47話 変わらない日常、変わる心


 連休があっという間に終わり、今日は連休明けの登校日だ。


 出勤前の両親にゆずとの仲をしきりに聞いてくるのをスルーして自分の準備に入ろうとした時、スマホにゆずから連絡が入って来た。


 昨日の戦闘後、ゆずの様子が変なことに気付いたものの、その理由を知る前にゆずがその場から立ち去ってしまったので、真意は分からずじまいだった。


 どんな内容なのかとメールを開いてみると……。




『拝啓

 

 吹き抜ける風がなんとも心地よく感じる今日このごろ、いかがお過ごしでしょうか。

 日頃わたくしの日常指導係にご尽力されていますこと、心より感謝を申し上げます。

 私共もおかげさまで変わりなく元気で過ごしておりますので、なにとぞご休心ください。

 本題でございますが一身上の都合により、これまでご一緒させて頂いた毎日の登下校を、誠に勝手ながら無期限の契約停止を願い出たい所存でございます。

 木の芽どきの体調の崩しやすい季節です。お身体をおいといください。


敬具』


 固っ!?

 なにこれ!?

 

 いかがお過ごしも何も昨日普通に会って会話してただろ!!?


 なんで朝っぱらからこんなよそよそしいメールを送ってくるんだ?

 

 と、とりあえず了解の返事は送っておこう。


 さて、やっぱり昨日のあの時、何かゆずの機嫌を損ねるようなことをしたのかもしれない……。  

 

 なら俺はゆずに謝るべきなんだろう。

 ただし、何に対して謝るべきかしっかり把握しておかないと余計に不機嫌を買うことになる。


 まずはあの時の行いで何が悪かったのかを考えよう。

 

 えっと、ゆずにお疲れ様って言って、なんでか一人で黙っていたからどうしたのかと思って駆け寄ってみたら顔を背けられて、戦いで疲れていたから頭を撫でたらあたふたし出してどこかへ行ってしまった……。


 戦いで疲れていたのに頭を撫でたせいか?

 

 状況的にはそれしかなさそうだし、そのあたりのことを謝ってみるしかないか。

 学校でゆずに会ったらそうしよう。


 そう決めた俺は学校の制服に着替えて、家を出た。


 学校について教室に入ると、既にゆずが教室に来ていた。

 なにやら鈴花と話をしているようで、時々笑い合ったりしている。


 どうやら一晩休んだから体調は良くなっているみたいだ。


「おはよう、ゆず」


 俺は二人に近づいて挨拶をした。


 途端、俺に気付いたゆずがなにやらギョッとしたあと、俺の視界から隠れるようにして鈴花の後ろに回った。


「え……っと?」


 ゆずの行動に俺がポカンと呆けていると、ゆずは鈴花の耳にごにょごにょとささやき出した。

 

 どういうことだ?

 機嫌が戻っているかと思ったら、俺に対してなんか態度が違くないか?


「『おはようございます竜胆君』だってさ」

「呼び方が戻ってる!?」


 ゆずの伝言を受けた鈴花の通訳に俺は驚いた。 


 友達になってからずっと司君呼びだったのに、今日になって出会った当初の竜胆君呼びに戻っていた。

 嫌だったの!?

 そんなに頭を撫でられるのが嫌だったのか!?


「ええっと、ゆず? 俺が悪いことをしたなら、謝りたいんだけど……」


 突如築き上げられた心の壁に戸惑いつつ、ゆずにそう言うとさっきと同じように鈴花にこしょこしょと囁いた。


「『竜胆君は何も悪くありません』だって」

「え、ええ……じゃあなんで朝のメールといい、そんなによそよそしいんだ?」

「っ(ブンブン)」


 俺の言葉を聞いたゆずが鈴花の肩越しに首を横にブンブンと振ったのが分かった。 


 あー、今のは通訳なしでも伝わった……〝言えません〟ってはっきりと伝わった……。

 よっぽど頭を撫でられるのが恥ずかしかったのか……。


 確かに教室じゃ人目があるし、こうなったら昼休みの時に屋上で話そう。

 

「じ、じゃあ、また後でな」

「うん、またね」

「っ!(コクコク)」


 動きで感情表現するとかまた新しい属性つけてんな、なんて内心可愛いと思いつつ、俺は自分の席に着いた。


 余談だが、まだ席替えはしていないため、ゆずの席は俺の隣のままだ。

 だからというか、授業中にやたらゆずの視線を感じるんだけど、いざそっちに目を向けると身体強化術式を発動してるのかと思うような反射神経を発揮して、サッと逸らされるもんだから目を合わせることが出来ない。


 なのに俺が机や黒板に視線を戻してしばらくすると、またチラチラと視線を感じる。


 一体なんなんだ?


