35話 魔導少女へのラブレター


 四月も終わりが近づき、翌日にはゴールデンウィークになる。

 そんな日に学校に行かなければならないわけだが、俺は今羽根牧駅の前にいる。


 寄り道と言えばそうなのだが、これにはちゃんとした目的がある。


 時刻は午前八時前。

 朝のホームルームが始まるのが八時半からだから、ここから学校までは二十分ほどで着くため時間的に余裕はある。


 羽根牧駅は朝の通勤ラッシュの時間帯のため、色んな人達が電車を利用する。

 そうなると自然に人で混雑する。


 自宅から学校までは徒歩十五分程の距離にある。

 そんな俺がどうして駅に居るのかというと……。


「おはようございます、司君」


 セミロングの黄色髪が風に吹かれふわりと揺らされながら、待ち合わせの人物――並木ゆずが俺に挨拶をして来た。

 

「おはようゆず」


 俺も彼女に挨拶を返す。

 俺とゆずは今まで別々で登校していたのだが、どうしてここで待ち合わせをしているのかというと、先週の日曜日に鈴花からこんな話が出たからだ。



 ~日曜日~


「そういえばなんで二人はバラバラに登校してるわけ?」

「何でって言われても家が正反対にあるんだから仕方ないだろ?」

「学校を中心にして互いの住居の距離が正反対に位置していますよ」


 自宅と学校まで十五分、オリアム・マギ日本支部から学校まで四十分掛かるため、特に一緒に登校する意味がない。


 そう言った旨を鈴花に説明すると、何故か呆れたようなため息が返って来た。


「はぁ、いい? 司はゆずの日常指導係でしょ? なら朝の登校時間にでも教えられることはいくらでもあるでしょ」

「それはそうだけど……」

「ゆずに〝朝、友達と登校〟を経験させたほうが良いかもってアタシは考えているんだけど、どうかな?」


 鈴花の言うことは確かに正しい。

 そうなると……。


「俺がオリアム・マギ日本支部まで迎えに行って、そこから登校した方がいいかもな」

「いえ、それだと司君が往復で一時間近く歩くことになってしまいますし、私が司君の家に迎えに……」

「「それは止めた方がいい」」

「え……?」


 俺と鈴花が口を揃えてゆずの案を却下する。

 揃って止められたことにゆずはポカンとした表情を浮かべた。


 その可愛さに若干ドキリとしつつ、どうして駄目なのかという理由の説明を始めた。


「俺の両親は……その……大変下世話というか……息子の交友関係に異性の存在がちらつくと異様に盛り上がるんだ」

「それが何か?」


 ゆずにはイマイチ伝わっていないようで、首をコテンと傾げた。

 くそっ誰だよ美少女にこんな可愛い仕草を教え込んだ奴……隣の友人がニヤニヤしてるから十中八九鈴花のせいだな。


 ありかなしかで言えばありだけども!

 

「いやマジで洒落にならないくらい鬱陶しいから、ゆずが司の家に行くのは無しね。これはゆずのためでもあるからね!?」 

「は、はい……」


 鈴花の後押しもあり、ゆずは引き下がった。

 

「じゃあ俺がゆずの迎えに行くという形で……」

「ですが、それだと司君の負担になってしまいます。司君は疲れているんですからあまり負担を掛けないほうがいいかと……」

「女子中学生を抱きしめるほどだしね」

「それを蒸し返すのはやめて……」


 その時の醜態を思い出すと両手で顔を覆いたくなる。

 ゆずの中で俺が日頃疲労を貯めていると判断されたことにより、俺の案も却下された。


「じゃあ羽根牧駅ならどう? あそこならお互いの家から離れていないし、学校まで徒歩二十分だからそこを待ち合わせ場所にして一緒に登校って形にすればどっちの負担にもならないでしょ?」


