71話 修学旅行の始まり


 午前六時半、朝日が照らす中、羽根牧駅前に海洋合宿へ向かうため、羽根牧高校二年生三クラス分。計百八人が集合していた。


 午前七時にバスが出発するため、ほとんどの生徒がこの時間に集まっていた。

 俺は先に来ていた鈴花を見かけて挨拶をした。


「ふぁ……おはよう鈴花……」

「おはよう司、早速だけどあれ見てみ」

「ん?」


 鈴花が指さしたほうを見ると、他クラスの男子達が集まっていた。


「あれがどうしたんだ?」

「あれ、アタシと一緒に来たゆずが囲まれているの。何でもこっちのバスに乗らないか誘っているみたいで……」

「……違うクラスなのに?」


 鈴花曰く、俺とゆずがバスの座席で隣だということも、班も同じことが既に広まっているとのこと。


 まあ実際昨日も生徒会長から「同じ班だからといって不埒な真似をしないように」とか言われたしな……。

 ぶっちゃけ直接そういう奴が一番不埒なことを考えている比率が高いって聞くし……。


「とにかく、ゆずを助けてあげて」

「……俺があの中に行ったら、火に油注ぐことにならないか? 大半の男子が俺を目の敵にしている現状で?」


 ゆずと同じ班でバスの座席も隣同士、さらに教育実習生なのに修学旅行に付いて来ちゃった菜々美さんも隣の席ということで、男子達の中で俺に対する評価は台所の悪魔より下になっている。 


 そんな俺が行けば、ゆずの囲いが俺をリンチする囲いに変貌するのが容易に想像出来た。

 でも中でゆずが困っているだろうしな……。


「いいからさっさと行けっての」


 鈴花に背中を叩かれながら押し出された。

 くそう、他人事だと思いやがって……。


 俺は覚悟を決めてゆずを囲む男子達の群れに突っ込んで行こうとしたら……。


「あ、竜胆こと眼鏡だ!」「眼鏡が!? 野郎共、絶対にここを通すな!」「並木さんを守れー!」「Kill you!」「あ、あの通してくだs……」「お前ばかりに良い思いさせてたまるかぁ!!」「並木さぁーん、俺と付き合ってくれー!」「えっと、ごめんなさ……」「並木さんとデートするとか羨ましすぎるだろ」「大体オタクなのに女友達が多いってどういうことだよ」「女たらし」「ジゴロ!」「ですから通して……」「神様は不公平だー!」


 やかましい!!

 時々ゆずの声が聞こえたけど、こんなに人が多いとどこにいるのかわかんねぇ……。

 どうしたものか頭を悩ませていると……。


「こーら! 駄目だよ!」


 先に集合場所に来て点呼を取っていた菜々美さんが大声を出して、騒ぎを止めた。


「まだ朝早いのにそんなに騒いでいたら近所迷惑だよ。このまま大騒ぎを続けるなら、修学旅行のバスに乗せずに置いて行っちゃうからね?」

「「「……はい」」」


 至極真っ当な正論で菜々美さんに説き伏せられた男子達が、ゆずに道を譲った。

 開けられた道を通ってゆずが俺に挨拶をした。


「おはようございます、司君。今日から三日間同じ班としてよろしくお願いします」


 惚れ惚れとするような社交辞令を述べていった。

 周りの男子達が羨ましそうに睨んでくる。


「おう、おはようゆず。三日間の班行動よろしくな」

「はい!」


 俺がゆずにそう返すとゆずはニコニコと返事をした。


「並木さん凄い幸せそうなんですけど……」「やっぱ俺らじゃもう……」「くっ! なんでアイツなんだ……」「俺もうあの表情が見れるなら眼鏡とくっ付いてもいいやって思えてきた」「ふざけるな、アイツは俺らの高嶺の花を汚した張本人だぞ」「でも転入前に会ってたとかスタートラインからして負けてたんじゃ……」「言うな……!」


