5話 魔導少女との壁
翌日、教室に着いた俺は自分の席――ではなく隣の並木さんの席の方に視線を向ける。
席には誰も座っていなかった。
「まだ来てないのか……」
「並木さんのこと?」
「えっうわっ!?」
不意に背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、鈴花がいた。
「なんだ、鈴花か……びっくりした」
「おはよう、司。並木さんに用でもあるの?」
「まぁ、そんなとこ」
昨日の唖喰との戦闘は無事だったのか、とは言えない。
俺の言葉に鈴花は何か納得したような表情で笑みを浮かべた。
「もしかして昨日の鑑賞会のこと?」
「……アタリ」
半分くらいだけど。
鈴花の口ぶりから昨日の鑑賞会は鈴花も気になっていたらしい。
「並木さんって転入前はどんなとこにいたんだろうね」
「さぁ……俺も詳しいことは知らないけどさ」
並木さんが魔導少女として今までどんな暮らしをしてきたのか……それを知るには彼女の日常指導を進めていかないと分からない。
鈴花との話をもそこそこに俺は自分の席に座って一限目の授業の準備をする。
もうすぐ予鈴がなるかというときに、並木さんが教室に来た。
彼女が教室に来たと同時に会話で盛り上がっていた全員が黙った。
並木さんの美少女としか言い様の無い顔立ちに見惚れたからだ。
静かになった教室の中を彼女は特に気にする素振りを見せずに歩いていき、俺の左隣にある自分の席に座った。
「おはようございます、竜胆君」
「……おはよう、並木さん」
そうして挨拶を交わした。
正直に言うと昨日の唖喰との戦いはどうだったのか聞きたい。
でも今は人目があるし、それ以上に彼女から〝深入りするな〟と拒まれている雰囲気が放たれているせいで、聞くに聞けないという状態だ。
「……」
「……」
結局挨拶だけでそれ以上の会話もなく、一限目の授業が始まった。
「な、並木さん、俺石谷伸也っていうんだけど、俺と友達になってくれない」
「友達……ですか?」
一限目の授業が終わった後の休み時間に、石谷が並木さんに話しかけた。
石谷の友達宣言に並木さんがどういうことなのか聞き返そうとすると、他の男子達も一斉に名乗り出てきた。
「俺もなりたい!」「僕も!」「ずるい、俺だって!」「オイラもだ!」「俺と友達になろう!」「仲良くしようぜ!」「美少女と友達になれるなんて……!」「ゆくゆくは……ふふっ」
あっという間に並木さんの周囲が喧騒に包まれた。
並木さんの隣の席にいる俺も窮屈なんだが……。
というか女子達から白い目で見られているぞ……。
「あなた方と友達になることにどのようなメリットがあるのでしょうか?」
そんな喧騒もどこ吹く風と眉ひとつ動じない並木さんがハッキリと告げた。
「「「「「……」」」」」
あんまりといえばあんまりな断り方に、周囲の喧騒が嘘のように静まり返った。
「え、えっと、メリットとかそういうのは関係なしに、単純に並木さんと仲良くなりたくて……」
並木さんから発せられる圧に怯みつつも石谷がそう言う。
けれども並木さんは表情どころか顔色も変えずに淡々と答えた。
「あなた方と仲良くなって、それで?」
「え、あ、う~、一緒に遊んだりとか!」
「……生憎ですが私には友達は必要ありませんので、皆さんのお誘いはお断りさせていただきます」
並木さんはそう言って話を終わらせた。
突っぱねられた男子達は項垂れた様子で自分の席に戻って行った。
まだ二限目の授業が始まるまでまだ五分はあるのにも拘わらず、教室は静寂に包まれていた。
それがは良くない静寂であることは、全員が理解していた。
これは……まずい……。
――昼休み――
俺と並木さんは昨日と同じく昼休みの時間に屋上で話をすることにした。
「一限目の授業後のあの話……あの対応はちょっと……」
「あの時も話した通り私には友達という関係者は必要ないと思っていますが……」
話の目的は並木さんが友達を必要としてないという断り方についてだ。
「友達を作るかどうかは並木さんの自由でいい、けど断るにしてもあれは言い過ぎたと、俺は思う」
もう少し互いを知ってからとか、転入直後で慣れていないのでとか、そう言って断ることは出来たのに、ハッキリと自分に必要ないと言ってしまうのは悪印象でしかない。
そう思って言った俺の言葉に並木さんは……。
「申し訳ございません、次回から改善します」
感情を込められた様子がない淡々とした口調で、反省の言葉を口にした。
駄目だ。
言葉の通り、また男子達が並木さんと友達になりたいと言って来ても、悪印象にならない断り方はするだろう。
でもそれは〝日常指導係の俺〟が言ったからだ。
彼女自身が考え、反省したわけじゃない。
これでは近いうちにまた同じ失敗をするだろうことは想定しやすい。
俺が注意するだけじゃな駄目だ。
この日常指導において、一番の問題を俺はようやく自覚した。
それは並木さんの性格でも無知でもなく、俺の采配でもない。
並木ゆずという少女自身が、日常を知ることに興味や関心が無いせいだ。
人は自分の関心を惹くことにはとても意欲的になるが、関心の無いことには消極的になる。
体を動かすことが好きな人がいくら運動の素晴しさを説いたところで、運動に関心が無い人は足を止めることもない。
