96話 魔法少女フラワーベル 中編
アタシは魔法少女と思っている女の子――
魔法を教えてほしいという彼女に一日では身に付かないことを小学生にもわかるように説明して、なんとかその場は治まったけれど、アタシが魔法少女として活動するところをみたいっていうお願いだけはどうしても引き下がってくれず、再び泣かれそうになってアタシが根負けしてこうして一緒に行動することになった。
すれ違う人はアタシ達を仲の良い姉妹みたいにみているけれど、本当はさっきまで赤の他人だったことが知られれば、アタシはすぐさま小学生の女の子を魔法少女と騙って連れ回す誘拐犯として吊し上げられてしまう。
とにかくアタシが魔法少女であることを隠すよう執拗に説明したからすぐにばれることはないけれど、いつまでもこうして一緒に行動するわけにはいかない。
「ふら――おねえちゃん、いじょうはありませんか!?」
「な、無いよ~、今はまだ平和だよ~」
「もしわるいかいぶつさんがでてきたら、ひなんゆうどうはまかせてね!」
「避難誘導ってよく知ってるね~」
「せかいをまもるにはひつようなちしきだからです!」
結理ちゃんはこんな感じで小学二年生にしては語彙力がある。
アタシのことを頻繁にフラワーベルって呼びそうになるけれど、最初ほど言い間違えることも無くなってきた。
「あらあら、妹さん? 可愛いわね~」
「あ、ありがとうございます」
通りすがりのおばあさんに姉妹だと勘違いされたままそんな風に褒められたので、愛想笑いを浮かべながらそう返した。
すると結理ちゃんが前に出てきておばあさんにある事を尋ねた。
「おばあちゃん! なにかこまってることはありませんか?」
「困ってること?」
肩がビクッてなった。
出来るだけ他人との接触を避けたい状況なのに、何故か自分からハードモードにしようとする結理ちゃんの行動にアタシは驚いてしまった。
いやまぁ子供心らしい親切だっていうのは分かるよ?
小さい頃からそういう慈善行為に関心を持つのはいいことだと思うけど、出来れば今は控えて欲しかった。
「うん! ぱとろーるちゅうにこまってる人がいたらたすけなきゃいけないの!」
「まぁ、良い子ね~」
「あ、あっははは~、最近そういうボランティア活動にハマってるんですよ~」
結理ちゃんに感心するおばあさんにそうはぐらかす。
「今は困ってることはないから、気持ちだけ頂いておくわね~」
「わかった! こまってることができたら、いつでもくるね!」
そんな暗に困ってる人の元へすぐに駆けつけられるとか無駄にハードルを上げないで。
「おねえちゃん、いじょうはありませんでした!」
「そうだね~、そろそろ家に帰りた――」
「でもゆだんはできないから、ひきつづきぱとろーるをつづけます!」
「いや、そう言ってもう五周目なんだけど……」
「だめ! おねえちゃんはまほうし――」
「オッケイ!! 次はどこに向かおうか!?」
また魔法少女って口走りそうになった。
そう、アタシ達は商店街をぐるぐると歩き回っている。
それも五周。
魔導少女として訓練してきたおかげでまだまだスタミナに余裕はあるけれど、精神は既に疲れ果てていた。
一周終える度に家に帰ろうかと切り出してみるけれど、その度に〝お姉ちゃんは魔法少女なんだから〟と言いそうになる。
おかしい……今期のラブピュアじゃこんな警察官みたいに巡回に回る場面なんて見たことないんだけど……結理ちゃんの中で魔法少女と警察がごっちゃになってないか心配になって来た。
ふと、ある時の光景が頭を過った。
思い返すのは幼稚園の時に仲の良かったかなちゃんという子だった。
かなちゃんはおままごとが非常に好きで、将来はパパとママみたいな素敵な家族を作ると言っていた可愛い女の子だった。
アタシもおままごとは嫌いじゃなかったから、一緒になって遊んだことは何度もあった。
けれどある時、彼女のおままごと好きが高じて大変なことになったことがある。
何があったのか端的に言うと、エンドレスおままごとが起きた。
普通は父親役と母親役と赤ちゃん役、人数によっては兄弟姉妹役とペット役が増えるけれど、その事件が起きた時は、アタシがお父さん、かなちゃんがお母さん、Aちゃんが赤ちゃん、Bちゃんが赤ちゃんのお姉さん、Cちゃんはノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーというカナダ出身の犬種の犬役だった。
