84話 満月の夜の唖喰連戦 ①


 司と別れたゆずは魔導装束を身に纏い、一番近い森林地帯にいる唖喰の討伐から開始した。


(出来るだけ素早く済ませないと……)

 

 身体強化術式の出力を四十パーセントまで発揮させた移動により、三十秒も掛からずに到着すると、そこには十数体のラビイヤーやイーター達がクマや鹿といった野生動物達の肉を貪っていた。


 既に息絶えてしまった動物達に治癒術式は効果がないため、皮も肉も骨も食いつくされるだけとなった動物達を救う手立てはない。 

 

「攻撃術式発動、光剣八連展開、発射」


 食事に夢中になっている唖喰達に向けて、ゆずは八つの光の剣を放った。

 

 光剣が次々と唖喰達を切り裂いていくが、ゆずは背後から殺気を感じたため、右へサイドステップすることで背後からの攻撃を回避した。


 瞬間、ゆずが立っていた場所に二つの影が過ぎていくのが見えた。

 

 後ろから攻撃をしてきたのは二つの影の正体はリザーガだった。

 

「はぁっ!!」


 ゆずは八つの光剣の内の一つでリザーガ二体を切り裂き、食事をしていた唖喰へ見やるとリザーガの介入によりゆずの存在に気付いた様子だった。


 動物達を食らってなお飽きない食欲を向ける唖喰達は、ゆずも食らおうと彼女に襲い掛かる。


「この……!」


 接近してくるラビイヤーを光剣で撫で斬りにして塵にしていくが、後方に構えている三体のイーターが口を開けて光弾を吐きだした。


 ゆずは最小限の動きで回避したり、光剣で相殺して反撃のチャンスを窺う。

 そうして接近して来ていたラビイヤー達が殲滅したことで、この場に残っている唖喰は三体のイーターのみとなった。

  

 いよいよゆずが反撃に移ろうとした時、左側の木々の間を縫って赤黒い光弾がゆずを目掛けて襲ってきた。

 

「っ防御術式発動、障壁展開!」


 ゆずは慌てず障壁を展開して防御する。

 あの赤黒い光弾を出すのはイーターしかいない。


 それが意味することは一つ、敵の増援だった。

 先の攻防で足を止めている間に他の地点にいたイーターが集まって来たのだった。

 ゆずがそう認識すると同時に再び暗い木々の合間から次々に赤黒い光弾が飛び出してきた。

 

「っ、十体近くはいますね……」


 光弾の弾幕を回避しながら増援のイーターの数を推測したゆずだが、暗闇と木々に紛れて姿を隠しているため、攻撃しようにも手が出しにくい状況となっていた。


 いっそ固有術式を使って広範囲殲滅が出来ればいいのだが、今回いる大勢の唖喰の中には大型の反応もあったのだ。

 こんな序盤で魔力消費の激しい固有術式を使ってはいざという時にガス欠になってしまう。

 

 ゆずの魔力量は普通の魔導少女の魔力量に比べて雲泥の差なのだが、ゆずの使う固有術式はその大半が膨大な魔力量在りきで成り立つほど燃費の悪いものばかりだという長期戦に不向きなものであった。


 グランドローパーにトドメを刺した〝クリティカルブレイバー〟はもちろん、フィームを蹴散らした〝ミリオンスプラッシュ〟も仮に普通の魔導少女が使えば一発しか使用できないかそもそも発動すらさせられない程の魔力消費量がある。


 とはいえゆずの膨大な魔力量で以ってすれば通常の攻撃術式ですら並みの魔導士・魔導少女の必殺と同等の威力を発揮することは出来る。 


 それでも数で押されれば対応に苦戦は免れず、さらに場所と時間帯も戦闘には適していない状況だった。


 まず現在時間は陽が沈み切って満月のみが光源となっている夜である。

 それだけで視界が制限される。


 次に森の中という場所もネックであり、理由は木々が僅かな満月の光も遮ってしまうためである。

 

