86話 満月の夜の唖喰連戦 ③


 ゆずが次に辿り着いた唖喰の出現地点は周囲が森に囲まれている夢燈島自然公園と呼ばれる場所だった。

 昼間のオリエンテーリングの時に通り掛かった時は野生のキョンや鳥達のほかに旅行で訪れた観光客達が思い思いに楽しんでいたという光景が広がっていたが、今は唖喰達が草木を貪っているという不快感しか出ない有様だった。


 今現在公園にいる唖喰は先の三か所に比べて唖喰の数が多く、五十体はいるとゆずは推測した。


 ラビイヤー十体、シザーピード七体、リザーガ六体、ローパー九体、スコルピワスプ五体、イーター十体、そしてカオスイーターが一体いた。


 カオスイーターは先程探査術式で索敵した際に反応があった三体の上位クラス唖喰の内の一体だ。

 

 ゆずはすぐに戦闘態勢に入る。

 唖喰が森から出て自然公園にいるということは森に密集していた群れが人のいる場所にまで侵攻してくる危険が高まっているということに他ならないからだ。


 それにこの場所にこれだけの唖喰がいるならば、固有術式を使わないというのも難しいため、ゆずは全力で挑む心構えだ。


 ゆずの魔導杖を握る右手に力が入る。

 それに気付かないまま固有術式を詠唱する。


「固有術式発動、オーバーブースト」


 ゆずの体が淡い青色の光に包まれた。

 固有術式〝オーバーブースト〟はゆずが手に持っている魔導杖と同じく使用する術式の威力を上昇させる効果を持っている。この固有術式はゆずが魔導杖の効果を上乗せ出来ないか模索した末に出来たものである。

 効果時間は五分と短いが、その分強化された術式は絶大な効果をもたらす。

 しかし、この固有術式には一日一回しか発動できないという欠点が存在する。


 本来なら大型唖喰との戦闘用に取っておきたかったが、そんな制限付きの手札を切らなければこの公園にいる唖喰の殲滅は不可能だと判断し、後半戦へ魔力温存も考えてここで使うとゆずは判断した。


 ゆずは魔導杖をこちらに気付いた唖喰達に向けて攻撃術式を発動させる。


「攻撃術式発動、魔導砲チャージ、発射」


 杖の先に展開された魔法陣から極太のビームが放たれ、ラビイヤーやローパーを飲み込んでいく。

 

 ビームから逃れたリザーガ達が空中から急降下して突進してくるが、ゆずは腕に中身が詰まった大きい袋を振り回すような重量感に顔色一つ変えず、未だビームを放つ魔導杖をリザーガ達に向けて振り上げる。


「グ、ギャ……!?」


 急降下時に軌道を変えることの出来ないリザーガ達はビームに飲まれて塵になった。


 ようやくビームが収まったと同時にゆずは殺気を感じるより先に防御態勢に入った。


「防御術式発動、障壁展開」


 ゆずの前方に障壁が展開されるとほぼ同時に障壁が唖喰の攻撃を防いだ。

 攻撃の主はカオスイーターだった。


 魔導砲後の硬直を狙っての一撃は殺気を感じてから防御したのでは間に合わないレベルの不意打ちだったが、ゆずはそれを防いで見せた。


 自らの攻撃が防がれたカオスイーターは既に後方に下がっており、今度はスコルピワスプやイーターが遠距離攻撃を放ってきたため、追撃は困難だった。


 ゆずを目がけて放たれた針と光弾はゆずの回避先を視野に入れて放たれており、下手に動けば被弾し兼ねない。

 

 その状況でゆずが取った行動は……。


「転送術式発動、ショートワープ」


 ゆずの足元に展開された魔法陣が発光すると同時に針や光弾が炸裂するが、そこにゆずの姿は無く、空中にいるスコルピワスプの後方にワープしていた。


 通常のショートワープの距離は精々五メートルといったところだが、オーバーブーストと魔導杖で強化されている場合は三倍の十五メートルのワープを可能にしていた。


「攻撃術式発動、光剣四連展開」


 スコルピワスプ達が背後のゆずに気付いた時には、既に四つの光の剣によって細切れにされた後だった。


 空中にいるゆずを見つけたカオスイーターは八本の爪を伸ばしてゆずを貫こうとしたが……。


「防御術式発動、障壁展開」


 展開された障壁は防御のためでなく、身動きの取り辛い空中での足場確保のためだ。

 ゆずは足元にある障壁を蹴って跳ぶことでカオスイーターの攻撃を回避した。


「攻撃術式発動、光刃展開」


 ゆずの右手に光の刃が顕現される。

 通常の光刃より強化されている今の状態ではもはや大剣と呼べる程の大きさになっている。


 ゆずは地面に着地すると同時に二体のシザーピードを光刃で薙ぎ払って塵にする。

 