最初は普通に過ごしていた。
でもCちゃんが役を務めていたノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーが劇中わずか一年で亡くなってから話がおかしくなりだした。
ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバーが亡くなった後にCちゃんはBちゃんのお姉さんと同級生という役に変わった。
そして二人は成長して結婚するっていう展開になるんだけれど、ここでアタシが役を務めていたお父さんが病気で亡くなってしまう。
そうして次にアタシが担当した役が……CちゃんとBちゃんの間に生まれた男の子だった。
そう、こうして役が亡くなって、また新しい役が生まれてを延々と繰り返すというかのジョー〇ター家も真っ青な何世紀にも渡る壮大な家族物語が展開されたのだ。
十五代目の子供が生まれた時点でかなちゃんを除く四人が飽きて他の遊びをしようと提案しても、親が迎えに来てもかなちゃんは「まだ家族の物語は続くの」と頑として譲らず、結局五十代目まで続いた。
以降かなちゃんとは絶対おままごとはしないというのが幼稚園での暗黙のルールとなった。
長くなったけれどつまり、我が儘に付き合ってたら延々と終わらないってこと。
結理ちゃんとの魔法少女ごっこもどこかで切り上げないと、結理ちゃんの親が探しにくるまで続くかもしれない。
そうなると本当に冗談抜きで誘拐犯として吊るされる。
でも結理ちゃんは甘やかされて育ったせいか見た目に反してとっても我が儘だ。
どれだけ休もうと言っても今みたいに自分が満足するまで落ち着く素振りが見えない。
そんな結理ちゃんを説得するにはどうしようか頭を悩ませていると……。
「鈴花ちゃん?」
「お、本当だ。何してんだ?」
「えっ、ゆず、司!?」
デート中だったのか淡いピンクのノースリーブのブラウスの上に黒い薄手のストールを巻いて、茶色のロングスカートを穿いているゆずと、赤色のTシャツとカーキのズボンの司に見つかった。
「おねえちゃんのしってるひと?」
「え、あ、うん。二人共友達だよ」
「え、その子どうしたんだ?」
「迷子ですか?」
結理ちゃんがゆずと司を警戒しながらアタシとの関係性を尋ねてきた。
それに特に誤魔化すことなく答えると、司達からも同様の質問が飛んできた。
「ええっと、この子は結理ちゃんっていって……結理ちゃん、アタシはこっちのおねえちゃんとお話したいことがあるから、こっちのお兄さんと一緒に待っててもらっていいかな?」
魔導少女として先輩のゆずにアドバイスを貰おうと思ったアタシはゆずと二人で話すために結理ちゃんを司と待ってもらうためにそう言ったら、結理ちゃんはアタシとゆずを交互に見るや否や……。
「きいろのおねえちゃんも魔法少女なの?」
「――はい?」
「魔法少女?」
「あー……」
突然のことで静止が出来なかったアタシは右手で顔を覆った。
ゆずと司はきょとんとした表情でしばらく結理ちゃんを眺めたあと、アタシの反応を見て事情を察したみたいにジト目を向けてきた。
うう、視線が痛い……。
司は結理ちゃんと目線を合わせるようにしゃがんで話しかけた。
「ええっと、お姉ちゃん達はそのことで大事なお話があるみたいだから、俺と一緒に待ってようか?」
「おにいちゃんはおねえちゃんたちとどんなかんけいなの?」
「ええ!?」
ゆりちゃんの質問にゆずが驚いたように声をあげた。
「どんな関係かっていうと、二人とお友達だよ」
司が何でもないと言う風に答えた。
でもその回答にゆずはホッとしたようなやきもきするような複雑な表情を浮かべていた。
わかるよそれ。
「ちがうの、おねえちゃんたちはまほうしょうじょなら、おにいちゃんはなにしてるの?」
「なにしてるの、かぁ……中々難しいけれど、ラブピュアで例えるならキューピット王子みたいな感じかな」
「!」
司がそう言うと、結理ちゃんは目を輝かせた。