「お~、それなら……」

「はい、良いかと思います」


 鈴花の案を聞いた俺とゆずは反対意見を出すことなく了承した。

 けどその場合一個だけ気になることがある。


「鈴花はどうするんだ? 一緒に待ち合わせをするのか?」


 俺がそう尋ねると、鈴花は顎に人差し指を当てて思案した。


「ん~、アタシは途中で二人と鉢合わせたら一緒って形にする。唖喰と戦わなくなってから生活リズムを戻している最中だし」

「そうか、分かった」

「途中で一緒になった時はよろしくお願いしますね、鈴花ちゃん」

「うん、それじゃ早速明日から実行ってことで」


 そういった経緯で一緒に登校することとなった。

 駅を利用する通りすがりの人達の注目を集める美少女と一緒に登校するという、まさに青春らしい状況に胸が高鳴るのが分かった。


 道すがらゆずの疑問にその都度答えつつ、二十分の登校時間を過ごした。


 そうして学校に着き、下駄箱から自分の上履きを出そうとしたところでゆずから話し掛けられた。


「司君、私の下駄箱にこのようなものが入っていました」

「ん、何が――ってそれは……」


 ゆずが手に持っている物を見て、俺は反応に困ってしまった。


 長方形の小さな紙袋、便箋びんせん止めのシールにハートマーク……どこからどう見てもラブレターだった。


 もう来たのかとか、今時ラブレターなんてシャイな人だなとか、色々考えたけどゆずの言い分だと自分の手に持っている手紙がラブレター……つまりゆずに男女関係としての交際をしたいという旨のものだと把握していないみたいだった。


 なら俺がここで取る行動は一つだ。


「それはラブレターって言ってな、口で説明するより中身を見てもらった方が早いな」

「らぶれたー……? 中身を見ればわかるというのであれば今から確認します」


 言うが早いというか、ゆずは便箋の封を外し、中身を取り出して……。


「『並木ゆずさん、あなたに伝えたいことがあります。良ければ昼休みに――』」

「待て待て待て、朗読しちゃダメ。ここ学校の玄関だから! 他の人の目と耳があるから!」


 あろうことか大衆の面前でラブレターの中身を朗読し始めてしまった。

 ごめんなさい手紙の主……。

 俺の指導が行き届いていないばかりに……!


「いいかゆず。ラブレターを出すっていうのは大変勇気のある行為だ。それを朗読することは送った人を傷つけてしまう……黙読をしてその内容をゆずだけに留めておくのが礼儀だ」

「そうなのですか……それは大変失礼致しました」

「まぁここで謝っても仕方ないし、とりあえず教室に行ってから手紙を読んであげよう」

「はい」


 ゆず宛のラブレターの詳細を後回しにして、俺も自分の上履きに履き替えようと下駄箱を開けると……。



 長方形の小さな紙袋、便箋止めのシールにハートマーク……どこからどう見てもラブレターが入っていた。

 


 ――バタン。

 

 目の前で起きたことを信じられず、俺は下駄箱の蓋を閉じた。

 

 ……落ち着け……これはきっと誰かのイタズラかもしれない。

 ゆずみたいな美少女なら納得できる。

 でも俺みたいな平均よりちょい上(鈴花談)の男宛にラブレターなんてイタズラに決まっている。

 

 もしくは幻覚だ。

 ゆずにラブレターが来ていたことで、心の中で生まれた僅かな羨望が幻となって現れたかもしれない。


 そうと決まれば現実を受け入れるため、もう一度下駄箱を開けた。


 さっき一瞬見えた色とシールに何一つ変化はない……リアルラブレターだった。


(マジカアアアアアアアアア!!!!?)


 


 ~教室~


「はぁっ!? ゆずはともかく司にラブレター!?」

「声がデカい!! しかも驚くところ俺の方かよ!?」


 教室に入って既に登校していた鈴花に俺とゆず宛にそれぞれラブレターが来たことを伝えると、さっきのような反応が返って来た。


「お前が信じられないのも仕方ないけど、俺だって驚いてんだよ……」


 俺は鈴花に下駄箱に入っていた俺宛のラブレターを見せた。

 受け取った鈴花は本人より先に便箋の封を切って、中身を見た。


 そして二度三度読み返すと、俺に返した。

 鈴花の表情は〝ありえない〟と驚きを顕わにしていた。


「……マジだった」

「本人より先に読んだことに関しては流すけど、これは本物でいいのか?」

「マジも大マジよ……字の感じとか完全に女子のそれよ……」


 うわぁ、なんか嬉しい。

 頬が緩むのが止められないわ~。


「ゆずの方はなんて書いてあったの?」

「『昼休みに体育館裏に来てください』とありました」

「呼び出しかぁ~、十中八九告白だろうけど、どうする?」

「私に恋人は不要ですのでお断りします」

「うん、まぁ、そうだろうとは思っていたけれどさ……」


 まだ呼び出した理由も告白と決まったわけじゃないのに、断るとか非情だな……まぁゆずらしいと言えばそうなんだけどな。


 ゆずはいくら日常に疎いと言っても、恋愛のことくらいは一般常識として把握している。

 それを感情で理解していないから、恋愛に関心も無いけど。


「でもラブレターを知らないなんて意外だったなぁ。前に通っていた中学校じゃ貰ったりしなかったの?」


 羽根牧高校に飛び級で転入してきたゆずは、その雰囲気や佇まいからとてもそうは見えないけど、これでも十四歳……俺と鈴花より二歳年下だ。


 俺が日常指導係となる前は、中学校に通っていたから俺も鈴花もよくラブレターを貰っていたと決めつけていたから、ラブレターそのものを知らないとは思ってもみなかった。


「小学校高学年の頃からテストや一部の行事を除いて学校そのものに行っていませんでした。勉学に関しては自習で済ませていたので、恐らくラブレターを入れても意味がなかったかと……」


