68話 遊園地デート 中編


「本当に申し訳ありませんでした……」

「もう謝らなくていいって、ゆずのおかげで即完治したし、もう大丈夫だって」

「ですが司君の右手の骨にヒビを入れたのは私なのに……」


 ジェットコースターでの右手粉砕未遂から三十分以上経ったが、ゆずは未だに落ち込んでいた。

 今俺たちがいる場所はジェットコースターの近くにあるベンチだ。


 さっきから通りすがりの人にめっちゃ見られている。

 ゆずは俺右手の骨にヒビを入れたことを謝罪しているのだが、傍から見れば美少女に頭を下げさせているので、俺がとんでもないゲス野郎に見えかねない。


 右手の骨はゆずが治癒術式でパパッと治したので、俺が怪我をしたという証拠が消えたため、裁判になれば俺は有罪不可避なわけで……ってそもそもゆず本人が訴える気がないからその心配はないか……。


「ゆずは今日初めてジェットコースターに乗ったわけだし、次に来た時に気を付ければ大丈夫だよ」

「……え? 次……ですか?」


 顔を俯かせていたゆずがきょとんとした表情で俺を見る。


「え、おう。次にジェットコースターに乗った時に力加減出来ればいいだけだろ?」

「……そ、その時も……一緒に乗って貰えますか……?」


 ゆずは期待を込めた目で俺を見るが、むしろ俺からすればこっちから頼みたいことなので、何も問題はない。


「もちろん、ゆずが誘ってくれるなら」


 俺がそう微笑み返すと、ゆずは表情をパァッと輝かせて幸せだという気持ちを露わにして喜びだした。


「はい! またよろしくお願いします!」


 ん、機嫌が戻って何よりだ。

 ふと園内にある時計を見やると、時刻はもうすぐ午後に切り替わろうとしていた。

 そろそろ昼食をとろう。


「ゆず、もうお昼だし、何か食べようか」

「はい、わかりました」


 マウンテンエリアのフードはフルーツや肉が中心となる味が濃い料理が多い。

 ちなみにキャッスルエリアはフランス料理やイタリア料理といった外国の料理のほか、スイーツ系のお店もあり、トゥーンエリアは子供向けに凝った見た目やお皿等見て楽しむ料理がメインで、カンフーエリアは中国や韓国といったアジア系の料理がメインなど、各エリアによって好みのお店を選べるようになっている。


「ゆずは嫌いなものって何かあったか?」

「いいえ、特には。私達の場合はいつ死んでもおかしくないので、食べられる時には食べられるよう、好き嫌いはしないようにしています」

「俺の知ってる好き嫌いって、そんな戦争末期みたいな思考で克服するようなものじゃないはずなんだけどなぁ……」

「必要であれば虫でも……」

「食べ物の好き嫌いの話だから、人間の限界まで聞きたくない!」


 てかゆずは虫を食べられるのか!?

 確かにアフリカ地方の民族に食用虫を食べる習慣があるのは見たことがあるけど、ここは日本なので、そんな光景がお目に掛かることは避けたい。


「司君は何か苦手な食べ物がありますか?」


 っと、ゆずから質問か。

 俺の苦手な食べ物ね……。


「……俺はキムチとかわさびみたいな辛いものが苦手だな」


 小学校のころに出た給食で初めてキムチを食べたが、あまりの辛さに悶絶して以降どうしても苦手意識が拭えないでいる。


「でしたらカンフーエリアの料理は除外ですね、反対に好きな食べ物はなんでしょうか?」

「肉料理みたいな胃にガッツリ来るのが好きだな」

「でしたらこのままマウンテンエリアでお昼のお店を探しましょうか」


 そういうことで昼食は肉系に決まった。

 歩くこと数分、〝The fruit of th太陽の果実e sun〟という園内レストランで昼食を食べることにした。


 店内はマウンテンエリアにあるお店らしく、木材をベースにしたテーブルや椅子、カウンター席の奥には酒樽まであったり(中身は入ってないが)する等、ファンタジーに出て来る酒場のような雰囲気だ。


