41話 魔導銃完成


 ゆずと水族館デートに行った後、俺の家に泊まるという出来事から三日が経った。 


 あの後目を覚ましたゆずとは別段ギクシャクすることなく、昼にはゆずはオリアム・マギ日本支部へと帰って行った。


「で、司、どうだった?」

「こっちの勘違いで何もなかったよ」

「「またまた~」」

「……」

「……本当に何もなかったのか?」

「ああ」

「「か~ら~の~?」」

「ないって」


 ゆずが帰った後、両親とそんな会話があったが、俺とゆずの間に何もなかったことに純粋に悲しんでいた。

 

 男子高校生より落ち込む両親とかやっぱおかしいと実感した。



 そうして五月四日のゴールデンウィークの真っただ中、俺と鈴花はオリアム・マギ日本支部に向かうため、街中を歩いていた。


 鈴花には今日会った時点でゆずに変なことを吹き込んだ罰をすると脅しておいた。

 完全に自業自得なので、情状じょうじょう酌量しゃくりょうの余地も無しだ。


「ゆずから聞いたよ~、まさか彼服を仕組むとかアンタの両親って怖いわね……」

「ゆずが帰ったあと、ゆずが着てた服を洗濯しようとしたら、〝それを洗うなんてとんでもない〟って止めようとしてきたからな……」


 どうして高校生の息子より、親のほうが貪欲なんだよ。

 

「そういえば、寝てるときにゆずがベッドから俺の布団に落ちて来たんだよなぁ~、俺は何とも思ってないのに、〝ごめんなさい〟の一点張りでさ……」


 おれがそう言うと鈴花がニヤリと〝そういうことか〟という顔をしていた。

 え? 何その顔?


「鈴花、お前何か知ってるのか?」

「どうかな~? 繊細な女心のことだから簡単に教えられないな~?」


 あ、これ絶対言う気ないやつだ……。


「分かったよ、ゆずにも無理に聞いたりしない」

「ん、そうしてね」


 他愛のない話をしていると、目的地のビルの前についた。

 扉の認証機器にカードキーをかざして、セキュリティを解除する。

 そうして俺たちは建物の中に入る。


 地下とは思えない程のSF感漂う廊下を抜けていくと、黄色の髪が見えた、先ほど話題にでたゆずだ。


「おはよう、ゆず。この前はうちの親が悪かったな」


 俺がそう謝ると、ゆずは顔を少し赤くし出した。

 あぁ、添い寝事故のことを思い出したのか……。

 何気にゆずが顔を赤らめるのは初めて見たので、俺もつられて顔に熱が集まった。


「い、いえ、あの、気にしていませんので……」

「そっか、それじゃ俺は射撃訓練場にいるから」

「えっ? ああ、はい……」

「アタシたちも訓練場にいるからね~」


 そうして二人と別れて射撃訓練場へ向かう。

 拠点内を歩くこと五分ほどで目的地にたどり着く。


 この射撃訓練場はドラマなんかで出てくる軍や警察官のような射撃訓練が出来る。

 本当は専門の役職じゃないとできないことだから、法律違反しちゃったという罪悪感が半端ないけど、初咲さんや隅角さん曰く、“非常時なら仕方ないし、バレなきゃ大丈夫”とかいう前半はともかく、後半は安心する要素が皆無な助言をもらった。


 部屋に入ると、隅角さんと翡翠が既に居た。

 俺の姿を見るなり翡翠が飛びついて来た。

 

「あー! つっちー! おはようございますです!」


 一切遠慮なしの飛びつきを後ろに倒れないように踏ん張って受け止める。


「おはよう翡翠、連休中はどこか行ってたのか?」


 俺がそう聞くと、翡翠はニパッと笑って答えた。


「つっちーとゆっちゃんのデートを尾行しようと考えましたが、博士に止められたです!」


 こらぁ! なにしようとしてんだこの子!

