85話 満月の夜の唖喰連戦 ②


 満月が照らす薄暗い森の中を司は色屋を左肩に担ぎながら走る。


 司は銃を撃った時、二人がどんな会話をしていたのかは一切知らないものの、ゆずの様子から確信できることが一つだけあった。


「あれ、どう考えても自覚したよな……まぁ遅かれ早かれって感じだったし仕方ないけどさ……」


 ゆずが自分の気持ちを自覚したのなら、司も自分の答えを出す必要がある。

 しかし、ゆずか菜々美のどちらかを簡単に選べないほど、二人に好感を抱いてしまっている。


 それが友情なのか恋愛感情なのかはまだ判断出来ていないため、二人への気持ちを決めるまでは、普段通りに接し続けるしかないと決めた。


「とにかく、早く戻らないと――!?」


 独り言を呟いていると、司は不意に殺気を感じた。


 感覚に任せるままにその場からバックステップすると、上から影が降って来た。


「シャアアアア!」

「シュルル……」

「っ、こんなことならゆずに付いてきてもらったほうがよかったか……?」


 遭遇したのはラビイヤーとローパーだった。

 司は二体を警戒しながら左肩に担いでいた色屋を怪我をさせないようにゆっくりと降ろす。

 正直な気持ちで言えば、司はゆずに不快な思いをさせた色屋を守る気にはなれないでいた。


 しかし、こんな彼でも居無くなれば悲しむ家族がいるため、せめて留置場で反省させるためにも、ここで唖喰に殺されるわけにはいかなかった。


「シャアア――ップ!?」


 飛び出してきたラビイヤーの眉間を銃弾が撃ち抜いた。

 これでラビイヤーはしばらく動くことが出来ない。


 今度はローパーが司と色屋を溶かして吸収しようと触手を向けてくるが、二~三体ならともかく、一体のローパーが伸ばす四本の触手くらいなら司でも対処が出来る。


 三本の触手を撃ち抜き、残った一本には木の枝を投げつけて動きを止めたところを撃ち抜いた。


 そうして一時的に武器を失ったローパーの本体に銃弾を二発浴びせることで、襲って来た二体の唖喰の動きを封じることが出来た。


「ふぅ、やっぱ術式みたいに倒せないのはもどかしいな……」 


 魔導銃では下位クラスの唖喰相手にすら麻酔銃程度の効果しか見込めないため、司にはこれ以上に出来ることは何もない。

 

 こればかりは仕方ないと解っていても、やはり喉に引っかかる小骨のように腑に落ちない感情があるのもまた事実だった。


 ままならない気持ちを抱えつつ、再び色屋を担ごうと振り向いた時……。


「グルルルル……」

「……マジかよ」


 司達から十メートルも離れていない位置にイーターが現れた。

 

「ガルルルル……」

「ガアアアァ……」


 さらにダメ押しするかのように二体のイーターも後方の脇道の茂みから現れ、司の前後を包囲した。


「や、やばい……」


 どちらか片方に魔導銃を撃てば、即背後から食われるくらいは司にも予想出来た。

 司一人なら多少の怪我を負ってでも逃げられるかもしれないが、ここに来て色屋の存在が邪魔になっていた。


「くっそ、気絶してんのに迷惑かけるとか、ストーカーってホントにロクなことしねえな!?」


 気絶している色屋に追い討ちをかけるように司が愚痴るが、それで自体が好転するはずもなく、前後に居るイーター達とにらみ合いが続く。


「ガアアアア!!」

「っち!」


 後方の二体の内の一体のイーターが痺れを切らして飛び掛かってきたため、司は咄嗟に銃弾を撃つ。

 

 それが合図と受け取ったのか、前後の二体も飛び掛かってくる。



「攻撃術式発動、光剣五連展開、発射!」



 イーター達が司に肉迫する寸前に、空から光の剣が降り注ぎ、三体のイーターと先程銃弾を受けて動けなくなったラビイヤーとローパーに突き刺さり、五体の唖喰は塵となって消滅した。


「菜々美さん!?」

「良かった、間に合った!」


 声から光剣を放ったのが菜々美だと分かった司が彼女の名前を呼ぶと、上から菜々美が降りて来た。


 既に司と色屋以外の避難が終わったのか菜々美は魔導装束を纏っていたが、彼女の魔導装束は司が以前見た時より大きく変化していた。


 カラーリングはグレーだったのが淡いピンクになっており、上半身を覆っていたフィットスーツはノースリーブに変わっており、両腕には二の腕の半場から手先に掛けて白地に水色の縦線が入っていて、上腕部分にはレース柄のアームウォーマーをつけていた。