 それに気付いた他のシザーピード達が高速でゆずに接近して牛ですら一飲みに出来るであろう大きなハサミをゆずに向けて振り下ろしてきた。


「はぁ!!」


 ゆずは慌てることなく、大剣サイズの光刃を横一直線に振るい、接近してきたシザーピード達を両断する。


「次は……ぐぅっ!!?」


 ゆずの腹部に衝撃が走る。たまらずゆずはバックステップをして後ろに下がる。

 それは遠くでイーター達が吐き出した光弾が原因だった。

 

 イーターはシザーピードを見殺しにして確実に光弾を当てる瞬間を狙っていたのだとゆずにはわかった。


 そして唖喰というのは、ゆずが後方に下がったからといって攻撃の手を緩めるような生易しい生物では無い。

 

 後方に下がったゆずの左足に再び光弾が炸裂する。


「っ! 防御術式発動、障壁展開」


 痛みを堪えながらゆずは障壁を展開することで後続の光弾を防いだ。

 これで一呼吸おいて反撃に移ろうとしたゆずの耳に、ガラスが割れるような大きな音が響いた。


「! カオスイーター!!」


 そう、ゆずが障壁を展開したのを見計らってカオスイーターが深紅の爪で障壁を切り裂き、消滅させたのだ。


 障壁を破ったカオスイーターは左手を振りかぶり、ゆずを切り裂こうとする。

 

 それに対してゆずは右手に顕現させていた光刃を振り上げることで防御した。


 ――ガキンッ!!


 金属がぶつかるような音を鳴らして光刃と爪による鍔迫り合いが始まるが、ゆずの背中に次々と光弾が被弾する。


「うぐっ!」


 ゆずは背中に走る痛みを押し殺し、右手を振り下ろそうとするカオスイーターの右足に自らの左足で蹴りを食らわせる。

 傍から見ればゆずが蹴り飛ばされるか彼女の左足が折れると思うような光景だが、ゆずは身体強化術式を瞬間的に最大出力で発揮したため、右足に攻撃を食らったカオスイーターは大きくバランスを崩して右手の攻撃を外す。

 

 その隙を逃さず、ゆずは鍔迫り合いをしていた光刃でカオスイーターの左手を払い、追撃を加える。


「せいっ!!」

「グガアアアア!!?」


 強化された光刃により、カオスイーターは縦に大きな裂傷を刻んだ。


「このまま――っ!?」


 そのままカオスイーターにトドメを刺そうとするが、イーターやスコルピワスプが攻撃を放ってきたことで妨害された。


 ゆずは咄嗟に距離を取って回避するが、その隙を突いてきたシザーピードが大きなはさみを振り下ろしてきた。


「っああああ!」

「ッギッシャアアアアアア!!?」


 身体強化術式の最大出力によるアッパーカットを決めて真っ向からシザーピードのはさみを粉砕した。

 そのダメージにシザーピードは大きく狼狽した。


「攻撃術式発動、光弾六連展開、発射!」


 続けさまに光弾を放ってはさみと一緒にシザーピードを塵にした。

 ゆずの苛烈さが伝わったのか、他の唖喰達はゆずに手を出すことなく様子を窺っていた。


 それを見たゆずは内心好都合だと感じていた。 

 相手がゆずを警戒しているうちに、自分も対策を練る時間が出来るからだ。


 将棋の相手の持ち時間にしろ、バスケのタイムアウトの時間にしろ、相手の時間をも利用していくことで少しでも優位に立つことが出来る。


 まずは敵の数から確認する。


(ラビイヤー五体、シザーピード二体、リザーガは全滅、ローパーは五体、スコルピワスプ二体、イーターが五体に、カオスイーター単体……)


 カオスイーターはゆずから受けたダメージを治すためにしばらく動くことはないだろうと仮定し、まずは下位クラスの唖喰の殲滅から開始することにした。


「攻撃術式発動、光剣六連展開、発射」


 右手の杖を振るって放射線状に六本の光剣を放つ。

 唖喰達は光の剣を回避し、ゆずに向かって襲い掛かる。


「シュアアアア!」


 二体のシザーピードがはさみを広げながらゆずとの距離を詰める。

 ゆずはバックステップで一体目の攻撃を躱すが、もう一体がタイミングをずらして攻撃を仕掛けて来た。

 

