36話 衝撃の告白(笑)


 ~昼休み~


 ゆずはラブレターに書いてあった通り、昼休みに体育館裏にやって来た。

 鈴花曰く羽根牧高校の体育館裏は滅多に人が来ないため絶好の告白スポットなのだとか。


 俺と鈴花はゆずより先に体育館裏の茂みに隠れていた。

 それはゆずと手紙の主の告白現場をデバガ――ゆずに万が一がないように見守るためだ。


 でもゆずは魔導少女だ。

 凶悪な攻撃を仕掛けてくる唖喰に比べたら、そんじょそこらの男子高校生なんてまるで相手にならないだろうし、いざとなれば転送術式でワープして逃げればいい。


 あれ?

 これ俺達いる?

 って思ったが、鈴花は「万が一! 万が一だから!」とこうして見守ることを推してきた。


 手紙の主を待つゆずと茂みに隠れる俺と鈴花の距離は二十メートルほど。

 鈴花が身体強化術式を使って聴力を強化しているため、会話を聞く分にはなんの問題もない。


 昼休みのチャイムが鳴ってから十分後、俺達以外の人物が体育館裏にやって来た。

 ゆずもそれに気付いたようで、その人物に向かい合った。


 その人はイケメンだった。

 黒に近い茶髪を短く切りそろえ、遠目でも分かるくらいの整った顔立ちに高身長と抜群のルックスは如何にも女子受けが良さそうな印象を受けた。


 しかもネクタイの色が青色……三年生だ。

 俺達二年はネクタイとリボンの色は赤色で、一年生は黄色だ。


「……あなたが私にラブレターを送ってた人ですか?」

「あ、ああ。三年の坂田さかだ圭太けいたって言うんだけど……」


 手紙の主――坂田先輩はゆずにそう名乗った。


「坂田先輩……!? あのサッカー部のイケメンキャプテンで、入学当初から数えて百人以上の女子からの告白にサッカーに集中したいからと答えるほどのストイックな人がゆずに告白するなんて!?」

「先輩の入学時の告白記録とかなんで知っているんだよ……」


 鈴花の妙に詳しい解説に思わず小声でツッコミを入れた。

 あれか?

 女子特有のネットワークか何かか?


「あ、先輩だったのですね……失礼しました」

「えっいやいや、別に先輩だからって威張ったりしないから、無礼講でいこうよ」


 同級生ではなく、先輩だったことにゆずが謝罪すると、坂田先輩は優し気な笑みを浮かべて許した。

 その笑顔は光を発しているかのように錯覚した。 


 うわぁ、あれがイケメンだけに許された爽やかスマイルか……。


 その事に不思議と嫉妬とか負の感情は湧いてこなかった。

 元の舞台からして異次元だからか?


 俺の両親は事あるごとに俺を〝イケメンに産んでやれなくてごめん〟なんて謝っているのか貶しているのか妙に伝わり辛い謝罪をして来たことがある。


 別に今の自分の顔に不満があるわけじゃないし、俺としては操れないにしても魔力を宿している体に産んでくれてむしろ感謝したい。


 恥ずかしいってのと、唖喰の秘匿性から絶対に言えないけどな。  


「手紙には伝えたいことがあると書いていましたが、どういった要件なのでしょうか?」

「え、ああ、えっと……」


 ゆずさん容赦ないっすね……。

 今まで女子からの告白を断ってきた坂田先輩が、転入生であるゆずに告白するなんて、どれだけ緊張しているのか遠目でも分かるのに、心の準備を整えさせる間もなく要件を言えって鬼か。


 今更だがゆずと坂田先輩に明確な接点は無い。

 向こうはなんらかの機会にゆずを見かけたようだが、ゆずにとってはこれが初対面だ。


 ゆずが転入してきて早三週間……一体どうやって坂田先輩はゆずのことを知ったのやら……。 


「そ、その、部活の後輩からクラスに凄い美少女が転入してきたって聞いて、どんな子なのかなって思って見てみたら、それが並木さんで……」


 情報源ウチのクラスメイトかよ。

 それで気になった坂田先輩はゆずを見つけて、ものの見事に一目惚れといった感じか……。


 今までどんな女子も見向きしなかった人を堕とすとか改めて考えるとゆずって本当に凄い美少女だな。

 

 改めて考える時点で日常的にゆずと会っている俺は感覚が麻痺しているのかもしれない。


 ゆずに限らず初咲さんや工藤さん、柏木さんに翡翠と美少女・美女達と短期間に接し続けてきたのも一因かな?


