37話 出来ることから


「そういえば最近唖喰が出て来てないみたいだけど、嵐の前の静けさって思うのはアタシだけ?」


 放課後にオリアム・マギ日本支部に向かっている際、鈴花がそう呟いた。

 

 鈴花の言う通り、前回に唖喰と交戦してから、既に三日が経っている。

 なのに、唖喰が出たなんて話は最近聞いていなかった。


 そんな俺達の疑問にゆずが答える。


「上位クラスの唖喰が出現した場合、次のポータルが出現して唖喰が侵攻してくるまでのインターバルが長くなるという法則があります。研究班によると、〝上位クラス程強力な唖喰が出現させるポータルが開いた反動で次元の壁が強化されているのでは?〟と推測されています」


 次元の壁なんて曖昧なものに強度という概念があるのか疑問だが、そればかりは組織でも判明していないそうだ。


 なのでゆず自身も上位クラスが出たら次の侵攻まで少し休める程度の認識で良いという。  


「それ聞いて安心した、あんなのがそうぽんぽん出てたまるもんかっての……」


 鈴花がそう愚痴る。

 鈴花は慢心があったとはいえ、上位クラスの唖喰であるグランドローパーは彼女に耐えがたい苦痛と挫折をもたらしたのだ。

 

 そう言っても仕方ない。


「そうだ、俺もゆずに一つ聞きたいことがあったんだ」

「なんでしょうか?」

「唖喰って夜のキャンプ場とか山とか、人里から遠いところにポータルを開けているけど、あれってなんでだ?」


 前から疑問に思っていたことだ。

 唖喰は人も動物も例外なく食らう。

 だというのに俺が知っている場所だけでも唖喰が人を襲うにはポータルの出現場所は遠いところばかりだ。


 その理由を知りたくてゆずに聞いてみたのだが、ゆずは答えを知らないという風に首を振った。


「それについては組織でも鋭意研究中です。人の存在が次元の壁の抑止力になっている、アリの巣のように出口が一つしかない、敢えて人のいない場所にポータルを開いているのか、どれも実証のしようがないため、憶測の域を出ない状態です」

「そっか……唖喰の生態系も正体も解らないことだらけか……」

「そればっかりは時間をかけるしかないよね~」


 ゆずから受けた唖喰の授業でも、三百年経って全体の一割も解明できていないかもしれないと教わった。


 果たして、俺達が生きている間に唖喰を全滅させることは出来るのか……なんて途方もない未来にまで考えるのは烏滸おこがましいか。


「あとそうそう、ゆずがグランドローパーにトドメを刺した時に使った固有術式ってなんかとてつもない感じがしたけど、あれってどのくらい凄いことなの?」

「へぇ、どんなのだったんだ?」


 鈴花が話題を変えるようにそう言い出した。

 俺はその時家に居て戦闘終了の連絡を待っていたから、ただゆずが殺されかけた鈴花を助けた以外のことは詳しく知らなかったので、鈴花に尋ねてみた。 


「なんかね、おっきい光の剣でグランドローパーをぶった斬ったと思ったら滅びの呪文バ〇スみたいな光がバアアアアアアって迸ったのよ」

「すまん、その説明じゃどう凄いのかイマイチ伝わらん……」


 その時の状況を鈴花が身振り手振りで説明してくれるが、正直分かりにくかった。

 特に光がバアアアアってなんだよ。

 説明に擬音を入れられると分からないぞ。


「固有術式〝クリティカルブレイバー〟……巨大な光の大剣を形成する攻撃系の術式ですが、発動時に膨大な魔力の消費量が必要で、最大威力を発揮出来るのは近距離ですし、さらに一度しか振るえませんが、その分効果は絶大です」

「それこそアタシがいくらかダメージを与えていたけど、ピンピンしていたグランドローパーを一撃で塵毎吹き飛ばすくらいね!」

「なんでお前が自慢げなんだ」


 お前本当にトラウマ抱えてんのかって思うが、これは鈴花なりの強がりだ。

 その時のことをわざと明るく話すことで〝自分は大丈夫だ〟と周りにもそうだが、自分にも言い聞かせる一種の自己暗示も兼ねている。


 そのことをよく知っている俺はそれ以上は何も言わずに、ゆずにさらに質問をしてみた。

 