 外野うるさい。

 アイドルの交際が発覚したら発狂するファンかよ。

 俺の父親曰く、モテたいなら他人の恋路を見守ってやろうっていう懐の広さを持っていろって言ってたぞ。


 ゆずと合流した俺達は2ー2組が乗るバスに乗り込んだ。

 座席は事前に決められた通り、最前座席の左窓側からゆず、俺、補助席に菜々美さん、右側に鈴花、石谷と並んで座っていく。


 普通ならゆずと菜々美さんという美少女&美女サンドに緊張して身動きが取れないだろうが、俺はすっかり慣れているので至っていつも通りだった。


「七時にバスが出発して、合宿先のホテルに着くのが十時頃だったよな?」

「はい、ホテルのロビーで軽く注意事項の説明後、各部屋に荷物を置いてから班に分かれて昼食を摂ったのちに、午後一時から午後三時半まで海水浴です」

「夢燈島の海ってすごく綺麗みたいだよ」

「ふふふ、この日のための勝負水着を選んであるから期待しててよ?」


 俺達がそんな会話をしていると、またもや男子達の話し声が聞こえた。


「……そうだ、同じ班になれなくても並木さんの水着姿は拝めるんだ!」「絶対綺麗だろうな……」「並木さんの水着を見れるなら、他の女子の水着とか見れなくてもいい」「ちゃんとカメラの用意はしてるぜ」


 この世から煩悩が消えないわけだ……。

 いや、健全な男子高校生としては恐らく正常なんだろうけど……。


「みなさん、おはようございます! バスの中での注意事項を説明しますね」


 最後にバスに乗ってきたさっちゃん先生の説明が終わると、いよいよバスが出発した。




「……これでしょうか?」


 ゆずが俺の持っている五枚のカードの内、一枚を引いた。


「あ、あがりですね」

「凄いな……八回連続で一抜けか……」

「アタシまだ六枚も残ってるのに……」

「私なんて七枚……」

「三人共表情に出やすいですからね」


 マジか、自分なりにポーカーフェイスを保てているつもりだったのに……。

 

 移動中の間、鈴花が持ってきたトランプでババ抜きをやっていたが、ゆずが強い。

 本人曰く、些細な表情の変化を見分けて引いているそうで、初期手札にあった時以外は一度もジョーカーを引いていないのだ。


『まもなくサービスエリアに到着致します、十分後に出発致しますので、御乗り間違えのないよう注意してください』


 バスガイドさんの案内通り、一時トイレ休憩を挟むことになった。

 

「鈴花ちゃん、一緒にいいですか?」

「もちろん、早く行こうか」

「私もいいかな?」

「はい、構いません」


 ゆずと鈴花と菜々美さんの三人は一旦抜けていった。

 俺は余裕があるので、このまま中に残っていた。


 ~~♪


 お、携帯に電話が掛かってきた……この音楽は……。


 ――ピッ。


『つっちー! おはようございますです!』

「ああ、おはよう翡翠」


 翡翠だった。

 一体なんの用だ?


つっちーゆっちゃんゆずすーちゃん鈴花なっちゃん菜々美は、学校の行事で修学旅行に行っているってきーちゃん季奈から聞いたので電話を掛けたのです!』

「あ、何か連絡しておきたいことでもあるのか?」

『えっと、つっちー達が向かっているのは夢燈島で合っていますか?』

「合ってるよ、そこに何かあるのか?」

『いえ、聞きたいことはもう聞けたので大丈夫です! それじゃあです!』


 ――ブツッ、ツーツー。


 ? 

 何だったんだ?


「……なぁ司、今電話してたロリ声の子って誰?」

「うおおっ!? 石谷、なんで隣に……」


 まるで気配が無かったぞ!?

 忍者みたいな真似するなよ……。


「それより、電話の相手の事教えろ……事と次第によっちゃ……〝女の知り合い多すぎ〟の罪状で出るとこ出ちゃうぜ?」


 なんだよそれ……。

 しかしちょっと困ったぞ……ゆずはクラスメイトだからいくらでも誤魔化しが効くが、翡翠はそうはいかない。


 従妹……?

