74話 魔導少女達と海で遊ぼう 前編
「つっちー! ひーちゃんに泳ぎ方を教えて欲しいです!」
「理由は?」
「学校で水泳の授業があるのに、ひーちゃんは泳ぎが上手じゃないからです!」
「それまでに人並みの泳ぎを身に着けたいと……」
「です!」
テントでの一幕から解放された俺達は、ようやく海水浴をしようとした際、翡翠から出たお願いが泳ぎを教えてほしいということだった。
「それなら俺じゃなくてゆずに教えて貰えれば……」
「ゆっちゃんの教え方はスパルタ過ぎて耐えられないです!」
経験済みだったか。
どんな教え方なのか気になるが、それではせっかくの海水浴も満足に楽しめないだろう。
「菜々美さんは? あの人なら優しく手取り足取り――」
「なっちゃんはカナヅチなので、駄目って断られたです!」
それでよく修学旅行の海に付いて来たな。
カナヅチすら無視してでも俺と海で遊びたかったのかよあの人……ちょっとドキッとしたじゃねえか。
「分かった。上手く教えられるか自信はないけど、ご指名とあれば協力するよ」
「やったーです!」
俺の返答にゆずが飛び跳ねて喜びを露わにする。
ふと背中に悪寒が走ったので何事かと振り向いてみると、鈴花と波打ち際で水の掛け合いをしていたゆずがこちらをじっと見ていた。もちろん〝私不機嫌です〟オーラのオプション付きでだ。
「……天坂さん……司君と近いです……私も司君から教わりたい……」
「水泳選手ばりの速度が出せるゆずに教えられることがあるように思えないけど?」
「うぅ……」
そうなんだよ、羽根牧高校にも水泳の授業があったのだが、鈴花曰く……。
「二十五mってあんなに速く泳ぎ切ることができるんだね……」
と何がどう凄いのか分かり辛いが、ゆずがやらかしたということだけは分かった。
とにかく、そんなに泳ぎが上手いゆずに俺が教えられることなんて何一つない。
因みにその水泳技術を目の当たりにした水泳部員が、一日だけ指導をお願いしたこところなんと快諾したらしく、早速教えてもらったという。
しかし授業が終わる頃にはその水泳部員は真っ白に燃え尽きていた。
なんでも某ブードキャンプも真っ青なスパルタ指導だったらしい。
『まだ一セット目をこなしたばかりなのですが……』
これが水泳部員に止めを刺した言葉だと鈴花は言っていた。
魔導少女の基準は末恐ろしいものだった。
さて、そろそろ翡翠の水泳指導に取り掛かるか。
俺は翡翠から距離を置いて目測十m程離れた。
「まず翡翠がどれくらい泳げるか見せてくれ。もちろん身体強化術式は無しで」
「はいです!」
そう言って翡翠はクロールで俺の元へ泳ぎ……って遅いな!!?
筋力が足りないっていうより、フォームがなっていないから、水を上手く掻けていないな……。
翡翠はおよそ二十秒掛かって十mを泳ぎ切った。
全く息切れしてないな……翡翠も前線にいないとはいえ、一魔導少女らしくスタミナに余裕はあるからか。
というか翡翠は何故さっきからドヤ顔をしている?
〝どうだ? 泳ぐの下手だろう?〟って言いたいのか?
