48話 和良望季奈の夢


 放課後、ゆずは真っ先に席を立って鈴花と一緒に教室を出た。

 一瞬俺の方に視線を向けるが、俺はそっちに目を向けることなく鞄の中に詰める教科書やプリントを整理していた。


 一応今日も射撃訓練場に行くつもりだが、その後に恒例となっている食堂での談笑には行かないつもりだ。


 正直昼の鈴花との会話で俺はゆずに避けられていることを明確に理解した。

 まぁ、なんで急にゆずが俺を避け出したのかは分からないけど。


「なぁ、司。なんか並木さんと喧嘩でもしたのか?」


 俺とゆずの様子がおかしいことに気付いたのか、石谷がそう話しかけてきた。


「……別に。今日は鈴花と過ごすつもりみたいだし、俺だっていつもゆずとだけ過ごすわけじゃないんだよ」

「まぁ、そうだろうけどさー、てか司も機嫌悪いな」

「別に、なんでもないって……」


 内心の苛立ちを隠すように俺がそう言うと、石谷があることを尋ねてきた。


「じゃあ昼休みに並木さんを追い掛け回した理由は?」

「――は?」

「いや、〝何を馬鹿な〟って表情されても、学年中で噂になってんぞ?」

「……あー」


 鈴花の言う通り、昼間の追いかけっこは相当まずかったらしい。

 苛立ちと入れ替わるように湧いた罪悪感で、俺は言葉にならない声が出た。


「そんな反応するってことはマジか……ってもしかしてあれか? 並木さんと絶交を言い渡された司が、彼女に捨てられるヒモみたいに縋ろうとして、結局関係を修復出来なかったっていうことか!?」

 

 なんか勝手に盛り上がりだした。

 しかもなんだその事実無根な妄想。


「え~何々? じゃあ司が妙に落ち込んでるのは、並木さんと仲良かったって自負が崩れてるからってことか!? やあああああい! ざまああああああああm9(^Д^)プギャー」


 ……。


「絶交かい? ねぇねぇ、どんな気持ち? リア充の仲間入りをしたと思ってたら突然疎遠になって、どんな気持ち?」

 

 ……。


「ぎゃっははははは! 並木さんと一番仲が良かったメガネが隣にいない今がチャンス! 早速デートのお誘いに――って止めて司、なんで俺の両手を縄跳びで縛るの? 俺はノンケで――え、なんで俺のズボンの裾をまくってふくらはぎを出したの? ふくらはぎフェチってことなん――待って!? その手に持ってるガムテープで何する気!? やめて! すね毛が生えてる俺のふくらはぎにガムテープをペタペタ貼るのは止め――」

「――ふんっ!」


 ――ベリィィィィィィ!!

 ――ブチブチブチブチブチィ!!


「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!!!」

「……ふぅ」


 不必要に煽ってくる石谷を折檻した俺はかなりすっきりした。

 

「いやああああ! す、すね! 俺のすね毛がああああああ!!」


 悶える石谷を余所に、俺は教室を後にした。


 オリアム・マギ日本支部へ向かう道中にある商店街を通っている際、聞き覚えのある声が聞こえた。

 誰か知り合いでも絡まれているかと思って服屋と本屋の間にある細い路地に行ってみると……。


「せやから、ウチはこれから用事があるからナンパはお断りやゆうとるやろ!」

「いいじゃんどうせ大した用事じゃないでしょ? 君みたいな可愛い娘とお茶したいっていう俺たちのささやかなお願いを聞いてくれるだけでいいじゃん~」

「そうそう、てか関西弁で着物着てるとか超レアじゃん、っべー、マジ可愛いじゃん~」


 季奈がチャラ男sに絡まれていた。

 うわぁ~、白昼堂々とナンパするなよ……。


 とはいえ、ナンパ対象に季奈を選んだのは納得できないこともない。


 ゆず程ではないが、季奈もかなりの美少女だ。

 艶のある黒髪とちょっと吊り上がった黒目、小ぶりな鼻に柔らかそうな唇、着物を着ているが故の奥ゆかしさなど、十人通りすがれば九人は振り返るほどだろう。


 ゆず? 十人中十人が振り返るよ?