 翡翠の行動力に呆れていると、声を掛けられた。


「おはようさん坊主」

「おはようございます、隅角さん」


 俺が今日射撃訓練に来た理由……それはゴールデンウィーク前に隅角さんに頼んでいた例のあれの試作品が遂に完成したという報せを貰ったからだ。


 そうして隅角さんから一つの銃を受け取った。

 手渡された銃を手に取ると思いのほか重さがあった。

 

 それは米軍で採用され、世界中で最も信頼性と知名度が高い拳銃〝ベレッタM92〟と呼ばれるものだった。

 全長217mmの9mm口径で、総弾数はマガジン一つに十五発となっている。

 

「ほら、これが試作品の銃で、その名も〝魔導銃まどうじゅう〟だ」


 ちょっと厨二臭い名称だが、そんなこと言えば唖喰とかも同じなので言わないでおく。

 

「う、おおおお……こ、これってやっぱ本物なんですよね!?」

「ったりめーだ。エアガンじゃ殺してくださいって言ってるようなもんだからな」

「つっちー、生まれたての小鹿のように全身がプルプルしてるです……」

「しっかりしろよ? これからのお前の武器なんだからいざって時にまで慣らしておけ」


 無理無理無茶言わないでください!

 そんなエージェントなんかじゃないし、本物の銃なんて持ったことないからな!?


「その銃の口径は9mmだ。その大きさの弾丸に込められた魔力量は麻酔銃くらいにはなっている」

「え、思ってたより弱いですね……」

「馬鹿言うんじゃねよ、それでも会心の出来なんだ。あと麻酔銃舐めんなよ? スパイ映画みたいに非殺傷の威力なのに敵の意識を奪えるんだからな? 護身用としては十分なんだよ」


 なるほど、理想は唖喰を倒せる威力だが、隅角さん曰く、この銃でならラビイヤーやローパーといった雑魚相手に限って、援護も出来るだろうという。

 

 実際に援護が出来るかは俺の射撃技術に掛かっているため、そこは要練習だ。


「この銃を転送する術式を刻んだ魔導器もセットで渡しておく。形は坊主の要望通り腕時計型だ」


 魔導銃と同じくメタリックなデザインの腕時計を渡された。 

 ロレ〇クスとか高い腕時計みたいな金属だけのものだ。

 それ右手首に付けてみると、見た目に反して軽かった。


「えぇっと魔導器って魔力を流して魔導装束や魔導武装を装備するんですよね?」

「そうだ。本来は魔力を操れる前提の回路なんだが、お前のは特別仕様だ」


 おお、特別……。

 ユニーク、オンリーワンってことか……。


「じゃあどうやって魔導器を起動して、魔導銃を装備するんですか?」

「魔導器に刻んだ術式自体に予め魔力を貯めておいて、一部だけ意図的にずらすことでスイッチで言うオフの状態にしているわけだ。針を調整するリュウズ部分を押し込むと魔法陣が完成してオンの状態になって、術式が発動する。すると銃と魔導器内の転送術式が反応してお前の手元に銃が転送されるって構造だ」


 ちなみにリュウズをもう一度押し込んで再びオフにすれば銃は保管スペースに転送されるのでかさばることはないという。


 とはいえ、依然俺が魔力を操れないことに変わりはないので、使い続けるとスマホの電源のように無くなってしまう。


 そうなると、術式が発動せずに魔導銃が転送されない。

 現状の起動可能回数は十回、さらに予備のマガジンを取り付けたポーチ付きベルトも銃と同時に転送されるようなので、即座に弾切れする心配もない。


 魔導銃の銃弾や魔導器への魔力供給は翡翠が請け負ってくれるようで、四日に一回はオリアム・マギ日本支部に来て、翡翠が俺の体内にある魔力を操作して魔力供給をするように言いつけられた。