「全然ダメだな、まずフォームがなってない」
「フォームって走る時の姿勢とかです?」
「そうそう、それと同じだ」
水泳やスポーツに限らず、あらゆる動作には最高のポテンシャルを発揮しやすい〝型〟というものがあり、この型を理解出来ていないと、いくら時間と練習を費やそうが成長は難しい。
水泳の場合、泳ぐ時の姿勢がなっていないと……
・速度が出ない。
・余計な力を使うので体力の消費も激しくなる。
・息継ぎをするときに水が口の中に入りやすくなってしまう。
・そうなると一度に吸える酸素量が減るし、溺れる原因になる。
と大雑把に挙げてみてもこれだけある。
逆に言うとちゃんとしたフォームを身に付ければこれらの問題は容易に解決出来るということだ。
翡翠の場合、顔を水面に浸けることに対して抵抗はないようなので、フォームの習得にさほど苦労はしないだろう。
「翡翠、まずはそこの岩に掴まって浮いて見せてくれ」
「こうですか?」
翡翠は言われた通りに岩に掴まるが……。
「やっぱりお尻が沈んでいる。こうやって体全体で浮くように……」
俺は翡翠のお腹と両足のふくらはぎを手で押し上げて腰を浮かせる。
「んひゃうっ!? つっちー、変なところ触らないでほしいです……」
「お腹が弱いのに触ったのは謝る、だから誤解を招く発言は慎むように!」
翡翠が変な声を出すからゆずと菜々美さんのオーラが膨れ上がったり、石谷達からの視線が鋭くなったりしたからな。
「この状態でバタ足をやって、水面に体を浮かせる感覚を掴むんだ」
「はいですー!」
翡翠は両足をバタつかせて水飛沫を起こしだす。
よしよし、ちゃんと腰も浮いているな。
下半身が水中に沈んだままでバタ足をしてしまうと水の抵抗を面で受けることになるため、これでは速度が出辛くなってしまう。
しかしこうして下半身も浮かせるだけで水の抵抗は点で受けるように済むため、先程より速度を出せるようになる。
しばらくバタ足を続けていた翡翠に次のステップに移ることを伝える。
「次はクロールの動作だ。クロールの時の腕はこうやって腕全体を使って鉤爪の形にするんだ」
「つっちー! 腕を早く動かすのがダメな理由は?」
「水泳における腕の役割は、腕を大きく広げてより多くの水を掻きこむことにある。クロールにしろ、バタフライにしろ、泳ぎ方が変わっても腕の役割は変わらないからな」
先程の翡翠のクロールモドキは腕の力だけで進もうとしていた。
水泳は言ってしまえば腕の力と足の力の二つで進んでいくというシンプルかつ奥深いものだ。
どちらも動かす必要がある。
「あと今回は海でやったけど、これからは市民プールとかで練習をするように。海や川だと流れが邪魔で練習どころじゃなくなる」
「はーいです!」
泳ぎ慣れていないのにそういったところで泳ぎ、流れや波に攫われて溺れるケースが多いからだ。
こうして一通りのレクチャーをして翡翠の遊泳能力は飛躍的に向上した。
「ぜぇ……ぜぇ……」
できるだけ多くの酸素を肺に送り込むため、俺は深呼吸を繰り返していた。
泳ぎ慣れて来た翡翠が水泳勝負をしようと提案してきたため、それに乗っかってみたら全力を出したのに惨敗したため、波打ち際で波を浴びながら休憩中だ。
理由はスタミナの差だ。
序盤は俺が優勢だったのだが、途中から俺のスタミナが尽きてしまうとあっという間に抜かされてしまった。
ゆず以外の魔導少女のスタミナを舐めていた。
この分だと鈴花にも負けるかもしれない……。
「まだまだトレーニングが足りないなぁ……」
「つっちーはようやっとる方やでぇ?」
俺の呟きに返事を返したのは番傘を差して日差しを拒絶している季奈だった。
未だに泳いでる様子はないのでちょっと素朴な質問をしてみた。
「そういえば季奈は泳がないのか?」
「ん~? つっちーはウチと水遊びが御所望なんか~?」
季奈はわざとらしく体をくねらせて挑発をしてくるので、無表情で見返しているとちょっと羞恥心に負けたのか頬を赤くして俺の質問に答えた。
「んっん! ウチ、日に焼けんのが好かんのや。いつも室内に籠っとるから、日焼けで肌がすぐ赤になってしまうんや」
「もったいねえなぁ、季奈なら一緒に遊んでも全然楽しめそうなんだがな……」
季奈だって目に入れても痛くない美少女なので遊び相手は男女問わず引く手数多だと思う。
「いやいや、ウチはゆずみたいにスタイルようないし……」
「スタイル云々は抜きにして一緒にいたら楽しいって思うのは本心だぞ?」
遠慮無しに正直に答えると、季奈はプイっと顔を逸らしながら呟いた。
「……冗談は程々にしいや?」
「冗談じゃn……あ、はい冗談です……もう一個質問していいか?」