 そんなゆずのよく分からないチラチラ攻撃に耐える羽目になった午前の授業が終わって昼休みとなった。

 

 俺が声を掛ける前にゆずはチャイムと同時に鈴花の席に行ってしまった。

 

 早……なんて思ったのも束の間で、ゆずに屋上に行こうと誘うために二人の席まで行こうとしたら、俺の席の前に石谷がやってきた。

 

 ……なんか今にも人を殺しそうな顔で。


「おい、司、お前連休中は何をしていた?」

「なにって……色々」


 ほんとに色々やってたからなぁ、ゆずと水族館デートに行ったり、俺の家に泊まったり、季奈が来たり……去年は一人でアニメマラソンしてた記憶しかないからかなり新鮮に感じる……。


「その……色々に……並木さんと水族館にデートに行っていたというたれ込みがあった……!!」

「えっ!? マジか!? うわぁ、学校の誰かに見られてたのか……」

「いやあああ!! 大してDO☆U☆YO☆Uしてないのが超腹立たしい!! うちのクラスの大梶と横村がみてたんだよ!!」


 ああ、うちのクラスでトップクラスのバカップルか……。

 連休初日に水族館デートが被ったんだな……。


「めっちゃオシャレした並木さんがお前に褒められて微笑んだのを大梶が見惚れて横村にブン殴られたって聞いて〝ざまぁとチクショウが合体してこんにちは〟な気分だよ!!」


 あの時のカップルの中にいたのかよ!!

 それでも今現在教室の隅で弁当の食べさせ合いっこしてるあたり、破局はしてないようだな、横村さんって懐広いな……。


「お前、前に柏木さんのことでゆずにこっぴどく罵倒されていただろ? まだ懲りてないのか?」

「ふっふっふ……今日の俺にはちゃんとお前と並木さんの関係を問い質す立場があるのだよ!!」


 妙にテンションの高い石谷をよそに、俺は目でゆずと鈴花の様子を窺っていた。

 良かった、まだ会話をしているみたいで教室の中にいた。


「クラスメイトだからとかそんな理由か?」

「ブワァカめ! 今日の俺は会員数百人の〝並木ゆずファンクラブ〟の一員としてお前に聞いているんだよおおおおおお!!!」


 いつの間にそんなのが出来たんだよ!!

 それにお前が入会してることも驚いたが、ゆずの男子人気が留まることを知らなさ過ぎだろ。


「うん、まあ、ゆずがイルカショーを見たいって言ってたから連れて行ったぞ」

「ま、マジなのか……、お前は友情より美少女を取るような奴だったんだな……」


 確かに連休中に石谷から遊びの誘いがあったが、どれもこれもタイミングが遅く、既に予定が埋まっていたため、丁重にお断りしたのだが、どうやら全てゆずのためにと思われてたみたいだ。

 

 大体あってるけど。


 そんな話をしている間にゆずと鈴花が教室を出ようとしてるのが視界の端に映った。

 

 うおお、早く追いかけないと……!


「もういいか? 用事があってそろそろ屋上に行かないといけないんだよ」


 石谷の聞きたいことには答えたので、教室を出ようとすると大勢の男子たちが入り口を塞いできた。

 

 え、何これ? 

 

 突然の包囲にちょっとビビると、全員の胸ポケットに果物の柚子に〝F〟と描かれた缶バッジがあった。


 まさかさっき石谷が言ってたゆずのファンクラブの会員達か?

 俺がちょっと驚いていると髪を七三分けにした瓶底の眼鏡を掛けた三年生の先輩が前に出て来て……ってうちの生徒会長じゃねえか!!


「会員ナンバー001の金田かねだだ、竜胆司君、君が並木さんと仲が良いのは知っている」


 ナンバー001って生徒会長がファンクラブの創設者ってことか!?

