42話 最高序列の五人


 和良望わらもち季奈きな……着物を着た彼女はそう名乗った。


「魔導銃の制作者……魔導少女ってことはまだ未成年なのか?」

「せや、ウチはうら若き十六歳やでぇ、つっちー」

「つっちーって……俺の名前は竜胆司なんだが……」

「ああ、司を噛んだからつっちーってことやねんな……」


 和良望さんは翡翠のことをひーちゃんって呼んでいたから、二人は以前から交流があったのだろう。

 すぐに翡翠のつっちー呼びがどんな経緯で生まれたのか察したようだった。 


「まあ、呼びやすいし、ウチもつっちーって呼んでええかな?」

「そこはご自由に……」

「ん、それやったらよろしく頼むわな、つっちー。ウチのことも季奈って呼び捨てにしてもうて構へんでぇ」

「分かった、季奈」


 関西人らしいコミュニケーション能力の高さを発揮する和良望さん……じゃなくて季奈。


「製作者ってことは魔導銃の試験を観に来たってことなのか?」

「せやで、まぁ麻酔銃くらいの威力はあるってゆうても、実際に唖喰本体にぶち込まなわからへんけどなぁ」


 季奈はそう言うが、実際の効果を確かめるのに今はまだ戦場に連れて行って下さいなんて言うつもりは毛頭ない。


 いや、ビビりというかまだ俺自身が魔導銃の扱いに慣れていないせいなんだけどな。


「それにしても関西弁ってことは、季奈は関西に住んでいるのか?」

「その通り、生まれも育ちも大阪やでぇ」

「ってことは大阪から新幹線で東京まで来たってことなのか……」

「んや、転送術式でちょちょいと来たんやけど」

「ああ、そういえばそんなのがあったなぁ……」


 未だに転送術式による移動方法に慣れない。

 転送術式の存在を知ってから一度も使ったことが無いせいか、事ある毎に忘れちまうな。

 

 いくつか制限があるとはいえ、こうして季奈が大阪から東京まで来れるもんなぁ……。


「あ、せやせや、おっちゃん。これ新しい術式のデータ入っとるからチェック頼むわ」

「おう、どれくらいあるんだ?」

「ざっと二百はあるで」

「多いわ!! くそっ、早く終わらすぞチビ!」

「はいです! それじゃつっちー、きーちゃん、またです!」


 季奈から受け取ったUSBメモリを持って、隅角さんと翡翠が射撃訓練場を出て行った。

 流石に俺でも二百個の術式が多いっていうのは分かった。

 

「隅角さんにいつもチェックを頼んでいるのか?」

「おっちゃんは日本支部どころか組織全体でも一番の技術者なんや。ただ本人はごっつメンドくさがりで、自分の興味が向く仕事しか受けへんねんて」

「魔導銃の制作、請け負ってくれてよかった」


 知らなかったとはいえ、あの人の興味を引く依頼を出せたのは何気に凄い幸運だったんだと思った。


 俺が自分の運に関心をしていると、射撃訓練場に誰かが入って来た。

 部屋の入口に目を向けると、隣の訓練場にいたゆずと鈴花がこっちに来ていた。


「訓練お疲れ様です司君……ん?」

「あれ、その着物の人初めて見るね?」


 二人はすぐに和良望さんに気付いた。


「……和良望さん? いつ頃関西からこちらへ?」

「おぉ~、ゆず~。お久しぶりやなぁ!」


 やはりというか、ゆずと和良望さんは顔見知りのようだ。

 まぁゆずは五年も戦い続けているからだが、そうなると和良望さんって何者なんだ?


「ゆずと着物の子って顔見知りなの?」

「はい、和良望さんは最高序列に名を連ねる五人の内の一人、序列第五位〝術式のたくみ〟と呼ばれていまして、こと術式に関しては世界中の魔導士の中で右に出る人はいないと言われています」

「「さ、最高序列?」」


 俺と鈴花が聞き慣れない単語に声を揃えて呟いた。

 いや、名前からしてなんか強い魔導士の事を指すっていうのは分かるんだけどね。


「最高序列っちゅうのは世界各国にいる魔導士の中で最も優れた五人のことやねん。ウチは序列第五位……つまり全魔導士の中で五番目に強いって感じで覚えとったらええで」


 えええっ!? 

