97話 魔法少女フラワーベル 後編


「ここがわたしのお家だよ!」

「お、お邪魔しま~す……」


 お昼をどうするか話し合った結果、アタシは結理ちゃんの家に招かれることになった。

 家の外観はどこにでもある二階建ての住宅だった。

 

 結理ちゃんの親への連絡は、彼女が持っていたキッズケータイで既に伝えてある。

 返事はオーケー……ちょっと警戒心が無さ過ぎる気がするんだけど、大丈夫なのかな……。


「こんにちは、結理の母です。娘と遊んで頂いてありがとうございます」


 結理ちゃんのお母さんは元気な結理ちゃんと違ってとてもお淑やかな雰囲気を醸し出していた。


「あ、えと、橘鈴花です。突然お邪魔した上にお昼までご馳走になってすみません」

「いいのよ。主人が急に仕事へ出てしまったからむしろありがたいわ」

 

 そう言ってくれたことに内心ホッとしつつ、結理ちゃんの案内でリビングにお邪魔させてもらった。

 案内された食卓にはこの時期にぴったりなそうめんが並べられていた。

 

「おねえちゃん、はやく食べよ!」

「うん、ありがと」


 結理ちゃんの隣の椅子に座って、そうめんを箸で持ち上げて汁に浸けて啜る。

 白い面はツルツルひんやりとしてて、とても美味しかった。

 

「美味しいです」

「ふふ、よかったわ」

「ママのおりょうりはおいしいでしょ!」


 素直に感想を言うと、結理ちゃんと結理ちゃんのお母さんはとても嬉しそうにしていた。

 その光景を見ると、結理ちゃんが幸せに育ってきたということがよく分かった。


 能々考えればあの時アタシがはぐれ唖喰を見つけて討伐しなかったら結理ちゃんははぐれ唖喰に襲われていたかもしれない。


 そうならずに済んだのは修学旅行の戦いを経て前線に復帰したアタシが戦い続けてきたからだ。

 偶然にしてもこうして結理ちゃんの笑顔を守ることに繋がったと思うとアタシも戦い続けてよかったと思える。


 そうしてそうめんをご馳走になって、なにもしないままというのも気が引けたのでアタシは皿洗いを買って出た。

 

「それじゃわたしはおトイレに行ってくる」

「しっかり手を洗うのよ」

「はーい!」


 ゆりちゃんはそう言ってリビングを出て行った。


「結理ちゃんってとっても元気ですね」

「ええ、でも主人がすぐに甘やかすので中々手が掛かってしまうんです」

「でもそれで結理ちゃんが笑顔でいてくれるなら許せちゃいますね」

「そうね、子供の笑顔は親にとって何よりの宝だわ」


 アタシのお父さんも結構な親ばかで、最初は司にも警戒心を丸出しにしていたことはよく覚えている。

 それくらいアタシは愛されていたんだって最近になって実感するようになった。


「……何も聞かないんですね」

「何をかしら?」

「自分で言うのもなんですが結理ちゃんが突然連れてきたのが女子高校生って何か企んでいるんじゃないかって思いませんでしたか?」

「あら、橘さんは何か悪い事でも考えているのかしら?」

「いやいや、もしそうならこうやって結理ちゃんのお母さんと面識を持つような真似しませんって」

「でしょう? 橘さんのことは一目見てこの子は良い子だってわかったんですもの。それに会う人全員疑ってばかりじゃ辛いでしょ?」


 その言葉を聞いて結理ちゃんのお母さんは警戒心がないわけじゃなくて、実際にアタシっていう人間に会って判断したかったんだってわかった。

 

「……ありがとうございます」


 なんだか照れくさかったれど、そう言わなきゃいけない気がした。

 このままの空気もちょっと気恥ずかしくて、アタシは話題を変えることにした。


「結理ちゃん、あの明るさだったら友達多そうですね」

「ええ、とっても。でも一つだけ困ってることがあるの」

「困ってることですか?」


 結理ちゃんのお母さんはそんな大げさなことでもないんだけど、と前置きして話してくれた。


「あの子、ラブピュアっていうアニメにハマって、自分も魔法を使いたいって言いだしたの。最初はすぐに諦めるだろうと思っていたのだけれど、主人が変に煽てたせいで益々歯止めが利かなくなったのよ」

