43話 第一位と第五位の共闘 前編


 司達と昼食を共にした日の夜、ポータルの出現による唖喰の侵攻を知らせる警報が響いた。

 

 ゆずは廃ビル群を通り抜けて、唖喰のポータル出現地点である港に向かっていた。


 道中、ゆずは自分の右手首を眺めてみる。

 そこには黄色と緑の糸で編みこまれ、四日前に司からもらったミサンガがあった。


 部屋でストレッチをしている時に警報が鳴ったため、その場で魔導器を起動させて魔導装束を身に纏ったゆずは、ふとテーブルに置いてあったミサンガが目に留まった。


「……お守りというくらいですから、一応身に着けておいた方がいいのかもしれませんね」


 誰に言うでもなくそう呟いたゆずはミサンガを手に取って、右手首に巻き付けた。

 グレーで統一された武骨な魔導装束の上に巻かれた黄色と緑のミサンガは浮いていたが、ゆずは特に気にならなかった。


 彼は自分もだが、それ以上に他人が傷付くことを酷く嫌う節がある。

 というのも血が苦手だそうだ。

 ゆずが唖喰の攻撃でボロボロになった時も、車に轢かれた野良猫の死体を見た時も、嫌そうな表情をしていた。


 特に鈴花が魔導少女として戦うことにはいい顔をしなかったところからもそれが顕著だ。

 

 負傷が絶えない戦闘で誰かが傷付いてほしくないという彼の想いは、人によって優しさか甘さのどちらか……あるいは両方に感じられるだろう。


 少なくともゆずとしては軟弱だとは思わない。

 偽善ではなく本心であるからこそ、彼への信頼に繋がっている。


 ゆずはミサンガを通して司のことを思い浮かべると、死の危険がある戦いに赴くというのにほんのりと暖かい気持ちになった。


(司君と一緒にいると暖かい気持ちになると気づいたのは、司君の家に泊まらせて頂いたときですね)


 目が覚めたときに司から自分の寝相のことを聞かれたが、ゆずの寝相が良い方というより、むしろ微動だにしていない。


 が、どうやらその時に限ってゆずは司の布団に潜り込んだという。


(いくら友達の司君相手とはいえ、寝ぼけて自ら同衾どうきんを迫るだなんて、不自然です)


 不自然だが……不思議にも嫌だとは思わなかった。

 

 ゆずでも異性の布団に潜り込むことなど、そう簡単にしていいことではないことくらい把握している。

 

 だというのに、いざ司からその事実を聞かされた時、ゆずが感じたのは嫌悪感ではなく、初めて感じる幸福感だった。

 

 それと同時にとある不安が頭を過った。


 自分は彼に迷惑をかけてばかりではないか?

 彼は嫌々自分といるのではないか?


 そんな不安が挙げればキリがないほど浮かんでは消えていっている。

 しかし、不安の元となっている司と接している時だけは霧が晴れたように不安が消える。 


(変な気分ですね、司君と出会う前はこんなことは無かったのに……)


 ゆずは自分の中に今まで感じたことのない感情が生まれていることを自覚していたが、その感情がなんなのかが分からないでいた。


 連休中に鈴花に聞いてみても「え……いやいや、まさかそんな……」と動揺されたままはっきりした答えは貰えなかった。


 思考にふけっていると、目的地の港が見えてきた。

 港にある倉庫の屋根に先行していた季奈の姿を見つけた。


「おう、来たなぁゆず、奴さんらは団体でお待ちやでぇ」

「和良望さん……先に蹴散らしておこうという発想はなかったのですか?」

「やぁ~、建物たてもんの中にひしめいとる唖喰達を一人でやなんて無茶言われても困るわぁ」


 たはは~とゆずの苦言を受け流す季奈に呆れつつ、ゆずは季奈の格好に気付いた。


 その姿はゆずの魔導装束の造りとは大きく異なっており、和服をベースにしたものであった。

 季奈の魔導器である青薔薇の髪飾りはそのままに、赤い生地に金色の糸でススキの刺繍ししゅうが入れられており、黄色の帯からはだいだいの紐が太腿の位置まで垂らされている。