「きゅーぴっとおうじ知ってるよ! ラブピュアたちをたすけてくれるおうじさま!」
「そうそう、その王子様みたいにお姉ちゃん達を手助けするのが、俺の役割なんだ」
「おにいちゃんすごい!」
司がラブピュアの話題を持ち出したことで、結理ちゃんの関心は司に固定された。
その隙にアタシはゆずに結理ちゃんの対応の仕方を相談することにした。
「大方の事情は何となく分かっています……あの子に唖喰と戦っているところを見られて、魔法少女だということにしているんですよね?」
「さっすがゆず! 正直アタシにはお手上げなんだけど、どうすればいいの?」
「あの子が魔力持ちであり、今後魔導少女になれる可能性を秘めていることを考慮しても、現段階では記憶処理術式を施して、元の日常に返すのが最善です」
「……それが一番だよね」
「はい、ですが一つだけ問題があります」
「分かってる、どうやって眠ってるあの子に近づくかだよね?」
「はい、その通りです」
記憶処理術式は魔導と唖喰に関する記憶を消去する術式なんだけど、この術式はある条件下じゃないと発動しても効果が出ない。
それは、対象が非覚醒の時……つまり眠っているか気絶している時にしか記憶を消去できないということ。
起きている時に記憶処理術式を発動しても、何の効果も起きない。
これは過去に対象が覚醒時に記憶処理術式を発動して対象の魔導と唖喰に関係ない記憶まで消去してしまった出来事を受けて、術式そのものにセーフティを設けられて、消去の際のマニュアル化されたという経緯がある。
そのために全魔導士・魔導少女が習得を義務付けられている相手を気絶させる護身術を用いて記憶処理術式を適用できる状況を作ることも学ぶんだけど……。
「アタシ魔導の才能はあっても護身術はまだまだだし、結理ちゃんとの体格差のせいで一発で気絶させられる自信がないんだよね……」
「こればかりは経験が物を言いますから仕方ありません。それにあんなに小さな子供にそんなことをして後で後遺症を残すわけにもいきませんからね」
よく漫画とかでみる相手の首筋にトンッて手刀を落として気絶させるアレ……意外と知らない人も多いんだけど相手を気絶させる程の一撃って体に後遺症が残ったりするんだって。
だからよっぽどの腕が無いと相手に怪我をさせるだけじゃすまないこともあるので、ちゃんと加減が出来る様になるまでは実践しないようにと言われている。
結理ちゃんみたいに未発達な子供にはそういった怪我をさせるわけにはいかないから、他の方法を探る必要がある。
「睡眠薬はどうでしょうか?」
「公園で女子高校生が女子小学生に睡眠薬を飲ませるとか完全にアウト! 間違いなく警察のお世話になるって!」
ちょっと想像してみただけで絵面がヤバい。
そんなことして仮に上手くいっても罪悪感がハンパない。
「では、ひたすらあの子と遊び倒して向こうが遊び疲れてお昼寝をするのを待つしかありませんね。幸い現在時刻は丁度お昼です。昼食を満腹で食べると体が睡眠を促すので狙い目はそこですよ」
確かにアタシもお昼に眠くなる。
でもそうなると……。
「魔法少女と騙って商店街を連れ回した挙句最後に餌付けして眠らせるって、やってることが完全に誘拐犯染みてきてない?」
「それは……いざとなれば組織のコネクションで鈴花ちゃんを無罪で釈放させますから安心して下さい!」
「一度逮捕される前提でそう言われても全く安心できないから止めてくれない!?」
冗談でも止めてほしい。
そんなことをすれば確実に被害者の反感を買う。
「すみません……では少々鈴花ちゃんの手間が増えてしまうのですが今からあの子の家に行って、あの子の部屋に何とかして入って下さい。そして彼女の家族が寝静まった時間に転送術式で部屋に入って記憶処理を施すしかありません」
ゆずの言っている案は確かにちょっと手間だ。
家に入るのもそうだけど、結理ちゃんの家族の分のアタシに関する記憶を消す必要があるからだ。
でもね、それ以前に……。
「それ完全に不法侵入じゃん!? どうしてどれもこれも犯罪に直結してんの!?」
「そうですが……このままあの子を放置して鈴花ちゃんのことを話してしまえば、より状況は複雑化してしまいます。そうなる前に手を打つことで対処できるのであれば多少目を瞑るしかありません」