 銃と魔導器の説明はこれで終わったが、隅角さんへのお礼が済んでない。


「いや~魔力がなくても転送術式が使える方法を考えるのに苦労したぜ……」

「隅角さん、忙しいのにありがとうございました、なんかお礼しないといけないですね」

「よせやい、女ならともかく、男から聞きたいセリフじゃねえな」

「そうです! 結局方法が思いつかずに関西の魔導少女さんに泣きついたので、お礼は博士じゃなくて、その魔導少女さんにするべきです!」

「おぉぉぉぉぉいい! こらああああ! ばらすんじゃねええよチビィィ!!」

「博士がいつも嘘はダメって言ってたからです!」

 

 ある意味銃より重要な部分が他人任せだったのか……。

 しかも自分の指導のせいでバラされたっていう……。


 ともかくこうして魔導銃が完成した。

 隅角さん曰くまだ改良点が多いそうだが、それはこれから次第というわけだろう。


「ほら、早速試してみな」

「は、はい」


 隅角さんが射撃訓練用の機械を操作すると、部屋の奥に的が出て来た。


 今日までの三日間、射撃訓練場で練習を重ねて来た。

 しかも初咲さんから銃の撃ち方のマニュアルを渡してもらったこともあり、付け焼刃でも無いよりマシなレベルになった。


 まずは右手で銃のグリップ(持ち手の部分)を握る。この時右手とグリップの間に隙間が出来ないようにする必要がある。

 そうしないと銃が動作不良を起こすらしい。

 両手持ちの時も左手側も隙間なく握るのは同じだ。


 上半身は両肩と両手で二等辺三角形を作るようにする構え方で、確か〝アイソサリーズ・スタンス〟っていうんだっけか……それで両肘と両膝は伸び切らないように少し曲げる。


 こうしないとリコイル(銃を撃った時に起きる反動のことで、上や右上に照準がズレてしまう)を吸収出来ずに腕に負担が掛かる。


 俺は右利きなので、その場合右足は半歩後ろで四十五度外側へ開き、左足つま先は目標方向へ向ける。

 両足が揃っているより片足が半歩さがることでより安定し、リコイルに対応が出来る。

 これは姿勢の安定だけでなく次の動きに移りやすい利点もある。

 このスタンスはハンドガンだけじゃなくて、ライフルやショットガンでも同様の効果があるようだ。


 握力は右利きの場合、右手が三、左手が七の割合を意識する。

 利き手に力を入れ過ぎるとトリガーの動きに支障が出るため、もう一方の手で強めにグリップすると安定する。


 トリガーは指の腹で引く。

 指の関節で引いた場合と銃口を右に寄ってしまい、逆に指先で引くと銃口を左へ寄ってしまう恐れがあるからだ。


 そうして態勢を整えて、照準を合わせて……引き金を引く。


 ――パァン!!


「――っ!!」


 風船が破裂したような大きな音が射撃訓練場に響き渡った。

 それと同時に全身にズシンと、振動が伝わった。

 この三日間、練習用のゴム弾で訓練をしていたけれど、本当の銃から響いた発砲音は嫌でも魔導銃が本物の銃を素体に作られたのだと実感させられた。


 それにこの音にビビったせいで、弾は的から数センチ離れたところに当たった。

 

「あ~、外れちゃったです……」

「はは、まだまだ考えが甘かった……まずはこの音に慣れないとな……」

「坊主は先月までそんなものとは無縁の生活だったんだ。いきなり殺し屋みたいに出来たらそっちで生きていくことをお勧めするね」

「今でも十分殺伐としていますから結構です」


 正直こうしている今でも世界のどこかで唖喰と魔導少女が戦っていると思うと、戦争なんかに加担している暇はない。


「あ~、それと魔導銃を扱う上で最重要事項を伝えとくぞ」

「最重要事項?」


 隅角さんの真剣な表情で告げた言葉に俺は耳を傾けた。


「それさっき普通に銃弾が出ただろ?」

「はい」

「魔導士じゃない坊主が使う魔導銃の弾はマジもんの銃弾だ……つまり唖喰だけじゃなくても撃てる」

「――!!!」


 それを聞いた瞬間、両手に握る魔導銃の重みが増したように感じた。

 今の初撃を見て、唖喰だけじゃなくて人や動物も傷つける可能性があるという考えに至らなかった自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなってきた。


