67話 遊園地デート 前編


 時刻は午前九時。

 遊園地の開園まで三十分程前にも関わらず多くの家族連れや恋人達が、思い出を作れる舞台へ入園するために大行列を作って心待ちにしていた。

 俺とゆずも入園のための列に並んで待っていた。

 

 ここは羽根牧駅から電車で四十分程移動した先にある国内屈指のテーマパーク〝ミッチューランド〟――通称〝夢の王国〟だ。


 その敷地面積は東京ドーム約十五個分で、大きく分けて五つのエリアに分かれている。

 広い、超広い。

 一日で全てのアトラクションを周りきることは出来ない。

 まあ今回は全てのアトラクションに乗るつもりはない、あくまでゆずが乗りたい物を優先していく形だ。


 なので今回はゆずにパーク内の地図を渡して、どのアトラクションに乗るのか事前に決めておいてもらっている。


 はい、ぶっちゃけると完全にゆずチョイスなため、俺は一緒に何のアトラクションに乗るのか検討もつきません。


 一応絶叫系とかの耐性はあるから大抵のアトラクションは乗り切れる自信はあるが、俺が不安なのは〝何のアトラクション〟に乗るのかでは無く、〝何個のアトラクション〟に乗るかだ。


 体力が持てばいいが、そこに関してはゆずを信じるしかない。


「水族館の時もそうでしたけど、国内最大のテーマパークとなると人が多いですね」

「そうだな、最近は大阪にあるテーマパークの方が人気あるって聞いたけど、これだけ人が多いとここも捨てたもんじゃないなって思えてくるな」


 俺と会話をするゆずの装いは最早恒例と化している鈴花のデートコーデだ。


 テーマパークに行くということで今回は動き安さと可愛らしさを強調したらしい。

 黄色の髪を二つに束ねて耳の後ろから流すようにし、六月に入って日差しが強くなってきたため、日焼けと熱中症対策に広いツバが上向きになっている白いセーラーハットを被っている。

 ノースリーブの黒ブラウスの上に白いフリル調のキャミソールを着ている。

 デニムのショートパンツからは綺麗な太ももが露わになっていて、茶色のサンダルはローヒールのレザータイプの物を履いている。


 俺? 

 俺は安物オンリーだ。

 青の前開きタイプのポロシャツの下に白いTシャツを着て、下はカーキのズボンだ。

 

 この列に並んでいる間もバッチリオシャレをしたゆずの美貌は注目の的となっている。

 そしてその隣に並ぶのは普通の恰好をした男。


 うん超浮いてます。

 ご丁寧にも〝あいつはお財布君なのだろう〟という憐みの視線を頂戴しております。

 それは初めて受けるな~、ゆずとの信頼関係はそんなお金で手に入れられるほど安くはないとはいえ、ちょっと傷つくわ~。


『お待たせいたしました! 只今より入園チケットの確認をさせて頂きます。列を乱さないようにしっかり並んで下さい』


 おっと、いつの間にか開園時間になっていたのか。

 俺とゆずは手を繋いで列を詰めていくこと五分足らずで入園ゲートに着いた。


 係りの人にチケット二人分を渡すと、係りの人はゆずを見て驚き、俺を見て鼻で笑いだす。

 なんなの? 