 唖喰との戦闘に備えるために随分ストイックな生活をしていたみたいだな……。

 ていうか自習で高校の授業に余裕で付いて行けるとかハイスペック過ぎだろ。


「えっとそれじゃまともな学校生活を送るのって小四以来ってことなの!?」

「そうなりますね」

「五年って時間を戦いに費やしてきたって言っても、そこまでとは思わなかったな」


 そんな生活をするゆずを見て、彼女の両親は何も思わなかったのだろうか?

 ゆずの口ぶりからすると、ゆずがこうして唖喰と戦い続けることと彼女の両親の現状には深い関係性があるのは容易に窺えた。


 それを聞きたいのは山々だが、今はゆずの疑問点であるラブレターをどうにかしよう。


「交際を受けるつもりはありませんし、行く必要はありませんね」

「いやいや、そこは行ってやった方がいいだろ?」

「う~ん、どうせ振るのにわざわざ呼び出しに応じて変に期待を持たせてから振るとか質が悪くない?」

「その通りです。不必要に傷つけるより傷口は浅く済みます」

「それはそうかもしれないけどなぁ……」


 何故か手紙の主は告白目的でゆずを呼び出したことに確定している。

 しかも振る前提でだ。


 本気で興味の無い相手からの告白を受けた女子ってこんなにドライなのか?


「それに断るにしても内容によっては簡単に諦めてもらえないかもしれないからね」

「そうなのですか?」

「うん、数うちゃ当たる理論で自分の気持ちを押し付ける人もいるから、相手を極力傷つけないかつ諦めてもらう断り方を考えるのは難しいんだよね」


 告白を受けてもらえず、逆上して相手に暴力を振るったとかニュースでよく聞くからなー。

 

「それなら好きな人がいるって言えば……」

「それアンタに被害が集中するやつだけど、自殺願望でもあるの?」

「えええ!? それでなんで俺に被害が及ぶんだよ!?」


 俺の案は最後まで言い切ることなく鈴花に拒否された。

 しかも嘘とはいえその断り方で俺に被害が出るとか意味が解らない。


「ゆずがアンタ以外の男子と仲が良いところって見たことある?」

「――あ」


 その一言で全て理解した。

 

 ゆずが告白を断る時に好きな人がいると言って断る。


 当然相手はそれが誰なのか気になる。


 となると、ゆずの好きな人→ゆずと仲が良い男子→現状俺以外いない→つまりゆずは俺のことが好き? 

 こんな連想形式をたどった末、〝ゆずに好かれている俺が憎い〟となり、俺に被害が及ぶということになる。


 でっち上げたことでそんなことになるなんて考え無しだったな……。


「確かに……良い案だと思ったのですが司君に被害が出るというのなら他の方法が良いですね」


 ゆずも同じような結論に至ったのか申し訳なさそうに眉を下げてそう言った。

 うぅ、優しいゆずに心配を掛けるような真似はしたくないから、架空の好きな人作戦は使えないか……。 


「それでは同性にしか興味がないというのはどうでしょうか?」


 キワシタワー!?

 ゆずさんってば真顔でなんてことを!?


「それ、別の問題を増やすだけだからダメ」

「ふぅ、告白を断られたらすぐに諦めるべきだと思うのですが……」


 ゆずが恋愛の難しさにため息をつきだした。

 

「振られたからもう何とも思っていません、なんて簡単に諦められないくらい本気の人だっているってことだよ」


 もちろん顔の良い恋人というステータス欲しさに軽い告白をする人もいる。

 そういう相手よりも執着が強いやつのほうがよっぽど厄介だ。


 振られた現実を受け入れられずストーカーになったりすることもあるからな。


「とりあえず、今のゆずの心情をありのままに伝えるしかないんじゃないか?」

「そうね、じゃあ〝今は彼氏を作るつもりはありません、ごめんなさい〟で決定ってことで」

「わかりました」


 ゆずの呼び出しは昼休み、俺の呼び出しは放課後なので、それぞれに影から見守ることは出来る。

 俺はもしゆずに好きな人が出来たら日常指導係としてもそうだが、何より友達として手伝ってやろうと密かに決めた。


 そんな青春の恋愛事情を巻き込んで、今日も日常は進んで行く。

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