49話 小さな体の大きな想い


 翌日。

 鈴花の言葉通り、ゆずが落ち着く(?)までそっとしておくことにした。

 

 俺の態度の変化が気になるのか、昨日と同様に授業中常にゆずから視線を感じていた。


 俺とゆずが仲違いをしているような状況は、うちのクラスだけじゃなく、他のクラスや他学年にまで伝わっていたようで、ここぞとばかりにゆずに告白しようと呼び出す回数が急激に増えた。


 そのせいで時たまゆずから話しかけられるのだが、すぐに告白の呼び出しをする男子が後を絶たないため、中々話すことが出来ないでいた。


 だがここでちょっと不思議なことがある。

 それは俺とゆずが疎遠になって男女の反応が違うのだ。


 男子は石谷やファンクラブのように〝ざまぁ〟な反応なのだが、女子は俺達にメッチャ優し気な目を向けるが、好奇心むき出しな反応なのだ。


 どうしてそんな反応をするのか、クラス委員の中村さんに聞くとこんな返事が返ってきた。


「ええ~、だって……ねぇ……////」


 そう言ってはぐらかしてきた。

 答えになってねえ……。


 もちろん、組織の方でも俺とゆずが喧嘩をしていると話題が上がっている。

 季奈と初咲さんからは鈴花と同じようにそっとしておけと言われているし、工藤さんもため息をつくだけで何も言ってもらえなかった。


 柏木さんにはゴールデンウィーク中も明けた後も予定が合わず会えないままだし、隅角さんはニヤニヤするだけだった。


 俺の親? 厄介事しか持って来ないので論外。

 最近俺の元気がないことに対して〝恋か? 恋なのか? んん?〟と石谷並にウザイのだ。

 ゆずと疎遠になったことを打ち明ければ、確実に要らぬ下世話を仕掛けてくる。


 そんなこんなでゆずからのチラチラと男子からの嘲りと女子からの好奇という三つの視線を一身に浴びた俺は、放課後にオリアム・マギ日本支部で射撃訓練をしていた。


 やはり経験を積むというのはとても大事なことで、最初は十発に一回にしか的に当たらなかったのが、十回に六回も命中にさせられるようになった。


 理想としてはの〇太くんみたいに百発百中を目指したいけど、そこまで行くのにはまだまだ遠い。


 ちなみにこうして射撃訓練場にいるが、ゆずと合流はしていない。

 というより日常指導係を引き受けてからゆず側に予定がある時以外、一切会話をしない日は初めてだ。

 

 そのことにどうしても寂しさを感じる。


「……俺の日常にもゆずが溶け込んでた証拠かな」


 あの子と他愛の無い話をしたり、尋ねられたことに答えたり、魔導と唖喰の事を教わったり……日常指導係を引き受けたばかりの頃の理想の関係には確かになれていた。


 けど、それがどうしてか突然ヒビ割れ始めた。

 

 ゆずは急によそよそしくなるし、鈴花や季奈は事情を知っているのに、俺に教えることはない。

 まるで皆から一人置いてけぼりにされている気分だ。

 

 ……まぁ、ちょっと悲観的になっているだけかもしれないけど。


  一通り撃ち終えたところで、射撃訓練場の入り口が開いた。

 誰が入って来たのかと思ってそっちに目をやると……。


「あ、つっちー。お疲れ様です!」

「お、翡翠か。今日も元気そうだな」

 

 ブカブカのジャージを着て、薄緑の長髪を揺らしながら翡翠が飛び込んできた。

 俺は翡翠に怪我をさせないように抱き留め、彼女を下ろした。


「そういうつっちーはなんだか元気ないです」

「そうか?」

「そうです! ひーちゃんでも分かるくらい元気がないです!」


 ゆずとすれ違っていることが顔に出るくらい相当心に来ているみたいだ。

 なんだか情けないな。


「元気がないといえばゆっちゃんも元気がないです!」

「ゆずが?」


 俺がそっとしておくころで、ゆずは元の調子に戻るはずなのに、どうして元気がないんだ?