 いくらゆずが美少女とはいえ俺の扱い悪すぎだろ……。


 軽く傷つきながら入園ゲートをくぐるとそこは夢の王国と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。


 広場の中心に大きな噴水があり、奥には巨大なお城がある園内の中央であるキャッスルエリアだ。

 電柱に取り付けられたスピーカーからは軽快な音楽が流れ、アニメ映画に登場したキャラクター達が音楽隊を結成して行進しているのも見えた。


「わぁ、なんだか別世界に来た感じですね!」


「俺はゆずに出会ったときも同じ感じがしたけどな」

「私としては司君が連れて行ってくれるところ全てがそう感じますよ?」


 そう話しながらゆずが最初に乗ると決めたアトラクションはシーサイドエリアにある、イルカとクルージングを楽しめるものだった。


 シーサイドエリアは海系のアトラクションを中心に、海鮮食も食べることが出来るエリアだ。


「ゆずってイルカが好きなのか?」


 最初のデートの時や、水族館でもゆずはイルカを見るとかなりテンションが上がっていたので、そう聞いてみると……。


「はい、私の両親との数少ない思い出の一つですので……」

「……まだ列が続いているし、どんな思い出か聞いてもいいか?」

「ええ、大丈夫です」


 唖喰に殺されたゆずの両親との思い出はかなり繊細な話題かと思っていたが、ゆずは丁寧に話してくれた。


「あれは私が四歳の頃です。海に泳ぎに行った際、私は浮き輪で泳いでいましたが、次第に沖の方へと流されてしまったんです」


 流されたゆずは心細さから大声で泣き出したという。

 その声を聞いた両親はゆずを連れ戻そうとするが、浜からゆずまでの距離は、人が豆粒に見える距離まで離されており、声は聞こえるが姿は見えない状態になっていたらしい。


 幼いゆずの泣き声が聞こえたのか、一匹のイルカがやってきたが、ゆずはサメと勘違いしてさらに大泣きしたという。


 イルカがそんなゆずをお構いなしに浮き輪の一部を咥えて、ゆずを浜辺まで引っ張って行ってくれたおかげで、事態は収まった。


 その時からゆずはイルカに興味をもったという。


「大泣きするゆずって全然想像つかないな……」


 四肢がボロボロになろうが涙一滴も流さない姿を見たことがあるだけに全く思いつかない。


「そうですね、私も泣き方を忘れていないか不安に思っているくらいです」


 そういうゆずはちょっと困ったような苦笑いを向けてきた。

 最近気づいたことだが、河川敷での出来事のあと、ゆずが魔導少女になった理由を知ってから彼女の感情表現が豊かになったように思える。


 この事に関して初咲さんに尋ねると……。


『元々ゆずは感情表現が豊かな方よ? ただ、唖喰との戦いでそれを凍らせる必要があったせいで、最近まで顔に出すことすらしなかったの。それを思えば今のゆずはまさに君との交流の成果そのものよ』


 そう答えた初咲さんの表情はとても穏やかで、それこそ大事な家族に向ける眼差しはゆずの保護者として今まで傍で見て来たからこそ出来るものだった。


 そうしていると、ようやく俺達の順番が回ってきたので、ボートに乗る。


 ボートは二十人乗り出来るほどよい大きさであり、座席は一列で四人座ることが出来る。


 俺とゆずは最後尾の列で、俺は右端に、ゆずは俺の左隣だ。

 ゆずの隣には二人の女性が座ってきた。


 内心ホッとする。

 もし不埒な輩がゆずの隣を座ろうものならどうしてくれようかと思っていた為、女性ふたりなら、そんなことをする手間も暇も必要ない。


 そうして俺達を乗せたボートはイルカ達が待つ海へと走り出していく。


 イルカとのクルージングは水族館のイルカショーのような事故もなく、穏やかに終了した。


「はぁ~、堪能しました……」

「ずっときゃーきゃー言ってたからな」


 イルカが水上を跳ねる度にゆずのテンションも跳ね上がっていった。

 

「さて、次はどんなアトラクションに行くんだ?」

「次はジェットコースターですね」


 おお、こういったテーマパークの定番だな。

 そうとなれば早速移動しよう。

 今いるシーサイドエリアから、ジェットコースターのあるマウンテンエリアに移動する際中、ゆずがある場所に目を付けた。


「? なんだか人だかりが出来ていますね」

「あ、そうかもう十時半だから午前のパレードが始まるんだった」

「パレードですか?」


 ここミッチューランドでは午前に一回、午後に二回、キャラクター達が移動する舞台に乗ってダンスなどを披露するパレードがある。


 パレードを無視してアトラクションに向かってもいいが、このパレードは毎回凝っているので見ていくほうがお得だ。


「ジェットコースターの前にこのパレードを見ていこうか?」

「はい、なんだか楽しそうです!」


 ゆずからの反対もないためしばらくパレードを眺めていくことになった。

 舞台の上ではネズミのミッチューやアヒルのルドルフといった人気キャラから、近年新登場したキャラクター達が様々なダンスや芸を披露していった。


 ゆずがこういったキャラクターを知っているのか疑問に思ったが、その点は心配要らずだった。

 鈴花から教わり、時間がある時に各キャラクターが登場する映画を見ていたという。


 やがてパレードの最後尾が俺達のいる場所を通り過ぎたところでパレードの余韻に浸っているゆずに声を掛けて、目的のジェットコースターへと向かった。


 マウンテンエリアはジェットコースターはもちろん、スプラッシュスライダー(最後に大量の水で濡れるアトラクション)やジャングルを模した森の中をクルージングするアトラクションがある。


 俺たちが並んだジェットコースターの列も大行列となっており、二十分待ちとなっていた。


「ここもすごい行列ですね、こうまで人が多いとはぐれてしまいそうですね」


 おおっとしまった。

 もしはぐれてしまったら……ゆずの周りに人だかりが出来上がりそうだから見失う心配はなさそうだな……。

 

 とはいえ、ゆずを一人きりにするわけにはいかないため、はぐれないようにするのが無難だろう。


「悪い、そこまで気が回らなくて……手を繋ぐか?」


 俺がそう提案すると、ゆずは肩をビクッと揺らして顔を赤くしながら答えた。


「い、いいんですか?」

「俺から提案したことなのに良いも悪いもないだろ? もちろんゆずが嫌じゃないならだけど……」

「司君と手を繋げるのに嫌なことなんてありません!」

「お、おう」


 そこまで力説しなくても……って周りの人メッチャ見てる!!