 店員さんに案内で座った席にメニュー表が置かれ、中を見てみると牛肉や豚肉を豪勢に使った料理が多い。


 俺は〝ハンバーグステーキと焼リンゴの盛り合わせ〟を、ゆずは〝サイコロステーキとパインブロック〟を選んだ。


「お肉とフルーツの組み合わせといえば、酢豚にパインを入れるかどうかは個人で違うと聞いたのですが、ここでは積極的に合わせていくみたいですね」

「あー、俺は美味しければそれでいいやって思うから、どっちでもいいかなぁ」

「私はパインの入っている酢豚の方が好きですね」

「鈴花は〝パインなんて邪道〟って言ってたけどな」

「う~ん、美味しいのですが……」


 この話を進めていくと、キノコとタケノコ戦争のような議論が飛び交う事態になりそうなので、ここらで区切るとしよう。


「ゆずってパインが好きなのか?」

「パインがというより、果物の中では酸味の強い物が好みではありますね」

「それって自分の名前がゆずだからとか?」

「ふふ、和良望さんや初咲さんからも同じことを聞かれたのですが、名は体を表すと言いますし、案外そうかもしれませんね」


 ちょっと受け狙いで突いてみたが、残念ながらそのネタは既出だったようだ。

 談笑している内に俺達の分の料理が運ばれてきた。


 鉄板の上でジュージューと音を立てながら、芳醇な肉と果物の香りを漂わせる料理に舌鼓を打ちつつ、俺はある話題を切り出した。


「もうすぐ修学旅行だけど、ゆずはもう水着は買ったのか?」

「はい、鈴花ちゃんと天坂さんの三人で選びに行きました」

「おお、それは楽しみだな」


 羽根牧高校二年生は六月上旬に修学旅行に行く。

 今年は、〝夢燈島むとうじま〟という島で二泊三日の外泊予定だ。


 一日目の日程に午後一時から午後三時半まで海水浴が企画され、そのための水着の持参が推奨されている。


 俺は去年、鈴花や石谷といった友人たちとプールに行った際に使った水着がまだ使えるので買い替えたりしていないが、オシャレに敏感な一部の女子達は毎年買い替えているという。


 鈴花の新しい水着の購入の際、ゆずも同行して購入したというわけだ。


「クラスの皆さんで外泊だなんてとても楽しみですね」

「合宿中はゆずが休暇を取る形になるから、季奈達に迷惑かけちゃうけどな」


 そう、ゆずの日常指導のため、修学旅行に行っている約三日間は季奈や他の魔導士・魔導少女達が唖喰に対応することになったのだ。

 

 当初のゆずは参加しようとしなかったものの……。


「肩の力抜くええ機会やから遠慮せんと行っとき~」


 と季奈からありがたいお言葉を頂戴し、ゆずも修学旅行に参加することとなった。


「それでも私のためにと言って下さったので、悔いのないように満喫したいです」

「そうだな、帰った時に羨ましがるくらいの土産話をしてやろう」


 二十分程で昼食を終えた俺達は少し身体を休ませた後、次のアトラクションがあるキャッスルエリアにやってきた。


「次はブラッドサバイバーというお化け屋敷です」

「……俺らには物足りなくないか?」


 触れたものを溶かす触手を持つローパー、色んな魔導士達にトラウマを残しているフィーム、首狩り族のカオスイーター等の凶悪な唖喰を見てきた俺達では、今更人が作ったお化け屋敷で怖がる要素があるかどうか分からないな……。


「ミッチューランドの公式ページによると、世界最高峰の恐怖をというキャッチコピーがあったので、私達にどれほど通用するのか気になりまして……」

「そういうのは誇張してあることが殆どだから、あまり当てにならないぞ」

「ええ!?」


 映画の宣伝でも何度〝最高の○○をあなたに〟という宣伝文句を聞いてきたことやら……。

 それが本当かどうかは個人で意見が分かれるし、宣伝で〝百万人が泣いた〟と記載されていても〝公開前に百万人も泣いたのかよ〟と言いたくなるようなやつもあるしな……。


「まあ、ゆずが入ってみたいっていうなら付き合うけど、どういうアトラクションなんだ?」

「ええっと、屋敷内を探索して途中で襲ってくるゾンビやゴーストを屋敷に入る前に渡される銃を使って撃退しながら進むというものです」

「撃退出来ちゃったらますます怖がる要素ないだろ。絶対河川敷の時のほうが怖かった自信があるぞ」


 あのカオスイーター三体との持久戦は地獄も生温いものだった。

 もう一度やるくらいなら、地獄に行くほうがマシに思えると断言する。


「私は銃を持ったことがないので手解きの方もお願いします、頼りにしてますね司君」

「おう任せとけ」


 次のアトラクションであるブラッドサバイバーの外観は某ハザードに出てきそうな古びた洋館だ。

 窓に木の板を打ち付けてあったり、至る所に蔦やヒビがある。


 建物に入ってすぐにある入場受付カウンターでゲーム用の銃(もちろん偽物)を受け取り、奥へと進んでいく。


 中は小さな電球のみで照らされているため、非常に暗い。

 壁にある看板通りに進んでいくと、一匹目のゾンビに遭遇した。


「ヴアァ……」


 ゾンビは特にこれといった特徴のないゾンビだった。

 いや確かに特殊メイクの完成度は凄いけど、予想通りというかこれぐらいでは恐怖を感じない。


「えっと、ゾンビに向けて引き金を引くだけでいいんですよね」

「そうそう、それでポイントを稼いでいくんだ」


「ヴァ……ヴァヴァ?」


 全く怖がらない俺達にゾンビが戸惑っているうちにゆずがゾンビの脳天目掛けて引き金を引いた。


 ――パァン


「ヴァ!!」


 撃たれたゾンビが倒れて(もちろん演技)起き上がることはなかった。


「それじゃ次に行こうか」

「はい」


 ――ぎゃああああっっ!!