 

「俺が近くにいないのにか?」

「むしろつっちーといる方が元気に見えるです」

「はあ……?」


 翡翠の言っていることって、鈴花達の言っていることと矛盾してないか?

 俺といるとゆずが落ち着かないのに、俺がいないと落ち込むなんて、おかしい。


 ……いや、おかしく、ない。

 ゆずの状況に当てはまるのが一つだけある。


 けれどそれは、聞く人によっては俺が自惚れているとしか思えない程出来過ぎていることだ。

 

 そんなわけない。

 今はそう思うことにした。


「そ、そういえば、翡翠はなんでここに来たんだ?」


 ちょっと強引かもしれないが、話を逸らすために翡翠が射撃訓練場に来た理由を尋ねてみた。


「つっちーがいるからです!」

「ああ、ようは俺目当てなのか……」


 また俺と遊ぼうと思ったわけだ。

 ギュッとして欲しいと言われても、今日は断るけど。


「そういうわけなのでドーン、です!」


 そう言って翡翠が俺に抱き着いて来たので、俺は翡翠に怪我をさせないように床に座った。

 相変わらずの懐きっぷりだ。

 

「なぁ、翡翠。中学の友達とかにも同じように抱き着いたりしてるのか?」

「してないです。女子はともかく男子はひーちゃんを見る目がやらしいので、軽蔑の目線を返しているです」


 この子割と強かだな。

 でも逆になんで俺ならいいのかっていう疑問が残ったぞ。


「俺だって男なんだけど……」

「つっちーならいいです!」

「その信頼は何処から出てくるんだよ……」


 一切含みを持たない百パーセントの信頼はありがたい。

 けど俺はロリコンじゃないけど、こうも女の子にしょっちゅう抱き着かれていると、色々我慢すべきものがあるのでしんどい。


 それを分かっていないような頻度で抱き着くBカップの女子中学生……。


「いつか襲われても仕方ないぞ……」

「その時は身体強化術式でボッコボコにするだけです」

「そうだった、この子も魔導少女なんだった!!」


 重傷を負って前線から退いたとはいえ、翡翠は立派な魔導少女だ。

 ゆず同様そこらの男では相手にならないことは明白だった。


「それにつっちーはお兄ちゃんに似てるです!」

「……お兄ちゃん? 翡翠にお兄さんがいるのか?」


 初耳だった。

 というか、俺は翡翠の家族が今どうしているのかとか、彼女がこのオリアム・マギ日本支部の居住区に住んでいることとか、その辺りの複雑そうな事情を察しておくべきだった。


 初めて浮上した翡翠の兄の話で、彼女に何か辛い思いをさせないかひやひやしている俺の心情を余所に翡翠は話を続ける。


「お兄ちゃんはちょうどつっちーみたいに眼鏡を掛けていて、ひーちゃんが何度も抱き着いても笑ってくれたです」

「……その、今お兄さんはどうしているんだ?」

「お兄ちゃんはひーちゃんのパパと一緒に外国に行っちゃいました」

「――そうか」


 憶測でしかないが、翡翠の両親は離婚して父親と兄が外国に渡り、翡翠と母親がこの地域に残ったということだ。


 まだ小学生だった少女にとって、突然家族がバラバラになったことはどれだけ寂しく辛いことだったか、性格面でロクでもないとはいえ、両親がいる俺にはきっと分からない。


 彼女が人によく抱き着くのはそう言った寂しさを紛らわすためなのかもしれない。


 昨日季奈に魔導少女になった理由を聞いた時、彼女は代々魔導士を輩出する家系だったからそれに倣っただけだと言っていた。


 なら、目の前の翡翠は家族が離れ離れになった後、どんな経緯で魔導少女になったんだろうか……。


「翡翠は、なんで魔導少女になったんだ?」


 俺がその疑問を口にすると、翡翠はきょとんとした表情になった。

 ……やっぱ聞いちゃ不味かったか?


