95話 魔法少女フラワーベル 前編
「攻撃術式発動、光弾三連展開、発射!」
「ゲ……ギャ……」
三発の光弾を放って森の廃屋周辺にいたはぐれ唖喰に攻撃を仕掛けた。
はぐれ唖喰の数は十体。
十体ともラビイヤーだ。
光弾は三発ともラビイヤーに直撃して、残りの七体がアタシに気付いた。
けど既にアタシは次の攻撃の準備を終えていた。
弓を構えて魔力で矢を三本形成する。
弦を引き絞ってしっかりと狙いを定めて……射抜く。
「シャァ……」「シュ……」「ガァ……」
「シャアアアアア!」
味方を倒されたことで、怒りを露わにするように残った四体が飛び掛かってきた。
アタシはバックステップをしてラビイヤー達から距離を取る。
「攻撃術式発動、光弾六連展開、発射!」
六発の光弾をラビイヤー達に向けて放つ。
半分の二体は光弾を回避してから身を翻してアタシから逃げようと走り出した。
「悪いけど、逃がすつもりはないから……」
そう呟きながらアタシは弓を構えて矢を二本形成する。
弦を引きしぼって射られた矢は背中を向けていた二体のラビイヤー達に一瞬で追いつき、塵に変えた。
「ふぅ……」
トレーニングの一環として続けてるランニングの途中で探査術式を発動すると、森の廃屋付近にはぐれ唖喰が数体集まっていたから、アタシは人目の無い所で魔導装束を身に纏ってはぐれ唖喰を殲滅した。
七月に入ってもう一週間が経ったけど、最近はぐれ唖喰に遭遇する回数が多くなってる気がする。
昨日ゆずと二人でオリアム・マギ日本支部へ向かってる途中にもローパーに遭遇したし、司もラビイヤーを見かけてアタシにヘルプ頼んで来たしでどうしても忙しく感じる。
特に菜々美さんなんて司とデート中にいい雰囲気になってた所にはぐれ唖喰が空から降って来たんだって。
司曰く、その時のキレた菜々美さんの動きは凄まじかったらしい。
魔導武装だけを顕現させて、降って来たはぐれ唖喰を笑顔で細切れにしたんだとか。
あの菜々美さんがキレるなんて、どんだけ司とのデートを楽しみにしてたのか聞いたこっちが恥ずかしくなるレベルだよね……。
とにかく、そんなこんなではぐれ唖喰には十分警戒しておくようにって初咲さんから注意されていて、その通りに探査術式を発動させてたらこうしてはぐれに遭遇した。
「さて、ランニングの続きを――っ!?」
寄り道を終えたアタシは魔導装束を解除してランニングのコースに戻ろうと振り返った瞬間、心臓が止まるような衝撃を受けた。
「……」
「お、女の子……!?」
黒色の髪をストレートに伸ばした大人しめな印象を受ける八歳くらいの女の子がアタシを見つめていた。
や、やばい……!
唖喰と戦っていたところを見られた!?
で、でもまだ希望を捨てちゃダメ……アタシ達にとってはそうは見えないけど、魔導装束を装備している間は魔力の無い人には魔導装束じゃなくて普通の衣服を着ているように隠蔽されている。
だからこの子がアタシをじっと見つめているのは、アタシが森の中で一人SAS〇KEみたいな動きをした風に見えるだけかもしれない。
そんな一縷の望みを抱いて平静を装う。
「おねえちゃん……」
「ん!? ん~? 何かな~?」
女の子に話しかけられて心臓が飛び跳ねるくらいビックリしたアタシは苦し紛れにとぼけるのが精一杯だった。
女の子はそのまま口を開いて――。
「おねえちゃんって、まほうしょうじょなのー!?」
アタシに無垢な一撃を食らわせてきた。
――見られてたあああああああああっ!!!
期待を込めた瞳と言葉を向けられたアタシは両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。
嘘だぁ……戦闘前ははぐれ唖喰以外の生体反応が無かったから目撃されることはないはずだったのに、戦闘に気を取られてこの子の接近に気付かなかった……。
しかも……しかもこの子、アタシのことをなんて言った?