 裾の丈は普通の着物と違い、ミニスカートの長さであり、健康的な脚は白色のハイニーソックスで包まれ、ふくらはぎを覆う形のブーツは靴底が下駄のようになっている。


 その手には彼女の背丈を優に超える薙刀が握られていた。

 大薙刀と呼ばれる全長二百十センチを超えるそれが季奈の魔導武装である。


 季奈の出で立ちはまるで、和をモチーフにした魔法少女のような姿となっていた。


 それを見たゆずは疑問の表情を浮かべて季奈に問う。


「……あの、その装いはなんでしょうか? 以前共闘した時は和良望さんの魔導装束はそのようなデザインになっていなかったはずなのですが……」

「いや、地元で魔導少女の呼称を聞いた時に、面白そうやから外見だけでもそれっぽくしよっかって思ってな~、改造してん☆」


 なんとも馬鹿らしい理由にゆずはため息を出した。

 昼食の会話で季奈も上層部の考えに苦言を指していたが、ゆずから見ればどちらも同じように映った。 

「……とにかく、戦闘を開始しましょう」


 ゆずは気持ちを切り替えて戦いに意識を向ける。


「ほ~い、転送術式発動、ショートワープ」


 季奈が発動させた術式は、名称の通りにごく短距離のワープを可能にする転送魔法陣を設置するものだ。

 

 簡易的なものであるため一度使うと消滅するが、消費魔力は少なく済むようになっている。


 二人の足元に展開された魔法陣が発光した瞬間、二人は密閉されていた倉庫内に侵入した。


 建物内には先程季奈が言ったように唖喰が所狭しとひしめいているため足場がない。

 このままでは着地する前に唖喰の餌になるのがオチである。


 それなら足場を作ればいいだけである。


「「攻撃術式発動、爆光弾三連展開、発射」」


 ゆずと季奈は床を埋め尽くす唖喰に向けて声を揃えて術式を発動させ、攻撃を仕掛ける。

 

 地面を埋め尽くす唖喰達に六つのバスケットボールより大きな光の弾が落とされた。


 光弾が唖喰に触れた瞬間、大きな閃光を伴う大爆発が発生した。

 建物の中で爆発を起こした場合普通はただでは済まないが、術式による攻撃は唖喰以外には影響を及ぼさないため、唖喰が塵になって消えた以外の変化は倉庫内に起きてはいなかった。


 唖喰達が消えた地面に着地したゆず達は背中合わせになった。

 

 爆光弾で消し飛ばした唖喰は倉庫内にいた三分の一ほどであり、未だ唖喰は残っていた。

 先の一撃で全滅出来るとはゆずも季奈も全く思っていなかったが、幸運にもポータルを破壊したようであったため、少なくともこの戦闘中に唖喰が増えることはない。


 ゆずと季奈を食らうため、シザーピードが一体ずつ二人に攻撃を仕掛けた。

 

「攻撃術式発動、光刃展開」


 ゆずは魔導杖に光の刃を形成して、上から振り降ろされてきたシザーピードの攻撃をさばいて、その際に出来た隙を突いて反撃に転ずる。


「はぁっ!」


 ゆずが光刃を展開している魔導杖を左下から右上に斬り上げるようにして振り上げ、シザーピードを両断したことにより、相手を塵にした。


 その隙を突いてリザーガが突進を繰り出してくるが、ゆずは焦らずに半歩だけ動いて体の位置をずらす。それだけでリザーガは地面に衝突し、動きが鈍くなった。

 

 それを見逃すゆずではなく、右足に魔力を込めて上に振り上げ、ヒュンっと風を切る音共に踵落としを決める。踏みつぶされたリザーガは全身に魔力が流されて、その身体を消滅させる。


「ほいほいっと」


 季奈の方はというと、薙刀で袈裟斬りを決め、シザーピードが上下に両断され、塵になったのに目もくれず、前方に踏み込んで返しの逆袈裟斬りを放つ。

 

 シザーピードの背後にいた二体のローパーも塵に変える。

 

「カハァ!」


 今度は三体のイーターが季奈に目掛けて口から光弾を吐きだした。

 季奈は余裕を持ってサイドステップをして光弾を躱した。


「ほいっと」


 ただ躱すだけでなく、季奈は反撃として三本の苦無クナイ(刃渡り十センチ程のナイフのような手裏剣)を薙刀を持っていない左手で遠くにいる三体のイーター達に向けて飛ばす。

 

「グッガァ!!?」


 苦無は三本とも光弾を吐きだそうとしていたイーターに寸分の狂いなく突き刺さり、その瞬間光弾と同じように爆発を起こし、ゼロ距離で爆発を受けたイーター達は塵となって消えた。


