルの体が波打つようにプルプルと震えていた。


 このような行動に出たのは見たことがなかった。


「……ホンマや、自分の消滅を悟って震えとんのか?」


 季奈もベルブブゼラルの奇行に気付いた。


 不可解なベルブブゼラルの行動に、鈴花達は警戒を強めて慎重に相手の出方を窺うことにした。


 





 静がに気付いたのは偶然だった。


 菜々美が何か疑って掛かるから何事かと視線をに向けたのは偶然だった。


(ん? 何だか腕がしぼんでいる気がする……っ!!?)


 そして彼女の次の行動はいつもの感覚を感じたからであった。

 先輩後輩として接してきた静と菜々美はかなりのコンビネーションが培われてきた。


 それこそ、互いを狙う敵の殺気を感じて互いを守れるほどに。


 ベルブブゼラルからが飛び出すのと同時に、静がから菜々美を守るように間に割り込み両手を広げて魔導装束に魔力を流して防御力をあげることが出来たのはその二つの要素が為した結果だった。


「――え、先輩?」


 その静の咄嗟の行動により、状況を飲み込めずに呆けていた菜々美の身は守られた。

 そして……。


「ご、ぷぅ……」


 菜々美の目の前で、静の腹部を影が貫いたのだった。

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