118話 心を甚振る怪物
「攻撃術式発動、光刃展開!」
杖を媒介に光の刃を形成して、ベルブブゼラルに斬りかかります。
左腕を潰されているベルブブゼラルはこれ以上のダメージを避けたいようで、私の攻撃に大きく距離を取って回避しました。
攻撃を避けられたと察した私は反転して、パネルドームで展開していた障壁を足場に再びベルブブゼラルに向かって斬りかかりますが、先程と同じく掠りもせずに避けられてしまいます。
――ふざけるな、ふざけるな!!
攻撃が当たらないことに怒りと憎悪が募っていきます。
「攻撃術式発動、光弾二十連展開、発射!」
左手を振るって魔法陣を展開し、ベルブブゼラルに目掛けて光弾を放ちます。
魔法陣から二十発もの光弾が飛び出し、ベルブブゼラルへ迫りますが……。
「ギュギュ……」
ベルブブゼラルは二対の翅をはためかせて、カオスイーター以上の速度で光弾を次々と躱していったため、一つも当たることはありませんでした。
「こ、の……避けるなぁっ!!」
司君をあんな目に遭わせたくせに、何食わぬ顔で自分の身を守ろうとするベルブブゼラルに対して、さらに怒りが膨らんでいきます。
「はあああああっ!!」
光刃を展開している杖を構えて、ベルブブゼラルに一閃を振り下ろします。
「ギュゲッ」
しかし、ベルブブゼラルが右腕の爪で防御したため、攻撃には至りませんでした。
ですがここまで接近すればこちらのものです。
「攻撃術式発動、爆光弾三連展開、発射!」
至近距離で展開した爆光弾は、放たれて一秒もない瞬間に爆発を起こしました。
その閃光によって私の視界も真っ白に染め上げられましたが、ベルブブゼラルを倒せるなら安いものです。
数秒間の閃光が治まり、視界が元に戻るとベルブブゼラルが障壁を背に仰向けになって倒れていました。
私はすぐにトドメを刺すため、足元に障壁を展開してベルブブゼラルへ突撃します。
互いの距離が五メートルを切った辺りで私は光刃を振り下ろし――
――ブオオオオオオオオッッ!!
「ぶっ――ああ!?」
まるで仕返しとばかりにベルブブゼラルは至近距離で衝撃波を浴びせてきました。
勢いよく後方に吹き飛ばされた私は、左肩から障壁に激突しました。
「が、ぐぅ……!」
ぶつかった左肩に激痛が走り、呻き声が漏れてしまいました。
これまで何度も経験したことのある感覚と同じであったため、左肩を骨折したのだと分かりました。
経験があるからといって痛くないわけではありませんが、私は戦意を鈍らせることなく――さらに滾らせてベルブブゼラルを睨みつけます。
こんな怪我、いつものことです。
まだ両足が動く、まだ右手が動く、まだ思考を働かせられる。
左腕一本使えなくなったからといって、私が諦めるはずがない。
「だからって、まだ負けてない!!」
右手にある杖を握りしめ、起き上がったベルブブゼラルに術式を発動します。
「攻撃術式発動、光剣十五連展開、発射!!」
杖の先に展開された魔法陣から十五本の光の剣が連続して放たれました。
「ギュギュゲ!」
ベルブブゼラルが翅をはためかせて一気に上空へ飛ぶことで光剣を躱されてしまいます。
「まだ!! 攻撃術式発動、光槍十連展開、発射!」
ベルブブゼラルの動きを予測して、光槍を放ちます。
ですが、十の光の槍はベルブブゼラルの足を掠めただけに留まってしまいました。
「っ、これで!!」
思わず舌打ちをしたあと、私は跳躍してベルブブゼラルの前方に立ち塞がり、右手だけで光刃を展開している杖を水平に振るいます。
距離は三メートル……これだけ近ければ急に止まろうとダメージは避けられないと踏みましたが、ベルブブゼラルは止まる素振りを見せずに……。
――ブオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
「きゃあっ!?」
再び近距離で衝撃波を浴びせられたことで、私は下に落とされてしまいました。
二度目とあってすぐに体勢を立て直したことで、障壁に不時着することは免れましたが、私は殺気を感じて右手の杖を頭上に掲げて術式を発動します。
「ギュギャ!」
「防御術式発動、障壁展開!」
――バチィィッ!!
障壁を展開したと同時にベルブブゼラルが右の爪で繰り出して来た刺突を間一髪で防御することが出来ました。
「くっ……!」
重力とスピードの乗った刺突はかなり重い一撃で、障壁が持たないと判断した私は解除と同時に左側に飛び込むことで回避しました。
――ブオンッブオンッ!