 魔導武装は基本一人一つなのだが、季奈は術式以外の遠距離手段として苦無を使用している。

 それも司の魔導銃の銃弾と同じく、物質に魔力を貯める溜める術式を刻んでいる。

 しかも銃弾と違って大きさもあるため、イーターぐらいなら簡単に倒すことも可能とした。


「転送術式発動」


 爆発を起こした苦無は唖喰と共に爆散することなく無傷でその場に落ちるが、転送術式を用いて回収をするため、苦無を失くす心配もない。


「和良望さん、私は固有術式を発動させます。その間唖喰の相手をしてください」

「へぇへぇ、了解したわ!」


 ゆずが固有術式を発動させるための詠唱の際、無防備になるため、季奈がゆずの守りを請け負うこととなった。


 早速三体のローパーが赤い触手を伸ばしてゆずを捕らえようとする。


「おおっと~、邪魔すんのは堪忍な~」


 季奈は薙刀を構えて右下から左上に振るって、ローパーの触手を斬り落とし、続けてくるりと右へ一回転して斬撃を放って三体のローパーの内、二体を両断。

 その回転の勢いを利用して薙刀を残った一体に向けて投擲とうてきする。

 薙刀は高速でローパーを貫通し、体を塵と化して消滅させる。


 さらに季奈は空中にいる十体ほどのリザーガに向けて立て続け様に二十本程の苦無を投げつけていく。

 飛来する苦無はリザーガの数を四体にまで減らしたが季奈としては十体とも消滅させるつもりでいたため、少し歯痒さを感じてしまう。


「な~んてな、固有術式発動、絡繰からくり門展開!」


 四体のリザーガが回避した十本以上の苦無が倉庫の天井付近に展開された魔法陣に触れた瞬間、魔法陣から苦無が発射され、回避したはずのリザーガ達を貫いていった。


 季奈の固有術式〝絡繰り門〟は触れた物を転送させて反対方向に放つ魔法陣を展開するというものである。

 仕組みとしては単純に思えるが、短時間で転送術式を構築する技量・魔法陣を展開する座標の把握・苦無の軌道を予測など、必要な要素が揃って初めて可能な芸当であるため、〝術式の匠〟と呼ばれる季奈だからこそ出来る芸当と言える。


「お待たせしました。固有術式発動、ミストブレイク」 


 そしてゆずが固有術式の詠唱を完了したため、術式を発動させた。


 杖の周りにキラキラと魔力の粒子が舞い出し、ゆずがひとたび杖を振るうと粒子は彼女と季奈の周囲を取り囲むように広がっていった。


「シャアアアアア!」


 唖喰達は粒子を気にすることなく、二人に突撃をし出した。

 ラビイヤーは跳ねながら噛み付こうと、イーターは大口を開けて一口で噛み殺そうと、シザーピードは大きなはさみを叩き潰そうと、リザーガは突進攻撃で風穴を開けようと、それぞれが持てる手段で二人を殺そうと動いた。


 そうして粒子に触れた瞬間……。


「グ、ギ、アァ……」


 唖喰達は次々と爆散していき、塵となって消えて行った。


 固有術式〝ミストブレイク〟は粒子状に凝縮した魔力を散布する攻撃系の固有術式で、普通に粒子状にしただけでは、今のように唖喰を倒すには至らない。


 それを彼女の膨大な魔力量で以って強引に実現したのがこの固有術式で、その魔力消費量は鈴花なら一度の発動で魔力を使い果たすほどである。


「ふぅ、これでここの唖喰は全部倒せたんやな」

「はい、はぐれもいないようですし、今日は——」


 ビィーッ! ビィーッ!


 ゆずが今日の戦闘は終了と言い切る前に、再びポータル出現を知らせる警報が鳴った。

 

 そのことに喜納はうんざりとした表情をしながら腕をだらんと前に垂らして項垂れた。


「はぁ~、ツイとらんなぁ~。帰ろか~って時にまたポータルが開くとか……なんかあるんとちゃうんか?」

「……みたいですね」

「え、なんやその不吉な言い方……」


 警報と同時に探査術式を発動させ、ポータルの出現場所を探したゆずは、季奈の呟いた言葉に賛同した。

 そのことに季奈はとてつもなく嫌な予感を覚えた。


 ゆずが季奈の方へ目を向けてポータルの出現場所を告げた。


「ポータルが現れたのは丁度この港の海の中です」

「うっっわぁ~、今日厄日かなんかか……?」


 よりによって戦闘を行った場所から本当にそう遠くない場所にポータルが出現したことに、季奈は面倒くさいという表情を隠さずに嘆いた。


 そうして戦闘はまだ続くのであった。

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