119話 突き付けられた敗北
ゆずが逃げるベルブブゼラルを追って行った。
鈴花も援護をしようとしたが、二回目のポータル解放で出てきた唖喰達を放置する訳にはいかなかった。
「攻撃術式発動、光剣二連展開、乱舞!」
鈴花は二本の光剣を自分の周囲で回転させることで接近してくる唖喰を切り落としていく。
剣で自らの身を守りつつ、弓矢での遠距離攻撃仕掛けるという攻防一体の技術は彼女の定番の戦闘スタイルとして出来上がっていた。
「季奈、ゆずは!?」
「固有術式で展開した障壁のドームの中で戦っとるからよう分からへん……」
「勝てる、かな?」
鈴花の問いに季奈は難しそうに答える。
「……ぶっちゃけ飛び出す前に見た殺意が剝き出しのままやったら、難しいで」
「殺意?」
季奈の言っていることが分からなかった。
鈴花にはあのゆずが殺意を剥き出している等想像出来なかった。
何せ、鈴花が今まで見てきたゆずは唖喰に対して嫌悪感や怒りを見せたことはあっても、憎しみや殺意を見せたことはない。
そんなゆずが今まで苦汁を舐めさせられてきた怪物とはいえ、殺意を剥き出しにして唖喰と戦うという季奈の言葉は信じられなかった。
だが、鈴花はゆずがベルブブゼラルを追って跳ぶ前の様子を思い出していた。
『待て、逃げるなぁっ!』
あの時、ゆずはそう言ってベルブブゼラルを追って行った。
ゆずが敵に対してあんなに執着する姿を鈴花は初めて見た。
すると、季奈の言葉が何やら現実味を帯びてきた気がして、胸騒ぎを覚えた鈴花は、ふとゆずが展開した障壁の方に視線を向ける。
――ブオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
ベルブブゼラルが衝撃波を放ったのだろう轟音が地上にいる鈴花達にも聞こえた。
それと同時に障壁のドームの天井を何かが突き破った。
「――え?」
身体強化術式で強化された鈴花の視覚がその何かの正体を鮮明に捉えた瞬間、背筋が凍り付くような悪寒を感じた。
何かの正体は……全身がボロボロになっているゆずの姿だった。
鈴花はゆずがベルブブゼラルに敗北したと悟った。
「季奈、あれ! ゆずが!!」
「あかん、あれ気ぃ失っとる!」
「えっそれってまずいよ!」
ゆずはベルブブゼラルを追って跳躍したことで、上空五十メートル位の高さまで跳んでいた。
そんな高さで気を失ったままでは、障壁を展開出来ず身体強化術式も発動させられないため、あのまま落下したすればゆずが死ぬことは日の目を見るより明らかだった。
そこまで考えた瞬間、鈴花はゆずを助けるために彼女の真下まで駆けだそうとしたが、まだ残っているラビイヤーやイーター達が邪魔をしてくる。
「こいつら……!」
鈴花が焦っていることを理解して露骨な妨害をしてくる唖喰に苛立ちを覚えた。
「どいてよ!」
鈴花は二本の光剣で妨害してくる唖喰達を斬り払っていくが、次から次へと押し寄せてくる敵に対してはやすりで岩を削る程度にしかならない。
高威力の固有術式を使えば一掃出来るが、ベルブブゼラルが解放したポータルを破壊するために魔力を消費したせいでそれも難しかった。
――このままじゃジリ貧だ。
ゆずを助けるどころか、自分と季奈が唖喰に食い殺される可能性もある。
だからといって自分の命可愛さにゆずを見捨てるなどという真似を鈴花は絶対にしたくないと決めていた。
しかし、そんな決意を嘲笑うかのように唖喰は妨害を繰り返し、ゆずは重力に引かれるまま地面に落ちる勢いが増していく。
ゆずは重力に従って落下速度を上げているのに対し、鈴花と季奈は唖喰の群れに足止めをされて一歩たりとも前に進めていない。
光剣で唖喰を一体、二体と斬り払って前に進もうとすると、別の唖喰が横合いから割って入って進路を妨害してくるを繰り返している。
――ああ、もう嫌だ。
――
――人をイラつかせること関して全能力を割り振っているんじゃないかってレベルで鬱陶しい。
魔導少女として唖喰と戦う際の心構えに〝感情的な行動は控えるように〟というものがある。
唖喰は人の感情の機微に非常に敏感で、焦れば焦るほど相手の思う壺だと鈴花は教わった。
戦いにおいて冷静でいることを重要視するのは感情的になって行動をすると、考えていることが顔に出やすいからだとされている。
そうなってしまえば判断力が鈍り、攻撃の軌道や狙いを自分から相手に晒したり致命傷に繋がる隙を晒してしまう。
現にベルブブゼラルはゆずが自身に殺意を剥き出しにして攻撃をしていたことを把握した上で、ゆずの隙を作りだし、そこを突いたと予想出来た。
さらに、仲間である鈴花達が傷ついたゆずを見て焦ることも視野に入れての念の入れようであった。
こちらが感情的になって隙を誘うのが唖喰のやり方であるため、冷静さを保てと言われるが悪辣を極めたような相手と戦い続けて冷静さを保てなど無茶な話だと鈴花は感じていた。
特にゆずが意識を失う程の重傷を負ったとあれば、さっさと唖喰を殲滅してゆずを助けに行きたいと焦るに決まっていた。
「さっきからうじゃうじゃってもう!!」
「鈴花! 一旦落ち着き!」
「その一旦で落ち着いた瞬間にゆずの生死が決まっちゃうじゃん! 止まってる暇なんてないよ!!」
ゆずが死んでしまえばベルブブゼラルを倒せる可能性がかなり低くなる。
そうなればあの唖喰は今までより多くの人に危害を加える。
それに加え……。
「仮にゆずを死なせた後でベルブブゼラルを倒せたとしても、司に合わせる顔が無い」
ゆずが自分を目覚めさせるために死んだと司に話せば確実に司を傷つけるのが目に見えていた。
――友達を亡くして得た勝ちなんていらない。
――アタシはいくらでも傷ついてもいい。
――手足の一本や二本失くしたって構わない。
――だから。
――だから……。
――だから……!!