 スカートから変わった黒のショートパンツには、膝上まで高さのある白とピンクのグラデーションがかったニーハイブーツと繋ぐためにガーターベルトのようなグリップ付きの紐で留められていた。


「なんか、魔導装束が変わってませんか……?」

「え、ああ、そう言えば司くんにはまだ見せてなかったね。季奈ちゃんにお願いして改造してもらったの……変かな?」

「い、いえ、前みたいな武骨な感じよりだいぶ女性的なデザインになってていいと、思います」

「! そっか……って、後は司くん達だけだよ! 色屋さんは気を失ってるの?」

「あ、はい。というかコイツがゆずのストーカーでした」


 端的に答えを話すと、菜々美は大きく驚いた。


「えええ!? 並木ちゃんは大丈夫なの!?」

「はい、今別方向に居る唖喰を殲滅しているところです」


 菜々美はゆずに被害がないと知るとホッと安堵した。


「色屋さんの記憶処理は済んでるの?」

「はい、と言っても魔導と唖喰のことだけで……コイツなんでも盗聴してたそうで、ゆずに俺の記憶を消させた後で、三代目の日常指導係になろうとしたそうです。旅行に終わってから警察に通報するってゆずが息巻いてました」

「え、唖喰の餌にしても良かったんじゃ……」


 色屋の行いの中で何かが琴線に触れた菜々美が真顔でそう提案してきたため、司は慌てて制止した。


「物騒なこと言わないでください。こんなやつでも心配する親がいるんですから」

「あはは、冗談だよ」

「冗談を言っていたような目じゃなかった気がするんですが……」


 普段の菜々美からは想像もつかない程冷え切った目だった。

 

「それじゃあ司くんと一応色屋さんをホテルまで私が誘導するよ」

「助かります。俺も魔導銃で援護していきますね」

「うん、お願い」


 菜々美の中で色屋の扱いが雑になって来たが、モタモタする理由はないため、司は特に気にすることなく、先導する菜々美の後ろを付いて行く。


「ガルルル!」

「シュー……」

「シュルルル……」

「唖喰が!?」

「下がってて! 防御術式発動、結界陣展開!」


 ホテルまであと三百メートルを切った地点で、イーター四体、シザーピード三体、ローパーが五体が立ち塞がった。


 菜々美は司に距離を取るように指示し、司の周囲に防御術式による結界を展開する。


「グルアァ!!」「ガガァ!」


 それを隙とみたのか、二体のイーターが菜々美を食らおうと大口を開けて襲い掛かってきた。

 二体のイーターに対し、菜々美は右手を一度下に振る。


 ――ピシンッ。


 いつの間にか彼女の右手には柄から細いロープが伸びるものを持っていた。

 菜々美はそれを持つ右手を頭上に掲げて、左方向に大振りすることで先端が大きく回転する。


「っせい!」

「ガ!?」「ギャ!?」 


 可愛らしい掛け声とは裏腹に、突如二体のイーターが両断されたことにより、塵となって消えた。


「――え?」


 司が声を漏らしたのは、イーターが消えたことにではなく、イーターが消えた後にヒュンッという風を切る音が聞こえたからである。


 つまり、菜々美の攻撃は音速を越えていたということに他ならない。


「……菜々美さんの魔導武装って〝むち〟だったのか!?」  


 鞭とはしなる革を素材にした中距離向きの武器であり、長さは一メートルから八メートルに及ぶものがあるが、菜々美が装備している物は三メートルの長さがある物だった。


 扱いが難しいが、達人となると先端が音速を越える速度をも出せるという。

 菜々美は一年間魔導士としての実戦経験があるため、それくらい出来なければ今日まで生き残ることなど出来なかったのだろうと司は悟った。


「でも鞭って……菜々美さんのイメージと正反対な気が……」


 司がどうしても疑問に思うことを呟くと、それが聞こえた菜々美は顔を赤くし出した。


「うぅ、私そんな趣味ないのに……でも恥ずかしがって使わないのは止めようって決めたんだ」


 どうして、とは言わなくとも司には分かった。

 十中八九、自分が理由だと理解したためである。


「シューッ!」


 二人が会話をしている様子を見ていたシザーピードが大きなはさみを開けて菜々美を挟み込もうとする。


 菜々美は跳躍してはさみを躱す。

 

「ったあ!」


 身体強化術式で強化したかかと落としをシザーピードの頭部に食らわせ、急所を潰されたシザーピードの体が塵になる。


 三体のローパーが触手を菜々美に向けて伸ばしてくる。


 菜々美は右にサイドステップして触手を躱すが、触手はなおも菜々美を捕らえようと襲い掛かって来るが、サイドステップの勢いを利用して振るわれた鞭により、二体のローパーが両断された。


 もう一体は触手毎体の一部を断ち切られたが、未だ健在であるため触手を再生させて菜々美を襲おうとするが……。


 ――パァン!