 そんなことを考えているうちに坂田先輩は意を決した表情でゆずに気持ちをぶつけた。


「その……一目見て君を好きになりました! 僕と付き合ってください!!」


 いったああああああああ!!


 坂田先輩の顔はもう火が出るんじゃないかってくらい真っ赤だ。

 

 聞いた俺と鈴花も顔も真っ赤になった。


 その光景はまさに青春の一ページとしか言いようのないもので、ゆずのためとはいえ隠れて会話を盗み聞きしている罪悪感が込み上げてきた。


 ――ごめんなさい、坂田先輩。


「……申し訳ありませんが、私は今、恋愛や恋人を作ることに興味を持てません……ごめんなさい」


 唯一動揺していないゆずはそう言って告白を断り、頭を下げた。

 その言葉を受けた坂田先輩は一瞬だけ浮かべた悲し気な表情をすぐに苦笑いに変えて、同じく頭を下げた。


「――そう、だよね……初対面の人にいきなり告白をされても、迷惑なだけだしね……来ないかもって思っていたらもしかしたらって思ったけど……うん、こちらこそごめんね」


 坂田先輩はつっかえながらもそう言って体育館裏を去って行った。

 誰も居なくなったのを確認した俺と鈴花は茂みから出てゆずに声を掛けた。


「ゆず、その、お疲れ様」

「いえ、坂田先輩が優しい人で良かったです」

「でもちょっと勿体無かったんじゃない? アタシがあんなイケメン先輩に告白されたとしたら、思わずオッケーしちゃいそうだったし」

「私はあの先輩のことをよく知りませんし、やっぱり恋愛に興味はないので、たらればなんて意味がありませんよ」


 有り得たかもしれないたらればより、今を突き進む姿勢は素直に尊敬したくなる。


「さて、こういった告白が今日だけとは限らないだろうし、早くお昼ご飯を食べて放課後の司の告白をどうするのか考えよっか」


 鈴花の提案に口を挟むことなく、俺達は教室に戻って昼食を食べた。




 ~放課後~


『竜胆司君へ。

 どうしても二人きりで伝えたいことがあります。

 放課後、午後四時に屋上まで来てくれませんか?

 待っています』 


 これが俺に宛てられたラブレターの中身だ。

 鈴花から本物だという判定を受けたこのラブレターを書いた人の待つ屋上へ向かう。


 昼休みの時と違い、鈴花とゆずが先に屋上に行き、俺が後から行くということになっている。


 天気は晴れ。

 雲一つない澄み渡る青空に僅かな赤みが滲みだしていた。


 もう間もなく午後四時。

 返事自体はちゃんと決めている。


 相手には申し訳ないが断るつもりだ。

 唖喰やゆずの日常指導係の事で彼女を作っている暇はない。


 それにゆずとの定期デートを浮気のように捉えられて、ゆずに被害が及ぶのも却下だ。


「ごめんなさい、待ちましたか?」


 ――来た。


 俺は後ろから聞こえた声の方に振り返った。









 

 そこにはスマホを片手に立ち尽くす石谷と、退路を断つかのように屋上の入り口を囲むクラスの男子達が居た。



「――は?」


 どういうことだ?

 なんで石谷達がここにいるんだ?


 突然のことで頭の処理が追いつかない俺に、石谷が一歩前に出て口を開いた。 


「よぉ、司。手紙通り来てくれて助かったよ」

「え、は、なんでお前が手紙のことを知っているんだ!?」

「そりゃそうさ、



 だってあれはお前をここに呼び出すために俺が書いた偽ラブレターだからさ!!!」


 ……。


「はああああああああっ!!!?」


 何手の込んだことしてんだコイツ!?

