75話 魔導少女達と海で遊ぼう 後編


 季奈と会話をしている内に、体力を回復させた俺は再び浜辺へと足を向けた。


「柏木先生って腰細いですね!」

「そうかな?」

「足も長くてモデルさんみたいです!」

「モ、モデルは言い過ぎなんじゃないかな?」


 浜辺では俺が貸したパーカーを前だけ開けた菜々美さんが中村さんと他の女子に色々褒められていた。

 相変わらず謙遜する菜々美さんに対し、中村さんがあることを告げた。


「そういえば柏木先生は泳がないんですか?」

「えっと、私、泳ぐのが苦手で……」

「あ、それなら竜胆君に教えてもらったらどうでしょうか? ね、竜胆君」

「ええっ!?」

「いきなりこっちに話振るなよ」


 中村さんが後頭部に目があるんじゃないかってくらいの正確さで、自分の後ろにいる俺を指さした。

 菜々美さんは弱みを知られたのが恥ずかしいのか、かなり驚いた様子だった。


「ちち、違うの! 泳ぐのが苦手っていうのは、小さい頃に溺れたから苦手ってだけで、二十歳になってまだ泳げないとか、そんなことはなくて!!?」

「えっと、柏木先生がカナヅチだってことは翡翠からもう聞いてます」

「あの子ってなんで変なところで口が軽いの!!?」


 すみません。

 まさかカナヅチだってことにそこまで恥ずかしさを感じてると思わず、〝ふ~ん〟って軽い気持ちで聞いてました。 


「じゃあ、あとはお若いお二人だけで!」

「待って、委員長逃げないで。あとアンタも同級生なんだからお若い方だろうが」

「ツッコミを欠かさない竜胆君は好きだよ! じゃ!」

「え、中村さんも司くんのこと……!?」

「どう見ても冗談ですから、真に受けないでください!!」


 動揺のあまり名前呼びになってるし。

 爆弾を掘り起こして丸投げした委員長にいつか泣かすと決めて、菜々美さんに向かい合う。


「えっと、俺もさっき翡翠に泳ぎを教えていたんで、よっぽどでなければ人並み程度までには教えられると、思いますけど、どうしますか?」

「その、司くんが迷惑じゃないなら、お願いしてもいいかな?」

「任されました」


 美女の赤面+上目遣い×お願いを断れるはずもなく、男に二言はないとばかりに俺は菜々美さんに泳ぎを教えることを了承した。

 

 翡翠の時と同様、ゆずさんから〝私、不機嫌です〟オーラが放たれたのも言わずもがなだ。


「あ、それならこのパーカーも脱がないと……司くんのパーカーを脱ぐ……」

「それ濡れても大丈夫な素材なんでそのままでいいですよ」


 俺が貸していたパーカーを脱ぐことに、まるで宝物を取り上げられる子供みたいに泣きそうな表情になったため、俺は慌てて脱ぐ必要がないことを伝えた。


 まぁ、パーカーを着てくれている方が俺の精神安定にも繋がるからな。

 正直菜々美さんの水着姿は色々刺激が強くてまともに見れる自信がない。


「あ、そう、そうなんだ!」


 俺の言葉に菜々美さんはあからさまに嬉しそうに微笑んだ。


 反応が可愛すぎる。

 もうこの人存在が反則だろ。

  

 そうして翡翠の時と同様の手順で菜々美さんに泳ぎを教えていくのだが、翡翠と大きく違う点があった。


「まずは水に慣れましょう。俺が両手を持ってるんでゆっくり海の中に入ってきてください」

「う、うん……」


 俺の指示通りに菜々美さんが俺と両手を繋いで、恐る恐るといった感じで浅波に足を踏み入れる。


 ――チャプ……。


「ひゃあっ!?」

「うおっ!?」


 菜々美さんは水の冷たさに驚いたのか、俺に飛びついてきた。

 俺は情けないことにそれを踏ん張ることが出来ず、二人して海に飛び込む形になった。


「っぺ、あ~、ちょっと海水が口に入っちまった……」

「けほっ、大丈夫? 司くん?」


 仰向けになって倒れている俺の胸元に海水で髪や顔を濡らした菜々美さんが申し訳なさそうに見つめてきた。


 あ、やばい。

 水の滴るいい女って言葉がぴったり当て嵌まるような美人な人の顔が間近にあることとか、密着してるから彼女の体で最も柔らかい部位が腹にゼロ距離で触れているとか、もう色々やばい。