 お前の従妹がこんなに可愛いわけがないって一蹴されるな……。


 ゆずの親戚……。

 流石に無理があるな、言ったらそれこそ〝家族ぐるみで付き合いあるとか死ね〟って言われそうだし……。


 ……唖喰と魔導の事に抵触しない程度に話すしかないか……。


「天坂翡翠っていう中学一年の女の子だよ、ゆずの知り合いなんだ」


 俺がそういうと石谷は〝なん……だと……!?〟と言いたげな表情をしだした。

 

「……中学一年って……お前……ロリコン野郎……」

「違う!! なんで手を出した前提で話を進めようとしてんだ!! 女友達は多いけどそんな節操無しじゃないからな!!?」


 在らぬ事実を上げ出した石谷にそうツッコミを入れた。

 手は出してないぞ? 

 ただギュッとしたことはあるけど。


「いや……だって……いくらなんでも中学生はねぇよ、三年生ならまだしも、一年生は不味いって……」

「確かに年下の女の子に好かれやすいなぁって自覚はあるが、そういった対象で見たことは無いぞ?」

 

 魔法少女のグッズを漁っていると、よく女児と話が合うんだよな……。

 最近は小学生の女の子に道を聞いても事案という残酷な世の中において、向こうから話掛けられるって相当レアなことだとは思う。


 SNSで相互フォローにして、アニメのワンシーンや鈴花のコスプレ画像を披露(当人の許可あり)したり……あと高確率で〝将来はお兄ちゃんのお嫁さんになる〟って言われるけど、可愛らしい冗談だよな……。


「……俺、この前小学六年生くらいの女の子にうっかりぶつかっただけで、防犯ブザーを鳴らされたことがあるんだぞ?」

「え? それってぶつかった衝撃でブザーが鳴ったんじゃ……」

「って思うだろ? ぶつかってごめんねって謝ったら無言で思いっきり引き抜いて鳴らしたから、見間違える心配なしに故意だったよ……くそ、年の割にちょっとおっぱいがあるからって調子に乗りやがって……」


 おい最後。


「それはお前のやらしい視線を受けた上での防犯ブザー使用だから正当防衛だぞ」


 酷い話かと思ったら自業自得だった。

 女の子ってそういう視線の受信率高いからな? 


「……その翡翠ちゃんの写真か何かある?」


 え?


「……何でだ?」

「いや、何気に司の女友達って顔面偏差値高い人多いから」


 確かに魔導士と魔導少女って基本的に顔面偏差値高い人多いけど、石谷は翡翠のことを知らないから、ようは将来性を見極めようってか?

 お前のほうがよっぽど危険だよ……。


「お願い! 見せてくれたら深く追究しないから!」


 ……それで石谷が大人しくなるならいいか?


 俺はスマホを操作して写真フォルダから翡翠の写真を開いて、石谷に見せた。

 見せた画像は鈴花が翡翠に魔法少女のコスプレをさせたものだ。


「……え? めっちゃ可愛い過ぎなんですけど……並木さんや柏木先生が神的な美しさの持ち主なら、この子はさながら天使のような可愛らしさがある……」


 おお、なんか的確な表現だな。

 翡翠が天使か……全然違和感ないな。


「……ラブリーエンジェルヒスイエル……」


 天使名が付けられとる。

 しかもヒスイエルって……妙に語感がいいな、石谷のくせに……。

 

「司……お前こんな天使から〝つっちー♡〟って呼ばれるとかおかしいだろ……」


 深く追究しないんじゃなかったのかよ。

 あとハート付きで呼ばれてねえよ。


「もういいだろ? ほれ、自分の座席に戻れ」

「え、あ、うん。ヒスイエルに免じて追究はしないって約束は果たすよ……合宿終わったら会わせて?」


 追究する気満々じゃねーか。

 

 石谷が自分の座席に戻ったと同時に、ゆずと鈴花と菜々美さんが戻って来た。


「? 司、何かあった?」

「ああ、さっき翡翠から電話掛かってきて、石谷に翡翠との関係を追究された」

「ええ!? それって……」

「大丈夫、聞かれたのは翡翠がどんな子かってことだけ」

「そうですか……ならよかったです」

「……アイツ変な気起こさないでしょうね?」


 ヒスイエルって呼びだしたからなぁ……。

 