 じゃあ何!?

 鈴花が女子の字って認めたあれってお前が書いたの!?

 無駄に器用だな!?


「待て待て、じゃあ今さっき聞いた女の子の声はなんだよ!?」

「あれは〝黄昏たそがれ恋物語〟っていうエロゲーのメインヒロインが屋上で告白するシーンのセリフを抜粋したやつだ」

「通りでやたらアニメ声だと思ったよ!!」


 めっちゃ可愛いらしい声してんなー、ぐらいにしか思わなかった!

 しかもエロゲーってここにゆずと鈴花が隠れてんのに、なんで自らの好感度を下げる真似をしてんだ!


「ここまでして俺を呼び出す理由ってなんだよ? ゆずが告白されたことでも知ったのか?」


 なんとか気持ちを落ち着かせて、石谷に俺を呼び出す理由を尋ねた。

 なんとなく心当たりがあることも言ってみた。


「え、並木さん告白されたの? 誰に?」


 え、知らないってことはその事じゃないのか?


「三年のサッカー部のイケメンキャプテンだけど……」

「えええええええ、けけけけ、結果は!?」

「ゆずが振った」

「イエエエエエエエエエエエ! イケメンザマアアアアアアアアアアアアア!!!」

「「「ザマアアアアアアアアア!!!!」」」


 浅ましい……。

 唐突に目の前のこいつらの器の小ささを目の当たりにした俺は呆れるしかなかった。


 というか石谷含め後ろの集団って全員彼女がいないやつらだ。

 しかも俺が偽ラブレターを見つけたのは登校時で、ゆずが坂田先輩に告白されたのは昼休み……石谷達が偽ラブレターを使ってその事を聞き出すには矛盾していた。


「そのことじゃないならなんなんだよ……」

「おっと、そうだった。呼び出しの件に関して、まずは目撃者の証言を聞いてほしい」

「目撃者?」

つくだ、頼む」


 石谷がそう言って入り口を封鎖している集団から時代遅れな瓶底メガネをかけたマッシュルームヘアーの男子……つくだ聡志さとしが前に出て来た。


 確か魔法少女オンリーの俺と違ってオタクガチ勢だったっけ。


 そいつが何故か裁判で証人として立つ被害者みたいにわなわなと震えていた。

 え、俺、佃に何かしたっけ?

 いや、目撃者って言ってたから佃に何か見られたのか?


 女子中学生翡翠を抱きしめたのは普通の人は入れないオリアム・マギ日本支部の翡翠の部屋でやったことで、鈴花とゆずしか目撃者はないから無し。


 一体佃は俺の何を目撃したんだ?


「あ、あれは、一昨日、ぼくが映画館で〝カッパの王子とつり人フォー〟を観に行った時のことでした……!」


 お前幼児向けの映画を観に行ったのか!?

 そんなに人気なの!?


 ん?

 一昨日って確か……。


「その時、な、並木さんと同じくらい……いや並木さんが成長した感じのめちゃくちゃ美人なお姉さんがいたんです」

「――!!?」


 やばい、それは……!!?


「その人にしばらく見惚れていると、そこの、メガネが……竜胆がお姉さんに「お待たせしました」って声を掛けて……」


 柏木さんと映画を観に行った時じゃねえかああああああ!!

 

 あの時の嫉妬の視線の中に佃もいたのかよ!!

 呼び出しの理由ってつまり俺と柏木さんの関係を問いただすためか!?


「最初は美人局つつもたせか何かだと思いました。ただでさえ並木さんと仲が良いメガネが超美人なお姉さんと映画デートに行くなんて、悪夢か何かだと……!」


 そんなに俺が誰かと出掛けるのが憎いか……?