「だだだ、大丈夫です! 早く続きをしましょうか!」

「え、あああ、うん! そうだね!」


 二人して顔を真っ赤にして慌てて立ち上がった。


『……(むっす~)』

『待ってゆず!? ビーチボールがひょうたんみたいに潰れてる! なんでそれで割れないの!?』

『あっちを見てると、お口の中がとても甘くなってきたです……」


 なんか聞こえたけど、菜々美さんの感触の名残りが体中から離れないことにドキドキしていた俺の耳にははっきりと聞こえなかった。


 海水に浸かって慣れて来たところで、俺が菜々美さんの手を引いてバタ足をするように伝えると……。


「離さないでね!? 絶対に手を離さないでね!?」

「分かってます、絶対に離しませんから」


 まるで補助輪を外した自転車の練習をする子供のようにビクビクしながら必死にバタ足をしている菜々美さんに、溢れ出る庇護欲を刺激させられながらも、表面上は至って平静に接する。


 もうなにこの人。

 普段は上品な大人の女性って感じなのに、こういう可愛い反応をするとかギャップがすげえよ。

 世のオタク達がギャップ萌えにときめきを感じるのがよく分かる。

 これは反則だろ。


『……(ムカムカ)』


 ――ドオオオオオオンンッッ!! 


『ゆず! スマッシュの威力が強すぎてビーチボールが砂の中に埋まったんだけど!? 相手チームのコートにクレーターが出来上がってるんだけど!?』

『あのスマッシュ取ってたら骨が砕けてたです……』

『ごめん翡翠! 本当にごめん!』

 

 なんか轟音が聞こえていたが、菜々美さんから目を離すわけにはいかないので、浜辺を見ることはなかった。


 そういった感じで、翡翠は職質的な恐怖を感じながらも至って平穏な流れだったのに、菜々美さん相手の時は終始ドキドキしっ放しだった。


 そんなドキドキを抑えながらも、泳ぎを教えていった結果、菜々美さんも流石魔導士というか、物覚えは非常に早かった。


「本当にありがとう! 今まで先輩とかに教えてもらった時は全然だったのに、司くんのおかげで人並みに泳げるくらいになったよ!」

「いや、菜々美さんの運動神経が良かっただけですから……」

「そんなことないよ! 私、すごく集中できたもん!」


 多分今まで泳ぎや水に対する恐怖が勝ったことで、うまく集中出来なかったんだろう。

 それが今回、俺が教えただけで泳げるようになったってことは……まぁそういうことだろう。  


 屈託のない笑顔で俺に感謝の言葉を伝える菜々美さんを見て、少しは彼女のためになって良かったと思うことにした。


 そう思わないと、ちょっと心の許容量がキャパオーバーする。





 泳ぎを教え終えた菜々美さんと別れ、さっきまでビーチバレーをしていたゆず達の元へと向かう。


 なんか色々はしゃいだり、轟音が聞こえたりしたから、大分盛り上がっただろうと思えた。



 季奈の番傘の日陰でブルブルと震えている翡翠を見るまでは。



「季奈、翡翠はゆず達とビーチバレーをしてたのに、なんでこんなに震えてるんだ?」

「えぇ……こんななった原因作った人が何言うとるん……」

「え?」

「まぁええわ……ゆず達はあっちやで」

「おう、サンキュー……は?」

 

 季奈が指さした方を見てみると、ゆずと鈴花は砂で遊んでいた。

 しかも二人は砂であるものを再現していた。

 

 それは魚にゴリラのような筋骨隆々の大きくたくましい腕を二本くっつけた全長四メートル生き物で……というかまんま唖喰の一種であるフィームだった。


 待て待てコラコラ。


 二人共はしゃぎ過ぎて唖喰の存在を秘匿しなきゃいけないことを忘れていないか?

 鈴花はともかく五年も戦ってるゆずさんはおかしくないか!?


「おい、季奈……なんであれを止めなかったんだよ」


 俺は季奈にジト目を送りながらそう咎める。

 その視線を受けた季奈は気まずそうに顔を背けながら答えた。


「い、いやぁ~、二人があんまりにも楽しそうに作っとるし、単純に本物と変わらん完成度を誇っとるやつを崩させんのは気が引けたんや……」

「確かに似過ぎて銃を構えそうになったけどさ……」


 修学旅行中でも万が一を考えて、俺とゆずと鈴花に菜々美さんの四人は魔導器を持参している。

 幸い、四人ともアクセサリーとして身に着けていても不自然さはない形状だ。


 流石に海水浴の間は外してるけど、ゆずと鈴花が作り上げた砂フィームの完成度が高過ぎて、思わず右手首に手が伸びた。


 危うく学校の皆が見てる中で魔導銃を取り出すところだった。


 さらに、美少女二人が明らかに気持ち悪い生物の砂像を作っている光景は多くの人の注目を集めている。


「え、なにあれ……」「作ってる二人は可愛いのに、作ってる生き物がキモイ……」「無駄に筋肉ムキムキなんだけど」「無駄にリアリティあるのがさらにキモイ」「キモイ」「夢に出そう……」


 全員洩れなくドン引きだ。

 流石唖喰……気持ち悪さなら全員の気持ちを一つにさせることが出来るようだ。


 もし世界中の人に唖喰が見えだしたらこんな反応の後に大パニックになるかもしれない。


 今は周りからはスケトウダラモドキにしか見えないだろうけど、初咲さんが見たら怒髪天不可避だぞ……。


 てか二人してフィームの口と尻尾に手を突っ込んでるけど、もしかしてそこをトンネルとして開通させる気か?

