70話 裏遊園地デート

 

 時刻は午前九時。

 遊園地の開園まで三十分程前にも関わらず多くの家族連れや恋人達が、思い出を作れる舞台へ入園するために大行列を作って心待ちにしていた。

鈴花と季奈も入園のための列に並んで待っていた。

 

 場所は羽根牧駅から電車で四十分程移動した先にある国内屈指のテーマパーク〝ミッチューランド〟――通称〝夢の王国〟と呼ばれている。


 その敷地面積は東京ドーム約十五個分で、大きく分けて五つのエリアに分かれており、とても広大である。

 一日で全てのアトラクションを周りきることは不可能に近いが、今回は全てのアトラクションに乗る必要はなく、あくまでゆずが乗りたい物を優先していく形となっている。


「なあ鈴花、ホンマにあの二人のデートを尾行するんかいな……」

「当然よ、事前に言った通り修学旅行の時に、あの二人を急接近させる計画をうちのクラス委員長が画策しているから、その事前調査を兼ねているのよ」

「その委員長のお節介が有難迷惑でしかあれへん気がすんのはウチだけか?」


 鈴花はまさにその通りだと思ったが、すぐに二人の様子をみる。


 鈴花と季奈が、司とゆずの遊園地デートを尾行することは当然二人には伏せてあるし、バレないように変装もしている。

 ゆずと司をくっつけるために同じ班の中村が企画している〝二人を幽閉して吊り橋効果でドキドキ♡倍増作戦〟を完璧なものにするために、二人の恐怖耐性を調べるために、どのアトラクションを回ろうか悩むゆずにわざわざお化け屋敷に行くよう仕向けた。


『……唖喰を見慣れているのに、人が考えた仕掛けに怖がる要素があるとは思えないのですが……』


 これが実際にお化け屋敷に行くよう提案した時に、ゆずが至極最もな返しだった。

 説得の末〝怖がるふりをして司に抱き着けば、司が喜ぶ〟と後先考えずに提案してみたところ、なんと採用されてしまった。


 ゆずが司に好意を持っていることなど、火を見るより明らかだが、これで無自覚なのだから驚きだ。


 ちなみに季奈が一緒なのは、鈴花が一人遊園地という一人外出系でも最もハイレベルな孤独感を刺激される苦行を避けたいためだ。


「ゆずってつっちーのこと好きなんやろ? なんでちゃっちゃと告らんの?」

「ゆずの場合片想いにすら自覚してないよ?」

「……え?」


 季奈が呆気に取られるのも無理はないと鈴花は思った。


「一応恋愛感情を知識として知ってはいても、感情としては全く理解していないの」

「あぁそうゆうことかいな、知識と感情がイコールで繋がっとらんのやな」

「そゆこと」


 ゆずの現状は知識と感情の間にある大きな壁が立ち塞がっている状態だが、その壁を崩してしまえば彼女は大きく前進することになる。

 中村はその壁を壊すことを修学旅行で企んでいるというわけだ。


「あ、入り口が開いた、二人を追いかけるわよ」


 遊園地内への入場ゲートが開いたため、人混みで司達を見失わないように追いかける。


 二人が最初に向かったのはシーサイドエリアにあるイルカとのクルージングを楽しめるアトラクションだった。


 鈴花達も一緒になって並ぶが……。


(ちょ近い近い!! こない近かったら二人にバレてまうって!!)

(だ、大丈夫よ、変装してるから余計なことをしなければバレることは……)


 二人がプチパニックを起こしている間に、司とゆずは順番が回って来るまでの時間つぶしを兼ねて、ゆずがイルカを好きになった切っ掛けの話をしている。


(大泣きするゆずとか全く想像つかんわ……)

(アタシも……)


 ゆずが話を終えると同時に、二人の順番が回ってきた。

 鈴花と季奈が座ったのはよりによってゆず達と同じ列だった。


((ぎゃああああ!!!))


 こんなに近くては変装していてもバレてしまうと焦ったが、それは杞憂に終わった。

 何故なら……。


 ――ザパァ! 


「キュイ~」

「きゃあああ!! 司君! 今目が合いました!!」

「おお、トビウオみたいに跳ねてるな」

((ゆずさんめっちゃはしゃいでない!!?))