 あとさっきから人の事をメガネって蔑称してんじゃねえよ。


 の〇太くんみたいな眼鏡をしてるやつにメガネって呼ばれたくねえよ。


「でも二人が観る映画を決める時に、お互いの意見を尊重する譲り合いをして、声を揃えて笑い合ったり、観た映画が興行収入八千万を突破した恋愛映画〝IF:ロミオとジュリエット〟で、昼食の時に映画の感想を言い合ったり、とても、仲が、良さ気で……うわああああああああああああ!!」

「もういい、もういいんだ佃!」


 証言の途中で泣き喚き出した佃を石谷が慰めだした。


 いや、こっちだって泣きたいわ!

 あの時の会話が全部聞かれていたとか恥ずか死ぬ!


「というわけだ司ぁ……お前とその超美人なお姉さんがどんな関係なのか、どういった経緯で知り合ったのか、彼氏がいるのかとかを問い質すためにお前をここに呼んだんだよ」

「最後欲望混じってなかったか?」


 教室で聞けば済むようなことのために、わざわざ偽ラブレターを用意すすなんて手の込んだことをするとか……。

 

「佃も言ったが並木さんだけじゃなくて超美人なお姉さんと仲が良いとか不公平だろうが! そして俺に紹介してくださいお願いします!」

「キレるのか頼むのかどっちかにしろよ……」


 いつにも増して感情の起伏が激しいな。


「柏木さんはゆずの知り合いで、色々相談に乗ってもらったことがあって、その時のお礼に荷物持ちとして付き合ったんだよ」

「マジ!? 並木さんの知り合いなの!? 美少女には同類が集まるものなの!?」


 人を虫を引き寄せる花みたいに言うなよ。

 

「あと紹介とか彼氏の有無は個人のプライバシー係わる問題だから教えない」

「「「ええええええええ!?」」」

「お菓子を貰えなかった子供か!?」


 こんな言動をみたら一部の女子が男子を子供っぽいと言うのも大袈裟って気がしないな……。

 いや、そういう部分が女子の母性本能を刺激するのか?

 分からん……。


「もういいだろ? だったら早く帰し――」

「……ってことは竜胆は知ってるってことだよな?」


 解散を促そうとした俺の言葉を遮って男子の一人がぽつりと呟いた。


「「「「……」」」」


 シーン、と屋上が静寂に包まれた。


 自分の失言に俺は冷や汗が止まらなかった。

 確かに俺は柏木さんに彼氏がいないかどうかは知っている。

 知っているからこそ教えてこいつらを喜ばせるわけにはいかない。


 そんなことをすれば柏木さんが街中でこの中の誰かにナンパをされる……みたいにあの人に迷惑が掛かるからだ。


「……教えるまで絶対に帰さねえ」


 俺を逃がすまいと包囲網が出来上がった。


 ああ、これが絶望か……。

 どうしようもない状況下で途方に暮れていると……。


「そのへんにしときなさいよ~?」

「すぐに止められなくてすみませんでした司君」

「「「なななな、並木さん!? それに橘さんも!?」」」


 救世主鈴花とゆずが現れた。

 そういえば屋上にいたんだった。


「全く、偽のラブレターを書いて聞きたいことが柏木さんのこととかどんだけ暇人かって話よ」


 本当にな。

 鈴花の言葉にゆずがうんうんと頷いた。

 可愛い。


「それに司君が誰と出掛けようと石谷さん達に関係があるようには思えません。正直に言いますと人としてどうかと思います」

「「「「ごぶへぇ!!?」」」」

「百歩譲って司君が柏木さんと別の女性と交際していたとして、その不倫を問い質すのは許せます。ですが司君にそういった男女関係にある人物は今現在いません。それでどうしてあなた方が司君に怒るのでしょうか?」

「「「「ぐっふぅ!??」」」」

「ご自分達が異性に関心を持たれていないからと言って司君に嫉妬しているようでは、到底異性に関心を持たれることはありません」

「「「「ぐああああ!!!?」」」」


 ゆずの容赦の無いド正論による口撃で男子達が次々に撃墜されていった。

 美少女の罵倒はドМ以外には猛毒か……。

 

「さて、とんだ茶番でしたね……帰りましょうか司君」

「あ、ああ……」


 彼女がいない男子達だった屍を一瞥したゆずは俺の方に顔を向けてそう言った。

 そうして今日も一日平和(?)に終わった 

   


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