 

 本物は尻尾そこから稚魚を産み飛ばすからって、わざわざトンネルにする必要性は無いだろ……。


 ちょっと二人の楽しみに水を差すようだけど、後のことを考えたらこのまま放っておくのは駄目だ。

 

 ゴメン、二人共。

 俺は心の中で謝罪しつつ、砂フィームに手を突っ込む二人の元に近づく。


 すると、俺が近づいて来たことにゆずが気付いた。

 笑顔が眩しい……めっちゃ嬉しそう……砂フィームの口側から手を突っ込んでるせいで、ゆずが食われそうになってる光景じゃなかったら、素直に可愛いって思えたんだろうなぁ……。

 

「司君! トンネルを開けるのに私達の腕では届かないので、手伝ってもらえませんか?」


 しかも俺を共同作業に誘って来たよ。

 あれに手を突っ込むの?

 嫌だなー。


 でもゆずの期待するような眼差しを裏切るのは心が痛む。

 死なば諸ともだ。


「わかった。どっちから掘ればいい?」

「アタシが掘ってる尻尾側からお願い」


 尻尾側のトンネルから足だけが見えていた鈴花が出てきて指示をした。

 

 そうして鈴花と入れ替わる際……。


「(アンタの注意を引きたくてあんなキモイ砂像を作ったんだから、ちゃんと相手してあげなよ?)」

「えっ!?」


 あんな気持ち悪い砂フィームを作ってでも俺と遊びたかったのか……。


 無自覚とはいえ、女の子の好きな人と少しでも同じ時間を共有したいっていう気持ちは、俺が思ってたよりずっと強いみたいだ。


 なら、鈴花の言う通りその気持ちに対して真摯に応えるべきだろう。


 俺はそう心に決めて、砂フィームの尻尾側からトンネルを開通するために、しゃがんで中に入る。


 壁にちょこちょこと点在するこれまた再現度の高いフィームの稚魚がさらに気持ち悪さを助長する。


 砂稚魚を無視して、俺は砂の向こう側にいるゆずに声を掛ける。


「ゆずー、このまま真っ直ぐ掘ればいいのか?」

『はい。ゆっくりと掘っていけば大丈夫だと思います』


 一気に掘ると崩れかねないので、指先で少しずつ削っていく。


 そうして十分ぐらい掘ってると、指先に砂とは違う感触が伝わった。


 すぐにゆずの手に触れたのだとわかった。

 ゆずは一生懸命に掘っているのか、俺に気付かないままだ。

 彼女に開通したことを知らせるために、彼女の手を握る。


「え、だ――司君!?」

「お、おう……」


 俺に手を握られたことで、ようやく開通したことに気付いたゆずは顔を赤くして俺の顔を見たり逸らしたり、落ち着かない様子だった。


「え、ええっと、完成……ということでしょうか?」

「そうなるな……で、このあとはどうするんだ?」

「……どうする、とは?」

「秘密にしなきゃいけない唖喰の砂像」

「……ぁ」


 今気付いたのかゆずはしまったという表情をした。


「とりあえず壊す方向でいいよな?」

「はい、お手を煩わせてすみません……」


 ゆずは申し訳なさで押し潰されそうに落ち込んだ。

 このままじゃいけないな。


「すぐに壊せばいいし、少しとはいえゆずと一緒に砂遊びが出来て楽しかったよ」

「あ、ありがとうございます、司君」 


 ゆずは安心したように微笑んだ。


 早くここから出よう。

 そう言おうとした時……。



 ピピィーッ!!


『みなさーん、海水浴の時間は終了でーす』

「うおぉっ!?」

「きゃあ!?」


 終了のホイッスルに驚いた俺とゆずは、しゃがんだ体勢だったから、互いに飛び上がったのだが、自分達のいる場所を完全に失念していた。


 バサッ!


「うわ、ぺっ!? 砂!?」

「うぅ、そういえば砂像の中でしたね……」


 ゆずの言う通り、さっきまで砂フィームを掘り進めてたんだった。


「……」

「……」

「ふっ、くく……あっははははは、ははははははは!」

「ふふ、あははは、あはははははは!」


 二人して全身砂塗れになったことが、不意に笑いを誘い出した。

 早く海で落とさないといけないのに、しばらく俺とゆずの笑い声が治まることはなかった。

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