 いくら身体強化術式で視覚を強化しようと、暗闇が明るく見えるわけではないため、今も木々の間を縫って光弾を吐きながら移動するイーター達の正確な位置を掴めないでいる。


 そんな状況でゆずが取った行動は……。


「攻撃術式発動、爆光弾発射」


 ゆずは天に目掛けて爆光弾を放った。

 光弾がある程度と高さまで昇ると眩い閃光が周囲を包んだ。


 発動者本人であるゆずに問題はないが、イーター達は突然の閃光に目くらましを食らっていた。


 明るくなった視界の中でゆずはイーター達に攻撃を加える。


「光剣、発射」


 周囲に展開したままだった八つの光剣を飛ばしてイーター達を串刺しにしていく。


「ガ、ガアアアア!!」


 数体のイーターが僅かに回復した視界でゆずの姿を捉え、大口を開けて襲い掛かってきた。

 

「遅い」

「ゲ、ガ……!?」


 視界が定まっていないことで動きがぎこちなくなっているイーターの口腔内に光剣を突き立てた。

 それによってイーターは呆気なく塵と化した。 


 少し足止めを食らったものの、怪我もなく切り抜けたゆずは一度深呼吸をした。


「ふぅ、次の場所に急がないと……」


 ゆずはそう言って暗い森の中を素早く駆けて行った。

 



 次に着いた場所は海水浴やバーベキューをした浜辺の近くの森林である。

 

 崖から海を見下ろすとフィーム三体とローパー五体の合計八体がいた。


 ゆずはここにフィームがいることに舌打ちをしたくなった。


 なにせフィームの習性の一つとして、二つに割れた尻尾から稚魚を産み出すというものがあり、それを敵に向けて放つことで外敵に対する攻撃手段にもなりえる。

 今はまだゆずに気付いていないため攻撃をされることはないが、早急に対処しなければ夢燈島に潜む唖喰の数が二百では済まなくなる。


 気付かれていないならとゆずは術式の詠唱に入り、攻撃を開始する。


「攻撃術式発動、爆光弾十連展開、発射」


 ゆずは着弾時に爆発する十の光弾を崖下にいる唖喰達に向けて放った。


 光弾が唖喰や海面に触れると同時に破裂し、閃光とともに大きな爆発を起こした。


 閃光が収まる前にゆずは次の行動に移っていた。

 取った行動は……追撃だ。


 そう、光弾着弾の寸前、ゆずに気付いたフィームが悪あがきにも稚魚を産み飛ばしたのだ。


 ゆずが見上げた先にいた稚魚達は爆発の衝撃に巻き込まれたためか両手で数えられる程の数しか飛んでいなかった。

 

 これだけならば消費の少ない術式でも十二分に対応できる。


「攻撃術式発動、光剣二連展開、乱舞」


 放たれた二本の光の剣は十にも満たない稚魚達を切り裂いて塵に変えていった。


「……次」


 ゆずはそう呟いて次の唖喰が密集している地点を目指して移動を再開した。


 次の目標地点は〝縁結びの泉〟を源泉とした川幅十メートルの川だ。

 

 現にフィームが五体、イーターが七体、そして……。


「! スコルピワスプですか……」


 スコルピワスプと呼ばれた唖喰の姿は、頭部や翅に肢はスズメバチのようだが腹部がサソリのような長い尾になっているが特徴の全長三メートルの唖喰である。

 体色は他の唖喰と共通で白い体に赤い線があるが、スコルピワスプの場合は蜂の腹部の色が白と赤の二色に、複眼と単眼も真っ赤に染まっているため、唖喰特有の不気味さは健在である。


 この唖喰の厄介なところは翅で宙を飛ぶこと。

 それはローパーも同じだが、その飛行速度は蝶とオニヤンマ程の大きな差がある。

 その素早い動きで獲物を翻弄し、サソリのように長い尾から針を散弾のように飛ばしたり、直接突き刺す上に、刺した獲物に消化液を浴びせながら捕食する攻撃手段も持っている。