「だから……邪魔しないでよぉっ!!!」
目端から涙が出るのが分かった。
思い通りにならない子供のような声を上げながら、道を塞いで来る唖喰の群れ斬り捨てていくが、ゆずとの距離は一向に縮まらない。
ゆずが地面に落ちるまであと十メートルを切った。
――嫌だ。
――早く行かないと。
――ゆずが……。
――死。
「ゆっちゃあああああんっ!!」
声が聞こえたと同時にゆずを影が捉えた。
薄い緑色の長い髪を揺らして、小さな体には灰色のローブを身に着けている。
その人一人抱えるのが精一杯な両腕には、全身から血を流して気を失っているゆずをガラス細工を扱うように大事に抱きかかえていた。
鈴花と季奈は戦闘中なのにも関わらず一瞬だけ
声の主は……ゆずを助けた人物はここにいるはずのない子だったからだ。
ローブを着た子供は唖喰を踏み台にして鈴花と季奈の間に着地した。
「防御術式発動、防御結界陣発動!」
季奈が防御術式を発動させてゆずとローブの子供を守る形になった。
ローブの子供は両腕で抱えていたゆずを地面に降ろし、鈴花達は改めてゆずの容態をみる。
「全身の至るところに裂傷と腹部の穴に左腕の複雑骨折……こんなになるまで戦うなんて……」
左腕を抉られただけで戦意を失ったことのある鈴花だからこそ、ゆずがどれだけ痛みを堪えながら戦っていたのかよく分かっていた。
こんな重傷であれば早く治癒術式を施さない限りゆずの命は数分と持たずに潰えてしまう。
それを理解しているのかローブの子供はゆずの体に触れて治癒術式を発動させた。
「治癒術式発動」
ゆずの体が淡い黄色の魔力光に包まれると、腹部に空いた穴がみるみる塞がった。
それを見て鈴花はさっきまで内側で大きくなっていた怒りや嫌悪感が薄れていくのが分かった。
治癒術式は死体には効果が発揮されない。
つまりゆずはギリギリ命を繋いだということになる。
治癒術式が効いたのなら、穴が塞がった後で潰れていた骨や細かい裂傷も治されていく。
流石に血を流し過ぎたのかゆずは気を失ったままだが、最悪の事態だけは回避出来たことに鈴花は心の底から安堵する。
「……さてと」
鈴花がそう言うとローブの子供は肩をビクッと揺らしたように見えた。
怒られると自覚しているのだと察しながらもローブの子供の名を告げる。
「なんでここにいるの? ――翡翠」
「……すーちゃん」
ローブの子供……天坂翡翠が鈴花を呼ぶ時のあだ名を呟いた。
商店街へ向かう前に別れて日本支部に戻っていたはずだが、戻らずにここにいることで怒られるということを分かっているのかゆずへ治癒術式を掛け続けながら鈴花に申し訳なさそうな表情を向けて質問に答えた。
「えっと、その……」
「あ~、ゴメン。まさか翡翠が駆けつけてくれるなんて思ってもいなかったから咄嗟に聞いちゃっただけ。今は残っている唖喰を全滅させるから話はその後。ゆずのこと、頼んでいい?」
「あ……はいです!」
翡翠は今までに見たことのない強い意志を持った目でそう答えた。
鈴花はゆずのことを翡翠に任せて前を向く。
「さてと、ベルブブゼラルはまた逃がしちゃったし、ゆずは死にかけたし……アタシのストレス発散に付き合いなさい」
「せやな~、今日のはウチも久々に頭にきたで」
鈴花は季奈と話しながら探査術式を発動させて残っている唖喰の数を確認した。
もう二人共も残り魔力は三割くらいしか残っていないが、敵の数は八十体近くもいる。
治療中にゆずとそのゆずに治癒術式を施している翡翠に援護を頼むことは出来ない。
魔力消費の少ない術式で一匹でも多く巻き込んでも倒し切ることは出来ないと踏んだ。
「「攻撃術式発動、爆光弾五連展開、発射!!」」
二人分の声が一音のズレもなく辺りに木霊した瞬間、唖喰達と鈴花達の距離――およそ十メートル――の間に閃光と爆発が起きた。
我先にと突っ込んできた何体かの唖喰が爆発によって消滅していったのが、探査術式によるレーダーで分かった。
閃光と爆発を発生させた二人は鈴花と季奈の前に姿を現した。
顔も背格好も瓜二つの銀髪美少女の二人――アルベールとベルアールだ。
季奈が二人にはベルブブゼラルが最初に呼び出した唖喰の殲滅を任せていたが、二人の魔導装束にはスカートの端が切れていたり、袖が破れた痕が残っていたりしているから相当の激戦を繰り広げていたと思う。