 それってすごいことじゃ……それなら魔導銃の転送術式の仕組みを作るくらいお茶の子さいさいってわけだ。


「すごぉ、やっぱそれだけの戦闘経験と才能があるんだ……」


 かつて才能に胡坐をかいて痛い目をみた鈴花は特に関心しているようだった。

 実際に唖喰と戦ってきた鈴花だからこそ、俺と違って季奈の凄さをより実感しているのかもしれないな。


「まぁ~それほどでもあるんやけど、それをゆうたらゆずかってそうやろ~?」

「……上層部は些か早計かと」

「え、なんの話だ?」


 季奈はゆずに関する何かを知っているらしく、気になった俺は二人に尋ねてみた。


「え……その言い方やとつっちーはゆずがなんて呼ばれとるのか知らへんの?」


 何故か季奈から信じられないという視線を向けられた。


「あ、ああ魔導のことは時間がある時に調べてはみているんだけど、最高序列のことは何も知らなくて……」


「はっはぁ、まだ恥ずかしがっとるんかぁ? ええ加減認めたらいいやん」

「そうは言いますが、まだ私には早いのでは?」

「いやいや、なんも謙遜することはあらへんやろ、なぁ……最高序列第一位〝天光てんこうの大魔導士〟さん?」

「……え?」

「……ゆずが、序列第一位……?」


 季奈がゆずを指して呼んだ肩書きにポカンとする俺と鈴花。

 そんな俺達をみてゆずが居心地悪そうにしながら答える。


「その……至らぬ身ではありますが、私はそう呼ばれています……」


 マジか……。

 いや、たしかに魔導士が十数人必要な攻撃術式を一人で発動できる魔力量はあると聞いていたが、そのゆずが序列一位だとは思わなかった。


「一位さんは保有する魔力量と戦闘技術は二位以下と比べもんにならへんからな」

「そんな、この前の戦闘でも怪我をしましたし……」

「それは唖喰がそんだけあくどいのんと、あんたが特攻しすぎなだけや」


 それは納得だ。五年という経験があるのに怪我が絶えないのは、戦い方にごり押しや特攻が目立つからだ。


 いくら治癒術式で治せるからってあまりにも無謀すぎる。

 むしろそんな戦い方を5年もやってきて生き残っているほうが奇跡だろう。

 

「うわぁうわぁ! じゃあアタシ、世界最強の人が教導係になっててくれてたんだ!」

「そんな最強の人の優しさを踏みにじったこともあるけどな」

「ふぐぅ……」

 

 鈴花はゆずが全魔導士で最強であると分かって、目を爛々らんらんと輝かせていたが、そんなゆずの忠告を蔑ろにして死にかけたことを告げると、途端に崩れ落ちた。

 

 ゆずが優しかったから良かったものの、そうじゃなかったらグランドローパーに殺されていただろうから、俺にとっても鈴花にとっても心底ゆずが序列一位で良かったと思った。


「和良望さん、それで今日はどのようなご用事でこちらに?」


 ゆずが季奈にそう問いかける。


「新しい術式を幾つか開発して、その最終調整を隅角のおっちゃんに頼みに来たんのと、つっちーに魔導銃を渡すためやで」

「魔導銃……連休前に司君が隅角さんに制作を依頼したというものですよね?」

「ああ、それがこれだ」

「おおぉ、それって本物の銃?」

「俺も同じことを言ったけど、本物だよ」


 魔導銃の事はゆずと鈴花にも話してある。

 依頼自体は相談も無しにしたことだけど、いざという時に自分の身を守れるものを作ってもらっていることは伝えおく必要があると思ったからだ。

 

 ゆずには「そうならないよう、私が護衛しましょうか?」という彼女が最強の魔導少女であることを知った今は、尚更頼もし過ぎる提案をされたが、流石にそこまでゆずに頼り切りというのも俺の中にある小さなプライド……要は男の意地が許さなかったので断った。


「ゆずと季奈が第一位と第五位っていうのは分かったけど、他の三人はどんな人なの?」


 鈴花が二人にそんな質問をした。

 俺も単純な好奇心だが、気にはなっていたので、賛同するように首を縦に振った。


「そうですね……訓練後ですし、ここで立ち話するよりは場所を変えてからの方がいいですね」


 ゆずがそう提案し、俺達は反対することなく受け入れた。

 

 そういうことで所変わってオリアム・マギ日本支部の地下二階にある食堂にやって来た。

 ここの食堂はバイキング形式で、予め食べ物が用意されていて、飲み物はドリングバーとなっている。

 

 料金は食事の量によって換算される。

 しかも支払い時に組織の構成員であることを示すカードを認証させると、社員割引が適用される。


 ……組織の人間しか利用できないのに、社員割引とか意味ないだろって思ったけど。


 ともかく、話の続きも兼ねて俺達は食堂で昼食を摂ることにした。

 俺は手軽にラーメン、鈴花はサンドイッチを三個、ゆずはバイキング形式なのに関わらず非常に栄養バランスが取れた焼き魚定食っぽい感じで、季奈はざるそばだ。


 料理の味を堪能して、腹を満たした後、ゆずと季奈以外の最高序列に名を連ねる三人の話が再開された。


「下位から説明していきます。まずは序列第四位〝聖霊せいれい歌姫ディーヴァ〟。フランス支部所属の魔導士です」


 フランス……芸術の国とも言われている国らしく、二つ名もそれっぽいな。

 妙な痛々しさには目を瞑るとして。

 