 司は最近のゆずの変化を理解していたのでいつも通りだが、そんなことを知らない二人は初めてみるゆずのはしゃぎように驚いていた。


「ああああ!! 今私が投げた餌を空中でキャッチしました!!」

「何度ももらってるうちにコツを掴んだのかもな」

(うわぁ、前見てよ。ゆずの満点の笑みに男女問わず、イルカそっちのけで見惚れてる……)

(むしろつっちーのほうがおかしない? あんな近くにおんのにいつもと変わらんとかあれの心臓は鉄か?)


 ボートがコースを一周するまでゆずの興奮が冷めることはなかった。


 ボートから降りた司とゆずは次にジェットコースターに向かうようだ。

 途中でパレードを眺めたりして、目的地に着くとクルージングよりも長蛇の列が出来ていた。


 二人がどう時間を潰すのか眺めていると、ゆずが話始める。


「ここもすごい行列ですね、こうまで人が多いとはぐれてしまいそうですね」

「悪い、そこまで気が回らなくて……手を繋ぐか?」

「い、いいんですか?」

「俺から提案したことなのに良いも悪いもないだろ? もちろんゆずが嫌じゃないならだけど……」

「司君と手を繋げるのに嫌なことなんてありません!」

「お、おう」


((ほぎゃああああああ!!?))


 二人の会話を間近で聞いていた鈴花と季奈は二人が作り出すラブコメ空間に悶えだした。


(なんやこれ! なんやこれ!?)

(普通こんな人目のあるところでイチャつく!?)

(ゆずの好意がドストレート過ぎやろ!? あれホンマに無自覚なんか!!?)


 目の前で行われるラブコメ空間にツッコミを入れているうちに話はドンドン進みだす。


「じ、じゃあ……手を繋ぐぞ……」

「は、はい……お手柔らかにお願いします」


 ――ギュッ。


 ――おおお……。


 ――パチパチパチパチ。


 周囲の拍手に鈴花と季奈も賛同していた。


((ゆずめっちゃ嬉しそう!!))


 感涙だった。

 当のゆずは羞恥心から顔を赤くして俯くが、それでも手を離さない辺り余計にいじらしさが増している。


 列が進んでようやく二人がジェットコースターに乗り込んだ。

 鈴花達は二人の後ろの座席に座っている。


 鈴花は司がジェットコースターに耐性があることは知っているが、ゆずがどうか知らない。

 が、ここで鈴花は季奈にあることをカミングアウトする。


(……季奈、先に言っておく。アタシ、ジェットコースター苦手なの)

(……奇遇やな、ウチもや)

(……Oh)


 鈴花は季奈からのまさかな返答に、思わず英語で返してしまった

 二人共苦手となると、お忍びで付けているため、非常にまずかった。


(絶叫不可避の尾行バレ不可避な絶体絶命な状況ね……)

(もうこうなったら神様に祈っとこうか)


 ジェットコースター如きに神頼みか……と鈴花は呆れるが、こうなっては仕方がないと諦めることにした。

 

 が、二人は完全に油断していた。

 自分たちの前にいる二人を……。


 コースターがレールを上がっていく。

 それはさながら地獄へのカウントダウンのようだった。

 そしてゆずが司にあるお願いをしだした。


「あの、司君の手を握ってもいいですか?」

「え!? 安全ベルトを両手で持つほうがいいんじゃ……」

「つ、司君の手を握っているほうが安心するんです!!」

((うおおおおおいい!!?))


 まさかのお砂糖投入に二人は動揺を禁じ得なかった。


(ゆずってホンマに無自覚なんか!? ウチらは一体何を見せられとんの!?)

(あああ甘い! この空気が果てしなく甘い!!)


 二人が突然のお砂糖投入に驚いている間に、コースターは坂を上りきり、一気に下っていった。


 ゴオオオオオオオオッッ!!!!!


「きゃあああああああっっ!!」

「うおおおおおおおおっっ!!」

「「あああああああああああ!!!!」」


 自分たちが置かれている状況を失念していたため、ジェットコースター特有の浮遊感と疾走感に二人は尾行のことなど頭から追い出して絶叫を上げた。


 左カーブ、右カーブ、ループゾーンと目まぐるしく襲ってくる暴力に二人はただただ悲鳴を上げることしか出来なかった。



 長いようで短いジェットコースターが終わり、フラフラとした足取りで司とゆずを尾行する鈴花達は、二人の様子がおかしいことに気付いた。


「これ骨にヒビが入ってます司君! 今すぐ治療を……治癒術式発動」


 ゆずの言葉から、司の右手の骨にヒビが入ったようだと察したが、原因が分からないでいた。


(ジェットコースターで骨にヒビって入ることってあるん?)