「それは……」


 きっと結理ちゃんのお父さんは〝うちの子なら出来る〟なんて親ばかを発揮したんだろうなぁ。

 司の両親のうちの子はモテるっていう自信だけは見事に的中してるけど、そのせいで本人が途轍もない苦労を背負ってるから結局どっちもどっちって感じかも。


「それであの子も張り切って、今日も魔法が使える方法を探すと言って出て行ったのだけれど……きっと橘さんが手品の練習でもしている所でも見て気に入っちゃったと思うわ」

「あ~まぁ、そんなところです……」


 がっつり神秘の力を振るってましたー、とは言えるはずもなくお母さんの手品という言葉に乗っかった。

 

「理想や夢を見る事を悪いとは言わないけれど、やっぱり無い物は無いって知って欲しいとは思うの。でもやっぱり親として悲しませたくないって気持ちが勝っちゃうからどうしても強く言えないのよ」

「悲しませたくない、かぁ……」


 程度が同じってわけじゃないけど司がゆずと菜々美さんから寄せられる好意に悩んでいる中で、少なくとも二人を悲しませたくないってことまでは似てると思った。


 もし三人がいるのが日本じゃなくて一夫多妻制の国……もしくは一部のラノベみたいな異世界だったりしたらあんなに悩むことも無かったかもしれない。


 まぁ、今は結理ちゃんの話だし、アイツはアイツで悩みぬくしかないだろうからそこまで深刻には考えないけど。


「おねえちゃん! こんどはわたしのへやに来て!」


 結理ちゃんのお母さんと話しているうちに、トイレから戻ってきた結理ちゃんがアタシを自分の部屋に誘ってくれた。


 でもまだ洗い物は残ってるし……なんて思っていると……。


「どうぞ行ってあげて下さい。橘さんのおかげで大分楽になっていますから」

「……それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きます」


 結理ちゃんのお母さんからも許可を貰ったことで、アタシが反対できるはずもなく、結理ちゃんの部屋にお邪魔することになった。


 結理ちゃんの部屋はベッドには熊や犬といった可愛らしいぬいぐるみが所狭しと敷き詰められていて、勉強机や椅子も女の子らしい仕様だった。


 そんな部屋にポンッと置かれているクッションの上に座って、結理ちゃんといろいろお話をしていると、結理ちゃんからずっと先送りにしていたあることが話題に上がった。


「おねえちゃん、わたしにまほうをおしえて!」

「それは一日じゃ身に付かないって言わなかったっけ?」

「じゃあおねえちゃんがまいにちうちにきてくれればだいじょうぶ!」

「う~ん、それは無理かな。アタシも特訓とか学校とか色々やらなきゃいけないし……」

「え~、まほうでどうにかできないー?」


 結理ちゃんのお願いを聞けない言い訳をつらつらと述べていたら、結理ちゃんは不満げな表情でそう言ってきた。


「結理ちゃんはどうしてそこまで魔法を使いたいの?」


 結理ちゃんのお母さんからラブピュアにハマったからとは聞いていたけど、本当はどんな理由なのかは本人に聞かなきゃわからないと思ってそう尋ねた。


「だって、まいにちべんきょうばかりつまらないもん! もっといろんなことしたいのにママはまだこどもだからダメっていうの! だからまほうがつかえたらきっとまいにちが楽しくなるっておもったの!」

「友達と遊ぶのは?」

「楽しいけど、でもまほうがつかえたらもっと楽しくなるもん!」

「……そっか」


 結理ちゃんの言いたいことはよく分かった。

 変わり映えのしない普通の日常を過ごすことに飽き飽きとしてきていたんだ。

 

 もっと絵本のお姫様みたいに華やかで毎日が発見だらけの非日常を過ごしたい。

 そんな気持ちを抱えているところにラブピュアを見て、魔法の力を使って人々を守る正義の味方と自分と同じような日常を過ごす二面性に惹かれたんだと思う。


 日常に飽きたから非日常に憧れる。

 それは人間誰しも抱える変化や刺激の渇望だ。

 そうして唖喰と戦うアタシの姿をみて、自分が理想とする魔法が実在していたと歓喜したんだ。 


「おねえちゃん、フラワーベルになったときってどうだったの?」

「フラワーベルになったとき?」

「うん、ラブピュアだったらピュアラブリーはとつぜんポンタが出てきてみんなをまもってって、いったからへんしんしたの」


 アタシの場合だったらどうだったってことか……。

 結理ちゃんにはちょっと難しいかもしれないけど、アタシはどうせ後で記憶を消すんだしいいかと思って話すことにした。


「アタシは……友達が戦ってるから。自分もその友達と同じ力を持ってるのにその子に任せきりにしてたらカッコ悪いなって思ったからだよ」

「ともだちのため?」

「そう、結理ちゃんが過ごす当たり前の毎日を守る友達と一緒に戦うため」

「そうなんだ! ふらわーべるはともだちおもいの魔法少女なんだ!」

 