「万人を魅了してやまない歌声を持つ魔導士であり、魔力量は最高序列の中で二番目に多いと言われています。また教会のシスターという一面もあるため、一部からは聖女とも呼ばれています」


 聖女と来たか……。

 第四位ではあるものの、ゆずに次ぐ魔力量とは驚きだ。

 その時点で鈴花とは大きな差があるわけだ。


「フランスにある教会は組織の支部っちゅう一面もあるんやけど、歌姫がいる教会だけ寄付金が他の教会に比べて十倍近くも差があるらしいで」

「それってゆずや季奈の例に則ってその人も美人だったりするの?」

「どのような例かはさておき、美しさだけなら最高序列で一番だと小耳に挟んだ記憶があります」


 いるだけで寄付金十倍って……寄付したら握手券配布とかアイドル商法でもやってんのか?

 本人もそっちで一番とか不服だったりしないだろうか?

 まぁ「ワタクシが一番美しいわ!」みたいな高飛車な人柄なら喜んでいる可能性もあるかもしれないけど。


「次は序列第三位〝占星せんせい魔女ストレーガ〟。一応イタリア支部所属の魔導士で、最高序列の五人の中では最年長や」


 季奈が続けて第三位の人物を明かした。

 ちなみに最年少はゆずであり、最高序列に名を連ねるだけでなく、第一位であるというのは過去に第一位の座に就いたことがある魔導士の中でも最年少記録だとか。


「一応ってどういう意味なの?」 


 第三位の説明で引っ掛かって部分を鈴花が尋ねた。

 すると、ゆずは何故か呆れたような口調でその意味を教えてくれた。


「彼女は最高序列の五人の中で最も自由奔放と言われている魔導士で、一カ所に留まることなく世界各地を放浪しているからです。長い時は半年も行方をくらますため組織でもその足取りを掴めないことが多々あるそうです」


 思った以上にフリーダムな理由だった。

 しかも組織の情報網を潜り抜けるとか、年に一回とかそういうんじゃなくて、常習犯なんだろうと察することは出来た。


「えぇ……三番目に強い人が自分の国にいないとかイタリア支部の人達は怒ってないの?」

「またかって呆れとる人は多いんやけど、旅先で唖喰に遭遇したら討伐はしとるみたいから、唖喰を倒すんやったら好きにしたらええわ~ってスタンスみたいやで」

「テキトー過ぎない?」


 そのあたりは日本人にはわからない外国人特有の感覚だろう。

 そこを突っ込むのは野暮なので、続きを促す。


「序列第二位〝破邪はじゃ戦乙女ヴァルキリー〟。アメリカ本部に所属する魔導少女です」

「ほえぇ~、ゆずと季奈以外に未成年で最高序列に……しかも第二位に就いた人もいるんだ」

「実際、それだけの実力はあるしな~。唖喰が出たって聞いたらすぐ駆けつけて殲滅してくくらい唖喰討伐に専念してはるから、当たり前やねんけどな」

 

 破邪と呼ばれるのは唖喰討伐に積極的だからという部分が大きいのかもしれない。

 言うなれば悪・即・斬みたいな感じだ。


「さらに戦闘技術だけを見れば、一応第一位である私を越えているとの噂もあります」

「一応って、またそんな謙遜せんでもええやんか」

「何度も申し上げますが、第一位の座は私には分不相応です。もっとふさわしい人……それこそ戦乙女が適任でしょう」


 そう言い切るゆずの表情には、謙遜も驕りもなくただ事実を述べているだけだという思いを顕わにしていた。


 人伝ではあるがゆずが強いというのは、鈴花や柏木さんに聞いたことある。

 多くの魔導士や組織の人間がゆずの実力を評価して第一位の座に選ばれたというのに、ゆず本人はどうも乗り気じゃない。


 関係があるかはわからないが、ゆずが魔導少女として唖喰と戦う理由と関わっているのかもしれない。

 その理由がゆずが自分を分不相応と卑下する要因なのか……未だその理由を知らない俺にはわからない。


「……と、私と和良望さんを除いた他の最高序列の人達の説明は以上です」


 ゆずはそう言って話を終わらせた。

 

「はぁ~、最高序列なんてトップファイブがいるとか、二つ名がどれも中二痛いとか、色々思うところがあり過ぎて一言で言えないや」

「中二って……確かに思ったけどさ」

「まぁ、ウチもどうかと思うんやけどな」

「上層部が決めたこととはいえ、二つ名などどう考えても不要としか思えません」


 鈴花の二つ名が痛いという発言にその場にいた全員が賛同した。

 ゆずだけは微妙にベクトルが違うけど、概ね似たようなものだろう。


 というか二つ名を決めたの上層部かよ。

 

 案外余裕だな世界を守る組織。

 なんて思いながら過ごした日の夜、鈴花から唖喰の侵攻があると聞いた俺は、ゆず達の安否をいち早く知るために急いでオリアム・マギ日本支部へと向かった。

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