ゆずの言う事もきっと大事なことんなんだっていうのは分かる。
唖喰と同じように魔導士の存在は一般には知られてはいけない……そのためなら犯罪を犯しても仕方ないってことも。
……でも。
「……そんなんで犯罪を正当化されても、あたしはやっぱり納得いかない」
「……それが原因で私や司君に迷惑が掛かってもですか?」
ゆずが厳しい視線を向けてそう言った。
でも不思議と怖いと思わなかった。
「まだ関わって数時間だけど、結理ちゃんはアタシを本気で正義の魔法少女だって信じてる。その信頼を裏切るような真似は絶対にしたくない」
アタシがゆずから目を逸らさずにそう言い切ると、ゆずはふわりと微笑みだした。
「分かりました。あの子のことは鈴花ちゃんにお任せします」
「……いいの?」
「はい。こう言ってはなんですが、子供の言う事を信じる大人は両親でも中々いないと思っています。精々がネットで多少噂になる程度だと思いますよ」
「……そっか」
「それに先程の様子からして、既に鈴花ちゃんはあの子と仲が良いようですし、案外簡単に済むはずですよ。あと、私が先程挙げた例は過去にそうして捕まった魔導士の違反例ですので決して真似はしないでくださいね?」
「うえ!? しないって!!」
ゆずはきっとアタシを試していたんだと思う。
理由は最初の頃に抱いていた慢心がまた出てないか確かめるために。
もし犯罪行為を犯すようなことに賛同したら、怒髪天の勢いで怒られたに違いないかも。
「ホント、ゆずがアタシの教導係でよかった」
「煽てても訓練メニューは据え置きですよ? ですがちゃんと記憶処理の方もこなして下さい。煙のない所に火は経たないと言いますし、信じない人が大半でも用心しておく事に越したことはないんですから」
「う、判ってるよ……」
優しくて厳しいゆずの言葉にたじろぎつつ司と結理ちゃんの元へ戻った。
「ねえ、きいろのおねえちゃん」
「どうしましたか?」
「きいろのおねえちゃんとおにいちゃんってこいびとなの?」
「「「っぶ!!?」」」
結理ちゃんからすれば何気ない質問に、アタシ達は思わず吹き出してしまった。
ふと二人を見ればゆずは顔を俯かせて手をもじもじさせてて、司は明後日の方に顔を向けてこめかみを掻いていた。
よく見ると二人共顔が赤かった。
はぁ~、もう……そんな反応するくらいならさっさと付き合いなよ……。
「えっと、この二人は
「ま、まだ!?」
「時間の問題みたいな言い方止めろ!!」
しーらない。
こんなふうに言われたくなかったらゆずか菜々美さんのどっちかを早く決めたらいいのに。
ともかく司とゆずが付き合ってないと理解した結理ちゃんは司の方に顔を向けた。
「ふぅ~ん、じゃあわたしがおにいちゃんのおよめさんになってあげる!」
「「「――え?」」」
ん?
んん?
今結理ちゃんは何て言ったのかな?
「ごめんね、結理ちゃん。もう一度言ってくれるかな?」
「わたしがおにいちゃんのおよめさんになってあげる!」
結理ちゃんはパァッと明るい笑顔を浮かべてそう言った。
「そっかそっかー……」
あぁ、ちょっと目を離した隙に司がなにかジゴロ発言でもしたんだろうなぁ……こんな年端もいかない女の子相手にもペラペラと……。
「――司君……少々お話があります」
案の定〝私、不機嫌です〟オーラを発しながらゆずが司を笑顔で威圧していた。
「ヒィッ!? ま、待ってゆずさん、まだ会って数分だ……一時の気の迷いで本気なわけ……」
「本気だろうと冗談だろうとこれ以上敵を増やすわけにはいきません。……すみません鈴花ちゃん。私達はここで失礼しますね」
「うん、じゃあまた明日」
「ま、おい、たすけ――」
「無理。完全にアンタの自業自得でしょ」
「うぐっ!?」
司の懇願をバッサリと切り捨てた。
一度痛い目を見たほうがいいと思ってたし、丁度いいや。
「さぁ、行きましょうか」
「ああああああああああああああああ!!?」
そうして司はゆずに連行されて行った。
その姿を見送ったアタシは、結理ちゃんとお昼ご飯をどうするか話し合ってから商店街を後にした。
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