「シュッ!?」


 突如動きを止め、その場から動かなくなった。


「菜々美さん! 今の内に!」

「ありがとう、司くん!」


 司が魔導銃でローパーを撃ち抜いたためだった。

 好意を向ける相手の援護に喜びつつ、菜々美は麻痺しているローパーにもう一度鞭の一撃を浴びせ、塵に変えた。


「カハァ!」


 すかさず二体のイーターが口から光弾を吐きだす。

 

「! 防御術式発動、障壁展開!」


 咄嗟に障壁を展開して身を守るが、その行動を読んでいたのか二体のシザーピードが接近してくる。

 例えシザーピードの攻撃を回避しようとも、イーターの光弾かローパーの触手が襲い掛かるのが目に見えていた。


 しかし、シザーピードの一撃を食らうくらいならと、菜々美は障壁を解除してシザーピードの攻撃を左側にサイドステップして躱す。


「カ――ガッ!?」


 当然イーターが光弾を吐きだそうとするが、一瞬ガラ空きになる口腔内に司が銃弾を撃ちこむことで、イーターの動きが鈍った。


「これなら……固有術式発動、ディミル=スウェール!」


 菜々美が固有術式を発動させると、彼女の持つ鞭が淡い紫の魔力光に包まれる。

 それを自身の前方に一度大きく振るう。


 行動を文章にすればたったそれだけ。

 

 だがその瞬間、菜々美の前方にいる唖喰達が一瞬で細切れになった。


 固有術式〝ディミル=スウェール〟は、魔力を流すと斬撃効果が付与される菜々美の鞭の効果範囲を一瞬だけ広げる術式である。


 鞭の欠点である面攻撃のなさを補うことを目的としたものであり、要約すれば音速を越える斬撃を面で食らわせたということになる。


 その光景を見て、司は目を見開いて驚くことしかできなかった。


「やっぱ固有術式ってどれもこれもぶっ飛んでるな……」


 司はゆずから受けた魔導の授業で、固有術式は既存の術式から大きく逸脱した効果を発揮すると聞いてはいたが、実際に目にするとその規模の違いに驚くばかりだった。


 菜々美自身は自信が無いと言っていたが、司は彼女が一年も戦い続けてきた実力の一端を垣間見て少し納得できない思いだった。


「あれだけの戦いが出来るのに、弱いはずないだろ……」

「さ、さっきのは司くんの援護があったから攻撃に集中出来ただけだよ」


 菜々美は普段はもっとダメダメだという風に言い訳をするが、魔導銃を持っているといっても戦いの素人である司に全幅の信頼を置ける時点で、菜々美自身が言うほど彼女は全くダメでもなんでもないことくらいは日の目を見るより明らかだった。


(多分、自尊心が低いせいで本来の実力を発揮できていなかったみたいな感じかもな……)


 菜々美が自分に好意を持って少しずつ前向きになって元々彼女の中で眠っていた才能が目覚めたのなら、何もかもが無駄だというわけではないと、司は思った。


 周辺の唖喰を殲滅した菜々美の先導で、二人はホテル前までたどり着くことが出来た。


「鈴花!」

「司!」


 その入り口近くに鈴花の姿を発見した司は、彼女に声を掛けて駆け寄る。


「司、その肩に担いでる不届き者のことは後でみっちりと問い詰めるからね?」

「……状況の理解が早いな」


 肩に担がれている色屋を見ただけで、彼がゆずのストーカーであることを察した鈴花は今にも色屋を殺すのではという程鋭い眼光を放っていた。

  

「コホン、ちょっといいかな?」


 菜々美は二人に今後の行動指針を話すために話しかけた。


「この後は並木ちゃんと合流して唖喰を殲滅する手筈だけど、ここで学校の皆を守る魔導士が必要になるの。だから、ここには私と鈴花ちゃんのどっちかが残るしかないの」

「それじゃ、鈴花がこっちに残るほうがいいな」

「――待って」


 司は鈴花の唖喰に対するトラウマを考慮して、鈴花をホテルの防衛に任せるように進言するが、それに待ったを掛けた人物がいた。


 それは他ならない鈴花だった。


「ゆずと合流して一緒に戦う役目――アタシにやらせてほしいの」

「――え?」


 鈴花の言葉に、司は理解出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る