 その後、特にトラブルも無くバスを降りてフェリーで目的地である夢燈島に辿り着き、島の観光バスでホテルまで向かう。


 夢燈島は太平洋を所在海域とする伊豆諸島に含まれる島の一つである。

島の面積は72.62k㎡の大きさで、なんと大昔には罪を犯した罪人をこの島に流刑を科していたという伝承がある。

 が、そんな重い事情が無かったかのように、島には豊かな自然を感じることが出来る山や海があり、温泉施設も充実している。

 

『皆様にお泊り頂くホテル〝夢燈島観光ホテル〟では島の特産品である明日葉や新鮮な魚介類を使った郷土料理をお楽しみいただけると思います』


 バスガイドさんが、島の特徴や、伝承を解説していく。

 

 その中で現代の人達の興味を集め続ける一つの伝承というか、有名なパワースポットが夢燈島にはあるという。


『女性の方でしたら最も有名なものが〝縁結びの泉〟ですね』


 バスガイドさんがそういうとバス内にいるほとんどの女子が反応した。

 気分が上がってはしゃいだり、顔を赤らめながら意中の異性を見やったりと様々だ。


 ゆずは取材をする記者のように真剣な表情を、菜々美さんは時折俺をチラチラとみてくる。


 〝縁結びの泉〟――名前の通り縁結びのご利益があるとされる夢燈島の森にある泉だ。

 普段はなんの変哲もない泉だが、満月の夜に限り泉の中央に天然の噴水が起きるのだ。


 噴水が描く軌道がハートマークの形に酷似しているのが特徴で、噴水の水を両手で掬って飲み干すと一人なら良縁に恵まれ、両想いである男女が共に飲めば想いが通じるらしい。


 この縁結びの泉が有名なのには、この泉にまつわるある伝承が理由だ。


 なんでも昔、ある男女がいた。

 男は一介の商人で女は良家の娘だった。

 二人は両想いだったが、その恋は身分の違いを理由に到底叶うものではなかった。


 ある日、女の家が借金を抱える羽目になり、ある資産家が女を自身の妾として嫁ぐなら肩代わりしてやろうと話を持ち掛けて来た。

 

 女の両親は家のためだと、その話を受け入れた。

 

 女は資産家の元に嫁ぐ前に最後の思い出として、商人であり、恋人である男とこの島に訪れ、二人は〝泉〟の噴水の水を飲んだという。


 旅から戻った直後に男は商売で大成功を収めて町で一番の大金持ちになり、女の許嫁となる権利を資産家が提示した金額以上で交渉し、二人は結婚したという伝承から、〝縁結びの泉〟として島の観光名所となった。


 そんなロマンチックな伝承から、島に訪れる観光客は女性がほとんどだ。


『それでは間もなくホテルに到着します。お忘れ物の無いようにお降りになってください』


 バスはホテルに到着した。

 ホテルは九階建てであり、部屋の窓からは海を見渡すことが出来るという。


 ロビーの受付を済ましている間に、先生達からの注意事項を聞き、それが終われば各自に部屋の鍵を渡され部屋に荷物を置くこととなった。


 俺と同室である大梶は、四〇一号室に来た。


 部屋は洋風なインテリアとなっており、大人が二人で使ってもスペースに余裕がありそうなベッドが二つ並んでいた。


 部屋にあるベランダからは青く澄んだ綺麗な海が見えた。

 別の観光客が海で泳ぐ姿も見える。


 このままゆっくりしたいが、十五分後にはロビーに再集合し、昼食を摂る予定であるため、荷物を置いたらすぐにロビーに行く必要がある。


 ~~♪


「あ、竜胆、スマホに着信が着てないか?」

「おお、なんだろ……」


 同室である彼女持ちの大梶に指摘されてスマホの着信を確認してみる。


 着信があったのはメール。 

 それじゃ送り主は……。


「……え?」


 思わずそんな声が出た。

 送られて来たメッセージにはこう書かれていた。



 差出人:並木ゆず

 宛先:竜胆司

 件名:失礼します 

 本文:昼食後、午後一時にこの場所で  

    待っていてください。     


    画像ファイルが添付されています

    ※無燈島海岸地図jpg




 ……ホワイ?

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