 多分柏木さんも同じくらい。

 鈴花は……十人中八人くらいか……。

 翡翠は十人中七人くらいだな、ただしその十人がロリコンだった場合は十人フルで振り返るかもな……。


 ってなに分析してるんだよ、早く手助けしよう。


「季奈、奇遇だな~、こんなところでどうしたんだ?」


 ナンパからお助けするときの決まりセリフを言う。

 俺をみた季奈は〝いいところにきた〟と言わんばかりに表情を和らげ、チャラ男達は煩わしそうな感情を隠しもせずに顔に浮かべて俺を睨む。


 うん全然怖くない。

 見た目強面なカツアゲおじさんの睨みでどうも思わなかったんだから、チャラ男二人分くらいどうってことない。

 

「つっちー、ええとこにきたな! なんやこの兄ちゃんらに足止め食らってな~、どないしようか思うてたんや」

「ああん!? 何、おたくこの娘の知り合い? 俺らが誘ってんのにしゃしゃり出てんじゃねーし!」

「そうだそうだ! テメーみたいな眼鏡お呼びじゃねえんだどっか行け!」


 はいテンプレどうも~。

 唖喰に比べたらほんと生ぬるいな。

 とはいえ往来で殴り合いの喧嘩をするのはよろしくないので、この場合はあれしかないだろう。

 俺は腕時計のリュウズ部分を押し込む。


「なに時計いじってんだ!? こっち見ろよ! 人が話してるときは目を合わせろってママに教えられてねえのか?」


 あいにくだが、俺の母親が教えたのは女の子を赤面させる目の合わせ方だけだ。

 あれほんとなんの役に立つんだ? 

 普通に目を逸らされてるんだけど。


「あ、つっちー……それって……」

「サツ呼ぼうたってそうはいかねえ! 今ここでボコってy……え?」


 まあそれは驚くよな。

 なにせ目の前に銃が現れたんだから。

 俺は転送術式で取り出した魔導銃の銃口をチャラ男達に向ける。


 チャラ男達はあからさまに後ずさる。

 まぁ当然の反応だ。


「警察なんか必要ないよ。こいつで十分だ」


 俺がそういうとチャラ男Aが「ひいぃ」と声を漏らすが、チャラ男Bが反論する。


「う……ど、どうせエアガンかモデルガンだろ! そんなおもちゃ怖くなんかねえぞ!」


 残念ながら本物でございます。

 といっても信じてもらえないだろうから、ここはもうちょっと強く脅す。


「……偽物かどうか……あんたらの体で試してみようか?」


 俺の出せる精一杯の睨みつけをおまけすることも忘れない。


「「ぎゃああああああごめんなさあああああいい!!!」」


 チャラ男達は我先にと言わんばかりに一目散に去っていった。

 もう出している必要もないため、もう一度腕時計のリュウズを押して魔導銃を転送する。


「いや~お見事やったな~つっちー! なんやカッコええとこあるやん」

「あの人達が思い込みしやすい方で良かったよ、マニアだったら逆に通報されてたかもしれないし」

「そうやないくらいすぐに見破ったくせに謙遜せんでええって~、けどそれでウチが手ぇ下す必要はなくなったからええけどな」


 まぁ、季奈がケリを着ける形でもよかったんだけどな。

 いくら魔導の攻撃術式が人に無害だからって、魔導少女には暴漢対策がいくらでもある。

 それでも困っている女の子を見捨てる選択肢は最初からない。


「で、季奈はなんで商店街に?」

「や~せっかく東京に来たからちょいと観光しようか~ってぶらついとったんや、そしたらあの兄ちゃんらに絡まれたっちゅうのが事の顛末やねん」


 軽いな……。


 というか学校はいいのか?