 そのスコルピワスプが八体と先の十二体と合わせて合計二十体の唖喰がこの川辺にいる。

 

 そして、ゆずの姿を発見した唖喰達はゆずに一斉攻撃を仕掛けてきた。


 七体のイーターは口から光弾を、五体のフィームは尻尾を開けてゆずに向け稚魚を産み飛ばし、八体のスコルピワスプは長い尾の先端をゆずに向けて刺されればひとたまりもないであろう、成人男性の腕と同等の大きさの針を散弾のように飛ばしてきた。


 二十体の唖喰達が繰り出す弾幕攻撃に対しては防御術式で展開される障壁では耐え切れず破壊されるだろう。だからゆずは温存しておきたかった魔力を多少浪費してでも固有術式による防御を選んだ。


「固有術式発動、プリズムフォース」


 七色の光を放つ七重の障壁がゆずの周囲を包むように展開された。

 ゆずはこれで身を守っている内に敵数を減らしたかったが、そう上手く事が運ぶことがないと目の前の弾幕の嵐に教えられる。


 そう、唖喰達は攻撃の手を休めることなく延々と攻撃を続けているのだ。


(本当に忌々しい……自分達が多勢であることを認識しているから、獲物の抵抗力を削り切るつもりですね)


 ゆずは恨めし気な視線を唖喰達に向けるが、それでこの攻撃の嵐が止めばいくらでも睨んでやりたかったが、そんなことで止まる程敵は甘くはない。


 今、光剣や光弾を放った所で弾幕にぶつかって相殺されるのが目に見え、仮に隙間を縫う事が出来たとしても、弾幕を繰り出している唖喰に攻撃が当てられるかどうかも難しい。


 〝ミリオンスプラッシュ〟であれば命中の問題はクリアできるが、それでは魔力消費量が多い為、後に控えている大型唖喰との戦いに支障が出る。

 それでは敵の思うツボだ。


 そうしてゆずが打開案を模索している間にも七色七重の障壁は大きな針が刺さったり、張り付いた稚魚が徐々に食い破ろうとしているため、残り四枚となっている。


 持って一分だろう、と判断したゆずは即決した。


「固有術式発動、サウザントスプラッシュ」


 ゆずの右手の上で形成されたピンポン玉サイズの光弾がゆっくりと正面に放たれ、未だ続く弾幕の嵐に入ると、連鎖的に爆発を起こして行った。


「――!!」


 爆発音でも爆風で揺れる木々でもない、生き物から発せられた断末魔がゆずの耳に入ってきた。

 爆発に唖喰が巻き込まれた証拠だった。


 それはつまり、弾幕の嵐に隙が生じたということになる。


 ゆずは障壁を解除して弾幕が薄くなった左前方に飛び込んだ。


 先程ゆずが立っていた場所から針の刺さる音や光弾の炸裂音が聞こえたが、一切無視して攻撃に移る。


「攻撃術式発動、光剣四連展開」


 ゆずの周囲に光輝く四つの剣が現れた。

 光の剣はゆずの周囲を旋回しながらその範囲を広げていき、それによって真っ二つにされた唖喰達は次々に塵になっていった。


 光剣を解除し、ゆずは大きく息を吐いた。

 

「ふぅ、即興の術式で乗り越えられてよかったです……」


 先程ゆずが発動させた固有術式は彼女の言った通り、あの弾幕から逃れるために即興で構築した術式である。


 〝サウザントスプラッシュ〟は〝ミリオンスプラッシュ〟の効果減縮版といった仕様だ。

 計算上消費魔力量は〝ミリオンスプラッシュ〟の十分の一だが、事前に調整された術式ではないため、実際の魔力消費量は三十分の一といったところだろうとゆずは概算した。


 それでも〝ミリオンスプラッシュ〟を使うより魔力は温存でき、この場にいた唖喰も殲滅出来たため、ゆずは早速次の目標地点に向かうことにした。

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