逆に運動好きな人に、運動以外の素晴しさを説いても、運動好きな人の関心を惹くことが出来ない。
まぁ、並木さんの関心を惹くことが出来ないのは、彼女のことを知らないからだ。
なんとか彼女との交流を粘り強く続けていくしかない。
昨日も感じた日常指導の難しさに頭を悩ませていると、並木さんから声を掛けられた。
「竜胆君、話は以上でしょうか?」
「あ、ええっと……昨日の唖喰との戦いはどうだった?」
丁度二人きりだ、聞きたいことを訊ねてみた。
俺の質問に並木さんが答えた。
「こうして生きていますので何も問題はありません」
「いや、それはそうだけどさ……魔導少女ってどうやって唖喰と戦うのかって思ってさ」
やっぱり微妙に伝わっていないことに苦笑いしつつ、俺は続ける。
対する並木さんは……。
「竜胆君が知る必要はありません」
ハッキリと拒絶の言葉を口にした。
「っ悪い、忘れてくれ」
「分かりました」
こうも明確に拒絶されると少し落ち込むな……。
もう一つ問題が分かった。
並木さんは俺に期待していない。
きっと俺みたいに魔導への興味で唖喰と関わって痛い目を見た人が多いのだろう。
彼女はそんな人間を何度も見てきたからこそ、誰かに期待することをやめてしまったのかもしれない。
あくまで俺の推測だけど。
そうした話を終えた俺達は昼御飯を食べたあと、教室に戻った。
一限目後の拒絶が効いたのか、並木さんと友達になろうとする声はなかった。
今日は部活もないため、並木さんとはこのまま解散となった。
次の日、いつもの時間に教室に着くと、教室の隅に人集りが出来ていた。
あの位置は並木さんの席だよな……。
なんだが不穏な空気を感じるが、人の波を越えて俺は自分の席に着いた。
「おはようございます、竜胆君」
「ああ、おはよう並木さん……ん!?」
俺が何に驚いたかというと、並木さんの右頬に頬を覆うほどの大きなガーゼが貼られていたからだ。
「な、ど、どうしたんだそれっ!?」
「昨日の夜に転んでしまった際、怪我をしてしまいました」
並木さんはなんてことの無いように答えた。
――唖喰との戦いで付いた怪我か。
俺はすぐにそう察した。
彼女は平然としているが、周りは痛ましい視線を向けていた。
一限目の数学担当の山本先生も並木さんの怪我を見て、肩をビクッと震わせた。
その反応に教室の空気が少しだけ和らいだ。
――昼休み――
恒例と化している昼休みの屋上相談だが、今日は並木さんの怪我についてだ。
「それって唖喰との戦いで付いた怪我だろ?」
「はい、少し手子摺ってしまっただけです」
「……痛みとかは?」
「少しだけです。日常行動に支障はありません」
少しだけ安心した。
「唖喰と戦う上で怪我が絶えないのは仕方ないと思う。でもみんなが怖がるから次の戦いの時にはなるべく安全重視で戦って――」
「唖喰との戦いに関して竜胆君から指示を受ける理由がありません」
「っと、またやっちゃったか……そうだよな、戦いのたの字も知らない俺がなに言おうと余計なお世話だもんな」
また拒絶された。
余計なことに首を突っ込んで怪我をする……いや唖喰に食い殺されてしまったら、元も子もない。
そのあとは会話もなく屋上から降りて教室にある自分の席に座ってそれぞれ昼食を摂った。
チラリと隣で昼食を食べる並木さんを見る。
(今日のお昼も手作りの弁当か……)
自炊が出来ることは転入初日の昼食の時に聞いた。
日々の栄養管理を怠って、いざという時に調子が出ないと困るからっていう軍人思考からだけど。
「なぁ司、ちょっといいか?」
自分の分の昼御飯が終わると、石谷が声を掛けてきた。
「なんだ?」
「や~ここじゃなんだからさ……」
石谷が別の方へ視線を向けてた。
その先には並木さんがいるため、彼女に関わる話だろうと察した俺は、石谷と二人で廊下に出た。
「で、話って?」
「いや、お前って並木さんとよく屋上に行ってるけどさ、いつも二人でなにしてんの?」
なんだそんなことか……。
「別に適当に話したり飯を食べたりしてるだけだぞ」
「けどさ、今日の怪我といい、昨日の拒絶といい、並木さんって前はどんなとこに住んでて、何考えてんのかわかんねぇんだよ」
「何が言いたいんだ?」
「せっかくの美少女なのに勿体ないなってだけ」
「……そうかよ」
ちょっと真面目に聞いて損した。
でも分からないわけじゃない。
「笑ってるところ、見てみたいな」
「えぇ、今のところ男子で一番並木さんと話す司でも見たこと無いのかよ」
「無いなぁ……」
「じゃあさ、並木さんが喜びそうなことって知ってるか?」
「いや、全然」
「はぁっ!? おま、いつも並木さんと何話してんだよ!?」
少なくともお前には話せない敵のことだな。
でも本当に俺は並木さんのことをあんまり知らないよな……。
名前と年齢、唖喰と五年前から戦っているくらい……一般人に話せないことを除いても、石谷と知っていることと殆ど差がない。
日常指導係を続けていけば分かるのかもと踏んだが全く進展無し。
これじゃ並木さんが魔導少女として戦う理由を知るなんて、夢のまた夢だな……。
「なんだよ~、並木さんの好みが分かんなかったら歓迎会で何をすればいいのかわかんねぇぞ~」
「歓迎会?」
なんだそれ初耳だぞ?