私が刺突を避けると予想していたのか、ベルブブゼラルはブブゼラの嘴を短く鳴らしてかまいたちを放ってきました。
咄嗟の回避で身動きの取れない私は杖を盾にしてかまいたちを防ごうとしますが、防げたのは二割に満たない程度でした。
「あ、ぐ……!」
既に骨折して動かない左腕と右足のふくらはぎに二箇所、太ももに一箇所、脇腹に一箇所と切り裂かれました。
魔導装束の防御機能のおかげで傷口は浅いため、動脈に達することはありませんでしたが、それでも動き辛くなってしまいます。
「はぁ……、はぁ……」
戦況は劣勢です。
こちらの攻撃はほとんど避けられてしまい、爆光弾を受けてから攻勢に出たベルブブゼラルに押される一方でした。
こうなったら……爆光弾を至近距離で食らわせた時のように特攻するしかありません。
それでベルブブゼラルを倒せるなら足を切り落とされようと問題ありません。
失敗すれば命を散らすかもしれませんが……それでも私なら生き残れる。
私は……〝天光の大魔導士〟です。
今この場でベルブブゼラルを倒せるのは私しかいません。
杖を構えてベルブブゼラルを見据え、障壁を蹴って一気に接近します。
「ギュギュ!?」
ベルブブゼラルが驚くように後退りしました。
あの程度で私が諦めていたと思っていたなんて、浅はかです。
「はああああああっ!!」
光刃を展開した杖で袈裟斬りを繰り出し、ベルブブゼラルの左肩から右脇腹に掛けて一筋の裂傷が刻まれました。
そのまま光刃を突き立てようとしますが、ベルブブゼラルには体を左側へ身を捩ることで躱されました。
「ギュギャ!」
攻撃を躱されたことで隙が生じた私に向けて、ベルブブゼラルは爪を振り下ろしてきます。
「ぐ、ああああああああ!!」
私は咄嗟に体を後ろに反らして躱そうとしますが、動かせない左腕を貫かれてしまいました。
釣り上げられた魚のように左腕を持ち上げられる姿勢になった私は、貫かれている箇所と折れている左肩の激痛で意識が途切れそうになりますが、下唇を噛んで意識を保ちつつ右手の杖を向けて術式を発動しました。
「攻撃術式発動、魔導砲チャージ、発射!!」
近距離からベルブブゼラルの体を容易く飲み込める程の光線を食らわせることが出来ました。
魔導砲を直撃で受けたベルブブゼラルが吹き飛んだことで、左腕を貫いていた爪が引き抜かれました。
「っ……、ふー……」
重力に従って垂れ下がった左腕の激痛に息を止めて堪え、ゆっくりと息を吐き出しました。
左腕はもう感覚がありません。
脳内でアドレナリンが溢れ出ているのか傷みより戦意が勝っている状態であることは明白です。
まだ両足が動けることを確かめて、ベルブブゼラルの方へ視線を向けます。
特攻の甲斐があったのか、ベルブブゼラルは体の至るところから煙をプスプスとあげていて、両足も千切れていました。
後はトドメを刺すだけ……私はベルブブゼラルへ近付いて杖を向けます。
「ギュ……ギャ……ゲェ……」
「命乞いでもしているのですか? 生憎ですが唖喰に掛ける情けはありません」
杖に魔力を流し込み、魔方陣を展開します。
「ギュ……ジュ……」
ベルブブゼラルが何か声に出そうとしていますが、最早まな板の上の鯉のように抵抗出来る手段はありません。
「ギュギャズギャ……」
「これで、司君も目覚める――」
瞑目して、術式を発動させようとした瞬間――。
「『君は……魔法少女なのか?』」
私にとって始まりの切っ掛けとなる言葉が聞こえました。
「――え?」
閉じていた瞼を開いて、辺りを見渡しますが、パネルドームで展開している無数の障壁とベルブブゼラル以外何もありませんでした。
――それでは、今のは一体……?
「『並木さんと友達になりたいからだ』」
「――っ、また……!?」
今度は司君と友達になった時の言葉でした。
再度辺りを見渡しても、見えたものは何も変わりませんでした。
あの言葉は今まで司君から言われて、とても印象に残っているもので、度々思い返していると嬉しくなってい眞下が、先程から聞こえる言葉は私と司君でしか詳細は知らないはずなのに、同じ言葉を言われる度に無性に嫌悪感が湧いて来ていて、とても不愉快です。
「何なんですか、これからベルブブゼラルにトドメを刺そうという時に――」
胸に巣食い出した嫌悪感に気味悪さを覚えます。
気持ち悪い……早くどうにかしたいと思った時――。
「『ゆずはいつも無茶をするから、その……怪我しないようにって気持ちを込めたお守りだ』」
また司君の言葉を話す声が聞こえて、声の正体が判明しました。
ゆっくりと声の聞こえた方へ顔を向けます。
私を見ているベルブブゼラルの方に。
「なん、で……」
――嘘だ。
――ありえない。
――どうしてお前が司君がくれた言葉を知っている?