「膨大って言うけど、ゆずの魔力量でどれくらい消費するんだ?」


 隅角さんに魔導の成り立ちを聞いた時、魔導士個人で総魔力量は異なると聞いたことがある。

 鈴花はゆずとの訓練で初期時の魔力量がどれくらいか計測した結果、数値にして二千以上はあるらしい。


 一般的な魔導士の魔力量は五百前後で、鈴花にある魔導の才能がどれだけのものかよく分かる。

 

 光弾の術式の場合、一発を展開するのに一消費される。 

 鈴花なら理論上四桁の光弾を放つことが可能というわけだ。


 だが鈴花のように才能だけで戦っていけるほど唖喰との戦いは甘くない。

 それに魔力量は魔力を消費すればするほど最大値が増加するため、努力をすればその分しっかり結果として表れる。


 鈴花は三千まで増えていて、柏木さんや工藤さんも魔導士になり始めた頃に比べて総魔力量は三倍以上は増えているという。


 そうなると気になるのが、ゆずの今現在の総魔力量だ。

 いい機会なのでこの流れでそれを知ろうと、先の質問をした。


「最大値を百パーセントとして、だいたい七十パーセントくらいですね」


 燃費悪!? 

 マジかー……一発しか使えないのかよ……。


「アタシの最大魔力量で換算したらどのくらい?」 

「不可能です」

「え? いや、固有術式だから使えないのは分かってるけど……」

「分かっています、仮に使えても鈴花ちゃんの魔力量では大剣の顕現すら不可能です」


 鈴花の三千を越える魔力量でも土台に立つことすら無理と言い切るか……。

 ますますゆずの総魔力量がどのくらいあるのか謎だ。


「実際ゆずの総魔力量って一般魔導士を基準にどのくらい差があるんだ?」


 基準が自分の最大量だから分かりにくいだろうから、見方を変えてみる。

 これでゆずの総魔力量が判るはずだ。 


 俺の質問を受けたゆずは、一瞬にも満たない思案のあと、隣で歩く俺に顔を向けて答えた。


「そうですね……大雑把になりますが、二百倍以上は差があると思います」

「「ぇ………」」


 開いた口が塞がらない。

 えー、何? 

 二百倍って言った? 

 違う……二百倍って言った……。


 五百×二百じゃなくて、五百×二百十より上の可能性があるってことだよな……。


「え? まって一般魔導士より二百倍以上もも魔力量があるゆずの魔力量の内七十パーセントも使うって、あの固有術式ってどんだけ高燃費なの!?」

「それほどです。実はあれは固有術式ではなく、鈴花ちゃんの初期魔力量と同値の魔導士が五十人いて一発しか放てない大規模攻撃術式として作られたもので、到底個人では扱えるものではないと言われていました」

「「えええええええ!?」」


 色々ツッコミどころが多すぎる!!

 鈴花が五十人いても一発しか放てないようなのをゆずは個人で放ったってことか!?

 しかも過去の発動方法が最終決戦過ぎる……。


 今の魔導士と魔導少女じゃゆず以外使える人は誰もいないってことになるよな……。


「考えたやつ無茶苦茶過ぎでしょ……なんでそんな大掛かりな術式を作ったのよ……」

「相応の威力が必要な唖喰がいた証拠です」

「………」


 俺も鈴花も黙ることしか出来なかった。

 同時に過去の魔導士達の奮闘ぶりもよく伝わった。

 そんな唖喰を相手にこうして事態を悟らせずに世界を守って来たなんて全く想像できない。

 

 そしてそんな人数で一つの術式を発動させる必要があった唖喰という未知の脅威が来ないことを祈りつつ、俺達はオリアム・マギ日本支部に到着した。


 

 

 いつもならゆず達の訓練を見学していたが、俺は今日は技術班の整備室に向かっていた。

 二人には事前にそっちに行けないことを伝えていたため、エレベーターで地下三階まで降りたところで別れた。


 そうして技術班の整備室に訪れると、顎に無精ひげを蓄え、ボサボサの黒髪にジャージ姿の男性――隅角さんに会えた。


「隅角さん、こんにちは」

「おう、坊主。なんかチビ伝手になんか俺に話があるってことだがどうした?」


 こうして会えたのは偶然ではなく、隅角さんの助手である翡翠に事前に会えるタイミングを聞いていたからだ。


 断られるかと思ったけど本人は「つっちーのお願いならお安いごようです!」と張り切っていた。


 そのおかげでこうして隅角さんの仕事が落ち着いた段階で来れた。


「その連絡を頼んだ翡翠は?」

「アイツは今日は部活で遅くなるってよ」

「へぇ、あの性格ですからきっと友達も多いんでしょうね」


 将来有望な美少女であり、誰にでも明るく接する翡翠の性格なら友達を作ることなど造作でもないだろう。

 かといってゆずに同じような言動はしてほしくないけど。


「アイツもモテるからな……先週は同級生にコクられたらしい」

「おおう、流石……」


 ゆずも今日は告白をされたため、なんともタイムリーな話題だなんて思った。


「まぁチビの話は置いといてっと、一体何の用だ?」 


 隅角さんはそう言って俺に要件を尋ねた。

 