「ああ、並木さん、クラスに上手く馴染めてないだろ? だから歓迎会でもすれば馴染めるかな~、って思ってさ」
「……それ、いいな!!」
本当に良い。
そうすれば並木さんにもクラスメイトにも良い印象が与えられる。
――キーンコーンカーンコーン。
詳しい話を聞こうとしたところで昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。
「あ~、また後で話すよ」
「悪い、石谷」
そうして午後の授業が始まった。
――放課後――
「あ、並木さん。今日は部活があるんだけど、どうする?」
「今のところ予定はありませんので、来いと言うのであれば同行させていただきます」
「……そっか、嫌になったらいつでも言ってくれ」
「はい、わかりま――」
――ピリリリリリリリリリリリリリリリリリッッ!!
並木さんの携帯電話に着信が入った。
「はい、並木です。はい、失礼します」
……このタイミングでか……。
「すみません、今急用が出来ましたので失礼します」
「あ、ああ……気を付けてな」
並木さんはそう言って教室を出て行った。
唖喰って空気を読まないみたいだな。
「並木さん、バイト先からヘルプでもかかったの?」
俺達の会話を聞いていたのか、鈴花から話しかけられた。
ある意味言葉通りのことは起きているな、なんて内心考えながら、鈴花の質問に答えた。
「ああ、そうみたいだ。並木さん結構頼りにされてるらしい」
「へぇ、どんなバイトしてるのか司も知らないの?」
「害虫駆除のバイトらしいけど、どういう風にするのかは教えてくれないんだよ」
「女の子なのに変わってるね……」
むしろ女性にしか出来ない
「司は今日は部活行くの?」
「そのつもり」
「じゃあさ、一緒に部室まで行こうよ」
「へいへい」
そうして部室に着いたとき、部長がなにやら書いていた。
ああ、そういえばあの人ボクヨムとかに小説投稿してるんだっけ。
日刊ランキングに毎日上位に載るくらい人気があって、書籍化の話も来てるけど、趣味で投稿してるからっていう理由で断っているんだっけ……才能が羨む人が多そうだ。
「部長、何してるんですか?」
「こんにちは橘君……これは俺が考えた新作の小説のプロットだ」
「へぇ、どんな内容何ですか?」
部長の新作ということで、俺はそう訊ねた。
俺達の興味を惹いた部長はドヤ顔で内容を話し始めた。
主人公の女の子は幼馴染と二人で小さい頃から魔法少女に憧れていた。
中学生になったある日、幼馴染が魔法少女として戦っていたことを知った主人公は、幼馴染に魔法を教わろうとするが、幼馴染は何故か主人公に教えたくないという。
それは魔法少女としての重い使命が関わっていた。
「というあらすじだ!」
「これってあれですか? 信じてた希望が絶望に変わる世界が残酷系の……」
「そうだ、まだ設定や世界観を詰めているところだが、概ねそういう方向性だ」
「世界が残酷系か……」
割りと唖喰もそんな感じだろう。
三百年以上も昔から地球の侵攻を続けていて、魔導少女や魔導士がいなければ俺も鈴花もこうして生きることが出来なかったと思う。
「実を言うとな、前回の鑑賞会で並木さんがとても辛口なコメントをしただろう? あのコメントから着想に至ったのだ」
「え、あれから!?」
「あ~、何か説得力あったよね~」
部長が打ち明けた事実に俺は驚いた。
「俺、てっきり部長が傷付いたかと思ってました」
「はは、彼女は悪気があって言ったわけじゃないだろう、彼女はキャラクター達の行動に問題を感じたのであって、作品そのものは何も貶めていないしな!」
部長の言葉で、俺は鑑賞会での並木さんのコメントを思い出した。
確かに貶めていない。
あくまで並木さんは主人公やマスコットの行動に疑問を感じただけだった。
ただ見るところが微妙にずれていただけ……あれ、そう考えると並木さんが天然っぽく聞こえるな……。
そんなことを考えつつも部活動に勤しんで、今日を終えた。
明日こそ並木さんの好きな食べ物とかを聞くぞと思っていた俺の考えはあっさり消え失せた。
翌日、並木さんが左手に包帯をグルグルに巻いて登校して来たからだ。
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