 バックステップしたことで咄嗟に軌道を変えられないゆずは無防備な状態だが、ゆずは至って冷静のままであった。


「攻撃術式発動、重光槍展開、発射」


 今まさに自身を挟もうと開いているはさみに大きな光の槍を突き刺した。

 はさみの内側が口腔という変わった構造が仇となり、シザーピードが塵になった。

 

「はあ! 攻撃術式発動、光弾展開、発射」


 攻撃を振りがぶって隙を晒していたシザーピードに魔力を込めた杖による殴打を食わらせ、そのまま光弾の術式をゼロ距離で浴びせることで消滅させた。 


 シザーピードを二体倒されようとも唖喰達の勢いは止まらない。

 ローパー達がゆずに触手を突き出し、イーターは大口を開けて光弾を次々に吐きだし、スコルピワスプが針を飛ばしてくる。


「攻撃術式発動、光刃展開」


 杖を水平に持ち、両端に光刃を展開することで両刃剣ダブルセイバーのようになっていた。


 それを風車のようにグルグルと回し、触手や光弾を切り払っていく。

 前方以外はガラ空きになっているため両サイドからラビイヤーが接近してくるが、今度はフラフープのように自分の体を中心に刃を回転させる。


 真っ二つに両断されたラビイヤー達は塵と化していくが、依然ローパー達からの攻撃は止まらない。

 切り払っていく最中に一瞬だけ攻撃の綻びを見出したゆずは、杖に展開している光刃を飛ばしてローパーを貫いた。


 五体の内一体が消滅したことで唖喰達の陣形が崩されたのを認識したゆずは一気に駆ける。


「せいっ!」


 すれ違い様にもう一体を切り裂き、残っているローパー三体をイーターの光弾とスコルピワスプの針を防ぐ盾代わりの位置取りに立つ。


「シュ、シュアアアア!?」


 イーターはローパーが巻き込まれることも厭わずに光弾を吐き続けるが、光弾がゆずに届く前にゆずは次の攻撃の準備を終えていた。


「攻撃術式発動、光槍五連展開、発射」


 盾にしていたローパーが塵になって消えると同時に五本の光の槍を放った。

 光槍は針や光弾も貫いてイーターやスコルピワスプに突き刺さった。


 すぐ傍で味方が消されたことに見向きもせずにゆずを殺そうとイーターが口を開きながら飛び掛かり、スコルピワスプがサソリの尾で直接突き刺そうと空から飛来する。


 さらにゆずから受けたダメージから回復したカオスイーターも真紅の爪を振るって来た。

 

 それでもゆずは焦ることなく、かつてのように特攻をすることもなく、イーターの口腔内に光刃を突き立て、そのまま光刃を振るってイーターの体をスコルピワスプにぶつけた。


 さらに振りかぶってスコルピワスプを殴り飛ばし、イーターを切り裂いたところにカオスイーターが肉迫して両側の爪でゆずを挟もうとするが、ゆずは姿勢を低くして躱す。


「攻撃術式発動、光槍三連展開、発射」


 攻撃を躱されたカオスイーターには大きな隙が出来、それを好機と見たゆずは攻撃術式を叩き込む。


「グガアアアア!?」


 至近距離で放たれた三本の光の槍を躱すことが出来ずにカオスイーターは直撃を受けた。

 

 そして光刃を右薙ぎに振るうことでカオスイーターを上下に両断する。


「攻撃術式発動、爆光弾展開、発射」


 そしてトドメとして上半身だけとなったカオスイーターにバスケットボール大の光弾を放ち、爆発に飲まれたカオスイーターは塵になった。


 カオスイーターが塵になって消えたことで自然公園にいた五十体の唖喰を殲滅することが出来た。それと同時にゆずの体を包んでいた淡い青色の光が消えた。

 オーバーブーストの効果時間が切れた証拠であった。


 なんとか効果時間である五分丁度で自然公園にいた唖喰を殲滅したゆずは大きく嘆息した。


「はぁ……はぁ……出来れば無傷で行きたかったのですが、そう上手くはいきませんね……」


 ゆずが受けたイーターの光弾は十発程だが、ゆずは経験上まだ治癒術式を使わなくとも動けると判断した。


 探査術式で索敵した唖喰の数は二百体……今倒したのでようやく半分といったところだ。

 さらに残っている半分の唖喰には二体の上位クラスの唖喰もいる。


 しかし問題ばかりというわけでもない。

 再び発動した探査術式によると、森の中にいた他のペアの安全確保が完了したようであり、もうしばらくすれば菜々美の援護がくると判断したゆずは大きく深呼吸をしたのち、まだ森に残っている唖喰の殲滅に戻った。

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