「どうしたの、まほうしょうじょのおねえちゃん?」
魔法少女……今のアタシの格好はランニング用の運動着だから、魔導装束を解除する瞬間も見られてたみたい。
そう、魔力の無い人には普通の服を着ている様にしか見えないはずの魔導装束が見えたってことで、つまり魔力を持っていることになる。
これがせめて中高校生だったら新しい魔導少女として勧誘出来たんだけど、未だアタシに憧れのアイドルに会えたみたいにキラキラな瞳で見つめてくる女の子はどう見たって小学生だ。
ゆずや翡翠みたいな特異な境遇なら仕方ないかもしれないけれど、小学生を関わらせるわけにはいかない。
「な、なんでそう思ったのかな~?」
もう魔法少女呼ばわりされた時点で意味がないと判っていてもこの期に及んでまだしらを切る。
「だってなんか白くてキモチワルイのをピカピカってやっつけてたから! あのピカピカってまほうなんでしょ? だからおねえちゃんはまほうしょうじょなのかなっておもったの!」
「う゛っ!? そ、そうなんだ~」
面と向かって言われると結構心に来る。
高校生にもなって魔法少女扱いされるのもだけど、魔法少女と魔導少女を一緒にされるのが一番困る。
小さな女の子にそんなことを言うなってのは無茶な話なんだけど、それでもそう思わずにはいられなかった。
小さな男の子が仮面ラ〇ダーとかウルト〇マンに憧れるのと同じように、小さな女の子が憧れる魔法少女は夢と希望に満ち溢れた明るい印象がある。
あんな風に魔法を使えたら、どんな悪い敵もやっつけられる強い女の子になれたら、なんて気持ちは挙げればキリがない。
まさに慢心を抱いていた最初のアタシもそんな考えが確かにあった。
でも現実は違う。
魔導少女の戦いは一瞬の油断が命取りになるし、魔法少女が倒す個性的な悪役と違って唖喰はひたすら気持ち悪いしアタシ達を食い殺すことに必死だ。
そんな魔導少女の戦いを魔法少女と一緒くたにされるは、正直言って苛立ちを覚えてしまう。
でも……でも今のこの瞬間だけはどうしてもそれを堪えなきゃいけない。
それはこの子の期待を裏切りたくないし、見られたからには野放しにしてるとアタシのことを言いふらすかもそれないからだ。
そのためには何としてでもこの子と接点を築く必要がある。
だからこそ、アタシは――。
「ば、ばれちゃったのならしかないなー、アタシは人々の暮らしを陰ながら守る魔法少女なのよー!」
「わああああ! ほんもののまほうしょうじょなんだー!」
女の子の勘違いに乗っかって、敢えて魔法少女だと偽った。
それを嘘だと微塵も思ってない女の子はそれもうキラッキラ眼差しを向けてくる。
でもでもでもでもうああああああああ恥ずかしい!
穴が入ったら今すぐ入りたい!!
高校生にもなって自分から魔法少女を騙るのがこんなに恥ずかしいなんて思わなかった!!
中二病の頃は良く〝いずれ魔力が目覚めるのだ〟くらいしか言った事なかったのに!!
思い返してみればなんで未来予知してんの過去のアタシ!!
三年後に魔力を操って戦うこと暗示してたの!?
予想以上の羞恥心に心を苛まれていると、女の子は再び口を開いた。
「おねえちゃんはなんていうまほうしょうじょなのー?」
ホワッツ!?
この子、さらに人の黒歴史を増やす気!?
今の魔法少女だって名乗り上げただけでもアタシのSAN値は直葬寸前なのに、まだ追い討ちをかけてくるの!?
「ねぇ、ねぇ、なんていうまほうしょうじょなのー?」
「え、ええっと、ちょっと待ってねー、そのー……」
「ラブピュアならピュアラブリーとかピュアハッピーとかあるのに、おねえちゃんにはないのー?」
「そ、そそ、そんなことないよー!?」
そうだよね、今どきの魔法少女はアイドルかって思うようなグループ制だもんね。
この子くらいの年齢の子達って、キャラ名より変身後の名前で覚えるもんね。
区別つけなきゃ誰をなんて呼べばいいのかわからないもんね。
がっつり本名の魔導士にはそんなの関係ないし、むしろ魔法少女名とか考えたことなかったわ……。
ゆずの〝天光の大魔導士〟と季奈の〝術式の匠〟みたいな中二的二つ名に則るのなら、〝彗星の弓手〟とか名乗ればいいの?
無理無理無理。
そんなの絶対名乗れないし、ラブピュアファンのこの子の前で言っても〝可愛くない〟っていわれるのが目に見える。
でももしそんなのないって正直に言えばこの子はアタシを偽物って認識して、周りに言いふらすかもしれない。
それだけは避けたい。
だったらもう腹を括るしかない。
「アタシは、人々の暮らしを壊す悪の怪物と戦う愛と正義の魔法少女!」
「うん!」
いやああああああ恥ずかしいけど、もうやるしかない!
こうなったらヤケクソだ!
「魔法……少女……フラワーベルだああああああああ!!」
「すごいすごい! まほうしょうじょふらわーべる!」
鈴花をそのまま英語にしただけの安直なネーミングは女の子の関心を引くのに十分だった。
あっはは……また一つ黒歴史が出来上がった。
早くこの子をなんとかしてベッドで寝たい。
「へんしん! ふらわーべるにへんしんして!」
「ええ!?」
もうやめて!