 確か季奈は十六歳って聞いたけど……。


「季奈は学校に行かなくていいのか?」

「ん~ん。高校には行ってへんで。ウチの最終学歴は中卒や」


 マジか。


「いくら組織に所属しているからってちょっと将来設計が甘くないか?」

「進路相談の先生に〝夢のために高校には行かん〟って啖呵切ったくらいやで?」

「それは……先生も驚いただろうな……普通は夢のために高校に行くって言うはずからな」

「せやなぁウチはバリバリの理系で数学と理科の成績は県でてっぺんやったし、有名な数学者や物理学者を輩出しとる有名大学から来とった推薦蹴ったからめっちゃびっくりしとったで?」

「びっくりどころじゃねえだろ!? 学校側からすれば折角のチャンスを不意にしただけの馬鹿にしか見えないからな!!?」

「あっはっはっはっは!! 確か先生も似たようなこと言っとったわ!」

「てか中学生の段階で大学の推薦ってことは、季奈も飛び級の成績を誇ってたってことかよ……」


 まぁ〝術式の匠〟なんて呼ばれるくらいだから頭が悪いわけないだろう。

 しかし季奈といいゆずといい、魔導少女って基本的にハイスペック(一部を除いて)なんだな。


 けど、俺はちょうど季奈に聞きたいことがあるんだった。

 これはある意味でチャンスだと思ってある提案を出してみる。


「なあ季奈、ちょっと聞きたいことがあるからそこらへんの喫茶店に入らないか?」


 おれがそう言うとさっきまで明るかった季奈の雰囲気がなにやら訝し気なものに変わった。

 あれ~? なんか間違えた?


「……あんなつっちー、ウチをナンパから助けてくれたんは嬉しいんやけど、熱が冷め止まんうちに喫茶店に誘うっちゅうのはどうかと思うで……」


 ……。

 あああああああああ!! 

 ホントだ! 

 俺ナンパ紛いなこと言ってる!!

 と、とにかく目的を話そう!


「いや、違う! 別にやましいことがあるわけじゃなくて、なんで季奈は魔導少女になったのかって気になって……」

「あ~、なんやそうゆうことかいな……それなら早よそうゆうたらええやん紛らわしいわ~」


 季奈が呆れたように言う。

 うん、紛らわしいこと言ってすみませんでした。


 そんなやり取りのあと、俺たちは商店街にある喫茶店の中に入った。

 組織の構成員ご用達の喫茶<魔法の憩い場>だ。

 内装は店主の趣味で昭和な印象を受ける感じになっていて、変に着飾った店よりよほどいい雰囲気なところだ。


「ほ~、こんなええ雰囲気の喫茶店があるんやな~、てかここで話してええんか? ほかの人はおらんけど、マスターに聞かれたりは……」

「それは大丈夫。ここのマスターも店員の娘さんも裏の関係者なんだ」


 俺もゆず達と唖喰や魔導の話をするときにも活用しているのですっかり常連になっている。


「ほうほう、ええとこしってるんやな~、とと、つっちーはウチが魔導少女になった理由が知りたいんやったな?」

「ああ、まあ聞いといてなんだが言い辛いなら無理には聞かないからさ……」

「ええよ、別に減るもんでもあらへんし……せやなー、まずウチの家系のあらましから説明しやないかんのやけどええか?」


 それで話が分かりやすくなるならと思い頷く。

 季奈もならよしといった感じで話を進める。


「和良望家は代々魔導士の家系で、魔力持ちの男女で婚姻させとるから生まれた子供は男女問わずみ~んな魔力持ちっちゅう特別な家系なんや」


 え? 

 ちょっと待って? 

 代々?

 というよりそれは……


「魔導士になるべくして生まれるってことは、戦いの宿命を背負っているみたいなものじゃないのか?」

「まさにその通りや。うちも大勢の親戚がおるけど皆魔導士か、隅角のおっちゃんみたいなサポート専門の形で唖喰と関わっとる」

「……それは……」


 それはとても勇ましいものを感じるが同時に生き方を決められているようなものじゃないか……。


「あはは、別につっちーが気に病むことあらへんよ? 洗脳教育でもされとるんやったら別やけど、そうゆうこともあらへんし、なによりウチはちゃんと自分の意思で戦おう思うてるんやで」