本音であることを伝えようとすると、般若的形相で睨まれたので冗談だということにして質問を重ねた。女の子ってあんな顔が出来るんだな……。
「……なんや?」
「翡翠が助手をしている隅角さんは翡翠がここにいることを知っているのかと思ってな」
「知っとるよ? ちゅうかおっちゃんもこっちに来るはずやったんやけどなぁ、ひーちゃんが準備してきたおっちゃんの姿を見た瞬間に転送魔法陣を発動させたから、おっちゃんだけ置いてけぼりになってもうたんや。けど迎えに行くんのも面倒やからええかなって……」
何故だ。問答無用で術式を発動させた翡翠もだが、申し訳ないと思うのに迎えに行かない季奈も大概だろ。
とりあえず、事の張本人である翡翠を呼びつけて事情を聴いてみたところ……。
「準備を終えた博士の首に一眼レフカメラが掛かっていたからです! あれは絶対女子高生の水着目当てでした!」
「ナイス英断だ翡翠。お礼に頭を撫でてやろう」
「にゅふふ~♪」
「……ようそんな自然に出来るなぁつっちー……」
季奈が何故か呆れているが分からないのでスルーだ。
とにかく、危うく変態を連れてきてしまうところだったので翡翠の即決には大助かりだった。
まあ暴挙を働いた瞬間にスマホの待ち受け画像が水着姿のAV女優であることを暴露して、社会的に始末していただろうけど。
頭を撫でられて小動物のように喜ぶ翡翠を眺めていると三度背中に悪寒が走って来た。
もう振り向かなくても分かるよ、ゆずさん達の不機嫌オーラがまた膨れ上がったからだ。
そうですか、こうやって頭を撫でるのもNGですか……。
「むぅ~、もっと撫でてほしかったです……」
「あ~、ほら、翡翠は良くても世間がだめだから」
「こんな世界変えてやる! です!」
変な方向に張り切らなくてもいいよ。
そう言って再び泳ぎに行った翡翠は、高校生の女子グループに混ざって遊んでいるようだった。
コミュ力高いな……。
「そういえば季奈と翡翠はいるのに、工藤さんはいないんだな」
「あの人はサークル活動でおらんかってん。まぁ、おったらおったでつっちーに嫉妬の怨念が飛んでくるだけやけどなぁ~」
「うわ、容易に想像できるからやめてくれよ……」
菜々美さんだけじゃなくて、工藤さんみたいなクールビューティとも仲が良いのかって殺しに来そう。
「にしてもつっちーも難儀やな~、ゆずだけやなくて、菜々美さんまでなぁ」
「あぁ、自分のせいだってわかってるけど、なんでこうもややこしいことに……」
「ん~、二人がつっちーに惚れた理由は確かにつっちーのジゴロもあるやろうけど、それ以上につっちーの気持ちが通じたんちゃうか?」
「俺の気持ち?」
どういうことだ?
俺は最初から二人に好感を持ってたってことか?
「せや、つっちーがジゴロセリフ
「相手が落ち込んでるときにそんなアホみたいなこと微塵も考えてないって」
「それや。つっちーが下心無しに本気で相手を気遣っとるから、その優しさに二人は惹かれたんや。つっちーは二人に悪いことしたなーって思っとるみたいやけど、二人からしたら嬉しいことなんやで?」
「……」
季奈の捉え方は俺にとって目からウロコっていうぐらい驚いた。
それは暗に、俺は自分のしでかしたことに目を向けてばかりで、二人が俺に好意を向けることを一時の気の迷いのように捉えていたと突きつけられたようだった。
ふと思い出した。
二人が恥ずかしさを堪えて俺に水着を披露してくれた時だ。
二人共あまり我が強いほうじゃないのに、あの時に限って彼女達は意識的にしろ無意識的にしろ、俺の気を引きたくて、あんなに恥ずかしそうにしながらも勇気を振り絞っていた。
それは、俺には想像もつかない勇気が必要だったのかもしれない。
そうして勇気を出して、俺に似合ってる、って言われた時の二人の喜びようは、思い出すだけで胸が高鳴る。
二人にとって俺の悪癖なんて関係ない。
好きになった俺に、もっと自分達を好きになってほしいっていう純粋な気持ちがあれば十分なんだ。
「……ますますどっちかに絞れる気がしないっての」
「無理に答えを探さんでええで? 急がば回れや」
「ほんっと、他人事だな……」
「まぁまぁ、つっちーが後悔せえへんような、つっちーだけの答えを見つける時間稼ぎくらいはしたるで?」
「……唖喰のことといい、頼りっぱなしで悪い」
「それがウチらの役目やから、気にせんでええで」
季奈はあっけらかんとそう笑う。
やっぱり魔導少女達には一生敵う気がしない……なんて考えながら海で遊ぶゆず達を眺めていた。
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