「? 演出でしょうか?」

「いや多分、俺達より先に入った人達の悲鳴だよ」


 俺達はまだ入ったばかりだが、奥に行くほどより高度な仕掛けで驚かせていくのだろう。


 そう思い、さらに進んでいく。


 するとゆずの背後にゴーストが出てきたので、それを打ち抜く。


 ――パァン


「え? 何かいました?」

「うん、ゴーストがゆずの後ろにいた」

「あ……そう……ですか」


 なんでちょっと残念そうな顔をするんだ?

 後ろにゴーストがいただけで何か残念がることでもあったのか?


 少し疑問に思いながらも今は奥に進むことに集中しようと意識を切り替えていく。


「ヴアァ……」「コオオオォ……」「シャアァ」

「ゲエェ……」「ホウゥ……」「ギエエエェ!」

「ヴオォ……」「ボアアァ」「グルルル……」


 ――パパパァン


 次々と湧き出てくるゾンビ・ゴースト達に銃弾のプレゼントをお見舞いして倒していく。

 正直動きが単調過ぎて、的としては蚊以下だった。


「全弾命中だなんて凄いですね司君! 私のほうは命中させられるか半々なのですが……」

「ゆずはいつものやり方じゃないから仕方がないって。それに河川敷の時から調子がいいんだ」


 原因は恐らく季奈が俺に施した身体強化術式だ。

 あの時のような高揚感はないが、感覚と記憶はしっかりと残っているため、筋肉痛から復帰後の訓練では命中率九十%を超えるようになった。


 しかし、かなり奥の方まで進んできたが、俺達が叫ぶようなことはなかった。

 途中他のペアの悲鳴が聞こえてきたのだが、二人して〝あれってそんなに驚くか?〟と首を傾げる程だ。全く怖くなかった。


 それとゾンビが出たり、仕掛けが動いたりする度にゆずがそわそわし出すのが気になる。

 

 怖い……わけではないのだろう。どちらかというと“行動を起こしたいがあと一歩が踏み出せない”といった感じだ。


 何? 

 ゆずさんは何を狙っているの?

 ゾンビよりゆずが何かを企んでいる方が怖くなってきた。


 廊下の突き当りに【もうすぐゴールです】と書かれた看板が見えた。

 これは絶対ゴール前に二つの意味で何か起こるな。


 廊下を曲がると、一本道の奥に光が見えた。

 あれがゴールだな。


 とりあえず出口が近いことをゆずに知らせよう。


「ゆず、もうすぐゴールだってさ」


 俺がそう声を掛けてもゆずは何か考え事をしていて、聞こえていないようだった。


「ゆず? もうすぐ……」


 ――ガッシャアアアアン!!!!


「「「ガアアアアアッッ!!!」」」


 廊下の壁からゾンビやゴーストがオールスターで押し寄せてきた。

 それでもビビりすらしない俺は片っ端からゾンビ達を撃ち抜いていく。


「ヴ、ヴアァ……」


 ゴーストは立体映像なので撃ったそばから消えていくが、ゾンビは役者なのでビビりもせずに撃って来たことに戸惑いつつも、役者魂を見せて倒れていった。



 というかゆずが微動だにしていない。

 怖がっているわけではないだろうが、いつまでもここにいると後ろが詰まってしまうので、俺はゆずの手を引いて出口へ向かうことにした。


「ゆず、早く行こう……」


 振り返らずにゆずの手を取ろうとして……。


「――よしっ! き、きゃ……え?」


 ――もにっ。


 ……? 

 おかしいなあ……左手で握っているはずのゆずの手ってこんなに柔らかかったっけ?

 確かにゆずの手はスベスベで柔らかいけどさ、今左手で触れているものはそれ以上に柔らかく感じるよ?

 

 おや? 

 ゾンビ達もどうして動きが止まっているんだ? 

 どうしてそんな信じられないものを見る目を向けてくるんだよ。

 役者魂はどうした?

 

 ……いや現実逃避はよそう。

 俺は覚悟を決めてゆずに振り返る。


 ゆずは何が起きたのか分からずきょとんとしていた。

 問題はその下だ。



 俺の左手がゆずの胸を鷲掴みにしていた。



 そう認識した瞬間、すぐに手を離した。


「「……」」


 そして沈黙。


 うわああああああやっちまったああああああ!!!!!

 これだけは避けてきたのに! あれだけ警戒していたのに!!

 こんな……こんな大衆の面前で……。


 冷や汗がダラダラ流れ出てきた。

 やばい……これは非常にやばい……。


 ようやく状況を飲み込んだゆずが顔を真っ赤にして悲鳴を上げるのにそう時間は掛からなかった。


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