66話 色仕掛けしかない
一時間程で水着を選び終えたゆず達は、次に海外でも店舗を出しているランジェリー系がメインの有名ブランドのお店に来た。
「服もだけどその前にブラから見て行こっか。ブラに限らずゆずの下着ってデザインが地味なやつしかないしね」
鈴花がそう理由を説明するが……。
「待って下さい鈴花ちゃん。どうして私の下着のデザインを知っているのですか!?」
「いや~、前にゆずの部屋に行った時にちょっと気になって……つい……」
「ついじゃありません!!」
鈴花があまりにも当然のように自分の下着のことを言い始めたため、ゆずは憤慨する。
いくら同性とはいえ、別の人に自分の持っている下着を見られるのはあまりいい気分ではない。
「あんな地味な下着じゃつっちーを誘惑出来ないです!」
「天坂さんも知っていたんですか!? 誘惑!? 私の下着と司君に一体何の関係があるのですか!?」
友人からのまさかな一言に驚いたのも束の間、今度は翡翠がとんでもないことを言い出した。
何故自分の下着と司が関係しているのか疑問に思ったゆずはそう問い質さずにはいられなかった。
「いや大アリだって。
「どういう意味ですか!?」
「なんて言ったらいいのかなぁ……お菓子の包み紙を取ったら中身が美味しくなさそうだった~みたいなもんなんだけど……」
「は、はぁ……?」
鈴花の例えにゆずはお菓子の中身と自分の下着がどうしてもイコールで繋がらず、困惑するしかなかった。
「とにかく、司が狼になるくらいの下着があればいいの!」
流石にこれだけ言えば伝わるだろうと鈴花は恥ずかしさを押し殺してそう言い放った。
しかし……。
「鈴花ちゃん……司君は人間ですから狼にはなりませんよ?」
「「え?」」
ゆずの言葉に鈴花と翡翠が声を揃えた。
本当に意味を理解していないゆずに翡翠が恐る恐るといった感じに問いかける。
「ゆ、ゆっちゃん? さっき言ったつっちーが狼になっちゃうっていうのは比喩表現で、本当にそうなるわけじゃないです」
「え、そうなのですか? ではどういう意味なのですか?」
「ええ……と、その……えっと……」
(ひょっとしてゆずに性的比喩表現は伝わらないの?)
ゆずがここまで鈍いとなると鈴花はそう思わずにはいられなかった。
一瞬彼女の日常指導係である司はどうして教えておかなかったのかと思ったが、男性である司が女性のゆずに性的比喩表現のことを教えたら日常指導にかこつけたセクハラだと思い至り、少しでも八つ当たりしたことを心内で謝罪した。
「お、狼は狼です……」
「それは分かります。私が聞いているのは司君が狼になるというのは一体どういった意味の比喩表現なのかです」
「う、えうぅ……」
十三歳の少女にも容赦無く性的比喩表現の解説を尋ねるゆずに、翡翠は顔を赤くして呻くことしか出来ないでいた。
見てられないと思った鈴花は助け舟を出すことにした。
「ゆず、送り狼ってどういう意味か知ってる?」
「当然です。女性を自宅に送る際に男性が暴行する行為という意味ですよね」
「そうそう、その送り狼とアタシ達が言った司が狼になるっていうのは同じ意味なの」
「? 司君は私に暴力を振るったりしませんよ?」
「そっ、あー……」
そこまで分かっていてなんで気付かないと思わず口に出かけた鈴花は寸でのところで堪えた。
司への好意が成せる信頼なのか、純粋なゆずに鈴花は意を決してゆずの耳に顔を近づけて、真相を教えることにした。
「あの、鈴花ちゃん?」
「ゆず。遠回しに言わずに普通に言うよ……ゆずと司が性行為に及ぶ時に、ゆずの下着が地味だと司の性欲が削がれるの」
「――ッッ!!!?????」
鈴花の言葉を一秒にも満たない速さで理解したゆずは、鈴花の両肩をがっしりと掴んで、前後に大きく揺さぶり始めた。
「どどどどど、どうして私と司君が、そそそそそんなああああああああっっ!!???」
「おおおおおおお、落ち着いてえええええええっっ!!?」
「わわ、すーちゃんの首ががっくんがっくんってなってるです!?」
「お客様!? どうされましたか!?」
ゆずが羞恥心から来る暴走は、店員が来るまで続いた。
五分後、何とか落ち着いたゆずは改めて下着を選ぶことにした。
先程翡翠と鈴花の話を気にしているわけではないと自分を誤魔化す。
丁度新しい下着を買いたいと思っていたところで、自分の下着は普通の人から見れば地味なようであり、断じて司君とは関係ないと誰に言うでもなく言い訳を頭の中で浮かべる。
「う~ん、これも微妙ですね」
いくつか手に取って肌触りを確かめたり、体の前に重ねたりしてみたが、これといっていいものが決まらないでいた。
「ゆっちゃん、まだ決まらないのです?」
「あ、天坂さん。はい、どれがいいのか……」
「それならひーちゃんが選んで来てもいいです?」
「いえ、そんな……お願いしてもいいでしょうか?」
「はいです! せっかくなのですーちゃんにも選んでもらうです!」
翡翠はそう言ってゆずの下着を選び始めた。