 酷い話があったもんだな……。


「会員規定第十三条〝並木さんは高嶺の花であるが故に我々男子が軽々しく触れてよいものではない、視界に入れて愛でろ〟というものがあり、君はそれに大いに違反している」


 いや会員じゃないから知らんし、規定内容が気持ち悪いよ。

 視界に入れて愛でろってなんだよ。


「大いに違反って……俺はゆずとは友達なのでやましいことは……」


 彼服とか添い寝とかしたけど、手は出していないのでセーフのはずだ。

 俺がそう返すと生徒会長は右手の中指で眼鏡をクイッっと上げる。

 

 うわぁムカツク……。


「な、並木さんを呼び捨てにする上に友達とは……彼女はけがれを知る必要はないんだぞ!?」


 穢れってなんだよ、そんな特別扱いされても嬉しくないだろう……。


「そうだ、しかも彼女と手を繋いだり、デートに行ったり、君は友達という立場を利用してなにを企んでいるんだ!?」

 

 日常指導係として日常生活を知ってもらってるんだよ……とは言えない。

 今では普通に友達してるから、その役目にあんまり拘ってはいないけど。


「企んでるもなにも普通に友達として仲良くなりたいってだけですよ」


 魔導や唖喰の説明を避けるため、こういった無難な回答しかできない。

 

「会長達がゆずのことが好きなら、告白するなりしても俺はなんの邪魔もしませんから」


 俺が会長達の敵じゃないことを伝えるため、そういうと会長はわなわなと震えだした。

 

「わ、我々に会員規定一条〝並木さんと交際という傲慢な夢は捨てろ〟の規定違反をしろというのか!!?

 並木さんだけでなく美人なお姉さんとデートに行く奴の言葉など信用できん! 会員一同、何がなんでもこの男を並木さんのもとに行かせるな!!」

「「「サー、イエッサー!!!」」」


 ファンクラブなのにえらく卑屈な規定があるんだな!?

 てかなんで会長も柏木さんと映画に行ったことを知っているんだよ!?

 

 石谷か!?

 アイツが会員達にリークしたのか!?

 

 会員達が俺を取り押さえようと手を伸ばして来た瞬間……。



「一体何をしているのですか?」



 底冷えする程冷え切った声が聞こえた。

 声のした方向を見てみると、鈴花と教室を出て行ったはずのゆずがそこにいた。


「な↑並木さん!? こ、ここ、こんにちは!! ど、どしてこちらに!?」


 生徒会長が滅茶苦茶動揺する。両手がわたわたしててとても挙動不審だ。


「こんにちは、金田生徒会長。なにやら騒がしいので来てみたのですが……どうして司君を襲うとしているのでしょうか?」


 ゆずはそう言って生徒会長達を睨みだした。

 おおう、朝に比べて機嫌が悪い……こんなゆず初めてみた。


 あと竜胆君呼びが司君呼びに戻ってる。

 本当にどうしたのだろうか……。


「い、いや、竜胆君は我々ファンクラブの会員規定全二十条を全て違反していまして……」


 マジで!? 

 それが司法だったら死刑すら生温い極刑に処されそう……。


「私が司君とどう過ごそうとあなた方に口出しされる言われはありません。付き合う相手は自分で決められますが、少なくともあなた方は必要ありません」

「「「「ゴブファアッ!!??」」」」


 ゆずにはっきりと軽蔑されたことで心に致命傷を負った会員達が次々と崩れ落ちた……。

 特に生徒会長が一番酷い。

 だって眼鏡が割れてるんだもん……何も触れてないのに感情の起伏で割れるとかホントにあるんだな……。


 屍となった会員達を尻目にゆずが俺を見た。


「司君、大丈夫ですか? すみません私がご迷惑をかけてしまったみたいでして……」

「いいや、ゆずが悪いなんてことはないぞ、会員達のヘイトを買った俺が悪いから……」


 ゆずといつも通りに接してるだけでとんでもない恨みを買ってしまったが、それでゆずとの交友を辞めろと言われようがそんなつもりは微塵もない。


「それより、偽ラブレターの時といい、また助けられちゃったな。ありがとう」

「いえ、私はそんな――ぁ」


 俺がゆずにそうお礼を言うと、ゆずはふわりと微笑み……突如ハッとしたような表情になった。


「あ、ああ、うぅ……」


 会員達を断罪した時と打って変わって気まずそうにしていた。

 