 アタシの言葉が伝わって、その理由を尊敬してくれた結理ちゃんを見て、心が暖かくなるのを感じた。

  

 色々恥ずかしい思いはしたけれど、結理ちゃんがアタシに魔法を教わりたいって思ったのも、こうして商店街をパトロールするのも、アタシが嘘で作り上げた魔法少女フラワーベルを本物だって信じて、好きになってくれた証拠だ。

 

 アタシはこれからその結理ちゃんの中にあるアタシへの憧れも何もかも消そうとしている。

 記憶を消したとしても結理ちゃんが抱いている魔法と非日常への憧れは消えない。


 ゆずが言ったようにこのまま記憶を消さずに放っておいても子供の言う事だって決めつけてフラワーベルのことを信じてくれる人はいないかもしれない。

 そうなって時間が経って結理ちゃんが高校生くらいになってアタシは偽物だったんだって気付くかもしれない。


 夢を見過ぎて現実を見ないのはダメだけど、現実ばかり見て夢を見ないのもダメだ。

 でも結理ちゃんがアタシと交流を続けて唖喰が起こした何かの事件に巻き込まれて組織と関わりを持ったら?

  

 しかもこの子は魔力を持っているから魔導少女として戦うこともできてしまう。


 そうなったら彼女はきっと飛びつくかもしれない。

 魔導と魔法の違いも理解しないまま軽い気持ちで魔導少女になるって決めたアタシみたいに。


 そんなの、絶対に嫌に決まってる。


「ふわぁ~……」

「結理ちゃん、眠いの?」

「うん、でもおねえちゃんからまほうをおしえてもらわないと……」

 

 考え事をしていると結理ちゃんがうとうとしていた。

 まぁ商店街を五周もしてたら疲れるよね。


「……そんなに焦ることもないから、ほら、アタシが膝枕してあげるからここで一休みしよ?」

「うん……」


 よほど疲れていたのか、アタシの膝に頭を乗せた結理ちゃんはすぐにすぅすぅと寝息を立てて眠った。

 

「……」


 結理ちゃんの寝顔はとても幸せそうだった。

 しばらくじっと見つめていると……。


「まほう……キラキラ……」


 結理ちゃんは寝言にまで魔法のことが出てきた。


 アタシは慢心をして死にかけたところをゆずに救われた……もし、もしこの子が……。


 そこまで考えたアタシは結理ちゃんの耳元に顔を近づけて小さな声で囁いてみた。 


「もし、結理ちゃんが大きくなって本当のアタシを知っても魔法を使いたいって思うなら結理ちゃんは何が何でも守るよ……」

 

 ゆずがアタシを見捨てなかったように、アタシもなれるかもわからない魔導少女になった結理ちゃんを守って見せる。

 

 きっとこのまま放っておいてもフラワーベルのことを信じてくれる人はいないかもしれない。

 

 大人になってどうせ偽物だったんだって気付くかもしれない。


 それでもいい。

 嫌われようと私は人を守ることを止めない。


 だってそれが……結理ちゃんが一緒にいたいって思ってくれた愛と正義の魔法少女フラワーベルだから。


 結理ちゃんの頭に右手を置いて術式を発動させる。


「お休み……記憶処理術式発動」


 そうしてアタシは結理ちゃんの記憶から魔導と唖喰の記憶を消した。





 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇





「おねえちゃん、こんにちは!」

「こんにちは、結理ちゃん」


 あれから二週間後、結理ちゃんとの交流は続いていた。

 もちろん、結理ちゃんと出会うきっかけになった魔導と唖喰に関する記憶は消してある。

 

 にも関わらず交流が続いているのは、結理ちゃんの中に橘鈴花という人間の記憶だけは残っているからだ。


 魔法少女としての話は全て忘れているけれど、それでもこうして休日に遊んだりするくらいの仲にはなれた。


「きのうのラブピュアみた?」

「うん、仲たがいしていたみんなが仲直りして敵をやっつけた時はほっとしたよ」


 話す内容としてはこんな感じでラブピュアのことから学校のことなど様々だ。

 そんな中で最近結理ちゃんからせがまれることがある話が出てきた。


「ねえ、おねえちゃん。きょうも聞かせて!」

「うん、今日は新しいのを用意してるからね」

「わーい!」


 一度咳払いをして、結理ちゃんの方へ視線を向ける。


「今日の魔法少女フラワーベルは――」



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