つい断りそうになったが、こういったところから人に頼る癖をつけていかないと学習しないと考えたゆずは翡翠を止めることなく、二人が下着を持ってくるまで自分もある程度見繕っておこうと再び手に取って探す。
「ゆっちゃん、お待たせしたです!」
十分ほどで下着を選び終えた翡翠がゆずの元へ戻ってきた。
「お疲れ様です。早速見せて頂いてもよろしいですか?」
「はい!」
翡翠から受け取った下着を見て、ゆずはちょっと時間が止まったような感覚がした。
翡翠が選んだ下着は――フリルとリボンがこれでもかと装飾されたデザインだった。
確かに可愛さという点では良いが、ゆずはこんな下着が自分に似合うとは思えなかった。
「えっと、天坂さん……私にこのような可愛らしいデザインは合わない気がするのですが……」
「だからこそです! その可愛い下着を着たゆっちゃんをつっちーが見たらメロメロになること間違いなしです!」
「あの、さっきの話題は忘れようということになったはずですよね?」
合わないのではというゆずの意見を、翡翠はむしろそれがいいと言い張り、聞く耳を持たなかった。
だが何事も挑戦だと知っているゆずは、このフリフリの下着を着た自分が司の前に立ったイメージを浮かべてみた。
……。
……。
(司君が観ているアニメの魔法少女達はこういったフリルとリボンの衣装を着ていることが多いですよね……もしかしたら……)
ひょっとしたら司はああいった可愛らしい服装が好みなのかと考えた。
が、そもそもこれは下着……自分から見せに行くなんてハレンチな行為が出来る勇気はゆずになかった。
しかしここで一つの事実に気付いた。
(そういえばどうして司君に見せる前提なのでしょうか?)
同性ならまだしも男性の
なら余計なことは考えず、自分に合うか否かで選べばいいと結論付けた。
「んーねえ翡翠、流石にそれはお子ちゃま過ぎない?」
「えーっ絶対こっちのほうがいいです!」
鈴花も下着を選び終えたようで、ゆずと翡翠のところに来た。
翡翠は鈴花の言葉に納得いかないようで、ぷくっと両頬を膨らませて可愛いは正義と主張する。
「む~、じゃあすーちゃんはどんな下着を選んできたのです?」
「よくぞ聞いてくれた! アタシが選んだんはこれだよ!」
鈴花は自信満々に自分の選んだ下着を見せた。
――やたらと布地の少ない到底下着と呼べるかも怪しいデザインのものを。
「却下です!!」
ゆずはすぐさま却下を下した。
どうしてそんなきわどい物がショッピングモールにあるのか甚だ疑問だが、今はそんな下着を選んできた鈴花の相手に集中することにした。
「鈴花……一体なんの冗談ですか?」
「いや、最初は普通に選んでたんだけど、どうせならゆずの体で誘惑する方向がいいんじゃないかって思って、攻め攻めなやつを選んでみた」
「そんなものは下着じゃなくてただの紐じゃないですか!! 絶対に嫌です!」
「え~」
鈴花が不満げな表情を浮かべるが、ゆずはそれを着るつもりもなくその表情をしたいのはこっちだと声高に主張する。
「でもこれだったら司もメロメロに……」
「その話題を蒸し返すのは止めて下さい!! どうして言われた側が言わなければならないんですか!?」
どうして二人して自分の下着姿を司君に見せる時を想定しているのか分からなかった。
しかし、ここでまた鈴花の持つ下着のような紐を身に着けた自分の姿を想像する。
……。
……。
(……司君もこんないやらしい下着が好きなのでしょうか……もし、もしそうでしたら、一回だけ……)
そこまで考えて、ゆずは首を横に振ることで邪念を払った。
(ですからどうして司君が出てくるんですか!? そんな格好を司君に見られたら恥ずかしくてまた顔が合わせ辛くなってしまいます!)
病院で自分の魔導少女としてのルーツを語ってからはゴールデンウィーク明けの時のように司を避けることは無くなったものの、依然としてふとした瞬間に司のことを考えたり、近くにいるだけで動悸が早くなる状態は続いている。
それがゆずの中でも知識として把握している感情だと気付いていないのは本人だけである。
「とにかく天坂さんはいいとしても鈴花ちゃんはちゃんとTPOを弁えた下着を選んでください!」
「はぁ~い」
「ひーちゃんももっと可愛い下着を選んでくるです!」
鈴花と翡翠は再びゆずの下着選びに専念しだした。
数分後に二人が持ってきた下着はさっき選んだ物はなんだったのかと問い詰めたくなるような、ゆずに合わせた白とレースの無難なデザインだった。
「最初の二つは悪ふざけだったんですね?」
「あ、バレたー?」
鈴花はわざとらしくにひひと笑ったことでゆずの問いに肯定した。
呆れて物も言えないとはこのことかとゆずは鈴花を責める気力も失せた。
だが部屋に帰った際、鈴花が選んだ下着のサイズが少し大きめだったことにはメールで苦言を呈した。
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