 俺の不安を払うように季奈が言う。

 それならよかった、ただ自分の子孫にまで戦いを強いるご先祖様とやらの意思を許すわけではないが。


「まあ和良望家のことはこんくらいにして、うちの戦う理由の一つはそれが宿命やからっちゅうことや、んでもう一つに入る前につっちーに質問してええか?」

「なんだ?」

「魔導って便利やと思わんか?」


 季奈の質問内容を少し吟味する。

 確かに四肢の欠損という大怪我をあっという間に治したり、コストがかかるが遠くへ一瞬で移動できるなど便利ではある。あるのだが……。


「全部魔力ありきで成り立ってるからなんとも言えないな……俺みたいに魔力があっても操れない奴もいるし」

「おおお、ええとこ突いとるやん! せや、魔導の技術は全部魔力っちゅう神秘の力を動力源にしたものしかあらへん。唖喰もやけどこの魔導技術も表に漏れることを防がなあかんことの一つやっちゅうのは知っとるやろ?」

「ああ、初咲さんに最初に説明された」


 その神秘の力を狙って悪行に利用されるのを防ぐためだと聞いている。

 しかし、季奈は首を横にふる。


「確かにそれもあるんやけど、一番重要なのは技術の使用権を巡って戦争が起きる可能性が高いっちゅうのがあるんや」


 突然告げられた〝戦争〟という言葉に俺は耳を疑った。


「なんでだ? 魔導の技術は魔力がないと使えないだろ?」

「一般人に使えへんっちゅうのが問題なんや」


 季奈曰く、治癒術式で怪我を治せるのは魔力のある人だけで、魔力のない人には術式の治癒効果が作用しない。


 これはゆずの魔導の授業でも教わったことだ。


 だが魔導の技術が世間で広まった場合、その関係で魔導の技術の恩恵がある魔力がある人は無い人を見下し、魔力の無い人は技術の恩恵を受けられず差別を受け始める。


 やがてその差別に耐えかねた人達は武器を取って攻撃に出るだろうという。


 俺はそこまで聞いてようやく季奈達の懸念する事態に思い当たる。


「……〝魔導の攻撃術式は人に無害〟……」


 そう、武器を取った人達に対して魔導士達は攻撃手段を持っていないのだ。

 為す術もなく蹂躙された魔導士達は壊滅し、魔導士達がいなくなるということは、唖喰への対抗する術もなくなり、世界は唖喰に食い尽くされてしまう。


「神秘の力の実在が知られるだけでこんな流れる様に破滅に向かっていくのかよ……」

「政府や組織が必至こいて情報操作に勤しんどるけど、それは唖喰っちゅう世界共通の敵がおるからや。みんな一つに向いとるから魔導の技術提供なんかも頻繁にされとるけど、皮肉なことに唖喰を倒した後のことを見据えて技術を独占しようとした偉いさんもおったくらいやしな~、いつの世も人は変わらんちゅうこっちゃ」


 変わっていれば七大罪なんていうものは無いだろう。

 傲慢、嫉妬、憤怒、暴食、色欲、強欲、怠惰……。


 宗教者なんかがよく言う〝人は生まれながらにして罪を背負うものである〟という言葉はいつまで経っても変わらない人の欲を差しているのだろう。


 かなり重い空気になっている。

 それを払うように季奈が両手をパンっと合掌させる。


「まっウチの戦うもう一つの理由はそんな魔力のない人らにも、魔導技術の全部は無理でも一端は使えるようにする、魔導の技術で世界を幸せにするんがウチの夢なんや。そうしたら戦争なんて起こらんやろ?」

「……夢」

「そう夢の為や、ウチが〝術式の匠〟なんて呼ばれとってもまだ夢の欠片を掴めてすらおらへんほど、自分でも呆れるくらいでっっかい夢のためや」


 そう言って季奈は二カっと笑った。


「季奈なら叶えられるって願ってるよ」


 俺は素直にその夢を称賛する。

 俺に出来るのってそれくらいだしな。


「それじゃ俺は射撃訓練場に行ってくる、季奈はどうするんだ?」

「もうちょっとゆっくりしてから観光の続きでもするわ、なんや色んなこと話してもうたけど、楽しかったでつっちー」

「こっちこそ、うっかり魔導のこと口走っちゃいけないって思い知ったよ」


 そう言って俺は季奈の分の代金を払ってから店を出た。

 季奈に言った通り、魔導や唖喰のことはますますバレるわけにはいかないな。


 季奈が魔導少女として戦う理由を知った俺は、ゆずと仲直りしたら彼女の戦う理由を聞こうと決めた。

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