アタシのSAN値はとっくにゼロよ!!
純粋で無垢な笑顔でなんてことを言うのこの子は!?
子供の好奇心って怖い!
好奇心は人も殺すって聞いたことがあるけど、精神的に殺されるとは思ってもみなかったよ!?
「え、えっと、今は敵がいないから変身する意味がないかな~?」
咄嗟に思いついた言い訳を言うと、女の子は笑顔から一転して一気に不満げな表情を浮かべた。
「やだ、みたい! ふらわーべるにへんしんするところみたい!」
「で、でもお姉ちゃんちょっと疲れてて――」
「みたい! みたい! みぃーたぁーいぃー!!」
甘やかされて育ったのがよく分かる駄々の捏ねっぷりだった。
これこのまま放っておいたら泣き出すやつだ……そうなったらこの子の泣き声を聞き付けた誰かが来て、女の子が泣いた理由を尋ねると〝ふらわーべるにへんしんしてくれなかった〟なんて言うはず。
その時、アタシは子供の遊びに乗れない空気の読めないやつか、自分を魔法少女と言って子供を騙した中二病が抜けきってない頭のおかしい危ないやつに認定される。
特に後者が一番キツイ。
それだけは避けないといけない。
そうだ、明日の新聞の隅っこに載って多くの人の目に留まるのか、この子一人の前で一人羞恥に耐えるかだったら、少しでも傷が浅く済む方を選ぶ方がマシだ。
覚悟を決めたアタシは右手首にある×字のブレスレットに左手を重ねて、天に掲げる。
「響け! 鐘なる花の音色!! シャイニー・フラワー・チェーンジ!!」
全身に冷汗が噴き出そうになるのを根性で耐え忍んで変身のキーワードを唱える。
いつもの〝魔導器起動〟なんて言ったらきっと可愛くないって言われるだろうなと思って、即興でそれっぽいのを言ってみた。
魔導器に魔力を流しさえすれば魔導装束だけでも装備できるから、キーワード自体は自由だったりする。
でもアタシもゆずも季奈も菜々美さんもみんな〝魔導器起動〟なのは、今アタシがやってるように身を切るような羞恥心に襲われるからだ。
そんな思いをするくらいなら多少固くても気にならない。
中二恥ずかしいキーワードを言うよりずっとマシだ。
そうして魔法陣がアタシの足元に展開されて、一瞬で頭上まで通り抜けた時にはアタシはランニング用の運動着から、オレンジをメインにしたフィットスーツと胸元の上に深緑の胸当てを付けて、右手には胸当てと同じ色の籠手が嵌められていて、紺色のスカートの前部分はプリーツスカートの形状で膝上丈に、腰からふくらはぎに掛かるまで長さのある三枚の帯がたらされ、靴は黄色がかった白色のサイハイブーツという、季奈に変えてもらった魔導装束を身に纏っていた。
これでもう満足だろうと思って女の子の方を見ると、何故か期待外れといった風に残念そうな表情をしていた。
「……かわいくない」
「ふ、フリルとか動くのに邪魔だから、こればっかりは許して……」
「へんしん……もっとキラキラってなるとおもってたのに……」
「ひ、一目があるから一瞬でも全裸になるのはちょっと……」
魔導って唖喰との戦闘に特化した技術だからどうしても実戦的な傾向に偏ってしまう。
魔法少女みたいにフリッフリの格好をした魔導少女がいたら〝何しに来てんだ〟って思わずにはいられないし、変身に時間を掛けていたら唖喰に先手を取られるしでデメリットしかない。
修学旅行から戻って魔導少女としてまた戦うようになってから、ゆずが初めて魔法少女のアニメを見て実戦的な観点からの酷評をしていた気持ちがよく分かった。
確かに無駄が多いんだよねー……。
「ごめんね、でもこれで魔法は使えるから良く見てて」
「え、まほう!?」
アタシは光弾の術式を展開して、自分の周りをくるくると回る様に動かした。
「ふあああああ! キラキラしてる!」
単純だけど機嫌が戻ったようで何よりだった。
一通り光弾を動かして満足した女の子は、魔導装束を解除したアタシをじっと見つめて意を決したようにある事を告げた。
「おねえちゃん! わたしにもまほうをおしえて!」
「――え?」
もう精神を削られる事はないだろうと思って完全に油断していたアタシは、女の子が何を言ったのか受け止められず、呆けるしかなかった。
突如として始まった魔法少女フラワーベルの無難はまだまだ始まったばかりだったということをアタシはまだ知る由もなかった。
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