 そういえばゆずは何故か俺によそよそしい態度を取っていたのに、俺を助けてくれたんだな。

 多分俺を助けたのは無意識だったのかもしれない。


「す、すす、すみません、竜胆君!」

「え、ちょっ!?」


 ゆずはバッと振り返って走り去ってしまう。

 俺は慌ててゆずを追った。


 昼休みなので、何人もの他のクラスの同級生や上級・下級生とすれ違うが、そんなことをお構いなしに、俺はゆずを追い続けた。


 射撃訓練を始めてから体力作りも兼ねて鍛え始めたけど、一朝一夕に成長するものではないし、唖喰と五年も戦ってきたゆずに追いつけるはずもなく、ゆずに距離を開けられないようにするのが精一杯だった。


「ゆず! 待ってくれ、話を、聞いて、くれ!」

「っ!」


 俺がゆずに食い下がれている理由は、途中で何度呼びかけると、ゆずが足を緩める時があるからだ。


 そうしてゆずが三階の階段に差し掛かるT字路の廊下を左に曲がった。

 俺も同じように左に曲がり……。



「チェストオオオオオオオッッ!!!」

「んぐぺっ!!?」



 鈴花の右腕によるラリアットが炸裂した。

 普通なら鈴花のやわな筋力で簡単にラリアットが決まるわけがないのだが、ご丁寧に身体強化術式を使っていたため、見た目以上に俺の首にダメージが入った。 


 鈴花はそのまま右腕を振りぬき、俺は後頭部を床に叩きけられた。


 ……。


「治癒術式発動」

「いきなり何するんだよ!!?」


 首と頭に受けた衝撃で気を失った俺は、鈴花が発動した治癒術式によりすぐに覚醒した。

 

 しかし、そのせいでゆずを見失った。


「いや、アタシのラリアットが思ったより綺麗に入ったから、打撲とかしただろうし治癒術式で治しといたから大丈夫でしょ?」


 確かに体のダメージはきれいさっぱり消え失せ、さっきまで走っていて息も絶え絶えだったスタミナも回復したが、心の傷は治せていないので、俺は起き上がって鈴花に訴えた。


 鈴花の方はというと、何故か不機嫌な表情になっていた。


「白昼堂々女の子を追い掛け回す悪漢を成敗しただけだよ?」

「悪漢ってなんだ!? 俺はゆずと話がしたいだけで何もする気はなかったんだって!」

「じゃあストーカーね」

「どっちにしろ俺が悪者扱いなのに変わりねえよ!?」


 あんまりといえばあんまりな鈴花の態度に俺は真っ向から噛みついた。

 しかし、鈴花は動揺することなく悠然としていた。


「……なぁ、もしかしてゆずが俺によそよそしい態度を取る理由を知っているのか?」

「……一応ゆずから事情は聴いてる」

「っ、なら――」

「悪いけど、今回はアタシはゆずの味方だから、司に教える気はないよ」

「え、な、はあっ!?」


 事情を知っているのに、俺に教える気がないという鈴花の言い分に俺は動揺を隠せなかった。


「俺がゆずの日常指導係だって知ってるだろ? 今のゆずの様子は明らかにおかしいし、その原因が俺なら謝って仲直りしたいんだよ!」

「それで廊下でゆずを追い掛け回すなんて、いくらゆずのためだからってやって良いことと悪いことの区別もつかないの?」


 鈴花は俺に厳しい視線を向けることを止めない。

 ああ、くそ。

 何がなんだか分からない。


「悪いことをしたから謝ろうとしてるんだよ!!」

「なにを謝りたいわけ?」

「た、戦いで疲れていたところで、頭を撫でて悪かったって――」

「うん、それじゃダメだね」

「はああっ!?」


 何でなんだ!?

 鈴花がバッサリ切り捨てたことに、俺はますます混乱した。

 

「なんでダメなんだよ!? じゃあ他に思い当たることなんて何も無いぞ!?」

「そもそも前提が違うっての。司に対するゆずの態度が変わったのは、誰のせいでもないってことだよ」

「誰のせいでもないって……それじゃ納得できるわけないだろ!?」

「別に司の納得なんて今のゆずに何の影響もしないよ。いいからしばらくはゆずをそっとしておいてあげなよ」


 鈴花は俺の意見を一切寄せ付けず、そう言い切った。


 なんだよ、それ。

 昨日まで普通に話せていたのに、なんで急にこんなことになるんだよ……。


 色々受け入れがたい事柄に不満を募らせた俺は、昼食を食べることも忘れて午後の授業を受けた。

 もちろん教室にはゆずが居たが、午前中と違って俺がゆずの方に顔を向けることはなかった。

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