それでも、二人はそんなことはなかったように明るい調子で鈴花と季奈に向かい合って声を掛けてきた。
「ミンナ、大丈夫?」
「It
「うん、助かったよ」
「うちらが援護するさかい、前衛は頼むで」
「モッチロン! 任せてよ!」
「
二人はそう言うや否や、魔導ハンマーを構えて唖喰の群れに突っ込んで行く。
「ハアアァァッッ!!」
「……
「ゲギャッ!?」「キャンッ!?」
二人が魔力を流して強化されたハンマーを振るう度に唖喰達が次々とミンチにされていった。
そして二体イーターが二人の攻撃後の一瞬の硬直を突くように大きな口を開いて、二人を噛み殺そうとする。
「攻撃術式発動、光槍二連展開、発射!」
「グルオォッ!」
二人への攻撃を阻止するように、鈴花達とは別方向から放たれた二本の光の槍がイーターを貫いて塵に変えた。
「せいっ!」
「ググガッ!?」
不意打ちの光槍を避けたもう一体も風を切るような軽い音の後に胴体を両断された。
「遅くなってごめんね!」
「商店街に残っている唖喰はここにいるやつらだけよ!」
そう言いながらやって来たのは菜々美と静だった。
二人もアルベール達同様激戦を察せる程に魔導装束が損傷していたが、その動きに疲労の影は一切見えなかった。
「菜々美さん、工藤さん!」
鈴花は二人の助けに喜びを隠せなかった。
たった一人……翡翠がゆずを助けたことで形成は一気に逆転した。
「固有術式発動、アース・シェイカー!」
アルが固有術式を発動させてハンマーで地面を叩くと、地面を這うように衝撃波が伝わって唖喰達の動きを一瞬だけ怯ませたと同時にベルが跳躍してハンマーを上段に構えながら固有術式を発動させた。
「固有術式発動、マキシマム・スタンプ」
ベルが両手で構えたハンマーに淡い桃色の魔力光が包みこまれるとハンマーがグングン巨大化していき、大型トラック並の大きさになった。
ベルは重さを感じさせない素振りで巨大化したハンマーを振り下ろした。
――ドッッゴオオオォォォォンッ。
大爆発のような轟音と風圧が商店街南方面を襲った。
……というのは感覚だけの話で、実際には建物とかに一切影響はない。
影響があったのは唖喰側だけであり、今の一撃で八十体いた敵の数は十体近くまで減っていた。
味方の死に一切の戸惑いも見せずに三体のローパーが赤い触手をアルとベルに向けて伸ばしてきたが、その間に季奈が立ち塞がった。
「これで魔力がスッカラカンになるから後は頼むで! 固有術式発動、
季奈が魔力を纏わせた薙刀で突きを放つと、六つ首の蛇のオーラがローパー達の触手を掻き消していき、ローパー自身も塵にして消し去って行った。
「ははっ……ざまぁみぃ」
魔力を限界近くまで消費した季奈が薙刀を杖代わりにしながらそう呟いた。
そんな疲労で動けない季奈に狙いを付けた残っている唖喰――スコルピワスプ一体とラビイヤー五体が襲い掛かろうとする。
「……
……のを着地したベルがハンマーでラビイヤー達を潰して、空中に居るスコルピワスプに攻撃術式を放つことで阻止した。
鈴花は探査術式の索敵で商店街全体に唖喰が残っていないか確認する。
「……うん、商店街に唖喰は残っていないよ」
「すーちゃん、それじゃあ……」
ゆずの治療を終えた翡翠がそう尋ねてきた。
「……商店街での襲撃は凌げたよ」
「……はい! 皆なんとか無事でよかったです!」
「はぁ~、もうヘトヘトだよ~」
「でも生き抜けて良かったわ」
「フゥ~、何処の国でも唖喰って厄介だね」
「
「誰かて戦う回数が少ない方に行きたくなるやろうなぁ」
鈴花の戦闘終了の言葉に皆が思い思いの言葉を口にするが、全員が言及を避けていることがある。
――またベルブブゼラルの討伐に失敗したこと。
――ゆずを危うく死なせてしまうところだったこと。
口には出さずとも、生きて商店街を守れたことを考え無しに喜べる状況ではなかった。
「……はやくゆずを支部の医務室に運ぼうっか」
「……せやな」
「はいです」
鈴花達は鬱屈した気持ちを抱えながら、損壊した建物の修復を後詰の魔導士に任せて支部に戻る
ことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます