4話 日常指導係の憂鬱

 ――昼休み――


「転入生というだけでどうしてあそこまで他人に興味を持てるのか分かりません」


 微妙に辛辣だな……転入生恒例の質問攻めに遭った並木さんが最初に溢した言葉がこれである。


「まぁ皆並木さんに興味深々だったから。俺としてはどうやってここを特定したのか深く追求したいんだけど」


 並木さんと俺は案内の過程で屋上に来ていた。普通は屋上には入れないが、羽根牧高校は屋上の周りは柵で覆われており、屋上からの飛び降り等は起こっていない。

 教師に鍵を借りれば誰でも入れる(ただし、相応の理由が必要で、今回は転校生の並木さんの案内という名目で鍵を借りた)


「……」

「並木さん?」

「ええっと待ってください。初咲さんから教えてもらった答えがあるんです」


 答え……手紙とかかな等と考えていると、並木さんが右手を顔の左頬の近くに持っていき、親指と人差し指で輪っかを作ってこちらに向け、右目を瞑って舌を出してテヘペロが出来上がる……ワアァ、カワイイネー……って!


「いやいやいやいやいやいやいやそういうこと!? 表から入れないからって裏口からマネーパワーで抉じ開けて来ましたってこと!? 大丈夫なのか!?」

『大丈夫よ~。特定方法とクラスへの編入は機密だし、入学に関しては急速だったけど至って正攻法よ~。ちゃんと入学テストを受けて相応の学力のあるって認められているわ。あとゆずは今年で十五歳になるわよ』

「初咲さん!? 一体どこから!?」


 余りにも的確に会話の要点を突いてくるもんだから横入りされた時の嫌悪感がなかったぞ……てか、並木さん今年十五になるってことは今は十四歳なんだ!?

 俺が十六歳の高校二年生だから年下なのか……全然年下感ないぞ!?


「あの、私のスマホです。司君と二人きりになった時に繋いでおくよう言われていましたので」


 つまり、俺が並木さんの転校に驚いて二人きりで話すことを想定して並木さんに予め連絡していたらしい。

 くそっ、いい大人が無駄に知恵を絞り出してる場合かよ!


 というか暇なのか日本支部長!?


『あはははっ、ははは、はぁ~。ごめんなさいね、でも準備はするって言ってたでしょう? ゆずに日常を教えるにあたって同じ高校のクラスの方が都合がいいでしょ? せっかくの美少女と触れ合える貴重な機会だからそれで勘弁してちょうだい。ゆず、近くに唖喰が出現したらまた連絡するわ、それまでは自由行動よ、それじゃ』


 そう言って初咲さんは電話を切った。

 ……確かに初咲さんの言う通りだ。

 準備はするとは言ってたよ?

 でもそれならそれで事前に詳細を伝えてほしかった。


「それでは竜胆君。私はまず何をすればいいのですか?」

「お、おお……」


 いきなり俺の采配に委ねて来たな……。


 どうしたものか……。

 昼休みまでの並木さんの言動を思い返してみても特にこれと言った案が出ないな。

 

「……とりあえず、今は学校生活に慣れてもらう必要があるから、自由にしてていいよ。あ、これだけ聞かせてほしい」

「なんでしょうか?」

「並木さんって今十四歳だけど、中学校とかどうしてたのかっと思って……」

「中学ですか……先日まで学校に籍を置いていましたが、こちらへ転入する際移しています」


 あ~、微妙に伝わってないな……今のは俺の聞き方が悪かったのもあるだろうけど。


「そうじゃなくて、今まで中学校に通っていたのかって意味なんだけど」

「そうでしたか、申し訳ありません。中学校は校舎に行かず基本自宅学習でした」

「あ……そっか」


 自習ですか……。

 並木さんが五年も唖喰と戦ってきたというなら、今日までどんな学校生活だったのか聞けば、何かヒントになるかもと思ったが、そもそも学校に行っていなかったのか……。


「初咲さんも言っていましたが、高校の授業内容はきちんと理解出来ていますので、問題はありません」

「うん、それは午前中の授業でも分かるよ」


 数学の授業で、生徒にわざと難しい問題を解かせようとする山本先生の標的にされた並木さんは、先生が黒板に書いた恐らく大学生レベルの問題をすらすらと解いて見せたことから、彼女の学習能力は本当に飛び級だったとクラスメイト全員が理解した。


 ちなみに自信満々に出した難問をあっさり解かれた山本先生は終始大人しかった。 


 そんな話をしながら昼食を屋上で食べた俺達は、校舎を一通り回ったあと、2-2の教室に戻った。



 ――放課後――



 放課後、並木さんを連れて俺の入部している漫画研究部部室で、鈴花や漫研部員と共に昨日買ったマジカル・メアリーのDVDを見ていた。


 言いたいことは分かるよ?

 〝なんで美少女を場違いな現場に連行してんだ?〟って言いたいんだろ?


 だってしょうがないだろ!

 鈴花との約束を破りたくなかったんだよ!

 いや、並木さんには聞いたよ?

 これから部活の仲間とアニメのDVD見るけどどうするって。

 そしたら「問題ありません」と速答と来たもんだ。


 因みに並木さんを部室に連れて来た時の部員達の反応はこうだった。


「ぎゃあああっ!? なんだその美少女はぁぁぁっ!? 眩しい、眩し過ぎて俺の目が焼け!! 目がああ、目があああ!!」

「馬鹿な……三次元にかような美少女がいるなど……おおお、俺にはセリカたんが……俺にはセリカたんという心に決めた嫁がいるのにぃぃぃぃっ!?」

「並木さん! 明日空いてる!? 並木さんに是非とも手伝ってほしいことがある!! 大丈夫、難しいことはしないわ! ただアタシの選んだ衣装に着替えて、指示したポーズを取ればいいだけだからあああっ!?」


 というように阿鼻叫喚の様になっていた。最後のは鈴花だ。

 あいつコスプレ趣味があるからな。あっ、撮影会は呆気なく断られていたぞ。


『これでおしまいよ! エターナル・フォース!!』


 マジカル・メアリーが雑魚敵を蹴散らして三話のエンディングに入った。


「いや~、三話のメアリーは魔法少女としての覚悟を決めて戦う故に勇ましさに溢れていたな!」

「アタシは二話の私服が可愛いと思うわ」


 鈴花や部員達が思い思いの感想を述べていた。

 好評で何よりだ。

 せっかくなので並木さんにも聞いてみる。


「並木さんはどうだった?」


 が、これが失敗だった。


「そうですね、まず主人公の戦いに対する意識の低さが気になります。いつ魔物が現れるか分からないのに鍛練たんれんしている様子が見受けられません。あれでは追い込まれた時に取れる選択肢が少なくなってしまいます。三話では新たな力のお陰でどうにか敗北を回避することが出来ましたが次回からはそう都合よく覚醒かくせいするとは限りません。それに敵のアジトを探しだし、元凶を絶とうとする積極性が欠落しています。また、あのマスコットには世界の危機を把握はあくしているとは思えない程の怠慢たいまんも見えました。世界の危機を察知していながらその対処を主人公だけに押し付けて、自身は別の少女をスカウトして新たな戦力を増強する訳でもなく惰眠だみんむさぼる姿は見ていて非常に不愉快です。これは主人公にも同様のことが言えますが、魔物という存在の証明が困難である場合は仕方ありません。ですがマスコットの方は主人公の周囲の人物に適合者がいる可能性をまるで考慮しておらず、ただただ主人公に頑張れだの君なら出来るだの、根性論と感情論で塗り固めた根拠のない励ましは正直不要です。さらに……」

「ストップストォォォッップ!! メタ爆弾を核レベルにまで肥大化させなくていいから!!」


 ヤバイこの子!

 FPSのゲームを現役の軍人に見せた時みたいに語り出したぞ!?

 ほら、みんなポカ~ンってなってる!

 多分物凄く予想外な感想が出てきたからびっくりしてるだけだろうけど!

 発言した本人もポカ~ンとしてるけど!


「……? 竜胆君、何か問題でもありましたか?」


 大アリだよ、とは声に出せなかった。

 なんて言えばいいのか言葉に詰まっていると、意識を取り戻した部員達が各々で並木さんに声を掛けていく。


「あー、並木さん? 出来ればどの台詞が良かったとか、どの作画が良かったとかを言ってほしいのだかが……」

「……すみません、部外者の私が口を挟んでいいものではありませんでしたね」

「い、いや大丈夫だよ、気にしてないから」


 ――なんだが変な子だな。


 みんな口に出さないものの、そんな心の声が漏れ出そうな雰囲気になってしまった。


 きっと並木さんは娯楽として作られた物語に、戦いの誇りのようなものを傷つけられたのかも知れない。

 そりゃそうだ、彼女は空想なんかじゃなくて、本当の戦場でそれこそ文字通り命懸けで戦って来たんだはずだ。


 俺がちゃんとそのことを把握してなきゃいけなかったのだ。

 戦いを知る並木さんからすれば、戦いを知らない俺達の語る命懸けのやり取りなんて、子供だましにしか聞こえないのだから。



 結局雰囲気改善は出来ず、各自解散となった。今は組織に出入りできる認証キーを受け取るため、俺は並木さんと二人で組織の拠点に向かっていた。


「………」

「………」


 道中、俺と並木さんは一言も会話を交わしていない。

 俺は彼女に日常を教えるという課題の難しさに直面したからだ。

 並木さんが無言なのは俺が何も言わないせいだろう。


 とにかく今日の反省点を考えてみる。


 まず、並木さんは戦場でしか生きたことがない。

 それでも数学の授業で問題をあっさり解いたことから、ある程度学力と礼節は持っているものの、俺達が娯楽として活用しているものを知らない上に、日常生活に必要なコミュニケーション能力が欠落しているのだ。

 初日の無駄のない言葉が戦場で育ったという、何よりの証拠だ。

 有りたいに言うと空気が読めない。


 次に彼女は戦場での自己判断は早いが、命令のない自由行動下に置ける自己判断力が非常に鈍い。

 これは戦い以外を知らないが故に基準となっている戦いを取り上げると、戦いという基準を失なって何をすればいいのか分からなくなってしまう。

 だから俺の行動を自身の行動の基準として定めて行動を委ねた結果、あの鑑賞会同行になったのだ。


 自分の意識の低さを呪いたくなるが、正直昨日まで争いとは無縁の平成日本男児として生きてきた俺には難しいことも理由の一つだろう。


 まだ心の何処かで唖喰の侵略と今までの日常がイコールで繋げることが出来ていないのだ。


「……」

「……」


 沈黙が辛い。

 なんとか会話をしようと言葉を引き出そうとすると並木さんのスマホから警報が鳴り響いた。

 彼女は慣れた手つきで次のコールがなる前に電話に出た。


「はい、並木です。……唖喰の出現位置は……分かりました。すぐに向かいます」


 電話に出てから五秒で切った。これも経験者らしい対応の早さだ。


「今から唖喰の討伐に出ます。竜胆君はこのまま拠点に向かってください」

「ああ、分かった」


 俺に唖喰と戦う術はないため、俺は並木さんとそこで別れて、彼女の言葉通りに一人でオリアム・マギ日本支部に向かった。


 正直並木さんがどのようにして唖喰と戦うのか知りたい。

 でもそんな好奇心で俺が付いて行っても、彼女の足を引っ張るだけなのは目に見えている。


 だからこそ、有事の際は彼女の言葉に従うのが自分の弁えるべき立場なのだと、己に言い聞かせていく。


 日本支部の入り口には初咲さんが立って待っていた。


「こんにちわ竜胆君」

「こんにちわ初咲さん」


 彼女の案内で日本支部となっている建物の中に入った俺は、支部長室で初咲さんから組織の一員であることを示す認証カードキーを貰った。


「そのカードキーは魔力の無い人間には無地のカードにしか見えないようにする隠蔽いんぺい工作がされているから、万が一竜胆君の友人に見られるようなことがあっても問題ないわ」

「……ありがとうございます」


 初咲さんは問題ないというが、極力見られないようにしよう。

 支部長室を出た後……。


「……はぁ~」


 俺はカードキーを財布の中に入れて、大きくため息をついた。

 理想と現実は違うと言われるが、日常指導係というのは思っていたより大変なのかもしれないと、漠然とした不安を抱えながら、俺は家に帰った。

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