「悪い、言いたくないなら――」

「ひーちゃんは魔導士に憧れたからです」

「え?」


 言いたくないならいいと言おうとした俺の言葉に被せる様に翡翠が答えた。

 

「憧れたって、俺みたいに魔導士に助けられたってことか?」

「はいです。ひーちゃんが魔導少女になった時、まさに助けてくれたその人がひーちゃんの教導係になってくれたです」


 そう語る翡翠の表情は、今までみた元気ハツラツなものから打って変わって、過去の情景を懐かしむような感じだった。


「ひーちゃんのママが唖喰に殺されちゃった時、助けてくれた魔導士はひーちゃんの初戦闘の時まで、色々面倒を見てくれたです」

「……初戦闘の時まで」


 翡翠は初戦闘の時、唖喰に下半身を食い千切られた。

 じゃあ、その翡翠を治癒術式で治したのは、彼女の教導係だった魔導士で、すぐに死んでもおかしくなかった翡翠がこうして生きているということは……恐らく、重傷を負った翡翠を助けるために亡くなったのだろう。

 

「悪い、辛いことを思い出させちゃったな」


 翡翠にとって辛いであろう出来事を思い出させてしまったことに謝罪すると、彼女は何でもないという風に首を振った。


「あの人のおかげでひーちゃんはこうして元気でいられるです。それに自分の命を助けてもらったのに、自分が死んじゃえばよかったなんて言ったら、その人が命を掛けて助けた意味がないです」


 翡翠は悲観するでもなく、ただ悠然と答えた。


「だからひーちゃんは今が幸せです! つっちーやきーちゃん、ゆっちゃんにすーちゃんが一緒にいてくれるからです!」

「あっはは、俺もそこに入っているなら光栄だよ」

「むしろつっちーが一番です!」


 暗い話をしたのにも関わらず、翡翠の明るさは一切衰えなかった。

 

 その時の翡翠は、俺よりよっぽど達観していたように見えた。


「ひーちゃんは誰かに抱き着くことで、自分や抱き着いている人が生きていることを実感出来るから、ギュッとするのもされるのも大好きです」


 唖喰に下半身を食い千切られるなんて、即死でもおかしくない致命傷を負いながらも奇跡的に生きた翡翠は、ひょっとしたらどの魔導少女よりも命の大切さを重んじているのだろう。


 命が大切だと知ったから、それを守りたいと思い、謳歌しようと決める。

 彼女と同じ歳の中学生どころか、大人ですら早々に気付けないことを、翡翠は知ったんだ。


 少しでも後悔しないように。


「……翡翠は凄いな。俺も唖喰に襲われたことで命と日常の大切さを解ったつもりだったけど、まだまだ理解が甘かったな」

「命が大切さは誰でも口で言うのは簡単です。でもつっちーみたいに実感できる人はほんの一握りなので、つっちーは全然良い方です!」

「それは仕方ないだろ、普通の人は戦争を知らない人がほとんどなんだから」


 むしろそういう平和な日常を知っている人達に関わってほしくないって気持ちがあるから、より唖喰との戦いに奮起する人もいるだろう。

 

 その人達と比べて俺は一体何をやっているんだろう。

 言われるがままそっとしておけと言われて、そうするしかないなんて決めつけて……。


 ただ茫然と待つだけなんて出来るわけがない。

 

「後でもう少し積極的になっていたら、なんて後悔したくないからな……」


 何をすればいいのかなんて全く解らないけど、何もしないことだけはしたくないってことだけが解っただけマシだろう。


「つっちー、この後食堂でおやつを食べたいです!」

「はいはい、仰せのままに」


 翡翠からのお誘いを受け、俺は床から立ち上がった。

 その後食べたアイスクリームは俺の奢りだった。

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