 こっち見てニヤニヤしてる!!

 やめろこっち見んな! 

 なんかドキドキしてきただろ!!

 

 ……大勢の人に見守られながら手を繋ぐのって凄い緊張するな。


「あ、あの……司君?」


 俺が早く手を繋がないものだから、ゆずが“やっぱり自分とは嫌なのだろうか”と不安気な表情を浮かべ、上目遣いで見てくる。


 うおぅ……それは反則だって……。

 そんな表情されたら余計緊張しちゃうって……。


「じ、じゃあ……手を繋ぐぞ……」

「は、はい……お手柔らかにお願いします」


 手だけにってか? 

 とりあえず馬鹿なことを考える余裕は戻ってきたな、早く繋いでしまおう。


 ――ギュッ。


 ――おおお……。


 ――パチパチパチパチ。


 これなんの罪状で公開処刑されてんの?

 恥死刑に処されたのか?


「あ、あうぅ……」


 周囲の歓声と拍手でゆずの羞恥心が限界を迎えたのか顔をリンゴのように真っ赤にして俯いたきり、ゆずは一言も喋らなくなったが、それでも繋いだ手を離そうとしない辺り、嫌ではないみたいだな。


 ゆずって羞恥心攻めに弱いのか……。

 何も深い意味はないけどな。


 列が進んで俺達の順番が回ってきたので、ジェットコースターの座席に座る。

 俺が左側でゆずが右側だ。

 係りの人が安全ベルトを下ろしていよいよコースターが走り出す。


 コースターは上がり坂に入った時に、ゆずから声が掛けられた。


「あの、司君の手を握ってもいいですか?」

「え!? 安全ベルトを両手で持つほうがいいんじゃ……」

「つ、司君の手を握っているほうが安心するんです!!」


 あああああ幸せで胸が痛い!!

 それにしてもここ最近のゆずさんは妙に大胆ですね!?

 本当に無自覚なんでしょうか!?


 俺が差し出した手をゆずがギュッと握った時、俺の手を握ったゆずの手が震えているのが分かった。


 人は未知に対する恐怖を何より恐れるという。

 それは強靭な精神力を持つゆずも例外じゃない。


 その恐怖が俺の手を握るだけで和らぐなら喜んで貸してやろう。


 そうしてコースターが坂の頂上に着き、一気に下っていく。


 ――ゴオオオオオオオオッッ!!!!!


「きゃあああああああっっ!!」

「うおおおおおおおおっっ!!」


 コースターが下る時に感じる独特の浮遊感と疾走感が乗客たちを襲い、ゆずもたまらず絶叫している。


 下り坂を下りたコースターが右へ曲がると、左に振り落とされそうな感覚になるが、安全ベルトのおかげで飛んでいくようなことはない。


「いやああああああ!!」

「あああああああああ!!」


 無いのだが……。


 ゆずさんが握っている俺の右手から、ミシミシって骨が握り潰されかねない程の痛みが走っていた。


 そうだよ、ゆずさんの握力が強すぎて、俺はコースターに振り落とされる心配より、右手が粉々になってしまうかもしれない方を心配しているんだよ。


 そういえば体力テストで握力六十kg以上出たって言ってたな……。

 リンゴを片手で握り潰すのに、約八十kgぐらい必要らしいので、流石に粉微塵になることはないだろうが、ヒビが入るくらいは覚悟しておこう……。


 やがてコースターのメインともいえるループゾーンに入った。


「きゃあああああ!! 地面が上に!!」


 河川敷の戦いで一瞬上下逆さまの体勢になっていた人のセリフとは思えないな。

 俺は右手の痛みでそれどころではないので、景色をみる余裕がない。


 そうしてコースを一周してジェットコースターは終了した。

 俺の右手の感覚も終了していた。


「はぁ……はぁ……凄いですねジェットコースターは……まだ心臓がドキドキしています」

「あ、ああ、そうだnいっつつ……」

「え!? 司君! 右手が腫れていますよ!?」


 あ、しまった思ったより痛みが強かったからゆずに隠し切れなかった……。

 というかゆずの言う通り、俺の右手は見事に鬱血して青黒くなっていた。


「と、とにかく治療しましょう」


 ゆずの提案を蹴るわけにもいかないため、俺達はちょっと早めの昼食を摂る目的も兼ねて休憩をすることになった。


 それと右手はヒビが入っていたそうだ。

 ゆずに治癒術式で治してもらってからはゆずがひたすら謝るのを止めるのに時間が掛かった……。

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