(有り得ないでしょ……大体司の右手はゆずが握って……あ)


 鈴花は答えに辿り着き、季奈に伝えた。

 次に二人を襲ったのは笑いの神様による腹筋へのダイレクトアタックだった。


(う、嘘やろ!? ゆずがつっちーの右手の骨にヒビ入れたっちゅうことかいな……あ、あかん、腹が痛いっ……!!!)

(わ、笑っちゃダメだよ……! 男子の手の骨にヒビ入れるなんて、乙女の沽券に関わるから……あ、む……り……お腹痛い……!!)


 二人が笑いのツボに翻弄されている間に司達は昼食を摂ることにしたようだった。

 鈴花達は慌てて追い掛け、二人と同じ店に入った。


 途中で〝酢豚にパインを入れるかどうか〟という話になり、パイン否定派の鈴花が二人に殴り込みを仕掛けようとして、季奈に止められるということがあったが、昼食を終えた二人はお化け屋敷に挑むようだった。


 ある意味でこの尾行の真の目的地に着いた。

 

 鈴花はゆずに〝怖がるふりをして司に抱き着けば、司が喜ぶ〟というアドバイスを送ったが、果たしてそれが有言実行されるかの確認である。


 とはいえ、お化け屋敷のルール上、先の二つと違って二人の会話を聞くことが出来ないため、完全にゆずからの事後報告になってしまうが。


 しかしそれでも入らないという選択肢は取らず、なるべく早歩きで進んで二人に追いつこうと決めた鈴花達だが、またしても二人に難題が降りかかることになった。


(すんまへんな鈴花、ウチホラー系はアカンのや……)

(え、唖喰で慣れてるんじゃ……)

(いや、あいつ等は生きとるから。ゾンビにしろ幽霊にしろ、ウチ、ホラー系はあかんねん)


 〝術式の匠〟はホラー耐性がなかった。

 またもや絶叫不可避の尾行バレ不可避な絶体絶命な状況に陥ってしまった二人は、どうしたものかと立ち止まってしまった。


(……なるべく距離は取っておこうか……)

(堪忍な……)


 ゆずの努力の瞬間を見れないのは残念だったが、それでも中に入ろうとしてくれる季奈に、鈴花は感謝の念を捧げた。


「ヴアァ……」


 建物に入って三分もしないうちに初ゾンビに遭遇した季奈は……


「くぁせdrftgyふじこlp!!?」


 ――パパパパァン


 滅茶苦茶に銃を乱射し、言葉にならない悲鳴を上げていた。


「うわぁ~、司の射撃がどれだけ上手いか良くわかるわ……」


 一度だけ司の射撃訓練の様子を見たことがある鈴花は、季奈の悲惨な有様に憐れみの眼差しを向けられずにいられなかった。


 当の鈴花も季奈程下手ではないが、命中率は良くないのが現状だった。

 改めて司の努力が垣間見えた気がした。


「コオオオォ……」

「悪霊退散! 悪霊退散! どーまんせーまん!!」


 テンパるあまり、季奈は銃で陰陽師のようなお経をあげながら銃を乱射していく。


 そうして進んでコースの終盤付近になると、あれだけ騒いでいた季奈はすっかり大人しくなっていた。


「季奈、大丈夫?」

「……」

「あ、これ怖すぎて声すら出なくなってるだけか……」


 普段の自信家な一面がすっかり消え失せて黙りこんでしまった季奈を先導しつつ、移動する鈴花の耳に、悲鳴が入ってきた。


「きゃああああああああああああっっ!!!??」

「ああああああああっっ!!!!」

「うっわ!? 何!?」


 悲鳴で季奈が驚き、季奈の悲鳴に鈴花が驚くというプチ悪循環を繰り広げながら、鈴花は先の悲鳴の主を推測する。


「今の悲鳴って女の人の声よね……でもアタシ達の前に入ったペアは司とゆずだけだから、今のはゆずの悲鳴ってことになるけど、ゆずが悲鳴を上げる程って一体何があったの? 恐怖というよりラッキースケベに遭った時の悲鳴っぽいけど……」