 そもそものアイデアの段階で気付くべきことだったはずだ。

 の銃弾に魔力を貯めておく術式を刻む……この時点で既に唖喰以外を傷付けてしまうことは明確だったのに……。


「その様子だと気付いたようだが……坊主はみだりに人を傷付けるようなやつじゃないだろ?」

「……そう、思いたいですけど」


 魔導銃の扱いに慣れて、ふとした瞬間に人を撃つ……なんてことがあるかもしれない。

 前に鈴花と喧嘩した時に図星突かれて、頬を平手打ちしたくらいだ。

 絶対にそうならないとは限らない。


 何がゆず達の支えになれればだ。

 隅角さんに指摘されるまで魔導銃の危険性に気付けなかった自分の浅はかさに反吐が出そうだ。


「……坊主が魔導銃を持つことにプレッシャーを感じるようなら、無理に持つ必要はねえ」

「……」


 魔導銃のアイデアを出して、試作品まで出来上がってとんとん拍子だと思ったらこれだ。

 少しでも他人を傷付ける可能性があるなら、魔導銃は俺が持っていない方がいいんじゃないか?


 そこまで考えて、魔導銃を隅角さんに渡そうと握る力を緩めた瞬間……。



「つっちーなら大丈夫です」



「……翡翠?」


 彼女の小さな手が、俺の手に重ねられた。

 

「だってつっちーは前にひーちゃんをすごく優しくギュってしてくれたです。それにつっちーが魔導銃を使うって決めたのは自分のためじゃなくて、ゆっちゃん達のために使うって決めたものです! むしろ優しいつっちーじゃないと魔導銃は使えないってひーちゃんは思っているです!」


 底抜けな自信を持ってそう言い切った翡翠の瞳は一切淀みがなかった。

 すごい自分裁量だし、なんか過大評価が混じっている気もした。

 

 でもその信頼に応えたいとは、思えた。


「……元々本当に必要ってわけじゃなくて、あればいい程度なんだ。ちゃんと使いどころを見誤らずに、持つだけ持ってみます」

 

 隅角さんにそう伝えた。

 

「おう、メンテナンスは任せとけ」


 隅角さんはニカッと笑ってそう言ってくれた。

 そうだ、結局は考え方次第だ。


 魔導銃は積極的に使うものじゃなくて、むしろ使わないに越したことはないんだ。


 そんな簡単なことに気付かせてくれた翡翠には感謝しないとな……。


「翡翠もありがとうな、ちょっと思っても見なかった重みに押しつぶされそうになってた」

「つっちーがゆっちゃん達の助けになりたいって思うのと同じで、ひーちゃんもつっちーの助けになりたいだけです!」

「はは、年下にここまで言われたら敵わないな」


 前線を退いているとはいえ、小さな体に見合わないパワフルさを秘める少女に、感心するしかなかった。


「あっはっはっは、ひーちゃんがそこまで懐くやなんて兄さんすごいなぁ」

「え?」

 

 突如ここに居る誰でもない声が木霊した。

 声のした方を見てみると、見慣れない人物がいた。


 声の高さから分かってはいたが女の子……それも関西弁だった。

 黒髪の前髪を一の字になるように切り揃えており、横や後ろ髪はあごの先と並ぶようなボブカットで、青薔薇の髪飾りを付けている。

 翡翠とは違う快活さを見せる黒色の目は確かな意思が宿っているように思えた。

 

 極めつけはその装いだ。

 彼女は着物を見に付けていた。

 服装に疎い俺でも高価だと判る赤と黄色を基調としたものだ。


「初めましてやな、ウチは和良望わらもち季奈きなっていうんや。兄さんが持っとる魔導銃の転送術式の仕組みを作った魔導少女でその製作者や」


 魔導銃の転送術式の仕組みと聞いてピンときた。

 そう、魔導銃の転送の仕組みを聞いた時、翡翠と隅角さんの会話の中で出て来た関西の魔導少女。

 彼女こそがその人なのだという。




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