「えっと、銃ってあるじゃないですか」

「おう、それが?」


 俺は一度息を呑んで答えた。 


「銃弾に魔力を込めたり出来ませんか?」


 俺は体に魔力を宿しているため、唖喰を肉眼で捉えることが出来るが魔力を操ることが出来ないため、ゆず達魔導少女が使うような術式は俺には使えない。


 じゃあ唖喰と戦わなくてもいい……なんてことは微塵も思ってない。

 

 何らかの方法でゆず達の助けになると決めたのなら、術式を使う以外の方法を模索するしかない。

 そうして考えた結果、吸血鬼を倒す方法の中に銀の弾丸か呪文を刻んだ弾丸で倒すという手段があったことを思い出した。


 そこで銃弾に魔力を貯蔵しておくような術式を刻んでおいて、それを撃ち出せばもしかしたら唖喰に通用するかもしれないと考えた。


 とはいえ実際にそれが可能かどうかを魔力を操る術のない俺に確かめる方法がないため、こうして隅角さんに聞いてみたのだ。


 俺の質問を聞いた隅角さんは頭を掻きながら答えてくれた。


「あー、その発想なぁ……着眼点自体は悪かねえが、結論から言うと期待してるような効果はでないぞ?」

「どうしてなんですか?」

「まず、弾に魔力を貯蔵しておく術式を刻んでおかなきゃならんが、銃弾一発の大きさにもよって刻める術式の規模にも違いがでる、でそうなると一つの弾に込められる魔力量も変わってくる」

「あ、そうか利便性を考慮すると大きな銃は持てない、小型の銃の弾は小さなものが多いから、込められる魔力量が少ないと、当たっても唖喰に効果がでないってことか……」

「ご名答。一番雑魚のラビイヤーですら仕留めるのに戦車の砲弾クラスの弾が必要になる」


 魔導少女が使う攻撃術式の威力は戦車以上になるのか……。

 とにかく、あんな小さな唖喰一体倒すのに戦車を持ってくるわけにはいかないため、俺の発想の実現は難しいということか。


 所詮高校生の浅知恵か……。


 その考えに至ってため息をつくと、隅角さんから頼もしい言葉が出てきた。


「前にも言ったが世の中の便利機器は小型化が主流で、それは魔導においても変わらねえ。今の説明は二十年も昔の理論だから、ちょっと試してみるわ」

「あ、ありがとうございます!」


 なんと忙しい時間の合間を縫って俺の提案を考えてくれるのだ。

 頭を下げる俺に隅角さんは告げた。


「で、これだけ聞いておきたいんだが、いざ唖喰に襲われたときの護身用に銃でもなんでも役立つ武器を持っておきたいって考えは理解したが、どうやって持つんだ?」

「へ? どうって普通に……あ」


 しまった、鞄とかに入れて持つつもりだったが、そもそも日本では国に認められた専門職と有資格者でないと、武器の所持は認められていないため、一高校生でしかない俺が銃を持っていることが知られれば銃刀法違反で捕まる。


 モデルガンです……といっても実際に使うために実弾である必要があるので弾が入ってるし、エアガンなども論外だ。

 

 BB弾では銃側の威力不足と弾の構造上、唖喰の体内に打ち込めない。

 

「………はあ、魔力を操れなくても転送術式が使える手段も考えておくから、それまで弾を当てられるように射撃場で訓練でもしとけ」


 やだこのおっさん頼りになる……。

 ちょっとおふざけが混じったが隅角さんには本当に頭が上がらない。

 ……これで性欲に忠実なところがなかったら完璧なのに……。


「今から作業に入るとして、大体三日は掛かるかもしれねえから、出来たらチビから坊主に伝えるように言っとくわ」

「はい、ありがとうございます!」


 これで俺もゆず達の役に立てる。


 貢献度としては一割に満たないかもしれないけど、俺は確かに歩めた一歩を噛み締めていた。

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