 鈴花はゆずの声だけで正解を浮かべたが、まさか現にそうなっていたとは思いもしなかった。


「うっふははは……それってゆずが悲鳴上げる程の恐怖が待っとるってことやん……鈴花……後は頼んだで……」

「ちょっと諦めが早すぎでしょ? 司からの聞きかじりだけど、河川敷での粘り強さはどこいったのよ……」

「んなもん入口にあるんとちゃう?」

「長所を入口に置いて来ないでよ……」


 もはや別人かと思うほど弱った季奈の手を引きながら鈴花はようやくゴール前の一本道に着いた。


「はああぁ……光や……救いの光やでぇ……」

「ストップ、〝勝利を確信した瞬間が敗北の瞬間〟って言葉があるでしょ? こういうゴール付近は何か仕掛けて来るよ。それこそゆずが悲鳴を上げるようなね……」

「なんで人間ってそないな残酷なことが出来るんやろうな……」


 ゴール前に来て明るくした季奈の顔が一瞬で暗くなるのを申し訳なく思いながら見る鈴花だが、許してもらうつもりはなかった。


 結果として季奈の中に芽生えた光明の芽を容赦無く抉り返す形になったが、それは嫌がらせではなく、季奈のためを思ってのことだ。

 季奈自身もそれを理解しているため、鈴花に対して文句を言うことは無かった。

 

 しかしようやく見えたゴールに行きたい季奈は駆け足気味に進んでいく。


 一秒後、壁を破ってゾンビ達の集団が現れた。


「なんでやねん……」

「季奈ー!? 気絶した!?」


 関西人のお約束奈ツッコミを披露して季奈は意識を手放した。




「はっ!?」

「あ、起きた」


 季奈はキャッスルエリアのベンチで寝かされ、起きた時は既に夕方になっていた。


「え……ウチどんくらい気ぃ失っとたん……?」

「ざっと三時間近くね」


 鈴花はその間に司達を付けることはせず、季奈の傍にいたと聞くと、季奈は申し訳ない気持ちになった。


「すまんなぁ鈴花、またなんかお返しするわ……」

「まあ人の恋路をコソコソ見るなっていう神様のお怒りみたいなもので良しとしよう」


 実際あれだけのお砂糖空間を築き上げることが出来る二人なら、恋仲になるのにそう時間は掛からないだろうと鈴花は思った。


「んで今二人は何しとるん?」

「遊園地デートのラストを飾る、夕日が照らす観覧車に乗ってるよ。季奈も起きたならそろそろ帰ろっか」


 既に二人が乗ってから五分ほど経っている。

 中でどんなお砂糖が撒かれているのか気になるが、鈴花は季奈が目覚め次第、尾行を切り上げるつもりでいた。


 中ではとてもシリアスな会話が成されているとは思いもせず、二人は遊園地を後にした。




 ――翌日の昼休み。


 屋上にはゆずと鈴花の二人だけだ。

 司はゆずと遊園地デートをリークされたことにより、男子達から追い掛け回されていてここにはいない。


 ただ、鈴花には都合がよかった。それは鈴花はゆずにどうしても聞きたいことがあったからだ。尾行していたことを隠しながら、ゆずに質問を投げかけた。


「ねえゆず。結局お化け屋敷で司に抱き着くことって出来た?」


 ゆずのあの悲鳴なら出来たかもしれないと思っての質問だったが……。


「ええっ!? その……無理……でした……」


 ゆずは顔を真っ赤にして答えるが、鈴花の目には何かあったことを誤魔化せていなかった。


「……抱き着けなかったけど、何かあったの?」


 鈴花の問いにゆずは首を横にブンブン振りながら否定する。


(怪しい……あのゆずがここまで何かあったことを頑なに隠すなんて……)

(い、言えません! 司君に……その……胸を掴まれただなんて絶対に言えません!!)


 ゆずがひた隠しにする何かを暴くため、ゆずは司の名誉と自身の心を守るための心理戦が繰り広げられた。


 結果はゆずに我慢比べで敵わうわけがなく、鈴花の根負けに終わった。

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