信じられないという気持ちが強く、疑問が絶えませんでした。
頭も真っ白になって、今しがた発動させようとしていた術式も解除してしまう程、私は動揺していました。
「『今日もお疲れ様、ゆず』」
「――やめて……」
「『……俺、ゆずの日常指導係になって良かったよ』」
「――司君の言葉を言わないで……」
私にとってかけがえのない思い出が、日常が穢されていくようで、あまりにもおぞましくて吐き気が込み上げて来ます。
「『きっとこれからも俺のよく分からない癖のせいで、ゆずを不安にさせることがあるかもしれない。でも極力……いや絶対そうならないように、何がなんでもゆずと過ごす時間を作る……約束だ』」
「やだ……やだやだやだやだやだやだ……っ!」
もう胸の中に渦巻く気持ちが怒りなのか憎悪なのか悲哀なのか嫌悪なのか全部がぐちゃぐちゃに混ざり合って判らなくなりました。
まともに呼吸が出来ない。
自分がどんな表情をしているのか判らない。
早くこの気味の悪い気持ちから逃れたい……。
そのためには目の前の化け物を消さないといけない。
そう判断して杖に魔力を流し込んで――。
「ギュッギャッギャッギャッ……」
ベルブブゼラルが突然わらい始めました。
「……何を、笑ってるんですか?」
そのわらい声は死の間際で可笑しくて笑い出したのではなく、馬鹿にしたように嘲る嗤い声でした。
その嗤い声に私は身の毛もよだつ感覚に襲われました。
「ギュッギャッギャッギャッギャッ……」
「……何が、可笑しいんですか……!?」
今私を突き動かしている感情が何なのかも不鮮明なままで、頭がどうにかなりそうなところを寸での位置で止めている状態です。
それなのにベルブブゼラルが何を嗤っているのか判らないままで――いえ、理解することを拒絶しています。
それを理解してしまえば私は私でいられなくなるような気がしていたから――。
「『日常指導係――もう、やめようかな』」
その言葉が耳に入った瞬間、プツン、と私の中で限界に達していた琴線が切れる音が聞こえたと同時に、ベルブブゼラルが何を嗤っていたのか理解してしまいました。
「ギュッギャッギャッギャッギャッギャッ……」
「――ぅな……」
――こいつは毒だ。
「ギュギャギャギャギャギャ!」
「――私の思い出を……」
――いるだけで私の全てを穢す毒だ。
「ギャギャギャギャギャギャ!」
「――私と司君の日常を……」
――こんな毒は塵すら残さずに消し去るしかない。
「ギュギャギャギャギャギャギャ!」
「嗤うなあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
無詠唱で杖に光刃を展開して右腕を何度も振るってベルブブゼラルを切り刻んでいく。
「はああああああああああああ!!」
「ギュ……ゲェ……」
――殺す殺す殺す殺す殺す!!
「ああああああああああああああああああああ!!」
「ガ……ギィ……」
――殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!!
「攻撃術式発動、光弾五十展開、発射ああああ!!」
光刃をベルブブゼラルに突き立てて、そのまま光弾を連射する。
ゼロ距離で放たれた光弾の爆発は、ベルブブゼラルの姿が見えなくなる程の閃光が迸った。
「うああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
突き立てた光刃を引き抜き、これでトドメだと再度光刃を突き立てようとして――。
「ギュギャッ!!」
ズブリ、と腹部に冷たい感覚がした。
「――が、ぷ……」
口から液体が零れた。
胸元に視線を下ろすと口から出たのが血だと解った。
閃光が治まってからようやく、私は自分の身に起きたことを理解した。
ベルブブゼラルが右腕の爪で、私の腹を貫いていた。
「な――ガフッ、ん……!?」
――なんでまだ動ける!?
――あれだけ攻撃を受けたのに……!?
――いくら悪夢クラスだからってそんなバカげた耐久力があってたまるか……!
私はベルブブゼラルの常軌を逸したタフさに動揺が隠せないでいた。
「ギュッギャギャ……」
ベルブブゼラルは突き刺した私を上に掲げて、賭けに勝ったというように勝ち誇った笑みをこれ見よがしに見せつけた。
「ま、だ……!」
視界がぼやけて定まらなくとも、私は杖をベルブブゼラルに向ける。
「まだ、諦めない……!!」
私は〝天光の大魔導士〟だ。
ベルブブゼラルを倒して、司君を助けられるのは私だけだ。
だから、そのために……!
「お前を! 殺してやる!!!」
左肩の激痛も熱した鉄を当てられているように熱い腹部も全部知ったことか。
今すぐお前を消して――。
――ブオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!
「――っ、ぁ……」
全身に余すことなく衝撃波を直撃させられたと悟ったところで、私は意識を手放しました。
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